雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第九章:最後の魔王

第百二十二話:………………………… ★挿絵有り

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 狐は今日も夢を見ていた。
 自分の配下であった鬼達を一瞬の下に斬り捨てたその勇者に出会った日のことを。

 あの日、狐は暇潰しに街を攻め滅ぼそうと考えていた。鬼に襲われた女性のふりをして、自らを守ろうとする勇者を背中から突き刺して、嘲笑いながら鬼を導く。
 かつて行っていた国のトップに取り入って内部崩壊を起こすやり方はもう散々やってきた。やり尽くしてきた。
 そんな生活にもほとほと飽きて、久しく人間を相手にすることすらやめてのんびりと過ごしてきたものだった。
 だからたまには趣向を変えて、正面から街でも滅ぼしてみようと、そう考えて、散歩のつもりで巣を出たのだった。

 その勇者は、鬼だった。
 いや、鬼なんて言葉では物足りない。鬼の王、いや、鬼神という言葉が正しいだろうか。
 その勇者は極々簡単に、街を滅ぼせる数の鬼を倒してのけた。その表情にはなんの感傷もなく、当然ながら疲れすら見せず。そして狐に向かって言った。

「大丈夫か?」

 まるで心配などしていない表情。
 自分が来たのだから、助かるのは当然とでも言わんばかりの傲慢不遜。それがこの勇者でなければ、配下を殺された恨みか何かで切り掛かってみたことだったろう。
 しかし、狐は思った。

 ……この方こそが、妾の退屈を押し退けてくれる方。もしかしたら、妾はこの方に出会う為にここまで魔王にすらならずに長生きしたのかしら。

 何処でそう思ったのかは定かではない。
 それでも狐には確信があった。
 魔王化とは、通常逆らえるものではない、らしい。それに選ばれた魔物はどれだけそれに逆らおうとしようとも、その甘言に次第に意識が麻痺していき、気が付いたら世界を滅ぼしたくなっている。
 かつて魔王となった、友人であった緑の竜が、そんなことを言っていた。
 そんな世界の意思は、度々狐を魔王にならないかと誘うが、ならないと答えると素直に引き下がる。そんなことを繰り返して、早800年以上。
 その理由を、何故かその鬼の勇者に出会ったことで理解出来てしまった。そんな気がしていた。

 そして直感する。
 この勇者は、半分以上魔物の様な存在だ。
 何処まで人の様に生きようと、この男の本質は人を殺すことをなんとも思わない。そんな、魔物の側面を確かに持った、勇者の魔物だ。

 気が付けば、無意識に全力の魅了を試みていた。
 それは下手すれば、彼女を巡って世界が戦争を始めるのではないかと思える程に、かつてない程の全力の魅了。
 これでこの勇者も、自分のもの。これから先は、この人が死ぬまでのほんの少しの間、幸せな生活が出来るのかもしれない。
 そんな風に思ったのも、一瞬のことだった。

 ちょうど意識して魅了を抑えた頃、街の入り口に辿り着くと、それは居た。

「レインさん、あの、なんで魔物と一緒に居るんですか?」

 巨大な杖を持った小柄な女が、勇者の名前を呼ぶ。狐のことを、魔物だと一瞬の判断で見抜いて。

「こいつは魔物、か」

 魅了にかかっていたはずの男は、そのたった一言で魔法が解けかける。
 世界を滅ぼす程の濃度の魅了が、そんな女のたった一言で。

 ……。

「ぐっ、うぅ……」

 気付けば、その女に殺されかけていた。
 かつて緑の竜と並び世界最悪の魔物と呼ばれたはずの自分が、一切手も足も出せずに。確かに、個人の戦闘力は破壊衝動の権化であるデーモンロードと大差はないだろう。しかしそれでもその本質は、国を滅ぼす魅了の力は、歴代のあらゆる魔物の中でも頂点に立つはずだった。
 だからこそ、隣の勇者を味方に付けた今、負ける訳などないと思っていたのだが……、再び魅了を全力でしてみたところで、男は一歩として動かず。

 狐の魔物として力の象徴である尻尾を6本もちぎり取られ、地面に惨めに這いつくばった狐は、考えた。
 なんとかして、あの勇者を、勇者の魔物を、あの方を手に入れたい。いや、配下になっても良い。側にさえ居られるのならば、なんだって。

