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第四章:最弱の英雄と戦士達
第四十九話:一歩を踏み出す戦士を、ウアカリは
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ナディアは強い。
なんでも有りのルールに於いて、正々堂々彼女と戦えるのはオリヴィアと怪物と呼ばれる女王の侍女ライラの二人のみ。
ディエゴすら、なんでも有りであれば勝てなくなるのが彼女だ。ディエゴの身体能力が低いことを利用して、平然と背を向けて逃げ始める。かと思えばナイフを投げながら飛び込んだり、やりたい放題だ。
エリーは良い勝負をするものの、とてもじゃないが互いに正々堂々とは言えない戦いとなる。
エリーにとってはオリヴィアもエレナもディエゴもクーリアもナディアもライラも、等しく勉強するに足る相手。彼らの技術や思考をその力でもって全て吸収していくからこそ強いのがエリーだと言える。
例外としてルークだけは即座に彼女に勝つことが出来る。しかしそれも相性だけの問題。一瞬でも油断すれば逆にやられる為に手を抜けない。
そんな彼女を、かつては正々堂々破り続けたのがクーリアだった。
明確な実力差があった為に出来ていたことも、実力差が縮まると共に難しくなって、今ではそれでは全く敵わない。
だからこそ、クーリアは今度は逆にエリーから学ぶことにした。かつてはエリーに学んでもらおうと振るった大剣。しかし今では柔軟にそれを振るい、見ていても惚れ惚れする様な見事な斬り込みをしていたエリーを思い出す。
ほんの一瞬、エリーの剣は他のあらゆる勇者とタイミングがズレている。それは遅かったり早かったり様々だが、その全てが完全に計算され尽くしたかの様に相手を追い詰めていく。
格上の相手であっても、彼女は必ずハッとさせる様な戦いを見せる。
それが、エリーだ。
天性の才能と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、それで諦めるのはらしくない。
「はははははは、クーリアさん、いつもの攻めはどうしました?」
「防御ってのも重要かと思ったが、これは違うな……」
二刀流で手数の多いナディア相手に防戦に回ると何も出来なくなる。相手の思考を読めるエリーの様にはいかないものの、もっとオールラウンドにと思って少し防いでみたところ、何一つ出来なくなったのが現状だ。
剣が大きいせいもあって、防御の状態から振るえば、ナディアならば簡単にカウンターを決めてくる。
この戦い方ではオリヴィアであれば最初の一撃を防ぐことすら出来ず、ライラが相手であれば首が飛ぶ。
少しだけその二人に身体能力で劣るナディアだからこそなんとか防げているといった現状。防御を殆ど必要としなかった今までを考えると、ここに気付くだけでももしかしたら成長なのかもしれない。
思い切ったことをして失敗を繰り返すエリーを思い出す。
思えば、負けたこと自体が殆ど無かった。
気が付けばヴィクトリアの再来などと呼ばれ首長となっていた。
当たり前に勝ち、当たり前に英雄候補に選ばれ、当たり前にドラゴンの首を落としてきた。
他のメンバーが努力しているのを、どこか遠くのことの様に微笑ましく見守っていた。
その間も、エリーは失敗を続けては、時折皆をハッとさせていた。
そしてまた気が付けば、誰にも勝てなくなっていた。
エリーはいつの間にか失敗も無くなり、オリヴィアと互角になっていた。
思い返せば、オリヴィアの方が強かったことを悔しいなどと思うことすらなく、ウアカリの力に負けてレインに溺れていたのだ。
目の前のナディアの様に全力になることすらなく、ただ力に流されるままに。
余りにも情けない相談をサニィにしていたことを思い出す。
「ぐっ、もう一回だ」
「分かりました。一つだけ言っておきましょう。なんでクーリアさんが弱いか、それは愛が足りないからです」
決して敵わぬ恋を続けるナディアは、未だにレインの幻影を追っている。
少なくとも隣に並べる様に、少なくとも聖女に追い付ける様に、会うことなど出来ないと知りながらも、追い続けている。
