雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第二章:聖女を継ぐ者達

第三十話:面白い小娘だ。見ろ、これが真実だ

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 エイミーは子供の頃、一度だけリーゼ・プリズムハートに会ったことがある。
 会ったことがあると言うと大げさかもしれない。一度だけ目にしたことがあると言った方が正確だろう。
 ヴェラトゥーラの首都で現王妃、当時のグレーズ王女だったシルヴィアの護衛として付き添っているのを目にしていた。何かの式典があったのだとは記憶しているが、その中身がなんだったのかはもう覚えていない。
 ともかく、周囲を囲む騎士達とは異質な格好をした一人の女性が王女の手を取り、反対の手で杖を持って歩いているのが凄まじく印象的だったのだ。
 金髪碧眼の凛々しい彼女がとても輝いて見えたのだ。

 聖女の噂を聞いた時、エイミーはその特徴から最初は彼女が聖女なのではないかと考えた。しかし、彼女のイメージの中でのリーゼはまだ若かったものの、それから20年が経過したその時に少女と言われるのはおかしいことに気づく。
 しかしグレーズから回ってくる噂や肖像画、イコンは彼女にそっくりの美少女が描かれていた。

 そんな時だった。
 初めてサニィと出会ったのは。
 その時はルークが迷子になっていてそれどころではなかったが、サニィがマナスルを去ってから直ぐに気がついた。当時若干の混乱の中にあった彼女は時既に遅しではあったものの、彼女がいつか見たリーゼの娘だと。

「つまり、私の理想の魔法使いの娘が聖女様だったのよ」

 そう言いながら、エイミーはなんの躊躇もなく心臓に向かって刃を突き立てる。
 極限まで研ぎ澄ませた集中力は、心臓がその動きを停止する前に再生を開始する。
 ごぽっと音を立てて口から溢れ出る血など構いもせずそれを2度、3度と続け、膝を着くと同時に五人のヴァンパイアは同じ様に大量の出血をした後地に伏した。

「っはぁ、はぁ、がふ、これで死なないとは化物ね、邪教徒の癖に」
「はっはっは、どちらが邪教徒か分かったものではないがな」
「魔王なんかを崇める者にそんなこと言われたくないわ」

 言葉が通じることに少しの安堵を覚えると同時、会話を楽しむ様なヴァンパイアロードに違和感を覚える。

「我が崇めるのはただの深淵だ。魔王などではない」
 その言葉に偽りは感じない。しかし違和感もあるようだ。
「じゃあ魔王誕生の前兆とばかりに攻めてきたのはなんでなのかしら。魔王の指示みたいなものよね、世界の意思って」

 少しでも時間を稼がねば、まだ血液が足りない。流石に直に心臓を突き刺すとなれば、失う血の量は甚大だ。なんとか急激な血圧低下は防いでいるものの、直ぐに同じことを出来る心の余裕は残っていない。冷や汗が止まらない。
 穴が空くほど読んだ『聖書』に書かれていることを頼りに、なんとか会話を繋げる。まあ、いざとなれば死を覚悟すればどうとでもなるのだろうが、それなりに大切な生徒と死なないと約束してしまった。
 そう思っていたところ、ロードも困った様に言う。

「ああ、その通りだ。我は静かに暮らしたいのに頭の中でうるさくて堪らん。だから一先ず暴れてストレスの発散というわけだ」
「なるほど。それでわざわざ聖域を狙う理由は?」
「近かったからな。尤も狙いは村で、山ではない。貴様さえ居なければ迂回していた」

 いい加減な理由で聖域を荒らそうとしていることに腸が煮えくり返る思いを感じる。
 そして、次にヴァンパイアロードはこう言い放った。

「ところで貴様の崇めていると言う聖女は先代の魔王なのだが、それについては何かないのか? 邪教徒よ」
「殺す」

 敬愛する聖女様が魔王である筈がない。
 そもそも魔王であるならば、何故死の間際まで人々を救っていたのだ。有り得ない。
 一瞬にして感情の沸点を通り越したエイミーはナイフを持って、あろうことかヴァンパイアロードに斬りかかった。
 魔法使いは、パニックになればただの人だ。

「はっはっは、面白い小娘だ。見ろ、これが真実だ」

 並の勇者を軽く超える身体能力を相手に対応できるわけもなく、エイミーは夢の中へと落ちていった。

 ――。

 見せられた夢は、聖女サニィが魔王となって鬼神レインと戦っているシーン。
 普段見ているルークの何倍だという強さの重力魔法を使いこなし、この世の一体何が勝てるのだと言わんばかりに平原クレーターだらけの荒野へと変えていく。

 それを見て、思う。

 一体これの何が衝撃的な映像なんだろうか。
 いつもの聖女様と何一つ変わらないじゃないか。記憶にある聖女様よりもすこし強烈に騒いでいるだけ。周りには人一人おらず、それより遥かな化け物が一ついるだけ。

 怒りは急激に覚めていくと、闇に飲まれた意識も同時に醒めていった。

 ――。

「がはっ、げほっ、……」

 意識を取り戻し睨みつけると、首を掴まれていた手を離される。

「これは驚いたな。貴様には絶望的なシーンだったと思うのだが」
 心底驚いたように、そして楽しそうにヴァンパイアロードは言う
「かは、これよりも聖女様が亡くなった時の方が驚いたわね。そして実は勇者だと知った時も」
「貴様は先程魔王なぞを信仰する者は邪教徒と言わなかったか?」
「あら、聖女様が魔王なら崇めてはいけないというルールはないわ」
 さも当然の様にエイミーは言う。

 エイミーはその程度のことは、既に乗り越えている。
 聖女が本当は魔法使いではなく勇者だと知った時、最初は酷く裏切られた気分になったものだった。
 しかしよくよく考えてみれば、彼女は誰よりも魔法使いを大切にしているのだ。
 ルーク達への接し方、魔法研究、そして魔法の有用性のアピール。その全てが紛れもなく同情等ではなく、真に魔法使いの為にやっていることだと知っていた。
 その時点で、エイミーの信仰はとっくに固まっていたことを思い出す。

「言っていることがめちゃくちゃだな」
「邪教徒風情には分からないわ」
「そうだな。……落ち着いたところで、殺し合おうか」
「優しいのね、貴方が魔物じゃなくて信仰が同じなら惚れてたわ」
「ふはは、我が勝ったら眷属にしてやろう」
「あらあらそれは、……死ね」

 二人は笑い合って距離を取る。
 決着は恐らく一瞬で付くだろう。ただしパニックを起こせば即座にエイミーの負け、対してヴァンパイアロードは心臓を粉砕しなければ死にはしない。
 優勢なのは、圧倒的にヴァンパイアロードの方だ。

「では」「ええ」

 ――。

 ビタンともグチャとも取れる音が、突然二人のもとで響き渡る。
 互いが覚悟を決めた直後のことだった。
 ヴァンパイアロードの体が地面にめり込んで、こんな間の抜けた声、いや、必死な声がエイミーの背後から聞こえてきた。

「エイミー先生!! 僕が来たからにはもう大丈夫です!!」

 それに対して、エイミーは当然の如くこう答えるのだった。

「でかしたわルーク! 流石は聖女様の教え子ね!!」
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