雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第十五章:帰還、そして最後の一年

第二百十一話:故郷を訪ねて

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 サニィの生まれ故郷は、随分と整備されていた。
 かつて彼女が簡潔な葬儀を執り行った時とは全く違い、瓦礫は取り除かれ簡素な墓地となっている。

 あれ以来、ここには一度も来てはいなかった。
 サニィ自身の命が短いこともあり、過去に囚われていては前に進めない。
 そんは言い訳の下、彼女はここに立ち寄らずにいた。
 そんな心境をレインも理解していたので、あえて何も言わなかった。
 レインにとっては彼女の家族よりも、彼女の方が大切である。
 そんな歪んだ様な、純粋な様な思いは、図らずもサニィが前に進むことを肯定していた。

 しかしもう、未来を次代に託した以上、前に進む必要はない。
 オーガ集落に向かったのも、それが理由だ。

「でも、あれですね。生まれ育った町がお墓になっちゃってるのは少し、なんというか」

 おかえり、役目も終わったし今からここに入ろうか。
 そう言われている様に思う。
 ただの被害妄想。
 もちろん、そんなことを考えて作られた訳ではない。純粋に、この小さな村にいた人々を弔う為に作られた慰霊の墓地だ。
 来るタイミングが、悪かった自分も悪いのだが、少し複雑だ。
 それはたまたま、自分達がオーガの集落で先に弔いを済ませて来てしまったのも理由だろう。
 魔王化の影響で性格が悪くなったのだろうか。
 そんな風にも思う。

「レインさん、お父さんとお母さんのお墓、ありました」

 言われた所を見ると、サニィの両親の名前にプリズムハートという性が書いてある。
 そして、サニィという名前もあった。

「あはは、結構早くに作られてたんですね……」

 サニィの町が滅んでから、王都に着くまで半年程だった気がする。
 そんな短期間の間に、ここは墓地になっていたらしい。
 確かに、勇者の力なら出来るだろう。
 しかし、それよりも重要なことがある。

「私、帰ってくるなって言われちゃいました」

 ただの被害妄想、いや、この場合はそうとも言い切れない。
 サニィの名前は、消された痕跡がある。
 その仕事の雑さ故に、読めてしまうのがなんとも言い難い。

「色々な妄想をしてしまいますね」

 もしかしたら、名前は職人が消しに来たのではなく、たまたま傷が付いているだけ。
 もしかしたら、名前を消したのは、優しい両親の霊。
 もしかしたら、名前を消したのは、一瞬目を離した隙を突いたレイン。
 まあ、どれも違うだろうけれど。
 ともかく、お参りと挨拶だけは済ませなければ。

「お父さん、お母さん。私はこのレインさんと一緒に世界を救います。一つだけ、問題を取り除きます。後は全て残った人に任せてしまうことになるけれど、少なくとも、私は幸せです。なんか、聖女様とか言われて……」

 サニィの声は、次第に震えてくる。
 少し前まで存分に泣いたはずだった。それでも、改めてこうして両親に話しかけようとすると、どうしても堪え切れないものがある。

 4年前には、自分のことで精一杯だった。
 他のことを、何も考えている余裕が無かった。
 ただ、生き残るだけで、全てだった。
 それがいつの間にか、必死に生きていたら、必死に隣の人に追い付こうとしていたら、いつの間にか、みんなから必要とされていた。

 それを、今更ながらに思い出して、止まらない。

「……お父さん、お、お母さん。私を産んでくれて、ありがとう」

 締めとして、なんとかこう言った。
 そうして、彼女は振り返る。

「えへへ、男に絶対に会わせなかったお父さんが、私が男の人と一緒に死のうって言ってるの聞いたらどうなりますかね?」

 不謹慎、とは流石に言えなかった。
 元々それを言ったのはレインが最初だ。
 そしてそれが、サニィ自身のけじめの為だと分かっている。

「俺が父親ならその男を殺すな」
「あはは、そうですよね。レインさんお父さんにそういう所、似てますもん」

 そんな風に笑う。
 世界を救う為には、自身自身を犠牲にしなければならない。
 墓の前で本当に不謹慎な話をしているのだが、そんなことは二人は分かっている。
 しかしだからこそ、ここには帰ってくるなと言ってくれたこの墓の前で、それを話す。
 あなた達の子どもは、必ず世界を救いますと、不謹慎な言葉で誓う。

 そうでなければ、流石に恐ろしい。
 少しでも長く生きていたい。それは生き物の本能だ。

 だからこそ、レインが父親に似ていることを、墓前でアピールする。
 大切にして貰っていると。幸せだと。
 その言葉は不適切だろうが、それがサニィなりの覚悟で、誓いで、感謝だった。

「それじゃ、もう少し人生、大好きな人と一緒に楽しんでくるね。お父さん、お母さん」

 最後にそう残して、二人はこの花の町だった所を発つ。
 両親の墓には、色とりどりの、枯れない花を残して。

 墓を出たところでなんとなく振り返ると、全く困った娘だと笑う母親の姿と、レインに殺意を燃やす父親の姿が、見えた気がした。
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