378 / 592
第十章:鬼の娘
第百四十一話:……なんで、なんで妾は
しおりを挟む
アリエルの白髪が、鮮血に染まる。
その瞬間、アリエルは全てを理解した。
自分がその場に居なければならなかった理由。非戦闘員である筈の自分が戦闘現場に居合わせなければならないと力が示した、それが最善の一手となる、その理由を。
それと同時に、どうしようもない後悔が襲う。
「な、なんで、そんな……」
確かにそれは、魔王レインにとって初のダメージだ。
凡ゆる手段を尽くしてもかすり傷一つ与えられなかった相手にようやく与えられた逆転への足がかりとなるだろう。
そう考えれば確かに、確かに、それが最善だったのかもしれない。
しかしその代償は、余りにも大きすぎた。
「かふっ…………」
口からも胸からもボタボタと血を噴き出しながら、振り返る。
胴を貫通したその腕は、確実に動脈を傷付けており、足元には赤い水たまり。
「……大丈夫ですか、アリエルちゃん?」
目の前に立つ薄緑の髪の毛の護衛が、既に焦点の定まっていない瞳で言う。
「ああ、大丈夫だ」
アリエルの口は、自然とそんな言葉を呟いていた。
状況の把握は出来ている。
自分はレインに狙われ、たまたま近くに転がってきたライラに、ギリギリの状態で辛うじて助けられたのだ。
間に合うか否かギリギリの状態。
ライラは力を発動することすら出来ず、必死に駆けた結果、辛うじてアリエルの前に立つことが出来た。
アリエルを狙う筈だったレインの貫手はそのままライラを貫いた所で止まった。
そんな状況だ。
走った本人ですら無自覚の飛び込みにレインも反応出来なかったのか、もしくはライラを殺すつもりだったのかは今となっては最早どうでも良いこと。
アリエルの目の前に立つ護衛は、姉の様に慕っていた幼馴染は、胸に穴を開けたままに笑顔になる。
「そっか。良かった。……けふ、レイン様、私の一手、…………いかがで、す……」
そのまま膝から崩れ落ちたライラは既に息絶えていて、……その奥のレインは右腕が吹き飛んでいる。
ライラのダメージ移動。それは貫かれた後に辛うじて発動し、レインの腕を吹き飛ばした。レインの貫手は心臓に到達していたのかもしれない。ライラの力はそのダメージを完全に移動すること叶わず、途中で力尽きてしまったらしい。
「ら、らいら?」
アリエルは未だに目の前の光景が信じられないかの様にライラに這い寄る。
自分の手が汚れることなどまるで意に介さず、目の前に魔王が居ることすら忘れたかの様に、微笑みを残すライラをゆすりながら、その名前を呼ぶ。
「ねえ、ライラ、ライラ……ねえって……」
ライラの役割は、護衛兼女王の命のストック。
それは理解していた筈なのに。自分が死ぬ時にライラがそれを受け取って代わりに死ぬということならば、受け入れる筈だったのに。
しかしライラは、自らの体で守って、その命を落とした。それがどうしても、納得いかない様な、嘘だと言いたい様な、どうしようも無い感覚で。
……正しき道を信用した自分を、これ以上無い程に後悔した。
不思議なことに、涙は出ていない。
未だに悲しみよりも信じたくないと言う感情の方が先に立ってしまう現状に嫌になりかけた頃、エリーとイリスの声が遠くで聞こえた。
「イリス姉!」
「了解!」
ほぼ同時に体が浮き上がる感覚と、バキッという剣戟の音。
見上げると、武器を背にしまったイリスが、左腕、盾側に自分を、右腕にライラを抱えてエリーから遠ざかっていくのが見える。
そこまで来て、隣のライラの体から力が完全に抜けているのを見て、アリエルはようやく現状を理解した。
「う……うぅ…………、らいらぁ……」
それまで全く出ていなかった涙が、突然溢れ出す。
自分が死ぬことは覚悟していた。
戦えないのに前線に出ていたのだ。それで死ぬならば仕方が無いと思っていた。それで出来た隙を利用して魔王を倒せるのならば、喜んで犠牲になろうと。
それでライラがダメージを肩代わりするのならば、仕方ないと思っていた。ライラは事前にそれを覚悟していたことを知っている。
でも、実際はまるで違う。
覚悟だとか、そんな言葉では片付けられない。
「ライラ……なんで、なんで妾は無傷なのぉ……?」
死ぬほどのダメージを受けて、その身代わりにライラがなるのならば、まだ分かる。