 なんとかあの女を殺して、あの方を幸せに……。

 ――。

「はっ……」

 目を覚ますと、いつもの小屋の壁。
 聖女の愛杖を巻く様に抱えている。
 気付けば死んでいた二人。
 気付けば憎しみは消え、自身の魔法の参考にしていた聖女。
 気付けば、いや、やはり諦めることなどまるで出来ず、再開を夢見ていた勇者。
 そんな二人に出会った日の夢を、狐はその日も見ていた。

「ふう、もうすぐね、サニィ。あなたの望みを、私が叶えてあげる。その代わり、私もそれなりに、幸せにしてくれるって約束してくれる?」

 体を起こし、人の姿に変わった狐は呟く。
 それに答える声はやはり無い。
 しかし狐は続ける。

「最近は世界の意思も静かだけれど、次の魔王は決まったのかしら」

 そんなことを呟いたのが、エリー達が準備を完了する、数日前のことだった。

 ――。

 そろそろ準備を終える頃、一人の女がその場に現れた。

「私を縛るとは良い度胸ですね、死ぬ覚悟は出来てますか、英雄の子孫さん?」

 聖女と見紛う女が、そこには居た。
 全身に汗を浮かべ、少し息を切らした褐色黒髪の女性。額には青筋を浮かべ、サンダルを睨みつけている。

「ま、魔女様あれを抜け出して……?」

 エリーには理解出来る。ナディアがされていたのは縛られた、などと言う言葉では生易しい程に厳重な拘束だった。およそ自分ではとてもでは無いが抜け出せない、監視と言う名の世話係が居なければそのまま餓死でもしてしまうのではというレベルの拘束。
 そんな拘束を抜け出したナディアに、驚くのは当然だった。

「初めてあの魔女に会った日、あの日にされた拘束に比べれば温いにも程があります。あれ以来縄抜けは研究しつくして来ましたから」

 怒りを露わに、ナディアは背中の剣に手をかける。猛毒の塗られた、確か、【しらたま】と【みたらし】という名前の白と黒の双剣。

「ま、まてナディア。拘束は妾の指示だ。お前は今回の戦闘に参加してはならん」

 その怒りの形相に、アリエルは慌てて言う。ライラは前に出て、いつもやり合う時の様に構えを見せる。

「アリエル、……ライラ。私はそこの男を殺したらここを離れます。あなたの指示なら仕方ありません。でも、レインさんの為の体をあんなにされて、女としてそいつは殺さないと……」

 何処かいつも通りだが、本気の緊迫感を漂わせるナディアを止めたのは、誰一人として予想していなかった、それ、だった。

 サンダルを振り返る瞬間、ナディアの視線が一瞬、黒い渦の方に向く。
 そしてサンダルを向いた視線は、再び渦の方向に。


「…………………………」

 腕の力を抜き、一対の双剣をとり落す。

「……どうしたんだい、魔女様?」

 尋ねるサンダルには答えないまま、ナディアは呟いた。
 その呟きは、その場の誰にでも聞こえる程にはっきりと。
 そして、その呟きを聞いた瞬間、ナディアを連れて来てはいけなかった理由を、誰しもが理解する。
 それはきっと、予想しうる最悪の展開だった。
 ルークが、あえて一度も口にしなかった可能性。オリヴィアが、そんなことはあり得ないと思い込んでいた可能性。
 そしてエリーにとっては…………もしかしたら、そうなのかもなと思っていた可能性。

「……レインさん?」

 ナディアはその渦を見つめて、そうはっきりと呟いた。

 ――。

 同じ頃、狐は呟く。

「これで、魔物としてのレイン様は何処かに現れたはず。後は探すだけね」





 ……。


※以下挿絵有り










































 かつて、ある画家が描いた一枚の肖像画がある。
 それは、こんな灰色の絵だった。

作者不詳 『鬼神レイン像』



 この肖像画を、らしくないと呼ぶ者は一人も居なかった。




 拡大してみればこの様に、不遜な笑顔を見せている。
 それが正しく戦闘狂でもあるその男の特徴であった。
 影が落ちている辺りが似ている。この男の恐怖の感じを引き出している。
 そんなことを言う人も。

 ただ、誰一人、その絵の半分だけを見たことは無かった。
 もしかしたら、彼らは無意識にそれを避けていたのかもしれない。












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