369 / 592
第十章:鬼の娘
第百三十二話:……私であれば、それらを実戦で使うのは怖いです
しおりを挟む
騎士達や王、ディエゴの遺体はその場に居た斥候達に全て任せたエリーは一人の斥候を連れてそのままアルカナウィンドの王城へと戻っていた。
「救えなかったからと言って一々悲しんでいたら次の魔王戦に支障が出る」
そう残る斥候達には伝えての帰還。
戦場での心の乱れでの判断ミスは致命的だ。流石にそれを咎めるような者は居なかったが、誰しもがエリーは心に深い傷を負っているだろうと想像しているのを感じ取った。
ところが、実のところエリーはそれほど悲しんではいなかった。
エリーの世界は狭い。
それは、心が読めることこそが原因だ。
物心ついた頃から、エリーは他者の心を読んでいた。
最初に気づいたことは、母の愛と村人達の侮蔑の感情。幼いエリーにとっては、母親のみが世界の全てだった。
それが変わったのは、村が盗賊団に襲われた時。
一組の男女に救われたことが、エリーの世界を広げるきっかけだった。
自分の世界を守る為に立ち上がったエリーを、男は見事だと褒め称えた。それはまるで敬意すら感じている様な、嘘偽り無く純粋な心で。
女の方は、純粋に驚いていた。今すぐ逃げ出したいと思う状況で母親を守る為にドラゴンの前に立ちふさがったエリーを見て、家族を思い出しながら驚いていた。
エリーは直ぐにその男女を信頼し、男の弟子となった。
世界にはいつしか、二人の住人が増えていた。
それからしばらくして、漣の女将、大将、ブロンセンの人々がエリーの世界の住人となる。
そして、その世界にずかずかと踏み込んできたのがオリヴィアだ。
最初は隠しもしない心が気持ち悪かったけれど、いつの間にか居なくてはならなくなっていた存在。まんまとやられたような、諦めただけの様な、複雑な気持ちだけれど、悪い人ではない。
しばらくは、そんな印象だった。
修行を重ねるうち、エリーは師匠達が連れてきた【仲間】の一人、アリエル・エリーゼと出会う。
母を亡くし酷く辛い思いをしていた彼女を、母だけが世界だった過去のあるエリーは放っておくことが出来なかった。無理やりにちょっかいをかける内にアリエルも少しずつ元気になっていくのを感じて、初めて対等な友人が出来た気がしていた。
それが、今のエリーの世界のほぼ全て。
いつしか大切なものとなっていた【仲間】も含めれば、エリーの世界は今でもそこで完結していると言って過言ではない。
――ディエゴさんは師匠のライバル、覚悟を決めてた。マルスさんは不屈だ。ナディアさんは……悲しいけれど、まだ生きてる。………………そして師匠も、穏やかだ。
そう考えれば、エリーは驚く程にあっさりと現状を受け入れることが出来た。
人々の殆どはエリーの力を知れば畏怖と嫌悪を覚える。師匠とお姉ちゃんが居なくなった時、家出をした経験からはっきりと実感していたこと。そしてそれは、オリヴィアに連れられてブロンセンの外に出た後もそれほど変わりない。いつしか、エリーにとってはそれがトラウマとなっていた。
王やアーツはそんなトラウマが出来てから出会った人物だ。
いくらオリヴィアの家族だとはいえ、今でも完全な信頼を置けていないのが現状。
どれだけアーツが可愛いとは言っても、まだ9歳。この先どの様に考えが変わるかなど、心を読めるエリーにも予想が付かない。いや、心が読めるからこそ、年齢と共に世界を知って変わっていく心が怖いのかもしれない。
だからエリーは王達の死を目前にしても、それほどショックを受けていなかった。
ディエゴが死んでしまったのは悲しいけれど、相手が師匠ならば納得だ。
むしろ、そんなことよりも父親を失ったオリヴィアの心配の方が先立っている。
これでオリ姉が再起不能になってしまったらどうしよう。私では力不足ではないのか。そんなことを考えてしまっている。
それがエリーという少女だった。
――。
――でも、まずは師匠を倒す方法を考えないと。いくら穏やかと言っても、師匠は人殺しなんかしたくないはず。レイニーって人のこと、本当は殺したくなかったって私は分かってる。王様だって、ディエゴさんだって、師匠は自分が殺したことを知ったら絶対……。師匠の為にも、オリ姉の為にも、私が止めてあげないと……。
そんなことを考えながら歩くエリーを、隣に歩く斥候は心配している。
