雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第十章:鬼の娘

第百四十一話:……なんで、なんで妾は

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 アリエルの白髪が、鮮血に染まる。
 その瞬間、アリエルは全てを理解した。
 自分がその場に居なければならなかった理由。非戦闘員である筈の自分が戦闘現場に居合わせなければならないと力が示した、それが最善の一手となる、その理由を。
 それと同時に、どうしようもない後悔が襲う。

「な、なんで、そんな……」

 確かにそれは、魔王レインにとって初のダメージだ。
 凡ゆる手段を尽くしてもかすり傷一つ与えられなかった相手にようやく与えられた逆転への足がかりとなるだろう。
 そう考えれば確かに、確かに、それが最善だったのかもしれない。

 しかしその代償は、余りにも大きすぎた。

「かふっ…………」

 口からも胸からもボタボタと血を噴き出しながら、振り返る。
 胴を貫通したその腕は、確実に動脈を傷付けており、足元には赤い水たまり。

「……大丈夫ですか、アリエルちゃん?」

 目の前に立つ薄緑の髪の毛の護衛が、既に焦点の定まっていない瞳で言う。
「ああ、大丈夫だ」
 アリエルの口は、自然とそんな言葉を呟いていた。

 状況の把握は出来ている。
 自分はレインに狙われ、たまたま近くに転がってきたライラに、ギリギリの状態で辛うじて助けられたのだ。
 間に合うか否かギリギリの状態。
 ライラは力を発動することすら出来ず、必死に駆けた結果、辛うじてアリエルの前に立つことが出来た。
 アリエルを狙う筈だったレインの貫手はそのままライラを貫いた所で止まった。
 そんな状況だ。
 走った本人ですら無自覚の飛び込みにレインも反応出来なかったのか、もしくはライラを殺すつもりだったのかは今となっては最早どうでも良いこと。

 アリエルの目の前に立つ護衛は、姉の様に慕っていた幼馴染は、胸に穴を開けたままに笑顔になる。

「そっか。良かった。……けふ、レイン様、私の一手、…………いかがで、す……」

 そのまま膝から崩れ落ちたライラは既に息絶えていて、……その奥のレインは右腕が吹き飛んでいる。
 ライラのダメージ移動。それは貫かれた後に辛うじて発動し、レインの腕を吹き飛ばした。レインの貫手は心臓に到達していたのかもしれない。ライラの力はそのダメージを完全に移動すること叶わず、途中で力尽きてしまったらしい。

「ら、らいら?」

 アリエルは未だに目の前の光景が信じられないかの様にライラに這い寄る。
 自分の手が汚れることなどまるで意に介さず、目の前に魔王が居ることすら忘れたかの様に、微笑みを残すライラをゆすりながら、その名前を呼ぶ。

「ねえ、ライラ、ライラ……ねえって……」

 ライラの役割は、護衛兼女王の命のストック。
 それは理解していた筈なのに。自分が死ぬ時にライラがそれを受け取って代わりに死ぬということならば、受け入れる筈だったのに。
 しかしライラは、自らの体で守って、その命を落とした。それがどうしても、納得いかない様な、嘘だと言いたい様な、どうしようも無い感覚で。
 ……正しき道を信用した自分を、これ以上無い程に後悔した。
 不思議なことに、涙は出ていない。

 未だに悲しみよりも信じたくないと言う感情の方が先に立ってしまう現状に嫌になりかけた頃、エリーとイリスの声が遠くで聞こえた。

「イリス姉!」
「了解!」

 ほぼ同時に体が浮き上がる感覚と、バキッという剣戟の音。
 見上げると、武器を背にしまったイリスが、左腕、盾側に自分を、右腕にライラを抱えてエリーから遠ざかっていくのが見える。
 そこまで来て、隣のライラの体から力が完全に抜けているのを見て、アリエルはようやく現状を理解した。

「う……うぅ…………、らいらぁ……」

 それまで全く出ていなかった涙が、突然溢れ出す。
 自分が死ぬことは覚悟していた。
 戦えないのに前線に出ていたのだ。それで死ぬならば仕方が無いと思っていた。それで出来た隙を利用して魔王を倒せるのならば、喜んで犠牲になろうと。
 それでライラがダメージを肩代わりするのならば、仕方ないと思っていた。ライラは事前にそれを覚悟していたことを知っている。
 でも、実際はまるで違う。
 覚悟だとか、そんな言葉では片付けられない。

「ライラ……なんで、なんで妾は無傷なのぉ……?」

 死ぬほどのダメージを受けて、その身代わりにライラがなるのならば、まだ分かる。
 その力が見つけられた瞬間から、ライラはその為に生きてきたのだ。やる気が出ないと言っていた時期もあったが、それでもその時の為にライラはそれなりの訓練を、女王の代わりに死ぬ訓練をしてきた筈だった。
 だったらせめて、自分が死にかけた時に身代わりとなるべきだと、アリエルはライラに忠告してきた。

 それを、力すら使わずに自分の肉体だけで守るなんて、想像していなかった。
 ライラが身代わりとなって死ぬのならば、せめて自分も同じ痛みを味わいたい。そう、ずっと思っていたのに……。

「うぐ、……えぐ……ライラ……」
「お疲れ様でした、ライラさん。アリエルちゃん、後は私達に任せて、おやすみなさい」

 二人を抱えて撤退するイリスが、咽び泣くアリエルにそう告げる。
 言霊を操るイリスの言葉は、感情を露わにするアリエルには自然と入り込んでいく。エリーの精神操作とは真逆の優しい言霊は、アリエルに出来た心の隙間を埋めるように浸透して、アルカナウィンドの若き女王は、護衛と共に一先ずの役割を終えた。

「狐の方は互いに均衡状態。レインさんへの回復はエレナちゃんが阻害してるのかな……。二人が必死に作ってくれたチャンス、無駄には出来ない」

 イリスが向かう先にはファーストコンタクトからずっと全力で戦い続け、既に肩で息をしているエリーと、たった今反撃を受け吹き飛んだサンダルが居る。
 どちらが勝つにしろ、もうそろそろ決着が着く頃の様だ。
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