雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第三章:王国最強の騎士と王

第三十九話:痛ぁあ、なんでこんなに硬いのこいつ

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 デーモンロードは体長約6m、筋肉質ながら引き締まった細身の体で 短い翼に、鋭い二本の角。全身はどす黒い紫色。
 エメラルドに輝く瞳は虫けらを見ているように感情がない。
 ドラゴンに次いで強い魔物の代表とされる化け物だ。目撃例は死の山以外では殆ど無く、その強さも個体ごとに違う。
 デーモンと違い翼は飾りで空を飛ぶことこそないものの、圧倒的な膂力とシンプルな格闘センス、鋼鉄の様な皮膚で敵を蹂躙する。
 目が合ったが最後、確実に死ぬ。いや、死ぬまで戦い続けるのが特徴。
 世界で最も凶暴な魔物の一つがデーモンロードだ。

 狛の村にはこんな言い伝えが残っている。
 デーモンロードが生まれたのでいつもの様に討伐を行おうとしたところ、たまたま通りかかった超小型、30m程度の生まれたばかりだろうドラゴンがちょっかいを出しているのを見かけた。
 10秒後にはその体は9つに切り離されていた。

 魔物は通常魔物同士で争わない。大方世界の意思と呼ばれるものに従い存在している彼らには人間を殺す為に協力する理由はあれど、争う意味は無いのだ。
 知性が高く世界の意思とやらにそれほど縛られないドラゴンにしても、少し珍しいものがいたから声をかけてみよう位のつもりだったのかもしれない。
 それを、容赦なく殺すのがそれだ。正にデーモンの頂点に君臨する存在だと言っていい。

「……これを師匠は8歳で倒したんだっけ…………」
「少し弱いって言っても確実にこの間のドラゴンよりは強いですわね……」
「ま、狛の人達は死者ゼロで倒したんだし行けるに決まってるけどね」
「そうですわね。なんと言っても私は鬼神を継ぐ『血染めの鬼姫』ですもの」
「気に入ってるのね……」

 二つの巨大な化物の死体を前に、二人はふぅと尻餅を付く。
 オーガロードのパンチが危ない。
 そんなことを師匠から言われてそれじゃデーモンロードはと見てみれば、断然こっちの方が危ない。
 握られた拳は鉄球と殆ど差が無ければ、それが次から次へと降り注いでくる。
 大振りで一発一発を避ければ大丈夫なあの脂肪の乗った化け物と違い、この引き締まった肉体の化け物は素早い一撃一撃が同等レベル。とにかく攻撃が速く巧みだ。いや、当然受けていないので本当に同等なのかは全く分からないが、どちらも受けたら死ぬ以上はどちらも同じ。
 師匠はこれを受けたからこそオーガロードは危ないと言ったのか、単純に油断するなという意味で言ったのかすら分からない。
 そんなレベルの攻防だった。

「とはいえディエゴさんよりは弱かったね」
「当たり前ですわ。ディエゴより強かったらエリーさんは負けてるじゃない」
「あはは、そりゃそうだ。ってか手、痛ぁあ、なんでこんなに硬いのこいつ」
「これでも巨大なドラゴンよりは柔らかいらしいですわよ」

 鋼鉄の様な皮膚にはエリーの持つ刃もあまり通らず、武器の力に頼ることになった。巨大な剣【ヴィクトリア】を逆手持ち、ハンマーの様に扱い丸太のような脚にダメージを蓄積させる。
 斬撃には強くとも、丸まった柄から伝わる衝撃は敵の内部にまで届く。今回はセットの盾はお休みだ。
 一撃でも盾で受けてしまえば連動しているその巨大な剣は持てない程の衝撃波を生み出すだろう。受ける方法もあるのだが今は割愛。効率的ではない上にリスクが高すぎる。
 徹底的に片足を打ち続けたエリーはその足がグラついた瞬間にナイフをその瞳に投げつけた。
 それが決まれば儲け物だったのだが、瞳すら硬いらしく、届かない。
 ちょこまかと足元をうろついて同じ箇所にばかりダメージを与える虫けらにイライラしてくるのが伝わった所で、エリーの勝利は確定した様なものだった。
 一本の剣と一本の鈍器以外全ての武器を地面に放り投げ、困惑するそれの脳天を何度も叩き潰した。
 結果的に、手は腫れて真っ赤だ。

「ライラさんなら正面から殴り合うよね」
「あの方は肉弾戦最強ですもの……」

 叩き潰すのに使った武器は【戦棍ボブ】
 殴るほどに威力と重量が増していくかなりリスクの高い武器。
 その代わり、ここぞと言う時には最大威力を発揮する武器だ。

 これらの能力は使わないことも出来る。
 基本的には一長一短のものばかりなので普段はあまり使わないようにしているが、相手次第では別だ。
 何かに特化した敵は、徹底的に苦手なことをされると必ずイライラする。
 それを利用しての勝利。
 きっと世界最強の一角と言われるあの聖女似の女戦士であれば、こういう戦いはもっと得意なのだろう。
そう思って、その名前を出してみる。

「ナディアさんなら……」
「多分足の皮膚から削ぎ落として行きますわ……」
 やはりオリヴィアも同じことを思ったらしい。聖女似のその女戦士に、ひと息に殺してあげる、というある意味で優しい言葉は存在しない。
 魔物すら根を上げそうな残虐さが、現在の女戦士国家ウアカリ最強の戦士の怖い所だ。
「ディエゴさんは」
「泥仕合で勝利ですわね」
 それも意見は同じ。
 ディエゴなら確実に勝てるだろうが、決定力が低い。関節から破壊してこうべを垂れた所を斬るのだと予想されるが、かなりの時間がかかることだろう。
「そう考えるとやっぱりオリ姉は流石だねぇ」

 オリヴィアは数発の打ち合いの後、心臓目掛けて寸分違わず宝剣であるレイピアを突き立てた。
 それ自体の切れ味が良いのも確かにあるのだが、肉体に向かって完全な垂直で剣を当てる技術は必中を持ってしても難しい。
 必中で心臓を狙えばそこ目掛けて体が修正を加えてしまう為にズレが生じる可能性が高いのだ。ズレてしまえば、あの鋼鉄の様な皮膚に刺さりはしない。当たってからズレれば折れる可能性すらある。
 極度の集中状態を継続したためにオリヴィアもエリーと変わらない程度に疲労していた。

「まあ、羽の重さの『ささみ3号』でなくては出来ない技術ですけれど」

 そう言って、レインから託された月光を持ち上げる。4kgもの重量があるその剣でデーモンロードを倒せと言われたら、倒せないことはないだろうが少しばかり困難だ。通常の業物程度の切れ味しか持たないそれではきっとエリーの様に手を腫らすことになっていただろう。
 これを平気で胸に突き立てる師匠はやはり規格外だと改めて実感する。

「やはり最強の剣を振るうのは、まだ少し重いですわね」
「それは私がしてあげるから大丈夫」
「まずはわたくしに勝ってからにしてくださいな、さて、帰りましょうか」
「はいはい。あっちはそろそろ接敵する頃かな、遠すぎてよく分からないけど。キマイラ、大変な相手だね」
「ま、ディエゴなら大丈夫ですわ」

 近くの街からなら王都へ転移が出来る。
 間に合うことはないだろうが、少しだけの休憩を終えて、二人は帰路へと着くのだった。
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