雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第二部第一章:鬼神を継ぐ二人

第二十二話:夢の中で言っていた

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「ふう、良い修行だった」

 村長リシンまでをも倒したエリーは、トマトを滴らせながら満足気な表情で頷く。
 どんな魔物が出ようが敵じゃあない。そんなことをどこかの師匠の様に言っていたリシンも、今では膝を付いて肩で息をしている。
 ……。

「エリーさんも成長しましたわね。彼らは小型のドラゴンもデーモンロードも平気で倒してしまうのに」
 嗜めようか褒めようか迷ってはいたが、今回は素直に褒めることにした。
 なんとなくリシンを含め、村人達の表情が満足気なのがその理由だ。
「まあ、全員同時じゃなくて順番だったからね。同時はきっとしんどいよ」
 無理ではないと思うけれど。そんなことを言外に滲ませながら、エリーは頭に付いたトマトをリシンに投げつける。
 おふっ、そんなことを言う無様なリシンを尻目に、二人はいつもの様に打ち合いを始めるのだった。

 次の日、狛の村で目を覚ますと見知った気配を感じる。
 正確には、エリーが家の外にいるその心を読んでオリヴィアがその反応で察する。

「おー仲良し夫婦こんにちはー」

 直ぐさま支度を済ませ跳ね出たエリーはそんな挨拶をしながら二人に斬りかかる。
 いつからだろうか。
 いつの間にか、鬼神の弟子二人と聖女の教え子二人が出会うと毎回こうした戦闘から始まる様になった。
 オリヴィアも「お久しぶりですわ」と、それに混ざりながら考える。
 きっかけは確か、思い出してみれば、やはりエリーが落ち込んでいたあの時以来だろう。

 ――。

 一体どの位走ったのか、全く覚えていない。
 確か今を含めて、三回位暗くなったっけ。四回だったかもしれないし、二回だったかもしれない。
 なんとか川で水だけは飲んだ気がするので、まだ死ぬことは無いように思う。
 思うだけで、本当は危ないのかもしれない。
 それすらもう、よくは分からない。

 師匠が死んだ。お姉ちゃんも。

 何故かそれを皆は知っていたのに、わたしだけは知らなかった。
 あの朝、どうしようもなく悲しい気分に包まれて泣いてしまった理由が、今ならば痛いほどに分かってしまう。
 皆は覚悟をしていたのに、私だけが仲間外れに。

 師匠は、わたしが好きじゃなかったのだろうか。
 わたしが死なないでと、死ぬわけないと泣き叫んだら、鬱陶しいと思ったのだろうか。
 お姉ちゃんも、オリ姉も、お母さんも、皆、一緒だったのだろうか。

 そんなことを思うこと自体が皆に対する侮辱なのだと分かっていても、裏切っているのはきっと自分の今の状態なのだと分かっていても、そんな嫌な妄想は止まってくれない。
 どうしても、どれだけ振り払おうとしても、どれだけ無心に走り続けても、それが消えてくれない。

「師匠、嫌だよ」

 思わず呟いてしまうけれど、それに答えてくれる者は一人も居ない。
 今は静かな森の中、心の声すら、まともに聞こえない。
 森の中って、生き物がいるんじゃなかったのかな。
 森の生き物すら、私を見放してしまうのかな。
 何を考えていても、思考はネガティブな方へと加速してわたしは逃げられない。

 凄く、頭が重い。

 ふと、気がつくと、なんだか左手が冷たい。
 濡れているらしい。
 少し動かすとぺちゃぺちゃと音がして、よくよく状況を把握しようとしてみれば、ようやく自分が座り込んでいることに気づく。
 右手には剣を持って、左手はぺちゃぺちゃ。
 お尻が濡れるかもと思ったけれど、液体は左手部分だけで収まっているらしい。

 心の声も何も聞こえないので、その日は一先ずそのまま左手だけそのまま振り回して乾かすと、本能に任せて眠ることにした。
 眠くはないけれど、体は眠ろうとしている。
 働かない頭で、なんとかそれだけは理解できた。