その力が見つけられた瞬間から、ライラはその為に生きてきたのだ。やる気が出ないと言っていた時期もあったが、それでもその時の為にライラはそれなりの訓練を、女王の代わりに死ぬ訓練をしてきた筈だった。
だったらせめて、自分が死にかけた時に身代わりとなるべきだと、アリエルはライラに忠告してきた。
それを、力すら使わずに自分の肉体だけで守るなんて、想像していなかった。
ライラが身代わりとなって死ぬのならば、せめて自分も同じ痛みを味わいたい。そう、ずっと思っていたのに……。
「うぐ、……えぐ……ライラ……」
「お疲れ様でした、ライラさん。アリエルちゃん、後は私達に任せて、おやすみなさい」
二人を抱えて撤退するイリスが、咽び泣くアリエルにそう告げる。
言霊を操るイリスの言葉は、感情を露わにするアリエルには自然と入り込んでいく。エリーの精神操作とは真逆の優しい言霊は、アリエルに出来た心の隙間を埋めるように浸透して、アルカナウィンドの若き女王は、護衛と共に一先ずの役割を終えた。
「狐の方は互いに均衡状態。レインさんへの回復はエレナちゃんが阻害してるのかな……。二人が必死に作ってくれたチャンス、無駄には出来ない」
イリスが向かう先にはファーストコンタクトからずっと全力で戦い続け、既に肩で息をしているエリーと、たった今反撃を受け吹き飛んだサンダルが居る。
どちらが勝つにしろ、もうそろそろ決着が着く頃の様だ。
その瞬間、アリエルは全てを理解した。
自分がその場に居なければならなかった理由。非戦闘員である筈の自分が戦闘現場に居合わせなければならないと力が示した、それが最善の一手となる、その理由を。
それと同時に、どうしようもない後悔が襲う。
「な、なんで、そんな……」
確かにそれは、魔王レインにとって初のダメージだ。
凡ゆる手段を尽くしてもかすり傷一つ与えられなかった相手にようやく与えられた逆転への足がかりとなるだろう。
そう考えれば確かに、確かに、それが最善だったのかもしれない。
しかしその代償は、余りにも大きすぎた。
「かふっ…………」
口からも胸からもボタボタと血を噴き出しながら、振り返る。
胴を貫通したその腕は、確実に動脈を傷付けており、足元には赤い水たまり。
「……大丈夫ですか、アリエルちゃん?」
目の前に立つ薄緑の髪の毛の護衛が、既に焦点の定まっていない瞳で言う。
「ああ、大丈夫だ」
アリエルの口は、自然とそんな言葉を呟いていた。
状況の把握は出来ている。
自分はレインに狙われ、たまたま近くに転がってきたライラに、ギリギリの状態で辛うじて助けられたのだ。
間に合うか否かギリギリの状態。
ライラは力を発動することすら出来ず、必死に駆けた結果、辛うじてアリエルの前に立つことが出来た。
アリエルを狙う筈だったレインの貫手はそのままライラを貫いた所で止まった。
そんな状況だ。
走った本人ですら無自覚の飛び込みにレインも反応出来なかったのか、もしくはライラを殺すつもりだったのかは今となっては最早どうでも良いこと。
アリエルの目の前に立つ護衛は、姉の様に慕っていた幼馴染は、胸に穴を開けたままに笑顔になる。
「そっか。良かった。……けふ、レイン様、私の一手、…………いかがで、す……」
そのまま膝から崩れ落ちたライラは既に息絶えていて、……その奥のレインは右腕が吹き飛んでいる。
ライラのダメージ移動。それは貫かれた後に辛うじて発動し、レインの腕を吹き飛ばした。レインの貫手は心臓に到達していたのかもしれない。ライラの力はそのダメージを完全に移動すること叶わず、途中で力尽きてしまったらしい。
「ら、らいら?」
アリエルは未だに目の前の光景が信じられないかの様にライラに這い寄る。
自分の手が汚れることなどまるで意に介さず、目の前に魔王が居ることすら忘れたかの様に、微笑みを残すライラをゆすりながら、その名前を呼ぶ。
「ねえ、ライラ、ライラ……ねえって……」
ライラの役割は、護衛兼女王の命のストック。
それは理解していた筈なのに。自分が死ぬ時にライラがそれを受け取って代わりに死ぬということならば、受け入れる筈だったのに。
しかしライラは、自らの体で守って、その命を落とした。それがどうしても、納得いかない様な、嘘だと言いたい様な、どうしようも無い感覚で。
……正しき道を信用した自分を、これ以上無い程に後悔した。
不思議なことに、涙は出ていない。
未だに悲しみよりも信じたくないと言う感情の方が先に立ってしまう現状に嫌になりかけた頃、エリーとイリスの声が遠くで聞こえた。
