雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第十五章:帰還、そして最後の一年

第二百五話:弟子に継ぐ

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「ふわぁ、おはようございます師匠」

 朝、レインが目覚めるとちょうど同じ時に起きたのだろうエリーが挨拶をしてくる。
 彼女は先日ウアカリでの騒動で少しばかり目を回してしまったので、マナスルに着いてすぐにオリヴィアとディエゴに宿に運んでもらっていた。
 皆で旅をしていた時にはアリエルライラと同じ部屋に泊まっていたが、彼女はまだ8歳の為今はレインサニィと同室だ。でかいベッドなので、川の字でちょうど良い。ごしごしと目をこすると、よく寝たと伸びをする。

「おはようエリー、体調はどうだ?」
「だいじょぶです、お姉ちゃんはまだ寝てるの?」
「ああ、サニィは昨日夜中まで遊んでたからな」
「そういえばなんか、凄い音してたふあ……」

 伸びをした割にはまだ少し眠気を引きずったまま、昨日何があったのと質問してくる。
 それに答えると、興味深そうに質問を重ねる。

「ほぉ、魔法使いかぁ。お姉ちゃんとルーク君とエレナ姉しか知らないけど、強いの?」
「これから強くなるだろうさ」
「それはお姉ちゃんのおかげ?」
「そうだな。生徒の優秀さもあるが、やっぱりサニィの功績だろう」
「そっかぁ、お姉ちゃん強いもんなぁ。分かってても勝つ方法が無いもんなあ」
 エリーは貪欲に強さを求める。
 もちろん守ることが大前提ではあるが、皆がサニィに負けるのは当たり前と思う中、彼女だけは違うと感じる。
「ま、サニィは正確には魔法使いじゃないんだけどな」
「え、そうなの?」
「ああ、あいつは正確には魔法の様なものを使う勇者だ」
「どう違うの?」

 そうだなあ、とサニィの詳細を説明すると、分かったような分からない様なそんな表情でふんふんと頷く。
 流石に心が読める分聡いとは言え8歳児、その辺りは難しいものらしい。
 しかし、なんとなくは理解できたようだ。

「ってことは、お姉ちゃんには無理だけど、ルーク君とかエレナ姉ならマナ切れをすれば勝てるの?」
「もちろんそうだな。できるなら、だけどな」
「ふああ、おはようございますぅレインさんん」
「あ、お姉ちゃんおはよう」

 噂をすればサニィが起きる。
 かと思えば、目の前にいたエリーを抱きかかえて、そのまま再び眠り始める。
「んぬぅ」「あれ、お姉ちゃん?」
「ま、今日は少しのんびりすることになるだろうしエリーももう少し寝てて良いぞ」

 そのレインの心の中を読んだエリーは、ああ、と納得して抱き枕にされたまま、「それじゃ、おやすみなさい師匠」と再び眠り始めた。

 ――。

「く、頭が痛い……」

 部屋を出ると、ちょうどディエゴも部屋から頭を押さえながら出てくる。

「おはよう熟女好き」
「お前、なんでそれを……」

 どうやら昨日の記憶は抜けているらしい。青い顔をしてディエゴは答える。

「お前が自分で言ったんじゃないか」
「なんだと……。くそ、全く覚えていない……」
「お前酒弱いんだな」

 ディエゴは、エールを二杯飲んだだけだ。
 レインが能力で意識を刈り取ったとは言え、記憶まで消すようなやり方はしていない。
 青い顔をしながら掴みかかってくるディエゴに、取り敢えず今日はのんびりすることになるから水分取って寝てこいと促すと、オリヴィアが部屋から出てきた。

「あら、おはようございますレイン様、熟女団長」
「じゅ、お、……まじか…………」
「まじだ。おはようオリヴィア」
「あら、お姉様とエリーさんは?」
「まだ寝てる。今日はそこの熟女団長のことを考えてのんびりとすることにした」
「お……おいレイン…………」
 こうして、騎士団長ディエゴは熟女団長マイケルへと昇進した。
 それはともかく、呻きながら部屋へと戻っていくディエゴを他所に、レインはオリヴィアを誘って外に出る。
「遂に念願のデートですのね!」
 と喜ぶオリヴィアに、真面目な話だと答えると、彼女もその顔を引き締めた。

