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第十一章:血染めの鬼姫と妖狐と
第百五十三話:一つわがままを言っても良いかい?
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『Witchslayer』
刀身には、そんな銘が彫ってある。
まるでそんなデザインの様に見事に文様とマッチしているが、紛れもなくそう読み取れる。
刀身にそう書いてあるということは、この剣の名前がそれなのだろう。
「どうしました?」
思わず「あの野郎」と言葉が漏れたサンダルに、ルークが興味深げに聞く。
「どうやら私の友の性格は、本当に最悪な様だ」
『魔女殺し』
サンダルを軟派野郎と罵っていたレインが渡したそのショートソードは、つまり皮肉だ。
エルダーウィッチという、醜い老婆の姿をした魔物がいる。
女好きの軟派野郎は醜いババアにでもモテていれば良い。
きっとあの最悪の友人は、魔王は、そんな皮肉を込めてこのショートソードを渡したのだろう。
気遣うフリをして、こっそりと笑っていたのだろう。あの野郎はそういう奴だった。
「やはり私はレインが嫌いだ。まったく……」
一体何処まで計算で、何処まで天然なんだ、と思う。
今サンダルの頭に浮かんでいる考えは、そんな皮肉とは真逆の発想。
その銘を覗き込んで、ルークは「あぁ、なるほど」と手を打って納得する。
「偶然なのか読んでいたのかすら分かりませんよね、あの人は」
はははと笑いながら手にした杖を愛しそうに撫でるルークを見ていると、次第に友に対する怒りの様な呆れの様な、そんな感情も吹き飛んでいくのを感じる。この青年にすらバレているのなら、やはり覚悟は既に決まっているのだろう。
思わず溜息が漏れる。
この剣は、皮肉だ。
どっちにしても、皮肉なのだ。
これは殺すための剣では無く、ババアにモテるための剣でも無い。
いや、レインからしたら後者は当てはまっているのかもしれないが、サンダルの解釈は違う。
「ああもう! やってられるか! たまきさん、済まない。私が君に止めを刺すことは出来ない様だ」
「どうして?」
そう問うたまきに、どう言ったら良いか分からず押し黙る。
この剣はつまり、守るための剣だ。
『Witchslayer』は、【魔女ナディア】を、彼女曰く【魔女サニィ】から切り離し、守る為の、そんな剣だ。
初めて剣を抜くタイミングが今で、初めて抜いたタイミングで殺そうとした相手に気づかれる。
それは要するに、そういう運命を背負っていると言うこと。
ここでたまきを殺す為に使うことは、その命から外れてしまう。
全くもう、なんと甘いことかと自分の性格を呪う。
これがあの友人の魔王だったなら、容赦なくたまきの首を切り離しているだろう。
苦しむ間もなく眠れる様にと、一切の躊躇をしないだろう。
相手が覚悟を決める暇も、悲しむ暇も、何かを思い返す暇も無く、無に帰すことで救おうとすることだろう。
サンダルには、それが出来ない。
知ってしまった以上、本来の意図とはまるで違うとしても、そう思ってしまった以上、もうそれを止めることは出来なかった。
声を、絞り出す。
「――――」
「あら、そうなの。それはきっと、良いことね。私と違って、レイン様と違って独りじゃないと言うことは、とても幸せなことだわ」
「レインも独りじゃないだろう。君が側に居た」
「………そうね。最期にたまきと、名前を呼んでくれた。それだけでも、死ぬ価値があったわ」
生きた価値でも、側に居た価値でもなく、死ぬ価値。
狐の姿ながら、微笑んでいるのが分かる。
この狐は本当に、そんな一言の為に命を懸けてレインを生き返らせたのか。
本当にそんな馬鹿なことでと言えば良いのか、何処まで愛情が深いのかと言えば良いのか、哀れめば良いのか、サンダルにはもう判断が出来なかった。
「ルーク、一つわがままを言っても良いかい?」
