雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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最終章:二人の終末の二日間

最終話:終末は救いの天気雨

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 消滅していく中、二人はあることを思っていた。
 今まで決して言うことが出来なかった、人間だからこその弱さ故か、もしくは、二人は既に本当に人間などどうでも良いのか。
 偶然にも、それは全く同じ内容だった。いいや、考えても見れば、必然だったのだ。
 何度言おうと思ったか分からない。
 しかし、言ってしまえば全てが終わってしまう。
 そんな内容のひとつの隠し事。

 それは問題点を見抜くアルカナウィンド宰相ロベルトだけは気づいていて、決して口外しなかった一つだけの裏切り。

 ――。

 俺は一つの隠し事をお前にしている。
 お前はもうとっくに、気付いているのだろう。もしかして、気付いていないのだとしたら、この隠し事はお前に対する絶望的な裏切りだろう。
 そして、世界に対する裏切りだろう。
 それでも俺は、この隠し事を、お前に言えない。

 私は一つの隠し事を、あなたにしている。
 あなたはもうとっくに、気付いているのでしょう。もしかして気付いていないのだとしたら、この隠し事は、あなたに対する致命的な裏切りでしょう。
 そして、世界に対する裏切りでしょう。
 それでも私は、この隠し事を、あなたに言えない。

 俺は、私はもうずっと前から、呪いが解けている。

 俺は明確に魔王を超えた時、サニィを生かしたままに魔王だけを殺したあの時から、呪いが解けていた。この呪いは、魔王よりも強い存在にはかけられない呪い。
 私は魔王に乗り移られた時、魔王に全てを委ねてしまったあの時に、呪いを解かれていた。この呪いは、魔王になら解くことが出来る呪い。

 俺は何度も魔王よりも強いことが呪いを解く条件だと言っていた。
 私は何度も呪いを解く方法は分かっていると言っていた。

 だからきっと、意外と鋭いお前は、全てが見えるあなたは、呪いから解放されていることを知っていただろう。

 その上で、一緒に死のうと言ってしまった。

 俺が生きていれば、きっと次の魔王は簡単に倒せる。
 私が生きていれば、きっといつかは呪いが解ける。

 それでも世界よりも、お前の方が、あなたの方が、大切だ。
 寂しくない様に、一緒に死んであげるんだ。
 もしもこれを伝えてしまったら、きっと発狂しながらも生きて欲しいと、そう言ってしまうのだろうから。

 だから、これで、全てを終わらせよう。
 少なくとも、……。

「サニィ」
「レインさん」
「「短かったけれど、幸せな人生だった。ありがとう」」

 それが、二人の最後の言葉だった。
 二人は最後まで微笑み合い、一つ唇を重ねると、光の粒となって、世界に散らばっていく。
 それは、呪いを殺す為。
 それは、魔法を発展させる為。
 それは、もしかしたら、世界を見守る為。
 そしてそれは、二人のわがままを、通す為。

 ただ、近すぎたが故にだろうか、自分の呪いが解けてしまったせいだろうか、二人ともが気づかなかった。
 サニィが魔王戦後解呪しようとしたのは、レインの呪い。その時既に解けている呪いの解呪に出ごたえなど感じるわけがない。
 そして呪いを持っているならば、幸せだったと言って死ぬことなど、出来るわけがないと言うことに。
 あの悪意を前に二人共が幸せに死んでいくことなど、出来るわけないことに。

 世界は悪意に満ちている。
 それは、あくまでも人間側の意見だ。
 身近過ぎて見えなかった互いの想いこそが世界の狙った悪意だったとしても、人を超えた二人は、その最期の瞬間までも、確実に幸せだった。

 ――。

 宿屋『漣』で、エリー、オリヴィア、女将と談笑していたアリスが、突然泣き出した。
 その理由を、オリヴィアは直ぐに察して涙を流す。
 二人の心を読んでしまったエリーも、何が起こったのかを理解して、わんわんと泣き出してしまう。

