雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第十一章:血染めの鬼姫と妖狐と

第百五十一話:い、いや、ちょっと散歩をだね……

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 世界中が混乱覚めやらぬ中、ウアカリでは既にいつもと全く変わらぬ日常が繰り広げられていた。

 魔王戦には上位三分の一程の戦士が参加し、死者は五名。
 魔王はレインで、眷属が妖狐。
 そんな情報は既に出回っているものの、それがどうしたとでも言わんばかりだ。

 強敵と戦って散ったのなら誇りであるし、強い男が好き放題するは仕方がない。
 彼女ら自身が逆い切れない業を背負っている為に、魔王レインはあっさりと受け入れられていた。

 大陸中央付近に住んでいた一時的な避難民は既に故郷へと帰還を始め、女戦士達はその中からでも男漁りに余念がない。

「相変わらずこの国はブレないね、お姉ちゃん」

 溜息を吐きながらも、仕方ないなといった様子でイリスは言う。
 イリス自身はその活力を理解することこそ出来ないものの、長年親しんできた光景。
 少し前まで一寸先も分からない殺し合いをしてきたことを考えると、その光景に心癒されずにはいられない。

「アタシ達はウアカリだからな。この力がある限りは永久に変わらないさ」
「あはは、以前は変わって欲しいと思ってたけど、この光景を見られることが嬉しいと感じる時が来るとは思ってなかったな」

 クーリアは魔王戦の後、頭を打ったことによる後遺症か手足に痺れが残っているらしい。
 ジャムやルークでも治療が完全には出来ずにいた。
 それでも、笑顔で言う。

「ハッハッハ。イリスも遂に心までウアカリになれたか」

 ばんばんと肩を叩きながら、喜ぶ。
 手足の痺れの所為で感覚が鈍く、戦えなくなったと言う体でも、相変わらずその怪力は凄まじい。

「あはは、元々ウアカリだったんだなぁって今更ながら自覚したかも」
「後は男を捕まえるだけだな」

 興味が無いわけではない。見ていると、楽しそうだとは思う。
 ただ、イリスには今、もっと大切なことがあった。

「いや、男はまだいいや……。と言うか、お姉ちゃんまだ全然戦えそうじゃない」
「リハビリはしてるからな。この先、マルスと世界を回ろうと思ってる。それまでに少しでも強くならないとな。次はアタシがマルスを守らないと」

 ウアカリが不変と言った姉クーリアは、どうやら少し変わった様に見える。
 以前は弱い者は死んでも仕方がないと言う主義だった気がするが、いつのまにか最弱の英雄を守る為に強くなろうとしている。
「アタシは戦えなくなったら死ぬ」なんてことを言っていた以前からは考えられない変化だ。
 それが何処かおかしかった。

 あははと笑っていると、マルスが顔を見せる。

「お、ここに居たのか。世界は今大変な様だけれど、この国は相変わらず平和そのものだ。僕も座っても?」
「ええもちろん。ウアカリはこの力がある以上は永久に中立ですから」
「そうだね。良い国だ」
「ハッハッハ。イリスを除いて馬鹿しかいないけどな。ところでマルス、お前は昨日の夕方何処に行ってたんだ? アリアの話じゃ4時には治療院を出たって話だぞ?」

 落ち着いて話すマルスとイリスの空気をぶち壊す様に、クーリアが問い詰め始める。
 マルスの魔王戦でひたすら死に続けていた。精神的なストレスを治めるために、マルスはウアカリでマッサージ治療を受けている。
 更に不死のマルスとは言え、ある程度の生存本能は持っているらしい。
 つまり、死に続ければ繁殖行動が積極的になる。

「い、いや、ちょっと散歩をだね……」
「へえ、散歩か。一体誰のウチに散歩に行ってたのかね……?」

 問い詰めるクーリアと、追い詰められるマルスを見て、イリスは笑う。
やはり姉は変わった。それが良い方向か悪い方向かは分からないけれど、普通に嫉妬しているのを見ると、何処かウアカリとは別の安心をする。
 まあ、それでも直ぐに許してしまうんだろうが、普通の女の様に見える。

「あ、もしかしてお姉ちゃんが強くなる理由ってっむぐ」
「それは言わなくて良い」

 かつてない程に素早くイリスの口を塞ぐクーリアの顔は赤い。
 相変わらず、ここは面白い国だ。
 面白い姉に、面白い人々。
 そう思って、手元を見る。

 車椅子に座らされたナディアが、無言で外を見ている。

 結局魔王戦が終わってからも言霊を使い治療を続けているものの、良くなる気配は無い。
 表情は一切動かず、エリーでも心を読めない。
 たまにこちらが言う言葉に反応を見せるものの、手や目元がピクッと動く程度。

 少し前まではウアカリで一番自由で人騒がせだったナディアが、今は物言わぬ置き物の様。
 有効な治療方法は無いかと四六時中イリスが側で支えているものの、日向ぼっこでほんの少し楽そうにするだけ。

「ナディアさん、妖狐たまき曰く、あなたのおかげで世界は守られた様ですよ。レインを救ったのは、レインさんが愛弟子のエリーちゃんやオリヴィアさんを手にかけずに逝けたのは、間違いなくレインさんを留めてくれていたナディアさんの功績です」

 言霊を込めて言えば、ピクッと目元が動く。
 しかし、相変わらずそれ以上の反応は無い。
 それでも、きっと聞こえているのだと思えば話しかけられるのを止められるわけは無かった。
 姉とマルスが敢えてナディアの側で騒ぐのも、直ぐに旅に出ないのも、それが理由だろう。

 そんなことを考えていると、遠くで嬌声が聞こえる。この国では、いつものことだ。

「ほら、ナディアさんのおかげで、相変わらずこの国は馬鹿ばっかり、平和です」

 ナディアが今何を思っているのかは分からない。絶望して、殻を作ってしまったのかも知れない。
 もしかしたら、本当に精神的に死んでしまったのかも知れない。たまたま顔が動く時が、語りかけた時なのかもしれない。

 ナディアが最後に呟いた言葉、「あなたが魔王で、私は少し嬉しかったんです。最悪ですよね」
 その言葉を知る者は、もうこの世には居ない。

 ウアカリ首長の姉妹は、今日もそんな物言わぬナディアの世話をしながら、再び訪れた束の間の平和を噛み締める。
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