雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第十五章:帰還、そして最後の一年

第二百二十六話:殴る以外に方法が思い浮かばない

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「いや、好きではないが」

 不意のサニィの質問に、レインは冷静に答える。誤魔化しているわけでも、嘘をついているわけでもない。

「では質問を変えます。レインさんって、ナディアさんの見た目が好みですよね」
「お前な……」

 それは、仕方がないだろうが。
 と続く言葉は、なんとか我慢する。
 実際の所、誰しもが思うだろう。レインがナディアの見た目を好ましく思っていても、何一つおかしくはない、と。
 それはサニィすら納得するはずだ。

 二人が今まで出会って来た中で、最も美人なのは間違いなく女狐、たまきだ。次いでオリヴィア。サニィはまぁ、顔だけ見れば17番目とか、その辺りだろう。あくまで、客観的に見た場合、だ。
 もちろん、これは英雄候補だけでなく、出会った全ての人物を合わせて、の話だ。
 となれば当然、ウアカリの者達は皆上位を占めている。

 しかしそれが主観となると、また話は変わってくる。

 実際のところ、レインがウアカリで最も好みな容姿をしているのはナディアだと、出会った者達はすぐに気付いていた。

 だからこそ、ナディアがレインを下心全開で狙っているのを気付いた瞬間、ライラはそれを全力で阻止しようとしたのだ。
 サニィはともかく、この女はマズい、と、ライラの直感はそれを直ぐに察知した。

「まあ、分かってますよ。分かってます。仕方ないこと位。だって私完敗ですもん」
「いや、落ち着け。お前は圧勝だ」

 はたから見れば、まるで意味の分からない会話だ。容姿の良し悪しなど、全ては主観の、好み次第。
 勝ち負けすら、主観に過ぎないと。

「いいえ、私は全て負けてますよ。あっちの方が胸が大きいですし、背も高いですし、髪の毛は、同じくらい? でも、お尻も大きいですし」
「俺は小さい方が好きなんだがな」

 まるで、会話になっていない。
 数値の上の事実ですら、それは相手の好み次第だと言える。
 胸が大きい方が好きな人もいれば、小さい方が好きな人もいる。
 ならばそれで良いではないかと、多くの者が思うだろう。

「あっちは褐色の健康そうな肌だし、綺麗な黒髪だし、琥珀色の目は綺麗だし」
「俺はお前のほんのり赤みがかった白い肌に輝く金髪、そして空色の目が好きなんだが」

 隣の芝は青く見える、とはこのことなのだろう。
 自身とは違う点を淡々と告げていくサニィは、最早本当に面倒臭い女だ。
 しかし、これも確かに、仕方ないことだと言える。
 サニィはずっと胸の大きさを気にしているし、意外と嫉妬深い奴だ。
 自分よりも良いポイントを見つけてしまえば、嫉妬の炎が再燃してしまうのも仕方がない。

「ナディアさん、私がレインさんに手を出したら殺しますよって言ったのに出そうとしましたからね……」
「落ち着け、もうすぐウアカリに着く。ほら、大好きな妹のイリスに会えるぞ」

 正に魔王再びと言った所。
 レインさえ困惑する程に精神を病むサニィ。
 それもまあ、仕方がない。
 実際に、ナディアの容姿はレインの好みなのだ。
 一番と言っても過言ではない。

「だって、だってレインさん、ウアカリのみんなと別れた後ナディアさんの痴態が良いって言ってたあぁぁあ」
「おい、泣くな。ほら、おぶってやるから」
「ううう」

 何歳だよ、と思いながら、感情が高ぶっているサニィをおぶり、砂漠をひた走る。
 サニィが泣き疲れて眠るまで、レインはその背中をビシビシと叩かれ続けたのだった。

 ――。

「イリス、サニィを見てくれ」
「あ、こんにちは。あ、あぁ……これはまた、随分と侵されてますね……」
「少し魔物と交流しててな、その影響かもしれん」
「魔物と交流、なんでも有りですね……」

 実際の理由は分からないけれど、イリスはサニィの診察を始める。
「うう、ナディアさんころす……」
 などと物騒なことを呟きながら呻くサニィをイリスが診察し終わるまで、レインは手を握り続けていた。

「ふう、多分これで大丈夫です。ナディアさんとなにかあったんですか?」
「いや、突然ナディアに嫉妬し始めてな……」
「あ、あぁー、まぁ、仕方ないですね」

 イリスも納得した様に苦笑する。

「どうすりゃ良いんだ俺は……」
「そうやって手を握ってあげてれば良いんじゃないですか? 今はナディアさん、お姉ちゃんと戦闘訓練してるので、まだここには来ませんから」
「根本的な解決にはならんと思うが」
「根本的な解決方法は分かりません。私は恋、したことないですし、えへへ」

 少し頰を染めながら、イリスは言う。
 確かに、それでは難しいものだ。
 理由は明確だ。レインはナディアの容姿が好みだということを、決して否定出来ない。
 それならば、解決方法は一つしかない。

「よし、ナディアを殴って顔を変えてしまおう」
「あ、あの、それは流石に……」
「そうだな、ならばどうする」
「うーん、あ、ナディアさんの前でサニィさんとキスするとかは?」
「……」
「……恥ずかしいですね」

 結局、なんの解決方法も見出せないままに、サニィは目覚め、同時にクーリアがナディアを連れて帰って来た。

「お、レインじゃないか、いじめに来てくれたのか?」
「いや、今回はナディアを殴ろうと思ってな」

 顔を見せるなり元気になるクーリアに、レインは冷静に答える。いや、これは既にパニックなのかもしれない。
 イリスの「ちょ、ちょぉ」という言葉も、入って来ていない。
 
「あ、レインさん、私を殴ってくれるんですか? どうぞ!」

 不意に、サニィの顔がレインの目の前に現れる。
 褐色で、黒髪で、琥珀色の、サニィの顔だ。 

「……やっぱり似すぎなんだよなぁ、なんだよお前は」
「私のレインさんに近づかないで下さいって言ったでしょ、ナディアさん!」

 目の前のサニィの顔に、相変わらず好みだと思う一方、本物は激怒する。
 そりゃあ、仕方がない。
 レインがナディアをそう簡単に殴れるのなら、サニィもこんなことで不安になりはしないだろう。

 サニィとナディアは、同じ顔をしている。
 世界に三人は同じ顔がいると言うが、二人は正に、色違いの大きさ違い。
 身長スタイルはナディアの圧勝、強さはサニィの圧勝だ。
 ついでにどちらも基本敬語。

「はぁ、俺はサニィが好きなんだ。お前は諦めろ」

 結局の所そう言うしかないレインにサニィが顔を輝かせると、ナディアはその巨乳を使って誘惑しようとする。

 もう何度目か分からない、廃人になったナディアが磔にされるまで、サニィの怒りは治まりはしなかった。
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