 次の日、目を覚ますと目の前に魔物の顔があった。
 今日も頭が重い。
 これは確か、ジャガーノートとかいうやつだ。それが、五匹くらい。
 そこから流れた血が、昨日は左手に当たっていたらしい。
 どんな戦いをしたのか全く覚えてはいないけれど、私が無傷でこいつらが死んでいるということは弱いのだろう。
 昨日声が聞こえなかったのは、こいつらが死んだせいだったのか。
 どうでも良いので、私は大切な一本の剣だけを握りしめて、また走ることにした。

 ……。

 あれからまた少し経った。

【レインはお前を見捨てた。サニィもだ。オリヴィアも、一番弟子であるお前が疎ましい】

「うるさい」

 もうこれが、何かの心の声なのか、自分の被害妄想なのか、魔物の幻術なのかも分からない。
 分かるのは、皆が自分のことなんかどうでも良いと思っていたことだけ。 
 皆が、わたしのことを……。

 そんな時だった。

「おい、おい! おいって嬢ちゃん、そんなボロボロになって、大丈夫か」
 ふと、そんな声をかけられたことに気づく。
「おいおい、酷い顔だ。なんだ、なんか辛いことあったのか。こっちに来い」
 そんな声の主は30歳位のオヤジだった。30歳がオヤジなのかは分からないが、少なくともわたしにはそう見えた。
 そういうオヤジの心の声は、ノイズ混じりで聞き取れない。
 なので、簡潔に答える。
「わたしは行く場所がないかもしれない」

 そう言った時のオヤジの心の喜びを、わたしはすぐに理解しておくべきだったのだ。
 辛いからと逃げず、妄想も心の声も魔物の誘惑も、全て受け止める勇気を持つべきだったのだ。
 たとえそれで壊れてしまっても、師匠やお母さん、そして本当の仲間達がいることを信じるべきだったのだ。

 付いてこいと言われオヤジに付いていくと、岩山に空いた洞窟のような所にドア付けただけの様な住居に案内された。
 目の前に川があるので取り敢えず流してこいと言われその通りにすると、食事を出される。
 久しぶりに食べる何かの料理。全然美味しくはないけれど、水だけ飲んでたここしばらくを思えば、それはとても豪華なものの様に思えた。
 一頻り食べ終えると、ちょうど睡魔が襲ってくる。
 どうにも疲れすぎていたのだろう、抗えない様な、ここ数日全く感じることが無かった睡魔が。

 瞼が落ちる直前、オヤジがにやりと笑うのが見えた。

 気がつくと、オヤジが魔物だったので、取り敢えず殺した。
「な、さんじゅ」とよく分からない鳴き声をしていたが、起きる瞬間の無防備な時に感じた不快な心は、完全に食人鬼系の魔物のそれと一致していた。
 わたしは服を着ているし、体に異変は無かったので、何かされたということは無いだろう。
 よくよく見てみると魔物にしてはやけに貧弱だったが、股間に見たことのないものが突き立っているので魔物で間違いないはずだ。

 返り血で染まってしまった服が汚かったので、取り敢えず川で洗い流して、ここからは歩くことにした。もうどこだかも分からない。
 少し疲れてしまったので、出来れば人間の家で一休みしたいと思うと同時、膝から力が抜け崩れ落ち、再び眠ってしまった。

 サニィお姉ちゃんが「オリヴィアが泣いてるよ」と夢の中で言っていた。

 目を覚ますと、昨日のことを思い出す。
 わたしが殺したのは魔物ではない。ふと、そんなことを理解した。
 あの奇怪な茸は、オリ姉の妄想にたまに出てくるものに他ならない。
 同時に、アレがわたしにしようとしていたことも、完全に理解した。
 そして、あれは紛れもなく人間だということも。
 あの弱さは、比べてはいけないかもしれないが、お母さんや女将さんのそれと同じ。
 それを思い出した瞬間、凄まじい罪悪感と、恐怖と、そして寂しさに襲われた。

 オリヴィアが泣いてるよ。

 その夢の意味はまだはっきりとは分からないけれど、自分が望んでいるだけなのかもしれないけれど、なんだか無性に彼女に会いたくなって、どこに行けば良いのかも分からず歩き出した。
 もう、涙を堪えることなど、出来なかった。
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