雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第十五章:帰還、そして最後の一年

第二百八話:広がる汚染

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「それではお父様、わたくしはもう少しエリーさんと修行して参りますわ」

 王城の一室、王女は王にそう宣言する。
 今迄一年近く帰らず修行の旅に出ていて、まだ物足りないのだと言う。

「ダメだ」

 当然王はこう答える。
 仮にも王女なのだ。今は3歳を過ぎた王子が国を継ぐ予定になっている為、彼女は王女としての執務以外は特にやることもない。
 世間には、ドラゴンの襲撃にショックを受け引きこもってしまったと伝えてある。
 しかし、余り城を開けるわけにもいくまい。
 と、オリヴィアは予想する。

「お仕事は済ませたはずですわ」
「いいや、終わっていない」
「なんでしょう」

 そう問うと、王はこれまで以上に真剣な顔になる。
 当然王は自分よりも遥かに弱い。
 遥かに弱いのだが、その気迫は凄まじかった。
 これが父の威厳、王の威厳なのかと、少しの感動を覚える。
 しかしその口から出た言葉は、それまでの感動をぶち壊すには十分なものだった。

 ――。

「と言うわけなのですお姉様」
「そっか、分かったよオリヴィア。レインさん、ちょっと行ってきますね」
「……ああ」

 その仕事を頼まれたオリヴィアは、早速サニィの所へとやってきた。
 王都滞在5日目、オリヴィアの執務期間中は今迄何度も来てはいたものの、殆どしていなかった王都観光をしていた。
 ちょうどエリーもいる。エリーは修行中を除けば生まれの村とブロンセンから出たことがなかったので、とても喜んでいる。
 それは正しく年相応と言った感じだったが、余りに人がいるところでは能力の性質上酔ってしまう。
 かなり図太い性格なので基本的には問題ないのだが、流石に王都ともなると人の量が桁違いだ。
 ドラゴンを倒した後のアルカナウィンドの祭りの時の様に、皆が聖女様万歳と思っているわけでもない。
 その為、なるべく混んでいない観光スポットを巡っていた。

 それはともかくとして、レインは今一つの問題に直面している。

「なあエリー、もしかしておかしいのは俺なのか?」
「わたしもおかしいのかな……でも、エレナ姉も変って思ってたし……」

 二人は頭を抱える。
 ここグレーズ王国では今、武器にオリジナルの名前を付けるのが流行っている。
 それも何故か、食材や食べ物の名前が多い。
 それは王女であるオリヴィアの愛剣の名前が『ささみ3号』に決まってからだと言うことだ。

 それに感化された女性騎士を中心に、騎士団の中でそれが流行り、騎士と関わりのある者から徐々に、 そしていつの間にか冒険者や民衆にまで広がっている。
 観光中に何度か武器屋で『ロングソードのそーせーじ』などと記載されているのを見て、店をたたき壊そうかと思ったのをレインは思い出す。
 それを見たサニィが「あんま可愛くない名前ですね」などとこれまた意味不明なことを言い出したので、その思いも瞬時に萎えていったので武器屋は助かったのだが……。

 しかしながら『聖女様が名付けた姫様の愛剣:ささみ3号のレプリカ』などという記念品を見た時には流石に猛烈な頭痛を覚えた。
 曰く、引きこもってしまった姫様に聖女様が贈ったプレゼント、とされているらしい。

 そう、オリヴィアの仕事というものはつまり、王の愛剣の命名をサニィに頼むということだ。

「なあエリー、どんな名前を付けてくると思う?」
「うーん、たたみ12号?」
「……なんかいい気がして来たな」
「えへへ」

 よく分からない会話をしながら、師弟は二人が戻ってくるのを待った。

 ――。

「素晴らしい名前が付けられて、お父様も本当に嬉しそうでしたわ」
「あはは、やっぱり私名前付けるの好きだなぁ。ただいまレインさん、エリーちゃん」
「失礼致します」

 何やら楽しそうに会話をしながら、カリスマ姉妹が戻ってくる。
 一体どんな名前を付けてしまったのだろうと気になりながらも、それを聞くのが恐ろしい。
 そんな妙な感覚が残っていた師弟を襲う。
 そわそわしているレインを感じ取り、エリーもまたそわそわしてしまう。

「オリヴィア、仕事は終わったか?」

 なんとか平静を装いながら、レインは尋ねる。

「はい! それはもう、素晴らしい名前を付けていただいて、お父様も感激していましたわ!!」
「それは聞こえていた……」

 テンション高く言うオリヴィアに、やはり自分がおかしいのだろうかと不安になる。
 それはもちろんエリーもだ。

「本当に良い名前が浮かんだんですよ、レインさん、王様の剣は白と黒でですね」
「それは良かったな」

 サニィも先日の反省など忘れたかの様にテンション高く言う。
 これは聞かないとダメかと思い、覚悟を決めた。
 これ以上二人の楽しそうな熱弁を聞き続けていると、確実な精神汚染を受けると踏んだ為だ。
 魔王を倒す英雄ですら、サニィのセンスには勝てなかったと認めてしまうことになるが、背に腹は変えられない。

「で、どんな名前を付けたんだ?」

 意を決して尋ねる。

「あ、レインさんも聞きたいですか? あ、でもなーレインさんは私のセンスを理解してくれないしなー。どうしよっかなー」

 完全に調子に乗っていたので、再び以前の様に怒りを滾らせた所、ようやく聖女は落ち着いた。
 汗をだらだら流しながら、こう答える。

 ――。

「しかし、やはり聖女様は素晴らしいな」
「そうね。本当に可愛い。聖女様自身も食べちゃいたいわ」
「お前な、聖女様は俺たちの国の象徴だ。リーゼさんを超えてしまったんだよ彼女は」
「そうよね。でも、本当に良い名前ね」
「ああ、これからも頼むぞ、『ことりぺんぎん』」

 王と王妃は白と黒のブロードソードを眺めながら語る。
 この国に、実はこの世界唯一のペンギンの雛は白黒ではないと突っ込みを入れる者は、一人もいない。
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