「ええ、どうぞ」
「私はこの狐が死ぬまで、ここで見守っていようと思う」
だから、せめて死ぬ価値を、否定してやりたかった。生きてレインの側に居るのだと、聖女様の居ない所で申し訳ないが、せめて残りの2ヶ月と少しを生きて欲しいと、そう思ってしまった。
「そう言うと思ってました。だから僕はこっそりエレナに90日程戻れないって言っておきましたよ」
あっけらかんと答えるルーク。
確かに早々に殺すと言う意見は出ていなかったが、そういう流れだったとサンダルは思い込んでいた。
たまきの「せめてレインの埋葬をしたい」という言葉は、それが終わり次第始末を付けるということではなかろうか。
と言うよりも、ここに来るまでの間に、レインの亡骸と共に死んだ自分も焼いて欲しいと言っていた。
それはつまり、レインの葬儀=たまきの死だと、サンダルは思い込んでいた。
「用意周到なことだ……」
「と言うのは冗談で、元々僕は見守るつもりでしたよ。たまきが死にたがるなら否定はしないけれど、死ぬ相手にわざわざ手を下す真似はあんまり……」
「なるほど。それで良いかい、たまきさん?」
尋ねるサンダルにたまきは柔らかな笑みを湛える。
「ええ、それじゃ、それでお願い。あと70日ね」
「ああ、よろしくたまきさん、ルーク」
「それじゃ、それまで話しながら過ごしましょうか」
妖狐たまきは、今までの800年間を話した。
サンダルはレインとの最悪の出会いと、サニィと出会った衝撃、そしてもう一つを。
ルークも同じく、レインを魔人と恐れていたことに加えて、サニィの活躍、そしてエレナのことを。
知らないレインの話に、とても楽しそうにしている狐を見ると、本当にアリスの友人として上手くやれていたのだと納得する。その様子はまるで、人そのものだった。
二人と一匹は、70日間、語らい合った。
次第に血を吐く頻度が多くなり、全身から血を流し始めては、ルークが魔法で洗浄しながら、痛みを訴えればそれを遮断した。一度は人となり再び敵に戻りながらも、魔王となった英雄の側に居続けた魔物の最期を、二人は誠意を持って見届けた。
刀身には、そんな銘が彫ってある。
まるでそんなデザインの様に見事に文様とマッチしているが、紛れもなくそう読み取れる。
刀身にそう書いてあるということは、この剣の名前がそれなのだろう。
「どうしました?」
思わず「あの野郎」と言葉が漏れたサンダルに、ルークが興味深げに聞く。
「どうやら私の友の性格は、本当に最悪な様だ」
『魔女殺し』
サンダルを軟派野郎と罵っていたレインが渡したそのショートソードは、つまり皮肉だ。
エルダーウィッチという、醜い老婆の姿をした魔物がいる。
女好きの軟派野郎は醜いババアにでもモテていれば良い。
きっとあの最悪の友人は、魔王は、そんな皮肉を込めてこのショートソードを渡したのだろう。
気遣うフリをして、こっそりと笑っていたのだろう。あの野郎はそういう奴だった。
「やはり私はレインが嫌いだ。まったく……」
一体何処まで計算で、何処まで天然なんだ、と思う。
今サンダルの頭に浮かんでいる考えは、そんな皮肉とは真逆の発想。
その銘を覗き込んで、ルークは「あぁ、なるほど」と手を打って納得する。
「偶然なのか読んでいたのかすら分かりませんよね、あの人は」
はははと笑いながら手にした杖を愛しそうに撫でるルークを見ていると、次第に友に対する怒りの様な呆れの様な、そんな感情も吹き飛んでいくのを感じる。この青年にすらバレているのなら、やはり覚悟は既に決まっているのだろう。
思わず溜息が漏れる。
この剣は、皮肉だ。
どっちにしても、皮肉なのだ。
これは殺すための剣では無く、ババアにモテるための剣でも無い。
いや、レインからしたら後者は当てはまっているのかもしれないが、サンダルの解釈は違う。
「ああもう! やってられるか! たまきさん、済まない。私が君に止めを刺すことは出来ない様だ」
「どうして?」
