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第十五章:帰還、そして最後の一年
第二百二十三話:聖女の師匠
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南の大陸、サニィが唯一教えを請うた呪文の使い手、シャーマンの住む村に二人は来ていた。
以前来た時には、この村はダニ媒介のウイルスで滅びかけていた。
しかし着いてみると、以前とは比べものにならない位に生き生きと生活していた。
彼らはシャーマンを除いて全員が一般人だが、流石にこの厳しい熱帯雨林でずっと生き延びて来ただけはあり、至る所に自然を利用した罠を設置しており、彼ら自身の戦闘能力もそれなりに高いものがある。
ここに存在する唯一の魔物、蛇型の恐らく名前すら付いていないだろう魔物がちょうど、彼らによって狩られていた。
魔物は食用にはならないが、加工すれば武器の素材としては優秀だ。その骨を矢じりに利用した弓などを、彼らは利用している。
「みんな元気そうで良かったです。ちょっと師匠に挨拶してきますね」
「ああ、行ってこい」
なんとも面白いものだ。
世界で最強の魔法を使うサニィが唯一師匠と呼ぶ人間が、こんな辺境の地の、まともな魔法すら使えない老婆だという。
病気の進行を多少抑えられる程度、呪った人間の体調を多少悪く出来る程度。その程度の魔法しか使えない彼女を、ドラゴンすら簡単に倒せるサニィは信用している。
レインはその理由がある相談に基づいたものであることは知らない。
――。
「私はレインさんを裏切りたいんです」
かつてサニィはシャーマンに、そんな相談を持ちかけていた。
その答えは、「それが良いだろう」というもの。
きっと、他には世界中の誰に相談しても、そんな答えは得られなかっただろうと、サニィが感じる相談。
それを、その老婆はいとも簡単に納得してみせた。
「でも、きっと多くの人が苦しむことになります」
だからこそ、サニィは少し食い下がった。
それはダメだと、誰かに言われたかったのかもしれない。
しかし、その老婆は違った。
「後のことは、後の者達がなんとかするしかないんだ。この村にはたまたまアンタ達が来てくれたが、そうでなければ滅びる覚悟を決めていた。そして、アンタがもっと早く来れば死ななかった者達だっている。アンタが来る前日にも、三人、ワタシの夫も死んだんだ」
諭す様に老婆は言う。
「でもな、アンタが遅いから死ななくて良い者まで死んだなどとアンタを恨む者なんか一人も居ない。皆、アンタが来て良かったと感謝してる」
老婆は続ける。
その言葉は、不思議とサニィを納得させる力に満ちている。
「だからな、キチンと役に立ったんだから、少し位わがままを言っても良いんだ」
老婆の言葉は、サニィの深くに刻み込まれた。
レインには決して言えない秘密を、つい喋ってしまった不思議な、最弱の魔法使い。
サニィが彼女を師匠と呼ぶ理由は、決して呪文を教わったからだけではない。
その優しい言葉が、サニィ自身の考えに深く根付いて、それがとても安心することになったからだ。
だからこそ、もう一度しっかりと挨拶をしておきたいと、サニィはずっと思っていた。
――。
「ありがとうございました」
「ああ、気が向いたらまたおいで。急にだとお茶出す位しか出来ないけどね」
「あはは、時間が出来れば必ず。あ、もしもさっき言った子達がここに来ることがあれば、歓迎してくれると嬉しいです」
「ああ、村の総力を持って歓迎すると約束する。それじゃあサニィ」
二人は一時間程の世間話をすると、満足した様に立ち上がる。
「ええ、師匠、さようなら」
「ああ、あの坊主のこと、大事にするんだよ」
「あはは。勿論です!!」
そうして、最弱の師と最強の弟子は別れた。
きっと、サニィにとっては唯一、聖女となっても祖母の様に頼れる人だ。
自分の思う通りにしなさいなんてことは、聖女に対してはきっと誰一人言えない。