「イリス姉!」
「了解!」
ほぼ同時に体が浮き上がる感覚と、バキッという剣戟の音。
見上げると、武器を背にしまったイリスが、左腕、盾側に自分を、右腕にライラを抱えてエリーから遠ざかっていくのが見える。
そこまで来て、隣のライラの体から力が完全に抜けているのを見て、アリエルはようやく現状を理解した。
「う……うぅ…………、らいらぁ……」
それまで全く出ていなかった涙が、突然溢れ出す。
自分が死ぬことは覚悟していた。
戦えないのに前線に出ていたのだ。それで死ぬならば仕方が無いと思っていた。それで出来た隙を利用して魔王を倒せるのならば、喜んで犠牲になろうと。
それでライラがダメージを肩代わりするのならば、仕方ないと思っていた。ライラは事前にそれを覚悟していたことを知っている。
でも、実際はまるで違う。
覚悟だとか、そんな言葉では片付けられない。
「ライラ……なんで、なんで妾は無傷なのぉ……?」
死ぬほどのダメージを受けて、その身代わりにライラがなるのならば、まだ分かる。
その力が見つけられた瞬間から、ライラはその為に生きてきたのだ。やる気が出ないと言っていた時期もあったが、それでもその時の為にライラはそれなりの訓練を、女王の代わりに死ぬ訓練をしてきた筈だった。
だったらせめて、自分が死にかけた時に身代わりとなるべきだと、アリエルはライラに忠告してきた。
それを、力すら使わずに自分の肉体だけで守るなんて、想像していなかった。
ライラが身代わりとなって死ぬのならば、せめて自分も同じ痛みを味わいたい。そう、ずっと思っていたのに……。
「うぐ、……えぐ……ライラ……」
「お疲れ様でした、ライラさん。アリエルちゃん、後は私達に任せて、おやすみなさい」
二人を抱えて撤退するイリスが、咽び泣くアリエルにそう告げる。
言霊を操るイリスの言葉は、感情を露わにするアリエルには自然と入り込んでいく。エリーの精神操作とは真逆の優しい言霊は、アリエルに出来た心の隙間を埋めるように浸透して、アルカナウィンドの若き女王は、護衛と共に一先ずの役割を終えた。
「狐の方は互いに均衡状態。レインさんへの回復はエレナちゃんが阻害してるのかな……。二人が必死に作ってくれたチャンス、無駄には出来ない」
イリスが向かう先にはファーストコンタクトからずっと全力で戦い続け、既に肩で息をしているエリーと、たった今反撃を受け吹き飛んだサンダルが居る。
どちらが勝つにしろ、もうそろそろ決着が着く頃の様だ。
0
お気に入りに追加
402
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
お願いだから俺に構わないで下さい
大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。
17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。
高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。
本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。
折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。
それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。
これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。
有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…
異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!
理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。
ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。
仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる