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第六章:鬼神の友人と英雄候補達
第七十五話:そんな日々もあっての今のわたくしですわ
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今月のエリーとオリヴィアの決闘はいつもと一味違うものだった。
いつもであればほんの少しは反応してしてしまうエリーのフェイントが通用せず、今までの数ヶ月間の接戦が嘘だったかの様にオリヴィアの圧勝で終わった。
その様子を、エリーはこう評価する。
「師匠の動き……」
もちろん、オリヴィアが師匠である鬼神の動きをトレースしているわけではない。
体格や使用武器、そして身体能力の全てが師匠とオリヴィアでは随分と違う。
しかしながらエリーがそう思ってしまったのには、理由があった。
「わたくしは今まで積み重ねてきた全てを、ただ出来ることをするのみ」
【そこに英雄性など必要ないのですわ】
そんな言葉で、エリーは全てを理解した。
その考え方そのものが、戦っている際の師匠と同じだ。
最低限にして最大限、今までの徹底した基本の下積みがなければ成し得ない思考。
今までのオリヴィアには無かった思考だ。
今までの彼女はどこか強さに固執していて、エリーの持つ奇跡を起こしうる英雄性、偶然を引き起こす力と言っても良いのかもしれないそれを見て劣等感を抱いていた。
それ故に戦闘中に敢えて隙を見せる意識の誘導に対してつい反応してしまう癖があった。
ところが、この間の町での兵士達の戦闘を見守って以来徐々に意識を変えていた。
「エリーさんの言葉で彼らを見守ってから、強さというものを考え返してみたんですの」
大の字に倒れているエリーに手を差し伸べながら、オリヴィアは満足気にそんなことを言う。
今までのどんな戦闘後の表情よりも穏やかなその顔は、その造形の見事さも相まって、もしかしたら『聖女』と言う言葉すら似合ってしまうのではないかと錯覚する。
そこまで思って、あの戦闘以来の変化を思い出す。
「もしかして最近お姉ちゃんの魔法書を読んでたのもその影響?」
手を取りながら、心なしかエリー自身も少しばかりすっきりした気持ちでそう尋ねる。
負けはしたものの、オリヴィアの成長とその清々しい王道の戦いは素直に喜ばしいことだ。
勝ちに拘ることで最強を貫いてきた今までならばしばらくすれば勝てる様になる算段は付き始めていたが、今回の様な戦い方を出来るようになったオリヴィアは正に第一位という評価が相応しい。
それほどに、エリーの全ての作戦が見事に通用しなかった。
それが、エリーには少しだけ嬉しかった。
「ええ、レイン様に託されたものは月光ですけれど、まだまだ答えてはくれません。でも、お姉様の魔法書は私の心を落ち着けてくれるのですわ」
相変わらす穏やかな表情でオリヴィアは答える。
それが余りにも穏やかなもので、次第にエリー自身もいつもの落ち着きを取り戻す。そして自分の状況を改めて見直すと、悪戯心が目覚めてくる。
全ての武器が地面に散乱して、自分自身も大の字に寝かされている。
たったの一太刀掠らせることすら出来ずに一方的にやられている状況は、よくよく思い返せばとても悔しい。
爽やかな心変わりについ流されてしまっていたが、本来であれば悔しがらなければならないことだと思い出せば、だんだんとその穏やかな顔もイライラとして見えてくる。
「でもオリ姉、昔はいつも魔法書読んで泣いてたじゃん」
つい、そんな風にからかいの言葉が出てしまう。
いつもであればこんなことを言えばオリヴィアはすぐに心を乱し、食いついてくるだろうこと。
しかし、今日のオリヴィアは違った。
「そんな日々もあっての今のわたくしですわ」
相も変わらず穏やかな顔を崩さないままそう答えるオリヴィア。
その顔はきっと、どんな男でも振り返る程に美しい。
目の前にいるのがもし自分でなければ例え女でも見惚れるかもしれない、とエリーは思う。
それ程に戦闘後で上気し、仄かに赤く染まっているその顔は色香を纏った絵になっている。
しかし目の前にいるのはその唯一の例外であるエリーだ。
【ふう、今のは決まりましたわね】
目の前にいるのは心が読めるエリーで、その美女は心を隠さないオリヴィアだ。
「ねえオリ姉、自己陶酔に浸ってるところ悪いんだけど、私の前でそれは口に出してるのと同じだからね……」
「あ……、聞こえてました?」
呆れた様に言うエリーに、当のオリヴィアは頬を真っ赤にしておずおずと問う。
「うん。意識して隠したほうが良いよ」
「う……、き、決まってました、わよね?」
「聞いちゃうんだ……、まあ、師匠の前でそれをやれば良い線行けてたかもね」
今更ながらに心を乱してあわあわと動揺し始めるオリヴィアには適当に返しておいて、武器を片付ける。
そして何やら妄想に浸り始めた王女様は置いておいて、新たに自身に浮上した課題を考える。
――誰しもが、私には注目してくれている。
誰しもが、いつ私に抜かれるかもしれないと必死になっている。
そして何よりも師匠が、私を認めてくれていた。
ならオリ姉に引き離れてしまった今、自分に出来ることは……。
――。
荷物をまとめて宿屋『漣』へと帰ると、王都からの来客が来ていた。
王宮専属の魔法使いが一人。緊急時の連絡に飛び回っているクラリスという名前の優秀な転移師だ。
魔法書が無くとも世界中のどこへ転移する呪文をも正確に暗記しており、その詠唱速度もマナ量も王都で飛び抜けて優秀だ。
