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第十章:鬼の娘
第百四十二話:聖女様すら守りたいなんて
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全く、嫌になるな。
戦場を縦横無尽に駆け回って奇襲を繰り返していたサンダルは、心の中でそう嘆く。
「聖女様すら守りたいなんて見栄を張っておいて、誰一人として守れないとは……」
既に多くの仲間が倒れている。
魔王討伐隊として事前に訓練をしてきた中でも既に四人。完全に戦意喪失してしまったオリヴィアに、ナディア、ディエゴに続いてライラ。
グレーズの王や英雄候補と呼ばれていない魔王討伐軍の人員も含めれば五十人以上が戦闘不能に陥っている。死者のみならず、戦意喪失してしまった者も少なくはない。目の前で英雄視されていたディエゴやライラが殺されたのだ。自ら放った魔法は一切通用せず、弓は手痛い反撃を受けるのだから、それも仕方のないこと。
そんな彼らを守る為に、サンダルは人知れず修行を続けてきたはずだった。
それが蓋を開けてみればどうだ。
魔物だと割り切って挑んだたまきには尽く止められる。まるでかつての聖女の様に蔦の魔法で簡単に。かつての聖女様よりその魔法は脆いだろうが、それでも届かないのなら同じことだ。自身も修行によって威力は遥かに強化されている。60m程のドラゴンならば、今なら一撃で仕留められる自信がある。
それが魔王ですらない魔物に届かない。
では肝心の魔王はどうなのか。
結果は魔王がレインだと分かった時点で分かり切っていたのかもしれない。
全ての攻撃が当然の様に回避される。全ての攻撃に当然の様にカウンターを仕掛けてくる。
それこそ、この男に念の為と情けで渡された一度も抜いていないショートソードを使って手数を増やそうと思った位に隙がない。
それも、無駄だとすぐに気づく。
エリーの猛攻を見ると、流石の一言としか言葉が出ない。常にカウンターに備えた二手目三手目を用意し、押されてはいるものの擦り傷以上の怪我を負っていない。
最初に放った「遊ぼう」の一言に訝しげな顔をしていた連中も、いざその戦いを見れば言葉を無くしている。
そんな高度な戦いの最中に6年以上使ってない剣で割って入った所で、死人が一人増えるだけの話だ。
ならば役に立っていないかと言われれば、そうではない。
その斧の巨大な質量と討伐隊最高のスピードで攻撃をすれば少なからずたまきの意識は防御力を増加することに割かれるし、時折出来てしまうエリーとイリスの隙を埋める程度のことは出来る。
しかし、その程度。
全く、嫌になるな。
サンダルは出来る役割を、悔しさを押し殺して唇を噛み締めながらひたすらに続けた。
……。
イリスの力はエリーの力との相性が非常に良い。
「右!」
エリーが叫ぶ。
イリスはその言葉の意味を、正確に受け取ることが出来る。
右に回るから距離を取って炎の魔法を撃って欲しい。
ほぼ心を読み取っているのと変わらない程に洗練された今のイリスは、そんな短い言葉のエリーの言葉に心の中で返事をすると、距離をとって火球を生み出す。
「ステップ!」
それを回避したレインは次いで襲いかかるエリーの長剣レインを伸びる限界、きっちり1.5mで回避する。
そこに構えていたのは、レインのステップ回避を読んでいたエリーの掛け声からのイリスだ。
全力で鉈を振り下ろすイリスを、レインは無くなった方の腕を通過する様に回避する。
その隙を突いてイリスを仕留めようとするレインを、サンダルが妨害する。エリーはサンダルが離脱するのを助けて再びレインと打ち合い。
――。
そんなことをしばらく繰り返した後だった。
最初に戦況が変化したのは、たまきの側だった。
