雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第八章:ほんの僅かの前進

第百九話:ま、あなたには関係ありません。逝きましょうか

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 エリーオリヴィアと別れたナディアとサンダルは、再び修行を兼ねた大陸の巡回を開始していた。
ナディアの本質が少しだけ見えたサンダルは、相変わらず攻撃の手を休めないナディアに対して抱いていた呆れの感情が和らいでいるのを感じる。
 聖女様の様な無条件に救ってくれるだろう女性は確かに魅力的だ。
 しかし目の前の女性はそれとは真逆。まるで助けを求めるかの様にナイフを振るう。
 美しい女性の味方を謳ってきたサンダルとしては、そんな痛々しいナディアに少しばかりの親近感を覚えていた。
 納得のいかない感情を必死に抑える為にほかの場所に当たる。それはまるで、自身がレインを気に入らないと言い張ってきたのと似たようなもの。

 そんなことを考えていると、ふと気がついた様にナディアが言う。

「あ、そういえば忘れてましたけど、二人の戦いを見た感想を聞きましょうか」

 忘れていたと言う割には、その表情は真剣だ。
 まるでそこに求めているものがあるかの様に、至極真面目な顔。
 それは普段の暗殺では決して見せることのないナディアの本質の様で、サンダルは息を飲む。

「そうだな。一つ言えるのは、レインを分けた様な二人だ」

 一先ずの感想としては、強さよりも、まずはそこを求めていることだろう。
 その予測は当たっていたようで、ナディアの顔が緩む。

「ふふ、そうでしょう? オリヴィアは確実な勝利。エリーは滅茶苦茶。正にレインさんの弟子と言った感じですよね」
 ナディアはどこか嬉しそうに言う。
「ああ、二人とも達人には違いないけれど、大方そんな印象だな」

 一手一手ひたすら丁寧に勝利への階段を登るオリヴィアに、一手一手登ったり降りたりを繰り返しながら相手が転びそうになった瞬間に勝利の階段を駆け上がろうとエリー。
 二人を見ていると、レインの戦いを思い出す。

 死の寸前までギリギリの見切りを繰り返し、相手の1mmも無い隙を突いて確実な勝利を手にするレインの戦い。

 オリヴィアは危なげない戦いをする。エリーは自ら相手の隙を作り出す。
 そんな二人の戦いは、レインの張り詰めすぎた本気に比べれば余程ぬるいと感じるものの、それでも師匠のそれを見て育ってきたのだと確信する程度には、レインの剣が浸透している様に見えた。

 すると、ぽつりとナディアが言う。

「エリーはやはり達人ですか」

 ショックを受けている様には見えない。
 それでも、何かを思案している様で、その声はどこか遠くに向けた様に聞こえた。

「雷神の雷、とか言う連携をお姫様としてたんだが、流れる様な武器捌きだった。思わず見蕩れてしまう程に洗練されていたな」
「彼女の宝剣達はエリーが6歳の時に与えたプレゼントです。既に人生の半分以上を共に過ごしていますから、それも当然かもしれませんね」

 そう納得の言葉を発するものの、まだ何かが引っかかる様子のナディア。
 そんな彼女に、サンダルはあえて踏み込んだ。

「お嬢が達人だと感じた理由は、それだけじゃない。彼女はなんだってあんなめちゃくちゃな力の宝剣をあそこまで使い分けられるんだと、そう感じた」
「ああ、いつか玩具の様な宝剣と言っていましたね」
 その話題は正解だったか、ナディアが食いつく。
「初めにその力を聞いたときにはな。光る弓矢とか、ふざけているのかと思っていたんだが……」

 扱い易い宝剣程強い。

 真に強い者ほど口にする言葉がこうだ。
 弱い者が強力な宝剣を手にすれば、自身の実力よりも強い魔物を討伐出来る。しかし、そういった者の多くは、自身よりどの程度強い敵まで倒せるのかを把握出来ない。
 何度も格上を討伐する程、宝剣の力を自分の力だと勘違いし、いつしか致命的なミスを犯して命を落とす。そんな状況が常である。
 そういう者に限って強大な宝剣を手にしても尚堅実に戦う弱者を馬鹿にするが、大抵生き延びるのは堅実な臆病者の方。強大な力を手にした者は臆病でなければ生き延びる確率は非常に低い。

 だからこそ、真の実力者は扱いやすい宝剣を選ぶ。自身の実力をきっちりと把握し続ける為にもそれは有効だ。
 例えば現在世界一の達人と言っていいだろう、ディエゴの宝剣【天霧】は、ただ堅牢で切れ味が良いだけ。
 たったそれだけの剣を史上の物として大切に扱っている。

 それに対して、エリーの宝剣達はなんなんだ。

 以前、エリーの宝剣の力を聞いたサンダルはそう感じていた。
 自身が3mの斧というキワモノを扱っていることなどさて置いて、そう感じていた。
 盾の効果を発揮すれば、持つことすら出来なくなる大剣。力を使い続ければ振ることすら出来ない程に重くなるメイス。守るものがあれば威力の上がる槍は良いだろう、しかし、視線を感じるショートソードとはなんなんだ。……それは確かに陽動に使えるから良いとして、極めつけは放った本人すら眩しく感じる光る弓矢。

「あの武器であそこまで戦えるお嬢は、紛れもなく達人だろう」

 それを聞いて、なるほどと納得の顔を見せたナディアは問う。

「普通の武器で戦ったらもっと強いと思います?」

 それに対して、サンダルの出せる答えは一つだった。

「分からない」

 ――。

「なるほど。分からない、ですか」

 ナディアはそう言うと、どこか心のつかえが取れたような晴れやかな顔をする。

「何か思いついたのかい、魔女様?」
「全然分かりません」
「え?」
「ま、あなたには関係ありません。逝きましょうか」

 言って投げてくるナイフはいつもより鋭く、初めてサンダルの頬を傷付ける。

(私はいつも、馬鹿なくせに考え過ぎなのかもしれない。魔物を殺す、暇さえあれば殺す、ついでにこの男も殺す。ただそれだけで良いのかもしれない。どうでしょうレインさん。こんな女は……)

「痛いな魔女様……」

 頬から軽く血を流すサンダルの言葉を無視して、ナディアは歩き始めた。
 間違いなくレインも却下するであろう発想で晴れやかな顔をしたナディアは、深く考えることを一先ず止めるのだった。

 ナディアが戦いを考え始める様になったのは、まだ幼かったエリーが興味深そうにナディアの戦いを見ていたことに始まっていた。
 凡ゆる手段を用いて敵を殺す。
 エリーに少しだけ見本を見せるうち、そんな戦い方はいつしか、どうすれば敵を効率的に殺せるかという考え方に変わっていた。効率を求めれば戦いは単調になる。凡ゆる手段を使っているはずなのに単調な戦い。
 それが違和感となっているのを気づくきっかけがライラや聖女の弟子達ではなく再びエリーだというのが、ナディアにとってはきっと、まだ救いだったのかもしれない。

 そう、きっかけは目の前の素早い男ではなく、レインさんの一番弟子エリーなのだ。

 これによって戦闘中の動きがほんの僅かだけ速くなった彼女は、ほんの僅かだけ強くなることになる。

「エリーは普段から全然考えていないからこそあれが出来る。それは分かっていたけれど、はは、才能ってのは嫌になりますね」

 誰にも聞こえない様にそんな風に呟くナディアは、随分と晴れやかな顔をしていた。
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