 ――。

「オリヴィア、お前にこの剣を預ける」

 それはレインの持つ宝剣だ。
 最上級の極宝剣、『不壊の月光』切れ味はただの一般業物と変わらず、しかし決して壊れない剣。
 決して、汚れ一つ付かず、いつになっても、いつまで経ってもそれであり続ける不変の剣。
 黒い刀身に金色のダマスカス文様を持つ、満月の反射した海の様な剣。

「なんで、わたくしに……?」
「エリーはまだ、幼いからだ」

 エリーはまだ8歳だ。8歳の子どもに、魔王を倒せとは言えない。
 オリヴィアはもう18歳になる手前。自分自身で王と話し、魔王を倒すと決めた身。
 そして、たった二人の弟子の一人だ。

「受け取れ、ませんわ」

 しかしオリヴィアは、そう答える。

「理由を聞こうか」

 そう言うレインの声は、優しかった。
 なんとなく、彼女の言いたいことは分かっている。

「英雄性、わたくしの英雄性は、エリーさんに敵いません。その剣は、最強の英雄にこそ相応しい。だからこそ、わたくしではなくエリーさんに使って欲しいのです」
「ドラゴン戦の時のことを気にしてるのか?」
「…………はい。あの時、わたくしはどうしようもなく気づいてしまいました」

 三回行った内の最初のドラゴン戦。それで彼女はその翼を切り裂いた。
 初めてまともなダメージをドラゴンに与えた。
 それに対してエリーは、最弱だったはずの彼女は、たった一撃でそれを仕留めてみせた。
 その次の戦い、それでもオリヴィアはドラゴンを仕留めることは出来なかった。
 仕留める隙を作ったのは彼女であれど、止めを刺したのはクーリアだ。
 そこではエリーは活躍しなかった。その次の戦いでも。

 しかし、エリーは最初のドラゴンを仕留め、オリヴィアは傷を二度付けただけ。
 例え、それが勝利の要となっていても、一人では仕留められていない。

 それが、現実だった。

「オリヴィア、お前は一つ勘違いしているな」
 対して、師は言う。
「お前の役目は敵を仕留めることではない」
「え?」
「お前の役目は次代の最強であることだ」
「それは、どういう……」
「お前は常にエリーの目標であり、魔王討伐軍の旗印であり、グレーズの王女であり、決して死んではならない存在であり、そして俺の弟子だ」

 当然、倒すことで守れる存在があるのならば、倒さなければならない。
 しかし決して倒されてはならない。
 それがオリヴィアの役目だ。
 師はそう言う。

「あえてこう言おう。お前の最大の役割は、俺の弟子だということだ」

 王女ではなく。

「だからこそ、お前にこれを受け取って欲しい。もしエリーが魔王を倒すと決めたのなら、渡しても良いだろう。俺にとっては、弟子に継がせることが重要だ」
「……。そういうことでしたら、謹んで」
「もちろん、お前が扱える様に修行することを俺は願っているがな」
「は、あはは、お師匠様は卑怯ですわね」
「二人とも、大切な弟子だ。ほら、受け取れ」

 そう言って、レインはその剣をオリヴィアに渡す。

「重い……」

 それを受け継ぐと言う事は、最強を継ぐと言うこと。
 そして、思いたくはないが、レインの死を受け入れるということ。
 その重みはオリヴィアにとって、それ以外の言葉では言い表せない様々な意味を持っていた。

「4kgある。秤のレイピアの様には扱えない。斬れ味も悪い」

 更に重量は、通常のロングソードの倍。
 羽の様に軽い『ささみ3号』とは比べるべくもない。

「お師匠様、わたくしはこれをエリーさんに奪われない様頑張ります」
「ああ、そうしてくれ」

 そうして今代の英雄は、弟子に次を託した。
「決して斬れ味の良くないその剣が、次の魔王戦では必ず役に立つ。そんな気がする」
 レインはどこか分かったように、そんなことを呟いた。

『いつか生まれる拒魔の勇者は、彼の黒剣で全てを取り戻すだろう』

 それがこの剣に供えられた予言。それをレインは、未だ叶えていない。
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