サンダルが、もう何度目か分からないたまきに攻め込んだ時。
「けほっ……」
ツーと、口の端から血が滴る。
レインの右腕が無くなった時も、一瞬辛そうな顔をしただけで笑みを殆ど崩さなかったたまき。
そんな彼女が、その妖艶な笑みを変えないままに無言の異変を示し始める。
一瞬のふらつきを、サンダルは見逃しはしなかった。
「美女を手にかけるのは苦しいが……」
誰にも聞こえないほどの声でそう呟いたサンダルは、今までのもどかしさを晴らすかの様に、全力で斧を振り抜かんとした。
「うぐっ!」
気がつけば、空が見えている。
体中に酷い激痛。特に腹部は酷く、ぬめっとした嫌な感触がある。
「サンダル様!」
そんな叫び声が遠くに聞こえる。
辛うじて覚えているのは、目の前を緑が覆うのと同時に、斧が弾け飛んだこと位だろうか。
近づいて来た兵士達が素早く距離を取り、魔法使い達が治療を開始し始めた頃、ようやく落ち着き始めた意識で周囲を眺めると、そこには悪夢の様な光景が広がっていた。
ハリセンボンの様に刺状の植物を展開したたまきの魔法で、クーリアも同じく周囲の兵士達に運ばれている。意識は失っている様だが剣で防いだのだろうか、頭から血を流しているもののそれほど酷い傷は見られない。刺が貫通したのは太ももの一箇所。
マルスは一切防ぐことも出来なかったのだろう。串刺しにされ、刺に胸でぶら下がっている。
幸いなことに、魔法使いの二人は距離もあったおかげでそれを防いでいた様だ。
しかし、今まで4.5対1で戦っていて互角だった相手に、残り二人。
たまきの状況は分からないが大打撃なのは間違いがない。
その状況を見て、早く戦線に復帰しなければと魔法使いを急かしながらも、サンダルは状況を今の内にと把握し続ける。
たまきが刺を解除して再び現れる。
再び笑みを浮かべるたまきの表情は、先ほどまでよりも余裕を失っているようだった。
一旦戦闘から抜けて、興奮状態では無くなった頭でその後の戦いを見ていて気づくことがある。
たまきの戦闘は最初から、何かがおかしい
戦場を縦横無尽に駆け回って奇襲を繰り返していたサンダルは、心の中でそう嘆く。
「聖女様すら守りたいなんて見栄を張っておいて、誰一人として守れないとは……」
既に多くの仲間が倒れている。
魔王討伐隊として事前に訓練をしてきた中でも既に四人。完全に戦意喪失してしまったオリヴィアに、ナディア、ディエゴに続いてライラ。
グレーズの王や英雄候補と呼ばれていない魔王討伐軍の人員も含めれば五十人以上が戦闘不能に陥っている。死者のみならず、戦意喪失してしまった者も少なくはない。目の前で英雄視されていたディエゴやライラが殺されたのだ。自ら放った魔法は一切通用せず、弓は手痛い反撃を受けるのだから、それも仕方のないこと。
そんな彼らを守る為に、サンダルは人知れず修行を続けてきたはずだった。
それが蓋を開けてみればどうだ。
魔物だと割り切って挑んだたまきには尽く止められる。まるでかつての聖女の様に蔦の魔法で簡単に。かつての聖女様よりその魔法は脆いだろうが、それでも届かないのなら同じことだ。自身も修行によって威力は遥かに強化されている。60m程のドラゴンならば、今なら一撃で仕留められる自信がある。
それが魔王ですらない魔物に届かない。
では肝心の魔王はどうなのか。
結果は魔王がレインだと分かった時点で分かり切っていたのかもしれない。
全ての攻撃が当然の様に回避される。全ての攻撃に当然の様にカウンターを仕掛けてくる。
それこそ、この男に念の為と情けで渡された一度も抜いていないショートソードを使って手数を増やそうと思った位に隙がない。
それも、無駄だとすぐに気づく。
エリーの猛攻を見ると、流石の一言としか言葉が出ない。常にカウンターに備えた二手目三手目を用意し、押されてはいるものの擦り傷以上の怪我を負っていない。
