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第七章:鬼の棲む山の拒魔の村
第七十九話:死者を出さずに魔王討伐を
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「まさか、こんなことが起ころうとは……」
『狛の村の青年が三名自殺、且つ狛の村は不可侵の状態へ』
そんなグレーズからの報せを受けたアルカナウィンド宰相ロベルトはそう言って頭を抱えた。
彼の力は『問題点を見抜くこと』。それは、不測の事態に備える為の力であったはずだった。
しかし男は今さらになってその力の根本を知る。
「どうだ、ロベルト?」
同じく報告を受けたアリエルは不安そうに尋ねる。
彼女の正しき道を示す力もまた、この事態に対処は出来なかった。
彼女の力は報告を聞いても尚、『良好』としか映さない。
そしてそのパターンを、アリエルは一度だけ経験している。
母親、先代女王を救って欲しいと鬼神と聖女に頼んだ時。その際の経験と今回は、酷似している様に思えた。
つまりは、『その三人が死んでも何も影響はない』もしくは、『その結末はどうあっても決して変えられない』の二つである。
ところが彼女の力がそれをどう映して見せたところで、アリエル自身が納得できる道筋だという訳ではない。
いくら正しき道を示されようと、人の心はおいそれと納得できないこともある。
だからこそ、頭を抱えたロベルトを心配そうにアリエルは見つめた。
「狛の村の人々は、魔王戦には参加出来ません」
返って来たのは、そんな言葉だった。
それ以上でも以下でもなく、たったそれだけ。
そしてロベルトはそれっきり黙り込んでしまう。
【死者を出さずに魔王討伐を】
そんなスローガンを提唱したのはアリエルだが、それを後押ししたのは誰よりもロベルトが筆頭。
アリエルの母親が崩御した際、その場に立ち会っていたロベルトは、人が無残にも死んでいく姿と余りにも傷付いていたアリエルをその瞳にしっかりと焼き付けていた。
だからこそ、幼き女王があくまでもそれを掲げるというのであれば、ライラに負けぬほどに力になってやろうと、国を治めつつも影から討伐軍を支えていたのがこの宰相ロベルトだった。
そんなロベルトは、魔王討伐軍で諸国代表からあまり信用を得られていなかった際、自身の力が示しているとして、「狛の村の住人を恐ることはない、彼らは決して他者に危害を加えない」と説いていた人物だった。
ロベルトは齢70前にして、今更ながらに知った。
問題点を見抜くという力は、不測の高位外的作用に対しては一切の効果がないということを。
今まで解決してきた問題は全て、人のレベルで考え得ることに対処出来ていただけなのだと。
「……陛下、魔王討伐軍の再編成をしなければなりません」
「狛の村が参加できない理由は、教えてくれないのか?」
「…………時が来れば必ず」
今までロベルトが、隠し事をしたことはない。母親の件の一度を除けばただの一度も。そしてその時も、先代の為に隠していたと考えれば、ロベルトが【女王エリーゼ】に対して不易となる様な行為をしたことなど、ただの一度も無かった。
その為アリエルは、今ロベルトがそれを話せないことには何か理由があるはずだと考えて、口元まで出かけた「今教えてくれ」という言葉を飲み込む。
「分かった。頼んだぞ」
それだけを伝えて、アリエルは部屋を出て行った。
……。
「ロベルト様、私はお聞きしても?」
残ったロベルトに、ライラが問う。
アリエルが聞かない方が良い情報だとしても、護衛であるライラならば別かもしれない。
そう思ってアリエルが先に部屋を出たことを、ライラは分かっている。
まだ若く感情も豊か、無理をしてでも頑張ってしまうアリエルと違って、ライラは冷静だ。
鬼神レインと聖女サニィという、想い人と親友が死んだ日ですら、彼女は冷静だった。
ロベルトの思い悩む姿を初めて見たアリエルは、そうしてライラに話させることで、少しでもロベルトを楽にしようと考えたわけで、それを残った二人はしっかりと汲み取る。
「英雄レインの身体構造を、聞いたことがあるでしょう?」
聖女の魔法書にも、ほんの少しか載っていない記述。
――レインの体は二つのマナが奇跡的なバランスで練りこまれている。
唯一無二の身体構造を持った彼が一人でドラゴンを倒してしまうのは、必然なのかもしれない。
たったそれだけの記述。
しかし、ライラはその秘密を更に正確に知っている。
――狛の村の人々は皆、体内に魔物と同じものを宿している。
死の山と呼ばれる危険地帯に蔓延する魔物の元が、そこで暮らす狛の村の人々に高い身体能力という武器を与え、デーモンをも軽々屠る戦士達へと変貌させているのだ
しかしこの魔物の元は、それに耐性の無い人物を凶暴化させる危険性がある。
私自身がそうだった。
狛の村の特殊な人々は、そんな環境に適応した特殊な人々だ。
これらを合わせて、聖女サニィは一度だけ言っていた。
――「つまりレインさんは、魔物の勇者とでもいうような体なんだよ。魔物の王でも、魔物の勇者に勝つのは難しいって考えれば、レインさんの強さも頷けるよね」
単なる言葉遊びに思えたそんな言葉を思い出す。
「魔物の勇者……」
ライラがそう呟くと、ロベルトは大きく頷いた。
「そう、狛の村の住人達は、魔物へと、…………変貌してしまった……」
狛の村の住人が魔物になる素養を持っていること等、問題点を見抜くロベルトにすら分からなかった。
狛の村というものが出来て既に数百年、いつしか狛の村の住人が自称を、『魔物化を拒もうとする者達』から、『魔物が拒む者達』へと変えていたことを、誰一人知る者は居ない。
それもそのはずだ。