確かにそれに比べれば、叶ってしまった恋の持つ力は弱いのかもしれない。
ナディアの様な熱狂さなど、持ち合わせてはいない。
「がは、も、もう一回だ」
「その前に治療して下さい。イリスさん」
「はい」
柄で鳩尾を殴られ、出来ない呼吸をイリスによって整えられる。
それ以上の治療は静止して、言う。
「もっと、殺す気で来い」
「分かりました。本物の強さを教えてあげます」
自分だって本物だと言いたい。
しかし、それでもナディアの気迫には敵わない。
「まだまだ甘い! そんなんだからクーリアさんは弱いんですよ!!」
更に激しくなる猛攻に、クーリアはふと思う。
マルスは何処にいるのか、と。
周囲を見渡してみると、意識が無くなる瞬間に、確かに見えた。
腕を組んで、微笑んでいるその男が。
どさっという音と共に、一瞬途切れた意識を取り戻す。
やはりマルスは、微笑んで見守っている。
まだ強くなるのだと、まるで確信しているかの様に。
それはイリスも同じだ。まるで辛そうな顔などしていない。
どんな怪我をしようとも必ず治すとでも言わんばかりに。
そして、ナディアを見る。
そこで、ようやく気付く。
彼女は楽しそうにしている。
レインが死んでから、初めて見る顔。
戦っている最中には全く気付かなかった、楽しそうな顔を、している。
「ほら、クーリアさん、立ちなさい。まだ生きてる癖にぼーっとしてないで」
そう言って伸ばしてくる手を、取ってみる。
それからは、よく見えた。
結局ナディアに勝つことは最後まで叶わなかったけれど、今まで見えなかったあらゆる出来事が、表情が、動きが、視界に入ってくる。
「ふう、クーリアさん、やっと強くなりましたね」
「強く、なったのか?」
「ええ、途中までは手を抜いてましたけど、最後は本気も本気でした。でも、幸せな人にウアカリ最強は渡せません」
「は、はは、手厳しいな」
「ま、お帰りなさい。これからどうするかはあなたの自由ですよ。一歩を踏み出す戦士を、ウアカリは歓迎します」
本日何度目になるだろうか、そう言ったナディアの手を、クーリアはしっかりと取って、握り締めた。
なんでも有りのルールに於いて、正々堂々彼女と戦えるのはオリヴィアと怪物と呼ばれる女王の侍女ライラの二人のみ。
ディエゴすら、なんでも有りであれば勝てなくなるのが彼女だ。ディエゴの身体能力が低いことを利用して、平然と背を向けて逃げ始める。かと思えばナイフを投げながら飛び込んだり、やりたい放題だ。
エリーは良い勝負をするものの、とてもじゃないが互いに正々堂々とは言えない戦いとなる。
エリーにとってはオリヴィアもエレナもディエゴもクーリアもナディアもライラも、等しく勉強するに足る相手。彼らの技術や思考をその力でもって全て吸収していくからこそ強いのがエリーだと言える。
例外としてルークだけは即座に彼女に勝つことが出来る。しかしそれも相性だけの問題。一瞬でも油断すれば逆にやられる為に手を抜けない。
そんな彼女を、かつては正々堂々破り続けたのがクーリアだった。
明確な実力差があった為に出来ていたことも、実力差が縮まると共に難しくなって、今ではそれでは全く敵わない。
だからこそ、クーリアは今度は逆にエリーから学ぶことにした。かつてはエリーに学んでもらおうと振るった大剣。しかし今では柔軟にそれを振るい、見ていても惚れ惚れする様な見事な斬り込みをしていたエリーを思い出す。
ほんの一瞬、エリーの剣は他のあらゆる勇者とタイミングがズレている。それは遅かったり早かったり様々だが、その全てが完全に計算され尽くしたかの様に相手を追い詰めていく。
格上の相手であっても、彼女は必ずハッとさせる様な戦いを見せる。
それが、エリーだ。
天性の才能と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、それで諦めるのはらしくない。
「はははははは、クーリアさん、いつもの攻めはどうしました?」
「防御ってのも重要かと思ったが、これは違うな……」