聖女はいつだって人々を救ってくれる存在で、人々を導く高貴な存在で、人々の為に自己を犠牲にする存在で、そして人々の為に生きなければならない存在だ。
きっと、皆がそう思っている。
少なくとも、この老婆とレインと英雄候補達以外はみんな。
だからこそ、サニィはこの老婆の言葉に救われていた。
「お待たせしました」
「ああ、どうだった?」
「皆さん元気でした。師匠も相変わらずで」
話しを終えてレインの所に戻ると、言葉の通じない村人に槍の指導をしていたレインが優しげに振り返る。
それを見て、サニィはやはりと決意するのだった。
私はきっと、この人を裏切る。世界を救う為とか、都合の良い言い訳を考えて、自分の為だけに。
「さて、行こうか。オマエタチ、ツヨクイキロヨ」
「あ、今の翻訳出来てませんよ」
「……」
「突然だったので……」
相変わらずそんなボケをしながら、二人は歩き出した。
次の目的地はもう決まっている。西だ。
サニィは尋ねる。
「レインさんは死ぬ前に何が食べたいって言われたら当然フグ料理ですよね?」
「なんでだ?」
「え?」
当然その通りだと返ってくるのを期待したサニィに、レインは少し不満げに答える。
どう考えても、レインの1番好きな食べ物はフグだ。それは、間違いがない。
しかし、どうやら違うという雰囲気を出している。
「あれ? フグじゃかったら、あ、『漣』の料理?」
レインは第二の家である漣の料理を非常に気に入っている。海鮮ベースの、素朴ながらも手の込んだ料理。
ここの料理を食べる為にアリスとエリーを押し付けたんだと言っていたこともある。
「お前、わざと言ってるんじゃないだろうな」
「へ?」
全く分からないと言った表情のサニィに、レインは答える。
「お前が作った料理だ」
「あ……」
そういえば、レインに食べてもらう為に料理を頑張ったのだと思いだす。
それなら、応えるしかあるまい。
「お前が漣で作ったフグ料理を最後に食べたい」
「……」
まあ、そんな甘いことが簡単に起きないのがレインだとがっかりしつつ、二人は極西の島国へと向かう。
以前来た時には、この村はダニ媒介のウイルスで滅びかけていた。
しかし着いてみると、以前とは比べものにならない位に生き生きと生活していた。
彼らはシャーマンを除いて全員が一般人だが、流石にこの厳しい熱帯雨林でずっと生き延びて来ただけはあり、至る所に自然を利用した罠を設置しており、彼ら自身の戦闘能力もそれなりに高いものがある。
ここに存在する唯一の魔物、蛇型の恐らく名前すら付いていないだろう魔物がちょうど、彼らによって狩られていた。
魔物は食用にはならないが、加工すれば武器の素材としては優秀だ。その骨を矢じりに利用した弓などを、彼らは利用している。
「みんな元気そうで良かったです。ちょっと師匠に挨拶してきますね」
「ああ、行ってこい」
なんとも面白いものだ。
世界で最強の魔法を使うサニィが唯一師匠と呼ぶ人間が、こんな辺境の地の、まともな魔法すら使えない老婆だという。
病気の進行を多少抑えられる程度、呪った人間の体調を多少悪く出来る程度。その程度の魔法しか使えない彼女を、ドラゴンすら簡単に倒せるサニィは信用している。
レインはその理由がある相談に基づいたものであることは知らない。
――。
「私はレインさんを裏切りたいんです」
かつてサニィはシャーマンに、そんな相談を持ちかけていた。
その答えは、「それが良いだろう」というもの。
きっと、他には世界中の誰に相談しても、そんな答えは得られなかっただろうと、サニィが感じる相談。
それを、その老婆はいとも簡単に納得してみせた。
「でも、きっと多くの人が苦しむことになります」
だからこそ、サニィは少し食い下がった。
それはダメだと、誰かに言われたかったのかもしれない。
しかし、その老婆は違った。