通常、他者に心は伝わらない。
腕を組んで斜め下を見ながら歩くエリーが、落ち込んでいるのを必死に隠しているのだと考えた斥候は、「あの、もしも私に出来ることがあればなんでも言ってください」と気を遣う。
エリーはそれを見て、ふと気になった一つのことを尋ねてみることにした。
「ねえ、私の宝剣っておもちゃみたいかな? たまちゃんだけじゃなくて、前にサンダルさんも似たようなこと思ってたんだよね」
師匠を倒す方法は、思い浮かびはしない。
むしろ戦力が減ったことで、魔王側は戦力が増大したことで、更なる苦戦を強いられることが目に見えている。
そんな中で少しだけ気になった言葉が、それだった。
おもちゃの様な宝剣。
「え、えーと。私はその、特殊な宝剣達だとは思いますがおもちゃとは……」
心を読めない斥候はエリーの真意を読めず、気を遣う。
そこに少しばかりイラっとしてしまうが、なんとか抑えつつ。
「隠さなくて良いよ。私の宝剣達が変わってることなんて分かってるからさ。で、どう?」
「え、えーと、……私であれば、それらを実戦で使うのは怖いです。現状ではデメリットのある宝剣よりも、扱い易いシンプルなものの方が好まれますから……」
「そっか。そうだよね。師匠の剣は壊れないだけ。オリ姉のは軽くて鋭いだけ。ディエゴさんのは良く切れて丈夫なだけ。私より強い人の武器はみんなシンプル。でも、これは師匠から、…………あ」
エリーは何かに気づいた様にぽんと手を打つ。
落ち込んでいる様に見えていた斥候はその余りの軽さに驚いて、「あの、どうしました? エリー様?」などとおろおろし始めるが、最早エリーにその言葉は届いて居なかった。
「救えなかったからと言って一々悲しんでいたら次の魔王戦に支障が出る」
そう残る斥候達には伝えての帰還。
戦場での心の乱れでの判断ミスは致命的だ。流石にそれを咎めるような者は居なかったが、誰しもがエリーは心に深い傷を負っているだろうと想像しているのを感じ取った。
ところが、実のところエリーはそれほど悲しんではいなかった。
エリーの世界は狭い。
それは、心が読めることこそが原因だ。
物心ついた頃から、エリーは他者の心を読んでいた。
最初に気づいたことは、母の愛と村人達の侮蔑の感情。幼いエリーにとっては、母親のみが世界の全てだった。
それが変わったのは、村が盗賊団に襲われた時。
一組の男女に救われたことが、エリーの世界を広げるきっかけだった。
自分の世界を守る為に立ち上がったエリーを、男は見事だと褒め称えた。それはまるで敬意すら感じている様な、嘘偽り無く純粋な心で。
女の方は、純粋に驚いていた。今すぐ逃げ出したいと思う状況で母親を守る為にドラゴンの前に立ちふさがったエリーを見て、家族を思い出しながら驚いていた。
エリーは直ぐにその男女を信頼し、男の弟子となった。
世界にはいつしか、二人の住人が増えていた。
それからしばらくして、漣の女将、大将、ブロンセンの人々がエリーの世界の住人となる。
そして、その世界にずかずかと踏み込んできたのがオリヴィアだ。
最初は隠しもしない心が気持ち悪かったけれど、いつの間にか居なくてはならなくなっていた存在。まんまとやられたような、諦めただけの様な、複雑な気持ちだけれど、悪い人ではない。
しばらくは、そんな印象だった。
修行を重ねるうち、エリーは師匠達が連れてきた【仲間】の一人、アリエル・エリーゼと出会う。
母を亡くし酷く辛い思いをしていた彼女を、母だけが世界だった過去のあるエリーは放っておくことが出来なかった。無理やりにちょっかいをかける内にアリエルも少しずつ元気になっていくのを感じて、初めて対等な友人が出来た気がしていた。
それが、今のエリーの世界のほぼ全て。
いつしか大切なものとなっていた【仲間】も含めれば、エリーの世界は今でもそこで完結していると言って過言ではない。
――ディエゴさんは師匠のライバル、覚悟を決めてた。マルスさんは不屈だ。ナディアさんは……悲しいけれど、まだ生きてる。………………そして師匠も、穏やかだ。
そう考えれば、エリーは驚く程にあっさりと現状を受け入れることが出来た。
人々の殆どはエリーの力を知れば畏怖と嫌悪を覚える。師匠とお姉ちゃんが居なくなった時、家出をした経験からはっきりと実感していたこと。そしてそれは、オリヴィアに連れられてブロンセンの外に出た後もそれほど変わりない。いつしか、エリーにとってはそれがトラウマとなっていた。
