雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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最終章:二人の終末の二日間

第二百三十四話:終焉は暖かな雪の日に

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「おはようございますレイン様お姉様。今日の朝ご飯はわたくし達が作りましたわ」
「おはようございます。わたしも卵焼き出来たよ!」

 部屋を出て食堂に向かうと、二人の弟子が嬉しそうにそんなことを言う。
 テーブルには色とりどりの大量の食事。

「おお、美味そうだな」
「わあ、私も負けてられないな。ちょっと厨房貸して下さい女将さん」
 二人の料理に感心するレインと、嬉しそうに対抗心を燃やすサニィ。
「既に多すぎるぞサニィ」
「余ったらお弁当にしちゃいますから大丈夫」
 やる気の漲ったサニィは既にエプロンを着て髪の毛を結んでいる。
 レイン以外は、誰一人としてそれを止める者はいない。

 しばらくするとさらに次々、大量の食事が運ばれてくる。
 その殆どは寝起きでも食べ易いもの。ステーキもあるにはあるが、味付けはさっぱりの様だ。

「ふふふ、とっておきを持ってきますから少し待っててくださいね」

 言うが早いか、サニィはどこかに転移していく。
 そうして10分程待つと、彼女は一匹の魚を手に持っていた。

 河豚。

 レインの好物で、こっそりと調理の練習をしていた猛毒の魚。
 50cm程もある巨大なそれは、サニィによって手早く調理されると、食卓に並べられる。

「おい、大丈夫なんだろうな……」
「大丈夫です。もしもの時の為に食べ終わったらすぐに解毒の魔法をかけますから。テトロドトキシンですもんね。ヒョウモンダコでもちょくちょく練習してましたから、解毒だけは完璧です」
「途中から何を言っているのかさっぱり分からなかったが……」
「お前が漣で作ったフグ料理を最後に食べたい。って言ったのレインさんじゃないですかー」

 頬を膨らませ、サニィはそれを口元に持ってきてあーんなどと言いながら押し込もうとする。

「おい、愛する二人の愛弟子よ。俺が死んだら、後は頼む」
「はい。お任せ下さい」「はい。必ずお母さんとアリエルちゃんを守る」

 言外の意味を感じ取ったのだろう。オリヴィアは真剣な顔で答える。それにつられて、エリーも真面目に答えている。
 真面目な二人の返事を聞いて口を開くと、河豚は押し込まれ、なんとも幸福に満ちた味が口内を支配する。

「くっ……」
「レイン様!?」「師匠!?」

 何故か本気で心配する弟子達。

「美味いな……」
「あはは、痺れたりしないですか?」
「ああ、自分の体を見ても毒は見えないな」
「上手くいきましたね。それじゃ皆さんもどうぞ」

 サニィの号令と共に、みんなが一斉に食事を取り始める。
 他の客達も巻き込んで。
 聖女と鬼神の話はすでに知れ渡っているのだろう。作り過ぎた朝食を彼等に振る舞うと、恐れ多そうな顔をしながらも、光栄の極みといった表情でそれを食べ始める。

「は、お姉様の手料理に感激してる場合じゃなかったですわ」

 河豚料理を王女らしくもなくがつがつと食べていたオリヴィアが、突然言って二人を見る。

「レイン様お姉様、わたくし達の料理はいかがでした?」
「美味しいよ。なんというか、家を思い出すな」

 その質問に、まずはサニィが答える。
 王女でありながら家庭的なその料理は全て女将から密かに教わっていたもの。
 そんなサニィの褒め言葉は、彼女にとって最高のものだった。

「美味いぞ。将来家政婦として雇ってやろう」

 レインは冗談めかしてそんなことを言う。
 それもまた、夢の様だとオリヴィアは思う。
 幸せな二人の家庭に、住み込みの家政婦として上り込む。悪くない。いや、むしろ本望だ。
 王女でさえなければ、二人の命が今日まででなければ、本気で叶えてみたい夢と言っても良い。

「うう、ぐすん、レイン様、お姉様ぁあ」

 思わず、涙が溢れる。
 叶えられない夢という感情が溢れ出で、エリーにも伝わる。
 よくは分からないけれど、そんな強いオリヴィアの想いにエリーもまた、涙を流す。

「ふうあ、師匠、お姉ちゃん」
「おおよしよし、エリーの卵焼きも美味いぞ」
「オリヴィアもおいで」

 なんでかは分からないけれど、とても寂しくて、とても暖かい。
 オリヴィアだけではなく、お母さんからも、女将さんからも、大将からも、もちろんレインからも、お姉ちゃんからも。
 そんな感情に包まれたエリーは、疲れて眠るまで、泣き続けた。