そう問うたまきに、どう言ったら良いか分からず押し黙る。
この剣はつまり、守るための剣だ。
『Witchslayer』は、【魔女ナディア】を、彼女曰く【魔女サニィ】から切り離し、守る為の、そんな剣だ。
初めて剣を抜くタイミングが今で、初めて抜いたタイミングで殺そうとした相手に気づかれる。
それは要するに、そういう運命を背負っていると言うこと。
ここでたまきを殺す為に使うことは、その命から外れてしまう。
全くもう、なんと甘いことかと自分の性格を呪う。
これがあの友人の魔王だったなら、容赦なくたまきの首を切り離しているだろう。
苦しむ間もなく眠れる様にと、一切の躊躇をしないだろう。
相手が覚悟を決める暇も、悲しむ暇も、何かを思い返す暇も無く、無に帰すことで救おうとすることだろう。
サンダルには、それが出来ない。
知ってしまった以上、本来の意図とはまるで違うとしても、そう思ってしまった以上、もうそれを止めることは出来なかった。
声を、絞り出す。
「――――」
「あら、そうなの。それはきっと、良いことね。私と違って、レイン様と違って独りじゃないと言うことは、とても幸せなことだわ」
「レインも独りじゃないだろう。君が側に居た」
「………そうね。最期にたまきと、名前を呼んでくれた。それだけでも、死ぬ価値があったわ」
生きた価値でも、側に居た価値でもなく、死ぬ価値。
狐の姿ながら、微笑んでいるのが分かる。
この狐は本当に、そんな一言の為に命を懸けてレインを生き返らせたのか。
本当にそんな馬鹿なことでと言えば良いのか、何処まで愛情が深いのかと言えば良いのか、哀れめば良いのか、サンダルにはもう判断が出来なかった。
「ルーク、一つわがままを言っても良いかい?」
「ええ、どうぞ」
「私はこの狐が死ぬまで、ここで見守っていようと思う」
だから、せめて死ぬ価値を、否定してやりたかった。生きてレインの側に居るのだと、聖女様の居ない所で申し訳ないが、せめて残りの2ヶ月と少しを生きて欲しいと、そう思ってしまった。
「そう言うと思ってました。だから僕はこっそりエレナに90日程戻れないって言っておきましたよ」
あっけらかんと答えるルーク。
確かに早々に殺すと言う意見は出ていなかったが、そういう流れだったとサンダルは思い込んでいた。
たまきの「せめてレインの埋葬をしたい」という言葉は、それが終わり次第始末を付けるということではなかろうか。
と言うよりも、ここに来るまでの間に、レインの亡骸と共に死んだ自分も焼いて欲しいと言っていた。
それはつまり、レインの葬儀=たまきの死だと、サンダルは思い込んでいた。
「用意周到なことだ……」
「と言うのは冗談で、元々僕は見守るつもりでしたよ。たまきが死にたがるなら否定はしないけれど、死ぬ相手にわざわざ手を下す真似はあんまり……」
「なるほど。それで良いかい、たまきさん?」
尋ねるサンダルにたまきは柔らかな笑みを湛える。
「ええ、それじゃ、それでお願い。あと70日ね」
「ああ、よろしくたまきさん、ルーク」
「それじゃ、それまで話しながら過ごしましょうか」
妖狐たまきは、今までの800年間を話した。
サンダルはレインとの最悪の出会いと、サニィと出会った衝撃、そしてもう一つを。
ルークも同じく、レインを魔人と恐れていたことに加えて、サニィの活躍、そしてエレナのことを。
知らないレインの話に、とても楽しそうにしている狐を見ると、本当にアリスの友人として上手くやれていたのだと納得する。その様子はまるで、人そのものだった。
二人と一匹は、70日間、語らい合った。
次第に血を吐く頻度が多くなり、全身から血を流し始めては、ルークが魔法で洗浄しながら、痛みを訴えればそれを遮断した。一度は人となり再び敵に戻りながらも、魔王となった英雄の側に居続けた魔物の最期を、二人は誠意を持って見届けた。
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