最初に放った「遊ぼう」の一言に訝しげな顔をしていた連中も、いざその戦いを見れば言葉を無くしている。
そんな高度な戦いの最中に6年以上使ってない剣で割って入った所で、死人が一人増えるだけの話だ。
ならば役に立っていないかと言われれば、そうではない。
その斧の巨大な質量と討伐隊最高のスピードで攻撃をすれば少なからずたまきの意識は防御力を増加することに割かれるし、時折出来てしまうエリーとイリスの隙を埋める程度のことは出来る。
しかし、その程度。
全く、嫌になるな。
サンダルは出来る役割を、悔しさを押し殺して唇を噛み締めながらひたすらに続けた。
……。
イリスの力はエリーの力との相性が非常に良い。
「右!」
エリーが叫ぶ。
イリスはその言葉の意味を、正確に受け取ることが出来る。
右に回るから距離を取って炎の魔法を撃って欲しい。
ほぼ心を読み取っているのと変わらない程に洗練された今のイリスは、そんな短い言葉のエリーの言葉に心の中で返事をすると、距離をとって火球を生み出す。
「ステップ!」
それを回避したレインは次いで襲いかかるエリーの長剣レインを伸びる限界、きっちり1.5mで回避する。
そこに構えていたのは、レインのステップ回避を読んでいたエリーの掛け声からのイリスだ。
全力で鉈を振り下ろすイリスを、レインは無くなった方の腕を通過する様に回避する。
その隙を突いてイリスを仕留めようとするレインを、サンダルが妨害する。エリーはサンダルが離脱するのを助けて再びレインと打ち合い。
――。
そんなことをしばらく繰り返した後だった。
最初に戦況が変化したのは、たまきの側だった。
サンダルが、もう何度目か分からないたまきに攻め込んだ時。
「けほっ……」
ツーと、口の端から血が滴る。
レインの右腕が無くなった時も、一瞬辛そうな顔をしただけで笑みを殆ど崩さなかったたまき。
そんな彼女が、その妖艶な笑みを変えないままに無言の異変を示し始める。
一瞬のふらつきを、サンダルは見逃しはしなかった。
「美女を手にかけるのは苦しいが……」
誰にも聞こえないほどの声でそう呟いたサンダルは、今までのもどかしさを晴らすかの様に、全力で斧を振り抜かんとした。
「うぐっ!」
気がつけば、空が見えている。
体中に酷い激痛。特に腹部は酷く、ぬめっとした嫌な感触がある。
「サンダル様!」
そんな叫び声が遠くに聞こえる。
辛うじて覚えているのは、目の前を緑が覆うのと同時に、斧が弾け飛んだこと位だろうか。
近づいて来た兵士達が素早く距離を取り、魔法使い達が治療を開始し始めた頃、ようやく落ち着き始めた意識で周囲を眺めると、そこには悪夢の様な光景が広がっていた。
ハリセンボンの様に刺状の植物を展開したたまきの魔法で、クーリアも同じく周囲の兵士達に運ばれている。意識は失っている様だが剣で防いだのだろうか、頭から血を流しているもののそれほど酷い傷は見られない。刺が貫通したのは太ももの一箇所。
マルスは一切防ぐことも出来なかったのだろう。串刺しにされ、刺に胸でぶら下がっている。
幸いなことに、魔法使いの二人は距離もあったおかげでそれを防いでいた様だ。
しかし、今まで4.5対1で戦っていて互角だった相手に、残り二人。
たまきの状況は分からないが大打撃なのは間違いがない。
その状況を見て、早く戦線に復帰しなければと魔法使いを急かしながらも、サンダルは状況を今の内にと把握し続ける。
たまきが刺を解除して再び現れる。
再び笑みを浮かべるたまきの表情は、先ほどまでよりも余裕を失っているようだった。
一旦戦闘から抜けて、興奮状態では無くなった頭でその後の戦いを見ていて気づくことがある。
たまきの戦闘は最初から、何かがおかしい
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