ロベルトは、高位の意思である魔物達の存在理由、世界の意思と呼ばれるものの考えなど、読み取ることなど出来はしないのだから。
『狛の村の青年が三名自殺、且つ狛の村は不可侵の状態へ』
そんなグレーズからの報せを受けたアルカナウィンド宰相ロベルトはそう言って頭を抱えた。
彼の力は『問題点を見抜くこと』。それは、不測の事態に備える為の力であったはずだった。
しかし男は今さらになってその力の根本を知る。
「どうだ、ロベルト?」
同じく報告を受けたアリエルは不安そうに尋ねる。
彼女の正しき道を示す力もまた、この事態に対処は出来なかった。
彼女の力は報告を聞いても尚、『良好』としか映さない。
そしてそのパターンを、アリエルは一度だけ経験している。
母親、先代女王を救って欲しいと鬼神と聖女に頼んだ時。その際の経験と今回は、酷似している様に思えた。
つまりは、『その三人が死んでも何も影響はない』もしくは、『その結末はどうあっても決して変えられない』の二つである。
ところが彼女の力がそれをどう映して見せたところで、アリエル自身が納得できる道筋だという訳ではない。
いくら正しき道を示されようと、人の心はおいそれと納得できないこともある。
だからこそ、頭を抱えたロベルトを心配そうにアリエルは見つめた。
「狛の村の人々は、魔王戦には参加出来ません」
返って来たのは、そんな言葉だった。
それ以上でも以下でもなく、たったそれだけ。
そしてロベルトはそれっきり黙り込んでしまう。
【死者を出さずに魔王討伐を】
そんなスローガンを提唱したのはアリエルだが、それを後押ししたのは誰よりもロベルトが筆頭。
アリエルの母親が崩御した際、その場に立ち会っていたロベルトは、人が無残にも死んでいく姿と余りにも傷付いていたアリエルをその瞳にしっかりと焼き付けていた。
だからこそ、幼き女王があくまでもそれを掲げるというのであれば、ライラに負けぬほどに力になってやろうと、国を治めつつも影から討伐軍を支えていたのがこの宰相ロベルトだった。
そんなロベルトは、魔王討伐軍で諸国代表からあまり信用を得られていなかった際、自身の力が示しているとして、「狛の村の住人を恐ることはない、彼らは決して他者に危害を加えない」と説いていた人物だった。
ロベルトは齢70前にして、今更ながらに知った。
問題点を見抜くという力は、不測の高位外的作用に対しては一切の効果がないということを。
今まで解決してきた問題は全て、人のレベルで考え得ることに対処出来ていただけなのだと。
「……陛下、魔王討伐軍の再編成をしなければなりません」
「狛の村が参加できない理由は、教えてくれないのか?」
「…………時が来れば必ず」
今までロベルトが、隠し事をしたことはない。母親の件の一度を除けばただの一度も。そしてその時も、先代の為に隠していたと考えれば、ロベルトが【女王エリーゼ】に対して不易となる様な行為をしたことなど、ただの一度も無かった。
その為アリエルは、今ロベルトがそれを話せないことには何か理由があるはずだと考えて、口元まで出かけた「今教えてくれ」という言葉を飲み込む。
「分かった。頼んだぞ」
それだけを伝えて、アリエルは部屋を出て行った。
……。
「ロベルト様、私はお聞きしても?」
残ったロベルトに、ライラが問う。
アリエルが聞かない方が良い情報だとしても、護衛であるライラならば別かもしれない。
そう思ってアリエルが先に部屋を出たことを、ライラは分かっている。
まだ若く感情も豊か、無理をしてでも頑張ってしまうアリエルと違って、ライラは冷静だ。
鬼神レインと聖女サニィという、想い人と親友が死んだ日ですら、彼女は冷静だった。
ロベルトの思い悩む姿を初めて見たアリエルは、そうしてライラに話させることで、少しでもロベルトを楽にしようと考えたわけで、それを残った二人はしっかりと汲み取る。
「英雄レインの身体構造を、聞いたことがあるでしょう?」
聖女の魔法書にも、ほんの少しか載っていない記述。
――レインの体は二つのマナが奇跡的なバランスで練りこまれている。
唯一無二の身体構造を持った彼が一人でドラゴンを倒してしまうのは、必然なのかもしれない。
たったそれだけの記述。
しかし、ライラはその秘密を更に正確に知っている。
――狛の村の人々は皆、体内に魔物と同じものを宿している。
死の山と呼ばれる危険地帯に蔓延する魔物の元が、そこで暮らす狛の村の人々に高い身体能力という武器を与え、デーモンをも軽々屠る戦士達へと変貌させているのだ
しかしこの魔物の元は、それに耐性の無い人物を凶暴化させる危険性がある。
私自身がそうだった。
狛の村の特殊な人々は、そんな環境に適応した特殊な人々だ。
これらを合わせて、聖女サニィは一度だけ言っていた。
――「つまりレインさんは、魔物の勇者とでもいうような体なんだよ。魔物の王でも、魔物の勇者に勝つのは難しいって考えれば、レインさんの強さも頷けるよね」
単なる言葉遊びに思えたそんな言葉を思い出す。
「魔物の勇者……」
ライラがそう呟くと、ロベルトは大きく頷いた。
「そう、狛の村の住人達は、魔物へと、…………変貌してしまった……」
狛の村の住人が魔物になる素養を持っていること等、問題点を見抜くロベルトにすら分からなかった。
狛の村というものが出来て既に数百年、いつしか狛の村の住人が自称を、『魔物化を拒もうとする者達』から、『魔物が拒む者達』へと変えていたことを、誰一人知る者は居ない。
それもそのはずだ。
ロベルトは、高位の意思である魔物達の存在理由、世界の意思と呼ばれるものの考えなど、読み取ることなど出来はしないのだから。
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