二刀流で手数の多いナディア相手に防戦に回ると何も出来なくなる。相手の思考を読めるエリーの様にはいかないものの、もっとオールラウンドにと思って少し防いでみたところ、何一つ出来なくなったのが現状だ。
剣が大きいせいもあって、防御の状態から振るえば、ナディアならば簡単にカウンターを決めてくる。
この戦い方ではオリヴィアであれば最初の一撃を防ぐことすら出来ず、ライラが相手であれば首が飛ぶ。
少しだけその二人に身体能力で劣るナディアだからこそなんとか防げているといった現状。防御を殆ど必要としなかった今までを考えると、ここに気付くだけでももしかしたら成長なのかもしれない。
思い切ったことをして失敗を繰り返すエリーを思い出す。
思えば、負けたこと自体が殆ど無かった。
気が付けばヴィクトリアの再来などと呼ばれ首長となっていた。
当たり前に勝ち、当たり前に英雄候補に選ばれ、当たり前にドラゴンの首を落としてきた。
他のメンバーが努力しているのを、どこか遠くのことの様に微笑ましく見守っていた。
その間も、エリーは失敗を続けては、時折皆をハッとさせていた。
そしてまた気が付けば、誰にも勝てなくなっていた。
エリーはいつの間にか失敗も無くなり、オリヴィアと互角になっていた。
思い返せば、オリヴィアの方が強かったことを悔しいなどと思うことすらなく、ウアカリの力に負けてレインに溺れていたのだ。
目の前のナディアの様に全力になることすらなく、ただ力に流されるままに。
余りにも情けない相談をサニィにしていたことを思い出す。
「ぐっ、もう一回だ」
「分かりました。一つだけ言っておきましょう。なんでクーリアさんが弱いか、それは愛が足りないからです」
決して敵わぬ恋を続けるナディアは、未だにレインの幻影を追っている。
少なくとも隣に並べる様に、少なくとも聖女に追い付ける様に、会うことなど出来ないと知りながらも、追い続けている。
確かにそれに比べれば、叶ってしまった恋の持つ力は弱いのかもしれない。
ナディアの様な熱狂さなど、持ち合わせてはいない。
「がは、も、もう一回だ」
「その前に治療して下さい。イリスさん」
「はい」
柄で鳩尾を殴られ、出来ない呼吸をイリスによって整えられる。
それ以上の治療は静止して、言う。
「もっと、殺す気で来い」
「分かりました。本物の強さを教えてあげます」
自分だって本物だと言いたい。
しかし、それでもナディアの気迫には敵わない。
「まだまだ甘い! そんなんだからクーリアさんは弱いんですよ!!」
更に激しくなる猛攻に、クーリアはふと思う。
マルスは何処にいるのか、と。
周囲を見渡してみると、意識が無くなる瞬間に、確かに見えた。
腕を組んで、微笑んでいるその男が。
どさっという音と共に、一瞬途切れた意識を取り戻す。
やはりマルスは、微笑んで見守っている。
まだ強くなるのだと、まるで確信しているかの様に。
それはイリスも同じだ。まるで辛そうな顔などしていない。
どんな怪我をしようとも必ず治すとでも言わんばかりに。
そして、ナディアを見る。
そこで、ようやく気付く。
彼女は楽しそうにしている。
レインが死んでから、初めて見る顔。
戦っている最中には全く気付かなかった、楽しそうな顔を、している。
「ほら、クーリアさん、立ちなさい。まだ生きてる癖にぼーっとしてないで」
そう言って伸ばしてくる手を、取ってみる。
それからは、よく見えた。
結局ナディアに勝つことは最後まで叶わなかったけれど、今まで見えなかったあらゆる出来事が、表情が、動きが、視界に入ってくる。
「ふう、クーリアさん、やっと強くなりましたね」
「強く、なったのか?」
「ええ、途中までは手を抜いてましたけど、最後は本気も本気でした。でも、幸せな人にウアカリ最強は渡せません」
「は、はは、手厳しいな」
「ま、お帰りなさい。これからどうするかはあなたの自由ですよ。一歩を踏み出す戦士を、ウアカリは歓迎します」
本日何度目になるだろうか、そう言ったナディアの手を、クーリアはしっかりと取って、握り締めた。
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