「そっか、アリス、治ったのね。あの2人、頑張ったのね。アリス、エリー、ずっとここに居ていいからね。あなた達は家族なのだから」

 女将は三人を纏めて抱き寄せると、一筋頰を濡らした。

 地域差がかなりあるものの、60人に一人が突然泣き出す異常現象が、その日世界中で発生した。その全ての人が、十分に泣き終えた後、全く同じことを証言する。

 呪いが消えた。数字が、見えなくなった。
 これで、死ななくて済むんだ。
 ずっと、ずっと言えなかったけれど、自分は呪いに罹っていた。
 理由は分からないけれど、きっと、誰かが……。 

 中には当然、その日がタイムリミットの者も、明日が、という者も居ただろう。
 彼らは特に、深く涙を流した。

 その日は、世界的に天気雨が降り注いだ。
 晴天の日に、雲一つない空からしとしとと雨が降り注ぐ。
 そして、世界人口の2%近くの者達が、喜びに咽び泣く。
 その様子は、神がもたらした奇跡の様。
 晴れの日に降り注いだ雨は多くの虹を作り、その幻想風景も相まった、神の気まぐれの様な。
 そんな、一日だった。

 極西では、どうしようもなく理解してしまった、一匹の狐が泣いている。
 南では、一人でドラゴンを倒した英雄が、泣いている。

 そして、世界から呪いが消えた日から、聖女と鬼神は、姿を消した。

 彼等はたったの四年半、この世界に姿を現した幻の様な存在。
 しかし確かに彼等が生きた痕跡は残っている。
 世界に広がる一本の青い花の咲き乱れる川のような道。聖女の足跡と呼ばれるそれは、聖女と呼ばれる彼女にしか作り得ない奇跡だ。
 彼女は霊峰マナスルの頂上に、超巨大な一本の大樹をも生やしている。質量のない、映像だけのガラスの大樹。
 それも確かに、聖女の残した軌跡である。

 竜殺しの鬼神レインは、確かに存在していた。
 常に聖女のそばに控えたそれは、確かにあの日ドラゴンを一人で倒したし、彼等が居なくなる前の年からしばらく、ただの一頭もドラゴンの目撃情報が上がっていない。
 そして、グレーズ王国とアルカナウィンドの騎士達が学ぶ剣術の名前に、共に時雨流という名前が加わったことも、確実に鬼神の影響とされている。

 二人は、確かにグレーズ王国で竜殺しを行ってから四年半、存在していた。

 ……。

 二人は、魔王の呪いに罹っていた。

 罹れば1825日の後、確実に死ぬ。
 罹れば5年間は、確実に幸せになる。
 罹れば、不死となる代わりに、死への恐怖が増幅する。
 そのせいで、殆ど全ての者は最後の数日、幸せだった日々を思い出し、発狂しながら死んでいく。

 そんな呪いに。

【二人は、そんな呪いに罹って尚、命を犠牲に呪いを解いた英雄だ。それがどれほどの恐怖だっただろうか、身近に死んでしまった者が居るものは知っているだろう。罹っていた者達は、知っているだろう。彼らは正しく英雄だった】

 世界から呪いが消えてから1ヶ月、グレーズ王国、アルカナウィンド、ウアカリの三国から、その様な声明が発表された。

 そうして、世界から呪いが無くなったことが完全に認知されると、彼等の生まれ故郷、グレーズ王国領、サニィの生まれ育った町、花の町フィオーレ跡地に、一つの石碑が建てられた。

 ――――――――――――

  人間歴452年7月28日 
  世界を救った二人の英雄

  Rain Evilhurt
  Sunny Prismheart

 魔王の呪いを消し去り眠る

 ――――――――――――

 世界を救った英雄は確かに存在していた。
 僅か二人で魔王の呪いを世界から消し去った幻の様な存在だ。


 しかしながら二人は最後に確かに、世界を救うことを口実にして、自分達の為に、心中したのだ。
 二人は確かに、人間だった。最後まで自分達の幸せを望む人間で、……。




 ……世界の意思は、こうして無事にイレギュラーを世界から排除することに成功した。
 サニィという魔王コマを利用して。
 彼女はいつも、マナに語りかけられていた。
 必死に抗っても、気づかない部分まで。


 世界は奇跡に救われる。

 今日は誰かが、何処かでそんなことを呟いた。


                  つづく。
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