360 / 592
第九章:最後の魔王
第百二十三話:決着を付けようか
しおりを挟む
たまきの作った魔法は、大気の中に漂うレインの陰のマナを集め実体を持たせるというものだった。
レインの体内に宿る余った陰のマナはサニィ自身の陽のマナと混ざり消滅するという予想は外れ、それは大気中を漂っていた。しかし、それはレインの体を構成していたマナの中で極一部、しかも、片方のマナだけ。
つまり、それで生まれる魔物はレインの様でいてレインではない魔物。
たまきはそれをレインとして扱うことで、共に生きる道を選んでいた。
それが、たまきがどうしてもしたかったことだった。
そもそも魔物というものは、陰のマナが実体を持ったものの総称。元から純粋な魔物であるたまきにとって、心とは実体化した時の副産物でしかなく、要するに、レインのマナから構成された魔物はレインと同義だった。
たまきは魔物だ。どうあがいても人間になどなれない。野放しにすれば、例え危害を加えるつもりなど まるで無くとも人類に害を成す存在。
それが、彼女だった。
たまきの誤算は、魔王になる魔物は『強大な魔物』しか選ばれないと勘違いしていたことだ。過去の例から、魔王になった魔物は最弱でもデーモンを遥か凌駕する特殊個体、ゴブリンの王。
聖女サニィが魔王になったことに関しては、その力の特殊性から選ばれただけだと思っていた。
この度生まれることになるレインの様な魔物は、レインの欠片も欠片。その強さはどれだけ強かろうと精々デーモン程度ではないかと予測していた。
しかし実際は、魔王になる為に、魔物の強度は全く関係が無い。初めて生まれた魔王から全てを見てしまっているが故に、それが、たまきの誤算だった。
そして英雄候補達の誤算は、レインの様な魔物が形成される状況を見て、それがレインであると、ナディアが気付いてしまったこと。
ウアカリに於いて、歴史上その力、男を測る力が最も強いナディアは、誰もが見抜けなかったそのマナの集合体をレインのものだと見抜いてしまった。
だから、ナディアは参戦してはいけなかった。せめてそれを見るのが魔王が生まれてからであるならば、レインの様な魔王と戦うだけで済んだのかもしれない。もしかしたら、ナディアさえ気付かないのならば、予言は外れその渦は魔王になど成りはしなかったのかもしれない。アリエルの力がどうしても変わらない結果に対しては作用しないことを考えればきっと、レインのマナが魔王になることは変えられないのだろうけれど……。
しかし、そんな前提は完全に覆ってしまった。
つまり、こういうことだ。
魔法はイメージである。
僅か数時間しか共に居なかったたまきは、どうあってもレインを正確にイメージすることなど出来ず、人型のレインのマナを持った魔物さえ出来ればと考えていた。
そこに誰よりも正確なイメージを、いや、そのマナを見て、レインを正確に見てしまったナディアの意識が、その魔法に介入することになった。
そこに現れたのは、完全なその男の姿をした魔物。強さは、ナディアの目からしてデーモンを下回る程度。
しかし、そんなことは最早、一切の関係が無かった。そこに生まれたその男は、ただ絶望を振りまく為に利用されることになる。
「まずい、撤退だ!! マルス!!!」
「承知した……かはッ」
それが、圧倒的な威圧感を放つと同時、アリエルの瞬時の判断と共にマルスが飛び出すが、一瞬にしてその首が飛ばされる。
動き始めた瞬間に誰しもが理解する。
それは、本物だ。
紛れもなく、マルスの首を飛ばした一連の動きは過去の英雄である鬼神レイン、そのものだ。
魔王が生まれる時期が早過ぎるなどということを、気にする者はそこには一人として居なかった。
「……どうして…………」
まずいことに、それを見て最終兵器が膝を付いている。
「オリ姉! 撤退だよ!!」
「レイン様……」
「オリ姉って!」
エリーが必死に手を引くが、オリヴィアは動かない。エリー自身突然のことに、力の込め方を忘れている様で、その腕はガクガクと震えている。
その間にも魔王は再度復活したマルスを引き千切ると、他の英雄候補達の所へ向かおうとしていて、「サンダル! 回収出来る奴はみんな回収してくれ!」そう叫ぶアリエルの声が悲痛に響く。
そして遂に魔王は、へたり込んでいるオリヴィアに狙いを定める。
「オリ姉! はやっ……ッ!」
そして、オリヴィアに必死で反応出来ないエリーの目の前で、その体を貫こうと腕を突き出した。
「うぐッ。オリヴィア!! 指示を聞け!!」
輝く鎧と、飛び散る鮮血。
気付けば、目の前に大きな背中がある。
その胸から見慣れた手さえ除いていなければ、エリーにとって、レインの次に頼れた背中だ。
「ディエゴさん!」