王やアーツはそんなトラウマが出来てから出会った人物だ。
いくらオリヴィアの家族だとはいえ、今でも完全な信頼を置けていないのが現状。
どれだけアーツが可愛いとは言っても、まだ9歳。この先どの様に考えが変わるかなど、心を読めるエリーにも予想が付かない。いや、心が読めるからこそ、年齢と共に世界を知って変わっていく心が怖いのかもしれない。
だからエリーは王達の死を目前にしても、それほどショックを受けていなかった。
ディエゴが死んでしまったのは悲しいけれど、相手が師匠ならば納得だ。
むしろ、そんなことよりも父親を失ったオリヴィアの心配の方が先立っている。
これでオリ姉が再起不能になってしまったらどうしよう。私では力不足ではないのか。そんなことを考えてしまっている。
それがエリーという少女だった。
――。
――でも、まずは師匠を倒す方法を考えないと。いくら穏やかと言っても、師匠は人殺しなんかしたくないはず。レイニーって人のこと、本当は殺したくなかったって私は分かってる。王様だって、ディエゴさんだって、師匠は自分が殺したことを知ったら絶対……。師匠の為にも、オリ姉の為にも、私が止めてあげないと……。
そんなことを考えながら歩くエリーを、隣に歩く斥候は心配している。
通常、他者に心は伝わらない。
腕を組んで斜め下を見ながら歩くエリーが、落ち込んでいるのを必死に隠しているのだと考えた斥候は、「あの、もしも私に出来ることがあればなんでも言ってください」と気を遣う。
エリーはそれを見て、ふと気になった一つのことを尋ねてみることにした。
「ねえ、私の宝剣っておもちゃみたいかな? たまちゃんだけじゃなくて、前にサンダルさんも似たようなこと思ってたんだよね」
師匠を倒す方法は、思い浮かびはしない。
むしろ戦力が減ったことで、魔王側は戦力が増大したことで、更なる苦戦を強いられることが目に見えている。
そんな中で少しだけ気になった言葉が、それだった。
おもちゃの様な宝剣。
「え、えーと。私はその、特殊な宝剣達だとは思いますがおもちゃとは……」
心を読めない斥候はエリーの真意を読めず、気を遣う。
そこに少しばかりイラっとしてしまうが、なんとか抑えつつ。
「隠さなくて良いよ。私の宝剣達が変わってることなんて分かってるからさ。で、どう?」
「え、えーと、……私であれば、それらを実戦で使うのは怖いです。現状ではデメリットのある宝剣よりも、扱い易いシンプルなものの方が好まれますから……」
「そっか。そうだよね。師匠の剣は壊れないだけ。オリ姉のは軽くて鋭いだけ。ディエゴさんのは良く切れて丈夫なだけ。私より強い人の武器はみんなシンプル。でも、これは師匠から、…………あ」
エリーは何かに気づいた様にぽんと手を打つ。
落ち込んでいる様に見えていた斥候はその余りの軽さに驚いて、「あの、どうしました? エリー様?」などとおろおろし始めるが、最早エリーにその言葉は届いて居なかった。
0
お気に入りに追加
402
あなたにおすすめの小説
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
お願いだから俺に構わないで下さい
大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。
17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。
高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。
本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。
折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。
それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。
これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。
有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる