雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第三部第一章:英雄の子と灰色の少女

第六話:まだ未熟な英雄の子

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 母とエリー叔母さんの言いつけ通り、クラウスは徒歩で東へと向かう。

 二人が操るある流派の修行は、伝統的に旅をしながら行うのが習わし、と言うのが理由らしい。
 母は最初「転移で行けば良いじゃない」と言っていたらしいけれど、「可愛い子には旅をさせよと言うじゃない。それに……」と言えば、母もすんなりとそれに納得したらしい。あの子煩悩な母がそんな簡単に納得するのは些か腑に落ちないものはあるけれど、エリー叔母さんの底知れない力を考えれば、なにか深い理由があるのだろうとクラウス自身も納得せざるを得なかった。

 少なくとも、エリー叔母さんのことは英雄達は誰しもが信頼している。
 それは時折やってくる大賢者アレスや英雄クーリア、英雄イリス達を見ても明らかで、エリー叔母さんとアリエルさんのことを、その誰しもが尊敬出来る人物だと言うことから見て取れる。

「東の大陸の小国、アルカナウィンド……。世界一の愚王女王アリエル・エリーゼが統治し、世界最強の勇者が守る国、か……」

 思わず漏れるそんな言葉で、クラウスは再び情報を整理する。

 世界には、三つのタイプの国がある。
 一つはここグレーズ王国の様な、魔王に対して絶対の敵意を向ける国。グレーズの場合は狛の村及びに魔王レイン魔王とその手下と呼び、それを有していたことを国の恥として扱っている。魔王レインは姑息な手段で聖女を誑かし、親友である騎士団長を裏切り、王女を弄び、そして王を容赦なく、殺した絶対悪。
 聖女誕生の地でもあるこの国では聖女信仰が盛んである為に、レインが邪魔だったと言う理由もある。
 実際には前王と現王の苦肉の策で、魔王戦で著しく減退した軍事力を補う為の結束力強化の方便でもあるのだが、それ知るのは国の上層部でも極々一部。
 賢王アーツの手腕によって世界中のあらゆる国と良い関係を保っていられるが、この国は、世界的には嫌魔国の代表となっている。

 一つはベラトゥーラやウアカリの様な、完全中立の国。
 ベラトゥーラは元々魔法使いが多く、元々聖女信仰がグレーズよりも盛んであった為に嫌魔の考えも膨らんでいたものの、聖女サニィの直弟子である【後継者ルーク】と【悪夢のエレナ】、そして【殉狂者エイミー】の三人が揃って「悪いのはレインだけではない」という旨の発言をしたことによって、中立を保つことになった。
 ベラトゥーラは魔法使いが多いことも幸いしている。基本的にはイメージによって超常現象を引き起こす彼らはその三名の言葉で様々なパターンを妄想し、各々納得できる理由を勝手に見つけた、ということが多く起こったこともある。
 ウアカリは、……女だけのあの国は、まあ良いだろう。

 そして最後の一つが小国アルカナウィンド。世界ただ一つの、魔王レイン友好国。
 かつて世界最大の大国であったかの国は、女王のたった一度の演説によってかつて領土だった様々な都市から見放され、かつての王都を残すのみとなった国。
 発言後、女王アリエルは初代英雄であるエリーゼの後継者としてふさわしくないと大バッシングを受け、各地から王座から引きずり下ろそうと動き始める者達が雪崩込んでいた。それらは全て、騎士によって返り討ちにされている。
 魔王戦で魂を引き抜かれた、だとか、実は魔王眷属の九尾に乗り移られている、だとか様々な噂が立ったかの国だったが、これまた何故か他のどの国にも危害は加えず、離れる国民が立ち上げた新興国には援助を施そうとし、グレーズとは犬猿の仲を示しつつも交流を続けている謎に包まれた国だ。

「本物の英雄……。誰なんだろうな。母さんに聞いた限りのイメージじゃ、本物と呼べる人って結構居るんだよな。ちょくちょく会えるルークさんやエレナさん、クーリアさんやイリスさんは抜いても、七英雄、レイン、サニィ、エリー、アリエル、ライラ、ディエゴ、そして、僕の個人的な意見としてオリヴィア。後は……」

 前回の魔王戦で生まれた一つの奇跡の物語。
 母がいつも語ってくれた物語とは全く別の、本として世界中に出回っている愛が起こした奇跡の物語だ。
 その中に出てくる王子様の格好良さと言ったら無いのだと、王都の娘たちは夢見る眼差しで語っていたことを覚えている。

