雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第十章:鬼の娘

第百四十話:作戦は悪くないな

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 戦局は膠着状態に突入した。
 たまきの言葉通りにルーク達が直接分解される等ということは無かったが、尽く魔法は防がれクーリアの物理攻撃も有効打にはならない。
 サンダルもたまきの近くに居ると魅了によって魅力的に見え始め危険だということで暫くの時間を置いてのヒットアンドアウェイをするしかない。時折レインの方に奇襲を仕掛けては回避されて、反撃を受ける前に再び離れることを余儀なくされる。

 レイン側はエリーを中心としてライラが攻め、イリスがアリエルとの間に入って守るという役割を果たしている。しかしこちらの戦況も芳しくはない。
 エリーの武器の一つヴィクトリアも、幾度かのコンタクトの間に破壊され、宝剣としての役割を失ってしまった。それは同時に、フィリオナのダメージを逃す先が失われるということ。その結果、大盾であるフィリオナも少しずつ傷つき始めている。
 しかしながらこの戦いは明確に、エリー達に有利に働いている点がある。

 それはつまり、レインがなんの装備もしていない素手の状態であるということだ。
 ライラの力は防具や武器を装備していない、素手の状態であれば力を反射出来る。明確にはダメージの移動なので多少は違うものの、概ね相手の力がそのまま自分に跳ね返ってくるということで間違いない。
 それにライラ持ち前の怪力が合わさることで、ライラの一撃はルークのメテオインパクトにすら匹敵する破壊力を生み出すことすらある。つまり、ライラの一撃がかすりでもすれば、そこから一気に逆転出来る可能性があるところが、有利な点。
 その力の欠点は、ライラが意識をしている時でなければダメージの移動は出来ないという点ではあるが、逆に言えば意識している以上はレインは能動的にライラを傷付けることが出来ないと言える。

 そんなライラが、レインの手数を明確に減らしていた。
 とは言っても、レインも達人。それは当然、エリーよりも遥かに上の。
 ライラはしばしば触れられることさえも辛うじてしか認識出来ない内に投げられ、歯がゆい思いを繰り返していた。
 結果的に膠着状態ではあるものの、エリーやライラには次第に生傷が増えて行く。

 それを見ていて、どうしてももどかしさを感じてしまう兵士達も居る。
 魔法師団の一員、弓に秀でた者達。
 そんな者達は時折レインやたまきに援護攻撃を加えては、手痛い反撃を受けていた。
 死者も、レイン側では少なくない。射った矢をそのままキャッチされ投げ返され、当たり所が悪く心臓や頭に当たれば魔法での治療すら不可能な場合が殆ど。
 しかしそれでもと、エリー達が圧されるのを見て援護をする兵士達は多かった。

 そんな攻防がしばらく続いた後だった。
 魔王レインは、”サニィ”を諦めていなかった。

 エリーが片手剣のベルナールを破壊されてすぐ、バランスを崩した瞬間にレインは強烈な蹴りを放つ。それをエリーはなんとかフィリオナで防ぐものの、その蹴りはダメージを与えることよりもむしろ、距離を離す為の蹴り。強烈な圧力に小柄なエリーはバランスを崩した状態では踏ん張ることも出来ずに弾き飛ばされてしまう。それを、レインは明確な隙だと読み取った。
 オリヴィアをも凌ぐ速度で、レインはアリエルの奥、ナディア、”レインから見ればサニィ”を取り戻そうと駆け出す。
 その道中には、イリスが構えている。

「――バインド! ――――――ライトニングスピア!」

 徹底的に訓練してきたことの一つ、高速詠唱。
 いざという時に、どこまで呪文を簡略化して魔法事象を引き起こせるのか、どこまで口を上手く回せるのか、その訓練の賜物の一つ。
 ルークやエレナには及ばないものの、いざという時にほんの一瞬でも、ほんの少しでも足止めを、ダメージを与えることが出来ればと考えて磨いてきた技術。
 それがレインを一瞬だけ足止めし、一瞬とは言え、横に飛ぶ回避行動を起こさせる。
 そして、「ファイアウォール!」回避したレインの左右に火の壁を放ち、行動する方向を制限する。

 レインの性格から、この後に起こす行動は簡単に推測が出来る。
 進める方向は通常であれば前方イリスの正面、もしくは後方、着地したエリーの方向。しかしレインの力ならば炎の壁を突き抜けることすら出来るだろう。とはいえ、誰しもが横への強引な突破も後方への退避もしないということが分かっていた。
 レインの進む方向は、直進だ。
 どんな状態でも、あの男は紙一重の回避を行う自信がある。それはやったことがないが出来そうという自信ではなく、ただ今までやり続けてきた、結果からの効率的な判断。その判断を、この男は一度として間違えたことが無い。一度間違えたら死んでいる様な戦闘を繰り返したのだから当然だ。
 だから、レインはこのままイリスをなぎ倒してナディアへと向かう。
 その場に居た英雄候補の、誰しもがそれを理解していた。

「んんっ!」

 肩に乗せた新しい武器、巨大な鉈の様な剣を、横薙ぎで振るう。
 レインはそれを屈みながら難なく回避し、首狙い。
 それを、分かっていた者がいる。

 イリスの首目がけて向かう手刀を、ライラが受け止める。
 ファイアウォールは、レインの動きを封じるためにやったわけではない。その性格を信じて行っためくらまし。ライラはその壁の反対側から、イリスの意図を汲んで全力で回り込んでいた。
 辛うじて、レインの足止めが成功したことで間に合った。
 レインが直進することを分かっていたからこそ、そこで待ち構えていた。
 辛うじて伸ばした手に、反射を全開にして。

 しかしそれすら、レインには届かない。
 首を貫こうとする手刀はライラの手を見て折りたたまれ、拳は僅かに触れず。 レインの狛の村の人間としての力は、圧倒的な瞬発力と空間把握だ。
 それを分かっていても、驚かずにはいられない。レイン以外のどんな敵であろうと、エリーだろうと、オリヴィアであろうと、あれを回避することなど出来はしない。どう見ても、気づいたのは手が触れる寸前だ。

「なんて速さ……」
「作戦は悪くないな」

 言うが早いか、ライラは篭手を掴まれ投げ飛ばされ、転がっていく。
 辛うじて受身は取ったものの、掴まれた篭手は予想よりも脆かったのかベルト部分でちぎれている。
 ちぎれる事は予想外だったのか、ライラが飛ばされた方向はレインが投げ飛ばそうとした場所からは明らかにずれていて、直後に蹴り飛ばされたイリスは全く別の方向に飛ばされていく。
 イリスはライラが投げとばされる間の僅かの時間で体勢を立て直し、上手く盾で受けられた様で、綺麗に受身を取っていた。

 しかし、つまり今、アリエルは無防備だ。

 それを逃すレインならば、魔王になどなるわけがないだろう。
 魔王レインは、いとも簡単にアリエルを貫かんとする。

 そしてそのまま、アリエルは、鮮血に染まった。
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