そんなクラリスは、努めて冷静な顔で言う。
「オリヴィア様、エリー様、少々の問題が発生致しました。私と共に王都へとお越しください」
いつもであればほんの少しは反応してしてしまうエリーのフェイントが通用せず、今までの数ヶ月間の接戦が嘘だったかの様にオリヴィアの圧勝で終わった。
その様子を、エリーはこう評価する。
「師匠の動き……」
もちろん、オリヴィアが師匠である鬼神の動きをトレースしているわけではない。
体格や使用武器、そして身体能力の全てが師匠とオリヴィアでは随分と違う。
しかしながらエリーがそう思ってしまったのには、理由があった。
「わたくしは今まで積み重ねてきた全てを、ただ出来ることをするのみ」
【そこに英雄性など必要ないのですわ】
そんな言葉で、エリーは全てを理解した。
その考え方そのものが、戦っている際の師匠と同じだ。
最低限にして最大限、今までの徹底した基本の下積みがなければ成し得ない思考。
今までのオリヴィアには無かった思考だ。
今までの彼女はどこか強さに固執していて、エリーの持つ奇跡を起こしうる英雄性、偶然を引き起こす力と言っても良いのかもしれないそれを見て劣等感を抱いていた。
それ故に戦闘中に敢えて隙を見せる意識の誘導に対してつい反応してしまう癖があった。
ところが、この間の町での兵士達の戦闘を見守って以来徐々に意識を変えていた。
「エリーさんの言葉で彼らを見守ってから、強さというものを考え返してみたんですの」
大の字に倒れているエリーに手を差し伸べながら、オリヴィアは満足気にそんなことを言う。
今までのどんな戦闘後の表情よりも穏やかなその顔は、その造形の見事さも相まって、もしかしたら『聖女』と言う言葉すら似合ってしまうのではないかと錯覚する。
そこまで思って、あの戦闘以来の変化を思い出す。
「もしかして最近お姉ちゃんの魔法書を読んでたのもその影響?」
手を取りながら、心なしかエリー自身も少しばかりすっきりした気持ちでそう尋ねる。
負けはしたものの、オリヴィアの成長とその清々しい王道の戦いは素直に喜ばしいことだ。
勝ちに拘ることで最強を貫いてきた今までならばしばらくすれば勝てる様になる算段は付き始めていたが、今回の様な戦い方を出来るようになったオリヴィアは正に第一位という評価が相応しい。
それほどに、エリーの全ての作戦が見事に通用しなかった。
それが、エリーには少しだけ嬉しかった。
「ええ、レイン様に託されたものは月光ですけれど、まだまだ答えてはくれません。でも、お姉様の魔法書は私の心を落ち着けてくれるのですわ」
相変わらす穏やかな表情でオリヴィアは答える。
それが余りにも穏やかなもので、次第にエリー自身もいつもの落ち着きを取り戻す。そして自分の状況を改めて見直すと、悪戯心が目覚めてくる。
全ての武器が地面に散乱して、自分自身も大の字に寝かされている。
たったの一太刀掠らせることすら出来ずに一方的にやられている状況は、よくよく思い返せばとても悔しい。
爽やかな心変わりについ流されてしまっていたが、本来であれば悔しがらなければならないことだと思い出せば、だんだんとその穏やかな顔もイライラとして見えてくる。
「でもオリ姉、昔はいつも魔法書読んで泣いてたじゃん」
つい、そんな風にからかいの言葉が出てしまう。
いつもであればこんなことを言えばオリヴィアはすぐに心を乱し、食いついてくるだろうこと。
しかし、今日のオリヴィアは違った。
「そんな日々もあっての今のわたくしですわ」
相も変わらず穏やかな顔を崩さないままそう答えるオリヴィア。
その顔はきっと、どんな男でも振り返る程に美しい。
目の前にいるのがもし自分でなければ例え女でも見惚れるかもしれない、とエリーは思う。
それ程に戦闘後で上気し、仄かに赤く染まっているその顔は色香を纏った絵になっている。
しかし目の前にいるのはその唯一の例外であるエリーだ。
【ふう、今のは決まりましたわね】
目の前にいるのは心が読めるエリーで、その美女は心を隠さないオリヴィアだ。
「ねえオリ姉、自己陶酔に浸ってるところ悪いんだけど、私の前でそれは口に出してるのと同じだからね……」
「あ……、聞こえてました?」
呆れた様に言うエリーに、当のオリヴィアは頬を真っ赤にしておずおずと問う。
「うん。意識して隠したほうが良いよ」
「う……、き、決まってました、わよね?」
「聞いちゃうんだ……、まあ、師匠の前でそれをやれば良い線行けてたかもね」
今更ながらに心を乱してあわあわと動揺し始めるオリヴィアには適当に返しておいて、武器を片付ける。
そして何やら妄想に浸り始めた王女様は置いておいて、新たに自身に浮上した課題を考える。
――誰しもが、私には注目してくれている。
誰しもが、いつ私に抜かれるかもしれないと必死になっている。
そして何よりも師匠が、私を認めてくれていた。
ならオリ姉に引き離れてしまった今、自分に出来ることは……。
――。
荷物をまとめて宿屋『漣』へと帰ると、王都からの来客が来ていた。
王宮専属の魔法使いが一人。緊急時の連絡に飛び回っているクラリスという名前の優秀な転移師だ。
魔法書が無くとも世界中のどこへ転移する呪文をも正確に暗記しており、その詠唱速度もマナ量も王都で飛び抜けて優秀だ。
そんなクラリスは、努めて冷静な顔で言う。
「オリヴィア様、エリー様、少々の問題が発生致しました。私と共に王都へとお越しください」
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