雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
316 / 592
第七章:鬼の棲む山の拒魔の村

第七十九話:死者を出さずに魔王討伐を

しおりを挟む
「まさか、こんなことが起ころうとは……」

『狛の村の青年が三名自殺、且つ狛の村は不可侵の状態へ』
 そんなグレーズからの報せを受けたアルカナウィンド宰相ロベルトはそう言って頭を抱えた。
 彼の力は『問題点を見抜くこと』。それは、不測の事態に備える為の力であったはずだった。
 しかし男は今さらになってその力の根本を知る。

「どうだ、ロベルト?」

 同じく報告を受けたアリエルは不安そうに尋ねる。
 彼女の正しき道を示す力もまた、この事態に対処は出来なかった。
 彼女の力は報告を聞いても尚、『良好』としか映さない。

 そしてそのパターンを、アリエルは一度だけ経験している。
 母親、先代女王を救って欲しいと鬼神と聖女に頼んだ時。その際の経験と今回は、酷似している様に思えた。
 つまりは、『その三人が死んでも何も影響はない』もしくは、『その結末はどうあっても決して変えられない』の二つである。

 ところが彼女の力がそれをどう映して見せたところで、アリエル自身が納得できる道筋だという訳ではない。
 いくら正しき道を示されようと、人の心はおいそれと納得できないこともある。
 だからこそ、頭を抱えたロベルトを心配そうにアリエルは見つめた。

「狛の村の人々は、魔王戦には参加出来ません」

 返って来たのは、そんな言葉だった。
 それ以上でも以下でもなく、たったそれだけ。
 そしてロベルトはそれっきり黙り込んでしまう。

【死者を出さずに魔王討伐を】

 そんなスローガンを提唱したのはアリエルだが、それを後押ししたのは誰よりもロベルトが筆頭。
 アリエルの母親が崩御した際、その場に立ち会っていたロベルトは、人が無残にも死んでいく姿と余りにも傷付いていたアリエルをその瞳にしっかりと焼き付けていた。
 だからこそ、幼き女王があくまでもそれを掲げるというのであれば、ライラに負けぬほどに力になってやろうと、国を治めつつも影から討伐軍を支えていたのがこの宰相ロベルトだった。

 そんなロベルトは、魔王討伐軍で諸国代表からあまり信用を得られていなかった際、自身の力が示しているとして、「狛の村の住人を恐ることはない、彼らは決して他者に危害を加えない」と説いていた人物だった。

 ロベルトは齢70前にして、今更ながらに知った。

 問題点を見抜くという力は、不測の高位外的作用に対しては一切の効果がないということを。
 今まで解決してきた問題は全て、人のレベルで考え得ることに対処出来ていただけなのだと。

「……陛下、魔王討伐軍の再編成をしなければなりません」
「狛の村が参加できない理由は、教えてくれないのか?」
「…………時が来れば必ず」

 今までロベルトが、隠し事をしたことはない。母親の件の一度を除けばただの一度も。そしてその時も、先代の為に隠していたと考えれば、ロベルトが【女王エリーゼ】に対して不易となる様な行為をしたことなど、ただの一度も無かった。
 その為アリエルは、今ロベルトがそれを話せないことには何か理由があるはずだと考えて、口元まで出かけた「今教えてくれ」という言葉を飲み込む。

「分かった。頼んだぞ」

 それだけを伝えて、アリエルは部屋を出て行った。

 ……。

「ロベルト様、私はお聞きしても?」

 残ったロベルトに、ライラが問う。
 アリエルが聞かない方が良い情報だとしても、護衛であるライラならば別かもしれない。
 そう思ってアリエルが先に部屋を出たことを、ライラは分かっている。
 まだ若く感情も豊か、無理をしてでも頑張ってしまうアリエルと違って、ライラは冷静だ。
 鬼神レインと聖女サニィという、想い人と親友が死んだ日ですら、彼女は冷静だった。

 ロベルトの思い悩む姿を初めて見たアリエルは、そうしてライラに話させることで、少しでもロベルトを楽にしようと考えたわけで、それを残った二人はしっかりと汲み取る。

「英雄レインの身体構造を、聞いたことがあるでしょう?」

 聖女の魔法書にも、ほんの少しか載っていない記述。

――レインの体は二つのマナが奇跡的なバランスで練りこまれている。
 唯一無二の身体構造を持った彼が一人でドラゴンを倒してしまうのは、必然なのかもしれない。

 たったそれだけの記述。
 しかし、ライラはその秘密を更に正確に知っている。

――狛の村の人々は皆、体内に魔物と同じものを宿している。
 死の山と呼ばれる危険地帯に蔓延する魔物の元が、そこで暮らす狛の村の人々に高い身体能力という武器を与え、デーモンをも軽々屠る戦士達へと変貌させているのだ
 しかしこの魔物の元は、それに耐性の無い人物を凶暴化させる危険性がある。
 私自身がそうだった。
 狛の村の特殊な人々は、そんな環境に適応した特殊な人々だ。

 これらを合わせて、聖女サニィは一度だけ言っていた。

――「つまりレインさんは、魔物の勇者とでもいうような体なんだよ。魔物の王でも、魔物の勇者に勝つのは難しいって考えれば、レインさんの強さも頷けるよね」

 単なる言葉遊びに思えたそんな言葉を思い出す。

「魔物の勇者……」

 ライラがそう呟くと、ロベルトは大きく頷いた。

「そう、狛の村の住人達は、魔物へと、…………変貌してしまった……」

 狛の村の住人が魔物になる素養を持っていること等、問題点を見抜くロベルトにすら分からなかった。
 狛の村というものが出来て既に数百年、いつしか狛の村の住人が自称を、『魔物化を拒もうとする者達』から、『魔物が拒む者達』へと変えていたことを、誰一人知る者は居ない。

 それもそのはずだ。
 ロベルトは、高位の意思である魔物達の存在理由、世界の意思と呼ばれるものの考えなど、読み取ることなど出来はしないのだから。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 9

あなたにおすすめの小説

神々に天界に召喚され下界に追放された戦場カメラマンは神々に戦いを挑む。

黒ハット
ファンタジー
戦場カメラマンの北村大和は,異世界の神々の戦の戦力として神々の召喚魔法で特殊部隊の召喚に巻き込まれてしまい、天界に召喚されるが神力が弱い無能者の烙印を押され、役に立たないという理由で異世界の人間界に追放されて冒険者になる。剣と魔法の力をつけて人間を玩具のように扱う神々に戦いを挑むが果たして彼は神々に勝てるのだろうか

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

転生したから思いっきりモノ作りしたいしたい!

ももがぶ
ファンタジー
猫たちと布団に入ったはずが、気がつけば異世界転生! せっかくの異世界。好き放題に思いつくままモノ作りを極めたい! 魔法アリなら色んなことが出来るよね。 無自覚に好き勝手にモノを作り続けるお話です。 第一巻 2022年9月発売 第二巻 2023年4月下旬発売 第三巻 2023年9月下旬発売 ※※※スピンオフ作品始めました※※※ おもちゃ作りが楽しすぎて!!! ~転生したから思いっきりモノ作りしたいしたい! 外伝~

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...