雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第三部第一章:英雄の子と灰色の少女

プロローグ

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 母の話す英雄譚が、僕は大好きだった。

 苦しみながらも世界を守る為に戦い抜いた七人の英雄の話が好きだった。
 最も新しい、エリーという女英雄の話が好きだった。

 そして何よりも好きだったのは、母が何よりも嬉しそうに語る、最強の英雄の話。
 どんな敵にも負けない英雄と、その英雄に救われた聖女様の話。
 その話に出てくる最強の英雄は、厳しいところもあるけれど、どんな人からも好かれる優しさがあって、聖女様は誰にも負けない愛情を持っている。そして最後は少し悲しい、自らの身を犠牲に世界を救う。
 そんな二人の物語が、本当に大好きだった。

 町の人たちもみんな、その話を愛していた。
「君が生まれたのはその二人のお陰なんだぞ」
 よくそんなことを言われるくらいには、この町でその二人は敬われていた。

 だから、僕がそんな英雄に憧れるのは、とても自然なことだった。

 ――。

 魔物の蔓延るこの世界には、三種類の人がいる。
 まずは何の力も持たない一般人。世界の人口の約7割が彼らで、彼らは魔物に対抗する術を僅かしか持たない。武器を持って挑んだ所で、倒せるのは精々ゴブリン程度。3mオーガなんかが襲ってきた日には、熊に襲われる様なもの。強力な武器を使えば勝てないことは無いが、基本的に集団で襲ってくる彼らには対抗する術が殆どなく、滅ぼされた村は数知れない。
 そんな、非力な人々。

 次に、ここ20年程で台頭してきたという魔法使い。マナと呼ばれるエネルギーを体内に蓄える器官を持ち、イメージと練り合わせることで魔法という超常現象を引き起こすことが出来る人々。
 通常の人と変わらない肉体と、イメージが出来なければ魔法は使えないという弱点から、かつては兵としては外れだなどと言われていた彼らだけれど、聖女様の活躍によって、今では鍛錬を重ねれば誰しもが強くなれる優秀な人材として見直されている。そんな人々。

 そして三つ目に、勇者と呼ばれる人々。
 体内にマナを蓄える器官を持つのではなく、マナが細胞と同化しているという、特殊な人々だ。
 かつては異人と呼ばれ、積極的に魔物と戦うことから恐れる者も多かったらしいけれど、他の魔物なんか比にもならない程に強大な、魔王と呼ばれる魔物の親玉を命懸けで倒したことから、勇敢な戦士達、勇者と呼ばれる様になったらしい。
 その特殊な肉体は高い身体能力と、魔法の様に超常的な現象を引き起こす力を秘めている。
 女英雄エリーの、心を読む力なんかが色々な意味で有名だ。

 ここはそんな三種類の人々と、魔物と呼ばれる魔素が実態を持った悪魔の様な生物が、日夜鎬を削る過酷な世界。
 唯一の救いがあるとすれば、最後の英雄エリーによって、それらの親玉である魔王は完全に滅ぼされていること。

 僕はそんな世界に、一人の勇者として生を受けた。

 ――。

 物語を始める為に、まずは自己紹介をしなければ。

 僕の名前はクラウス。
 青銅色の髪の毛に、瑠璃色の瞳を持つ勇者。
 能力はまだ不明だけれど、身体能力の高さから勇者で間違い無いだろうと言われている。

 港町ブロンセンに暮らしていて、幼い頃から剣を磨いてきた。

 父はおらず、母の名前はオリーブ。
 金髪に茜色の瞳を持つ、子どもである自分すら認めざるを得ない美人だ。とても初老を迎えているとは思えない程に引き締まった肉体を持つ、一般人。 
 特殊な力も持たず、勇者の身体能力すら持たないのにも関わらず、町で誰よりも強い、剣の達人だ。

 そんな母は、時折仕事だと言ってこの港町から王都へ向かう。
 金髪に茜色の瞳を持つ儚げな美人。
 幼少の頃、たまに王都への旅へと同行すると、そんな母の容姿に誰もが振り返っていたことが印象的だった。

 魔法使いに転移を頼めば一瞬で着くことが出来るのに、母は敢えて足や馬での旅を好んでいた。当然道中にはオーガやトロールといった強力な魔物も出てくる。毎回命懸けの、非常に危険な旅だ。
 しかし母は勇者ですらないのに、道中に出現するオーガやトロールを一人でなぎ倒してしまう。そんな彼女は自身の語る物語の英雄に、とてもよく似ていた。

 だから僕は、そんな母が大好きだった。

 ……。

 ある日、王都に同行した際に預けられていた託児所で、僕は母がいつも語ってくれる英雄の話をした。
 レインとサニィ。最強の英雄と、救世の聖女。
 二人の話を、きっと、目を輝かせて語っていた。

 すると次の日、その託児所からは二度と来るなと言われた。
 付き添っていた母親が理由を尋ねると、返って来た答えはこうだった。

「マルクスの親から苦情が入った。あんたは子どもにどういう教育をしているのだ。この悪魔め」

 そんな言葉に、母は顔を真っ青にして、僕を叱りつけた。なんで怒られたのか理由も分からない僕は、ただただ泣いた。
 そして、託児所の職員に謝った母は、誰も居ない所に行ってから、僕を抱きしめたのだった。

 その日母は仕事を休み、僕を叱った理由を話してくれた。
 どうやらこの国では、その二人の話をしてはいけないことになっているらしい。
 だから、納得の出来ない僕は尋ねた。

「なんで、大好きな英雄のお話をしてはいけないの?」
「大好きなのは、お母さんと町の人たちだけなの」
「みんなは嫌いなの?」
「うん。みんな、本当のことを知らないの」
「なんでお母さんは教えないの?」

 魔物を平然と倒す母は、何でも出来ると思っていた。だから、そんなことを聞いてしまった。
 母は眉間に皺を寄せて困った顔をすると、こう言った。

「教えてあげたいんだけれどね、お母さんには難しいの」

 その顔は少し悲しそうで、何かに後悔している様な、やり切れない様な、そんな表情に見えた。

 だから、僕は言ったんだ。

「それなら、僕がいつかみんなに本当のことを教えてあげる」

 そう言うと、また母は少し困った顔して、こう言った。

「それならいつか、東の小国、アルカナウィンドに行ってみると良いわよ。そこに、本当の英雄が住んでるから」
「本当の英雄?」
「そう。きっと、お母さんと同じくらい、レインとサニィのことが大好きな、本当の英雄」
「それは誰なの?」
「今言ったら面白くないじゃない。行ってのお楽しみよ」
「お母さんのケチ」
「ふふ。お母さんはね、良い女だからいっぱい秘密を持ってるの」
「何言ってるのか分からないよ」

 そんな風に茶化した後、母はその二人のことをもっと詳しく教えてくれた。

 ――。

 この世界は間違っている。

 あの日、二人の英雄の全てを聞いて、僕はそんな風に思った。
 母が二人の物語を、輝かしい英雄譚で終わらせたかった理由を、痛い程に痛感した。

 そして詳しく調べる内、どうしようもなく知ってしまった一つの真実がある。

 母は、死んだ人間だ。

 だから、誰にも真実を伝えられない。
 そんなことを、生まれて15年目で、ようやく知ったのだった。

 ……。

 それから更に3年。

 これは、僕がこの世界を終わらせるまでの物話。

 だからこれは、英雄譚などでは決してない。
 何故なら僕は……。
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