「魔王の親友ね……」

 クラウスはその物語が嫌いだった。
 悪逆非道の魔王に囚われた美しい娘と、かつて親友だった魔王に立ち向かった英雄。最後は愛の奇跡によって娘は救われると言う、よくある物語だ。実在の二人の人物をモチーフにしたその物語はよりドラマチックな内容にしようと、脚色も甚だしかったから。
 と、言うよりも、「8割方はその通りだけど……」と苦々しい顔をしながら言った母の顔を見ているのが辛かったから。

「でも、魔王の親友は南に住んでるはずだから、違うかな。となるとやっぱり謎の騎士か……ん?」

 と、その名前を思い浮かべようとした所、目の前からの殺気に気がつく。
 かなり強烈で、隠そうともしない殺気。
 別に殺気や気配を感じ取る力を持っているわけではないクラウスでも、すぐに気づくそれは、間違いなく上位の魔物のものだ。
 隠さずとも問題が無い。そう言った類の強者が発するもの。

「……デーモンか」

 一般的には、一人で倒すことができれば一流の証である魔物。
 母オリーブを除く一般人では束になっても勝てず、勇者であってもこれを倒すには困難を極めると言う残虐な魔物。
 とは言え、母なら勝てる魔物。

「一般人でこれに勝てるなんて、本当に母さんはすごいぃっ!?」

 クラウスが剣を抜こうとしたところ、デーモンは瞬時に踏み込み鋭い爪のついた丸太のような腕を振るってくる。
 真剣勝負に、油断があってはならない。
 そんなことはとっくに知っていたはずなのに、初めての母を伴わない実践で、のんびりと考え事をしていたのは単にクラウスの不覚だ。
 それを避けられたのは、単純にクラウスの身体能力がデーモンを上回っていたからだった。

「くっ、勇者の心得、その一っ」

 言いながら、辛うじて状態を逸らして回避する。
 余裕はある。デーモンの身体能力は母よりも遥かに高いものの、エリー叔母さんほどではない。
 そしていくら身体能力が高かろうが、母よりも鈍い。
 自分が強者であると確信しているただの暴力。そこに、技術は存在しない。

「油断したら素振り7万回!」

 エリーに言われていたことを、復唱する。
 母オリーブが英雄オリヴィアだと知ってすぐの時に、エリーから課された厳しい修行の一端。
 最強の英雄の子どもが、そんな弱くてはいけない。
 そんな一言を添えて、毎日の様に何かにつけて油断を引き出してきたエリーに仕込まれてきたにも関わらず、完全な油断で先制攻撃を受けてしまった。

 これは、エリー叔母さんが徒歩で向かえと言った理由もよく分かる。
 英雄に憧れておきながらデーモンに苦戦するのは、英雄オリヴィアの子どもでありながらデーモンに苦戦するのは、流石に恥ずかしい。
 何より、母は勇者ですらない身でデーモンを倒しているのに、遥かに身体能力が高い勇者である自分がこれを倒せないのは流石に、我慢ならない。

 そんなことを考えられる程度には、余裕がある証で、尚更自分の甘さを自覚したところで、クラウスは剣を抜き放った。
 汎用型ではあるが、【不壊の月光】をモデルにした宝剣旭丸は、その紅と銀の刀身を輝かせる。
 そして、デーモンの振るった丸太のような腕のその懐に入り込み、腕を斬り落とす。
 そこからは、圧倒的だった。
 デーモンに一切の反撃の余地を与えぬメッタ斬り。母とエリーを参考にしたクラウスの剣技に一度捕まれば最後、一瞬の隙を突いて腕を斬り落とされれば、デーモンはそれに驚き更なる隙が出来る。そのまま脚、腕、脚と斬り落とし、最後に残った首を斬り落とせば、5m程の巨体を誇るデーモンもただの肉塊となる。

「うはー、流石は容赦ないねクラウス」

 何が流石なのかは分からなかったけれど、かつてそんなことを言った、エリーに教わった通りの手順でデーモンの討伐は完了した。
 。それも驚く程に。どれだけの重量の武器だろうと、寸分違わぬ位置に振るうことが出来る。
 曰く、それがクラウスの勇者の力ではないらしいが、ともかく、エリーに教わったことと寸分違わぬ行動で、デーモンは倒れ伏した。
 クラウスは初のたった一人での実践を、一流の証であるデーモン討伐によって成し遂げることに成功した。

 もちろん、素振り七万回のペナルティは、デーモン戦よりも遥かに厳しかった。
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