「エリー、オリヴィアを連れて撤退しろ! 俺はこいつを食い止める!」
「でも!」
「大丈夫だ。まだストックは、ある」
腕が引き抜かれると、その体は、元に戻っている。
「またもう少し、力の使い方を覚えたんだ」
振り向かずにそう言うディエゴの背中はやはり頼もしく、オリヴィアを無理やり引きずってようやく走り出すことが出来た。
「さあレイン、決着を付けようか」
そんな言葉が背後から聞こえたが、その意味が、分からないフリをして、エリーは走り出した。
――。
マルスとディエゴを残して大半の者の撤退が済んだ後、転移を唱えるルークの側で、一人沈痛な顔をしている者が居た。
「君の責任ではない。我々も君のことを考えていなかった」
そう言うサンダルに、ナディアは答えない。
「そうだ、ナディア。指示を出したのは妾だ。責任を取るとすれば、妾だろう」
アリエルもまた、この状況は予測出来ていなかった。
「そういう事だ。だから、ぐっ」
ポンと肩に手を置いたサンダルの手の甲に、ナイフが突き立てられていた。
「私がなんとかしないと、……レインさん」
その時のナディアの感情を、後にエリーは思い出すのも辛いと語る。責任、後悔、愛情、悲哀、そして、死の覚悟。
詠唱完了の寸前、走り出すナディアを結局誰一人止めることが出来ないまま、英雄候補達は三人を残して、転移してしまった。
――。
「あの馬鹿……」
真っ先にそう呟いたのは、ライラだった。
本心では自身も、残りたかった。アリエルさえ居なければ、もしかしたらナディアと同じ様に駆け出してしまったかもしれない。
しかしそれでも、そう言わずには居られなかった。
レインの体内に宿る余った陰のマナはサニィ自身の陽のマナと混ざり消滅するという予想は外れ、それは大気中を漂っていた。しかし、それはレインの体を構成していたマナの中で極一部、しかも、片方のマナだけ。
つまり、それで生まれる魔物はレインの様でいてレインではない魔物。
たまきはそれをレインとして扱うことで、共に生きる道を選んでいた。
それが、たまきがどうしてもしたかったことだった。
そもそも魔物というものは、陰のマナが実体を持ったものの総称。元から純粋な魔物であるたまきにとって、心とは実体化した時の副産物でしかなく、要するに、レインのマナから構成された魔物はレインと同義だった。
たまきは魔物だ。どうあがいても人間になどなれない。野放しにすれば、例え危害を加えるつもりなど まるで無くとも人類に害を成す存在。
それが、彼女だった。
たまきの誤算は、魔王になる魔物は『強大な魔物』しか選ばれないと勘違いしていたことだ。過去の例から、魔王になった魔物は最弱でもデーモンを遥か凌駕する特殊個体、ゴブリンの王。
聖女サニィが魔王になったことに関しては、その力の特殊性から選ばれただけだと思っていた。
この度生まれることになるレインの様な魔物は、レインの欠片も欠片。その強さはどれだけ強かろうと精々デーモン程度ではないかと予測していた。
しかし実際は、魔王になる為に、魔物の強度は全く関係が無い。初めて生まれた魔王から全てを見てしまっているが故に、それが、たまきの誤算だった。
そして英雄候補達の誤算は、レインの様な魔物が形成される状況を見て、それがレインであると、ナディアが気付いてしまったこと。
ウアカリに於いて、歴史上その力、男を測る力が最も強いナディアは、誰もが見抜けなかったそのマナの集合体をレインのものだと見抜いてしまった。
だから、ナディアは参戦してはいけなかった。せめてそれを見るのが魔王が生まれてからであるならば、レインの様な魔王と戦うだけで済んだのかもしれない。もしかしたら、ナディアさえ気付かないのならば、予言は外れその渦は魔王になど成りはしなかったのかもしれない。アリエルの力がどうしても変わらない結果に対しては作用しないことを考えればきっと、レインのマナが魔王になることは変えられないのだろうけれど……。
しかし、そんな前提は完全に覆ってしまった。
つまり、こういうことだ。
魔法はイメージである。
僅か数時間しか共に居なかったたまきは、どうあってもレインを正確にイメージすることなど出来ず、人型のレインのマナを持った魔物さえ出来ればと考えていた。
そこに誰よりも正確なイメージを、いや、そのマナを見て、レインを正確に見てしまったナディアの意識が、その魔法に介入することになった。
そこに現れたのは、完全なその男の姿をした魔物。強さは、ナディアの目からしてデーモンを下回る程度。
しかし、そんなことは最早、一切の関係が無かった。そこに生まれたその男は、ただ絶望を振りまく為に利用されることになる。
「まずい、撤退だ!! マルス!!!」
「承知した……かはッ」