 ……。

「それじゃオリヴィア、エリーを頼む」
「そこは世界を、じゃありませんの?」
 昼前、眠ってしまったエリーを置いて、別れの挨拶を済ませる。
「なに、お前達がいれば世界なんかどうにでもなるさ」
 レインは微笑を湛えて言う。
「それはまだ、過大評価ですわ」
 少しだけ申し訳なさそうなオリヴィア。
 まだ、本人としてはレイン鬼神を継げる程に成長してはいないという本心が、どうしても隠せない。
 だからこそ、師として最後に言うべき言葉は、一つだ。

「心配ない。俺にはそう見えている」

 魔王の隙すら見るその目が、そう言っている。
 オリヴィアなら、そしてエリーなら、世界はきっちりと救える。

 それを、確信している。

「はい。お師匠様。時雨流二代目オリヴィア、同じくエリーと共に、必ず笑顔で世界を救ってみせますわ」

 だからこそ、オリヴィアはあえてエリーと共に笑顔で救う。そう言った。
 エリーを頼むという意味は、きっと、彼女の笑顔を絶やさないで欲しいと、そういう事。

 これから待つ暗いかもしれない未来で、エリーの笑顔を守りきって見せよと、師匠から託された最後の課題だ。

「ああ、任せた」

 そう言ったレインの顔は少しだけ寂しそうで、しかし信頼に満ちていたことを、オリヴィアははっきりと感じ取った。

「それじゃ、私達は少しだけ世界を救ってくるね」

 聖女は言う。
 なんでもないように。
 ちょっと散歩でもしてくるかの様に。
 レインとは真逆の、明るい顔で言う。

 少しばかり拍子抜けもしてしまうけれど、やはりお姉様はこんな風が似合っている。

「はい、お姉様。寂しがりのお師匠様をよろしくお願いします。行ってらっしゃいませ」
「うん。オリヴィア、大好きだよ」

 まるで太陽の様に明るい笑顔でそう言って、二人は光の粒になって転移していく。
 二人の行き先を、オリヴィアは最後まで聞くことがなかった。

 ――。

「エリーちゃんに、言わなくて良かったんですか? あ、ペンギン」
「どうにもエリーは可愛すぎてな……。言った方が良かったんだろうか。あれ、でかい方がヒナだよな」

 南極の大地、二人は雪降るこの大地を最後の観光地として選んでいた。
 いや、単純に都合が良いだけだ。
 人類未踏の地にして、世界に魔法を振りまくポイントとして、南極点は申し分ない。

「まあ、私も気持ち分かります。本当に娘の様に懐いてましたもんね。私だって言えないと思います。え、あれがヒナ……?」
「本当は言うべきかも知れないが、泣くのを見るのは辛いっていう俺のわがままだな……。俺にはそう見えるな」
「思いっきり泣いちゃってましたけどね。少し意味は違ったみたいですが。茶色いですね……」

 ペンギンのヒナを観察しながら、二人は娘の様なエリーのことを考える。
 ペンギンのヒナは親鳥と違い、ふさふさとした体毛に覆われている為大きく見える。

「でも、今となってはエリーちゃん、本当に国一つくらい守れそうですね」
「そうだな。少しずつ守るべきものも増えていってる」
「師匠と似て、お母さんとかアリエルちゃんを守る為だけに魔王を倒しちゃうんですかね」
「ははは、そうかもしれんな」

 ペンギンのヒナを観察していると、一つのことに気付く。
 体は大きくても、やはりまだまだ甘えたい盛りの様だ。

「レインさんは、エリーちゃんも大好きですけど、甘えてくるオリヴィアだって本当は可愛いですもんね」
「いきなりなんだ……。当たり前だろうが」
「ふふふ。つんつんしてる割には甘いんですから」

 親鳥が帰ってくると、懸命に餌をやっている。
 一度飲み込んだ魚を、戻して口渡しする様だ。
 必死になその様子は、親鳥の愛情を感じさせる。

「……弟子なんだ。仕方ないだろうが」
「ええ、そうですね。そんな中でも、私を選んでくれて嬉しいです」

 ペンギンは一夫一妻の動物として、最近少しずつ話題になり始めた生き物だ。
 どうやらパートナーを決めると、生涯を共に過ごすらしい。

「お前が偶然同じ日に呪いに罹っただけだ」
「今そんなこと言っても遅いですよーだ。こうして手まで繋いでる癖にぃ」
「お前から繋いで来たんじゃないか……」
「今日はレインさんですぅー、あはは」

 親鳥が、再びヒナから離れて狩りに出ようとしている。

「ところでサニィ。一つ気になったんだが」
「なんでしょうか」
「ペンギンのヒナ、茶色いな」
「さっき私言いましたよ」
「ああ、いや、王の剣、なんて言ったかな。あのの剣」
「【ことりぺんぎん】ですね。あ……」
「……ヒナ、茶色いな」
「ええ、とっても可愛いですね……」
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