「後のことは、後の者達がなんとかするしかないんだ。この村にはたまたまアンタ達が来てくれたが、そうでなければ滅びる覚悟を決めていた。そして、アンタがもっと早く来れば死ななかった者達だっている。アンタが来る前日にも、三人、ワタシの夫も死んだんだ」
諭す様に老婆は言う。
「でもな、アンタが遅いから死ななくて良い者まで死んだなどとアンタを恨む者なんか一人も居ない。皆、アンタが来て良かったと感謝してる」
老婆は続ける。
その言葉は、不思議とサニィを納得させる力に満ちている。
「だからな、キチンと役に立ったんだから、少し位わがままを言っても良いんだ」
老婆の言葉は、サニィの深くに刻み込まれた。
レインには決して言えない秘密を、つい喋ってしまった不思議な、最弱の魔法使い。
サニィが彼女を師匠と呼ぶ理由は、決して呪文を教わったからだけではない。
その優しい言葉が、サニィ自身の考えに深く根付いて、それがとても安心することになったからだ。
だからこそ、もう一度しっかりと挨拶をしておきたいと、サニィはずっと思っていた。
――。
「ありがとうございました」
「ああ、気が向いたらまたおいで。急にだとお茶出す位しか出来ないけどね」
「あはは、時間が出来れば必ず。あ、もしもさっき言った子達がここに来ることがあれば、歓迎してくれると嬉しいです」
「ああ、村の総力を持って歓迎すると約束する。それじゃあサニィ」
二人は一時間程の世間話をすると、満足した様に立ち上がる。
「ええ、師匠、さようなら」
「ああ、あの坊主のこと、大事にするんだよ」
「あはは。勿論です!!」
そうして、最弱の師と最強の弟子は別れた。
きっと、サニィにとっては唯一、聖女となっても祖母の様に頼れる人だ。
自分の思う通りにしなさいなんてことは、聖女に対してはきっと誰一人言えない。
聖女はいつだって人々を救ってくれる存在で、人々を導く高貴な存在で、人々の為に自己を犠牲にする存在で、そして人々の為に生きなければならない存在だ。
きっと、皆がそう思っている。
少なくとも、この老婆とレインと英雄候補達以外はみんな。
だからこそ、サニィはこの老婆の言葉に救われていた。
「お待たせしました」
「ああ、どうだった?」
「皆さん元気でした。師匠も相変わらずで」
話しを終えてレインの所に戻ると、言葉の通じない村人に槍の指導をしていたレインが優しげに振り返る。
それを見て、サニィはやはりと決意するのだった。
私はきっと、この人を裏切る。世界を救う為とか、都合の良い言い訳を考えて、自分の為だけに。
「さて、行こうか。オマエタチ、ツヨクイキロヨ」
「あ、今の翻訳出来てませんよ」
「……」
「突然だったので……」
相変わらずそんなボケをしながら、二人は歩き出した。
次の目的地はもう決まっている。西だ。
サニィは尋ねる。
「レインさんは死ぬ前に何が食べたいって言われたら当然フグ料理ですよね?」
「なんでだ?」
「え?」
当然その通りだと返ってくるのを期待したサニィに、レインは少し不満げに答える。
どう考えても、レインの1番好きな食べ物はフグだ。それは、間違いがない。
しかし、どうやら違うという雰囲気を出している。
「あれ? フグじゃかったら、あ、『漣』の料理?」
レインは第二の家である漣の料理を非常に気に入っている。海鮮ベースの、素朴ながらも手の込んだ料理。
ここの料理を食べる為にアリスとエリーを押し付けたんだと言っていたこともある。
「お前、わざと言ってるんじゃないだろうな」
「へ?」
全く分からないと言った表情のサニィに、レインは答える。
「お前が作った料理だ」
「あ……」
そういえば、レインに食べてもらう為に料理を頑張ったのだと思いだす。
それなら、応えるしかあるまい。
「お前が漣で作ったフグ料理を最後に食べたい」
「……」
まあ、そんな甘いことが簡単に起きないのがレインだとがっかりしつつ、二人は極西の島国へと向かう。
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