それが、圧倒的な威圧感を放つと同時、アリエルの瞬時の判断と共にマルスが飛び出すが、一瞬にしてその首が飛ばされる。
動き始めた瞬間に誰しもが理解する。
それは、本物だ。
紛れもなく、マルスの首を飛ばした一連の動きは過去の英雄である鬼神レイン、そのものだ。
魔王が生まれる時期が早過ぎるなどということを、気にする者はそこには一人として居なかった。
「……どうして…………」
まずいことに、それを見て最終兵器が膝を付いている。
「オリ姉! 撤退だよ!!」
「レイン様……」
「オリ姉って!」
エリーが必死に手を引くが、オリヴィアは動かない。エリー自身突然のことに、力の込め方を忘れている様で、その腕はガクガクと震えている。
その間にも魔王は再度復活したマルスを引き千切ると、他の英雄候補達の所へ向かおうとしていて、「サンダル! 回収出来る奴はみんな回収してくれ!」そう叫ぶアリエルの声が悲痛に響く。
そして遂に魔王は、へたり込んでいるオリヴィアに狙いを定める。
「オリ姉! はやっ……ッ!」
そして、オリヴィアに必死で反応出来ないエリーの目の前で、その体を貫こうと腕を突き出した。
「うぐッ。オリヴィア!! 指示を聞け!!」
輝く鎧と、飛び散る鮮血。
気付けば、目の前に大きな背中がある。
その胸から見慣れた手さえ除いていなければ、エリーにとって、レインの次に頼れた背中だ。
「ディエゴさん!」
「エリー、オリヴィアを連れて撤退しろ! 俺はこいつを食い止める!」
「でも!」
「大丈夫だ。まだストックは、ある」
腕が引き抜かれると、その体は、元に戻っている。
「またもう少し、力の使い方を覚えたんだ」
振り向かずにそう言うディエゴの背中はやはり頼もしく、オリヴィアを無理やり引きずってようやく走り出すことが出来た。
「さあレイン、決着を付けようか」
そんな言葉が背後から聞こえたが、その意味が、分からないフリをして、エリーは走り出した。
――。
マルスとディエゴを残して大半の者の撤退が済んだ後、転移を唱えるルークの側で、一人沈痛な顔をしている者が居た。
「君の責任ではない。我々も君のことを考えていなかった」
そう言うサンダルに、ナディアは答えない。
「そうだ、ナディア。指示を出したのは妾だ。責任を取るとすれば、妾だろう」
アリエルもまた、この状況は予測出来ていなかった。
「そういう事だ。だから、ぐっ」
ポンと肩に手を置いたサンダルの手の甲に、ナイフが突き立てられていた。
「私がなんとかしないと、……レインさん」
その時のナディアの感情を、後にエリーは思い出すのも辛いと語る。責任、後悔、愛情、悲哀、そして、死の覚悟。
詠唱完了の寸前、走り出すナディアを結局誰一人止めることが出来ないまま、英雄候補達は三人を残して、転移してしまった。
――。
「あの馬鹿……」
真っ先にそう呟いたのは、ライラだった。
本心では自身も、残りたかった。アリエルさえ居なければ、もしかしたらナディアと同じ様に駆け出してしまったかもしれない。
しかしそれでも、そう言わずには居られなかった。
0
お気に入りに追加
402
あなたにおすすめの小説
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
お願いだから俺に構わないで下さい
大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。
17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。
高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。
本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。
折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。
それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。
これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。
有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!
理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。
ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。
仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる