雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第三章:王国最強の騎士と王

第三十四話:ふははははは、2秒先が見えるんだ

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 エリーとオリヴィアの住むグレーズ王国には、二人の著名な騎士が住んでいた。
 長らく大陸一の軍事力を持つ国家として名を馳せていたこの国であるが、その二人の騎士の出現以降、新成人勇者の騎士団への志願者が冒険者よりも多くなったという。

 冒険者は魔物の脅威を退ける為に旅をする放浪者だ。魔物の体の一部を持ち帰ればその分の報奨金を受け取れるのだが、保障もなく危険な仕事。
 ただ、自由にどの国にでも行けて、相手をする魔物を選べるのがメリットだろうか。逃げ帰った所で見られていなければ何一つ問題がない。そして商人の護衛などをこなせば信用を稼ぐことも出来る為、ほぼ護衛専門の冒険者なども存在する。食い逸れずに済む代わり、護衛中には逃げられないことがデメリットになる。

 対して騎士は国に仕える名誉ある勇者職。魔物を狩るのはもちろん、その存在を示すことそのものが国の人々を活気づける役割を果たしている。
 死ぬまで逃げる事が許されない代わりに保障もきちんとあれば、強くなる為の訓練もしっかりと受けられる。
 何より、名誉を受けられる。
 世界最強の冒険者と世界最強の騎士、どちらがモテるかと言われれば、悲しいことに多少冒険者が強くとも騎士の方が遥かにモテるのだ。
 常に輝く清潔そうな鎧に身を包み、近衛騎士団へ加入出来れば宝剣が与えられる。
 その活躍の多くは、人々の目の届く所であることが多い。
 魔物討伐の為立ち入り禁止を敷いても、結局なんとかして覗こうとする者がいるものだ。そういう連中から、噂は広がっていく。
 更には保障がしっかりとしているのがその理由なのかもしれない。もし殉職しても家族は一生普通に生活していける。例えそれが騎士団の訓練生だったとしても、変わらない。

 騎士団は真面目で堅苦しい。
 そんな風潮も、二人の騎士の内の片方によって変えられたことが理由にあるだろう。

「副団長ピーテル様とディエゴ様が戻ったわよおおおお!!!」
「きゃああああああああああ!!!」

 今回も騎士達の凱旋に、王都の人々は大いに盛り上がる。
 その注目の的であるのは二人のグレーズ騎士団副団長、ピーテル・グリューネヴァルトとディエゴ・ルーデンスだ。
 共にグレーズ最強と名高い騎士である。

「うるせぇぞ!! 俺たちはデーモンの群れを倒してきて疲れてんだ! 少しは休ませてくれ!!!」
「きゃああああああああああ!」

 ピーテルのそんな叫びにも、変わらず黄色い声援が飛ぶ。

「まあ落ち着けよピーテル。これも騎士の仕事だ」
 ディエゴが冷静に嗜める。
「嫌だ! 俺は休みたいんだ!」
 しかしピーテルはそんなわがままを言うと、
「ウチで休んでってええ!!」
「うるせぇぞ!!」
「きゃああああ!!」
 いつも通りのやり取りが行われる。
 これがピーテルなりのパフォーマンスだ。

 筋骨隆々、金髪に金の瞳、そして綺麗に整った顔には常に整えられた無精髭が生えている。いつ見てもワイルドに見えるように気遣った無精髭がピーテル。
 ピーテルよりも細身で、しかし必要な筋肉はしっかりと付いているのがディエゴだ。
 そんな二人にはいつも恒例の出来事がある為に、他の団員とは離れて凱旋する。

「うおおおおお死ねええええ!!」

 男達が、トマトを投げつけてくるのだ。
 二人は常に女性の人気を集める。共に見た目が良く、ワイルドなピーテルとクールなディエゴ派に分かれている。
 ワイルドながら意外と繊細なピーテル派と、クールながら負けず嫌いのディエゴ派というのもあるのだが、まあそれはどうでも良いとして、そんな二人に嫉妬した男達が、毎回トマトをぶち当てて恥を晒してやろうというのが、恒例となっている。

 これは確か、ピーテルが不満があるならかかって来いよトマト野郎、と一人の農民を挑発したのが始まりだっただろうか。

「ふははははは、2秒先が見えるんだ。当たるわけねえだろうが!!」
 といつも高笑いを決めながら割と必死に避けるピーテル。
「全く、なんで俺まで巻き込まれるんだよ」
 と、対してトマトをすり抜けて普通に歩き続けるディエゴ。

 ともかく、こんな風景が日常になってからというもの、騎士団への志願者が急増したのだった。

 ――。

「ふう、今日の鍛錬はこのくらいにしておこうか」

 ディエゴは言う。
 現在の騎士団長、世界最強の騎士ディエゴ・ルーデンスは、既に全く動けなくなった騎士達を前に、涼しい顔で言う。

 その中には、ピーテルの姿もあった。
 現在のグレーズ王国国王、ピーテル・G・グレージア。そう、オリヴィアの父親だ。

「くそぉ、本当に随分と差が付いちまったなディエゴォ」
「全くあなたは国王なんだから動かなくなるまでの訓練なんかやめて下さいよ」
「うるせえ! 国王になって鍛錬を止めたのは俺の責任だ! ってかこういう時くらい敬語やめろよ……」

 これが、最近の騎士団だ。
 魔物が増えてこれまで以上の鍛錬をしているにも関わらず声も発せない他の団員に比べて、騒げるだけでも十分な力があるのだといくら伝えても、ここ五年ほどこの国王は納得しない。
 国王は流石にもう騎士に戻ることは出来ないのにも関わらず、こうしていつも騒ぎ立てるのが、このグレーズ王国の、最近の日常だった。

 ピーテルが国王に就任してからというもの野菜の生産量は大幅に増えたにも関わらず、流石にもう、二人にトマトを投げつける者は一人もいない。
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