雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第十四章:取り敢えずで世界を救う

第二百話:英雄というものは

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 そのドラゴン戦を行う事になったのは、この大陸に入って6戦目、全体を通して15頭目だった。
 流石に14頭も見ていれば、歴戦の勇者達誰しもがその戦い方をシミュレートしている。
 翼を広げて約70m。サニィが相討ちになったものと同程度の個体。
 燃える様に真っ赤な鱗を持つ、見た目にも文句なしの個体。

 それは休火山の火口付近に住まい、勇者達を待ち構えていた。

『貴様らが世界のイレギュラーとその一味か』

 決して、最上級の個体ではない。
 70mと言えば、ドラゴンの中では上位に差し掛かったところ。しかし、レインやサニィを介さず見ると、その迫力は尋常ではない。
 念話を通して伝わるその声からも、圧倒的な威圧感が伝わってくる。

「お姉様は、あの時で既にこれと同じ強さでしたのね……」

 一人では決して勝てない。
 オリヴィアは、未だ高くそびえ立つ壁を思い描く。サニィは、自分の大好きな姉は、3年前の王都で既に、これを一人で倒したと言うのだ。
 自分では未だ、どう足掻いてもこれに相討ち狙いですら一人では敵わない。叶わない。
 目の前にして、実感する。

「皆さん、作戦の通りに」

 だからこそ、オリヴィアは仲間と戦う。
 アリエルの出してくれた作戦をしっかりと頭の中で反復する。

「師匠やお姉ちゃんが前に立たないってだけで、こんなに怖いんだ」

 エリーもアリエルの前に立ち、オリヴィア達の後ろに控えながら言う。
 しかし、その瞳には怯えも無ければ、体も震えてはいない。
 武者震いすら起こってはいない。

「だ、だだい丈夫だ。妾の能力は、か、勝てるといってお、おるからな」

 その後ろで、アリエルがガクガクと震えながら言う。
 蒼白な顔で、今にも泣き出しそうに。
 だからこそ、エリーは振り返ってこう伝えた。

「大丈夫。アリエルちゃんはわたしがいる限り絶対守る。わたしの後ろは、師匠とお姉ちゃんの次に安全な場所だから」

 それは、かつて母親を守ろうとした5歳の英雄のそれを超えた、深い安心感があった。
 震えも怯えもない、確信を持った瞳。
 それはまるでレインが前に立っている時の様な、確定した勝利が目の前にあるような安心感。
 それを見て、アリエルもようやく、ほっと息を整える。
 エリーは、ここに居る戦闘員の中ではマルスを除けば最も弱い。
 しかし、自分の前に前に立つ彼女は8歳の未熟な勇者ではなく、歴戦の英雄。
 アリエルの瞳には、彼女が正に師匠を継ぐ者だとはっきりと理解できた。


 戦いは、静かに始まった。
 ドラゴンが戦闘の意思を示した瞬間、オリヴィアが踏み込む。
 同時に、ルークが重力魔法でその巨体を地面に縫いつけようとする。
 ドラゴンはその重力を力で無理やり押し切ると、オリヴィアに向けて口を開く。オリヴィアの速度なら、まだ対応可能範囲だ。今食らった重力魔法を模倣してしまえば速度を落とせる。
 マナ効率が悪かろうが、先ずは一人を始末してしまえば、相手方の士気は一気に落ちる。ましてや、真っ先に突っ込んできた者がこの中で最も強い位置にいることを、ドラゴンの観察力は見抜いていた。

『食いちぎってくれる』
「くっ、エレナさん!」

 言うのと同時、オリヴィアの姿が二つに分かれる。それはそれぞれ左右に別れ、ドラゴンの側面に移動しようとする。
 それを目で追おうとすれば、そこを狙う者がいる。

「もらった!」

 クーリアとライラが同時に接近し、ライラがその拳でドラゴンの顎を下から打ち上げる。
 そこにクーリアが上から飛びかかり首を切断しようと体験を振り下ろす。
 ギィンっと鈍い音を立てて、大剣がドラゴンの鱗の一枚を破壊する。

「くっ、浅いか」

 流石に、ドラゴンが無防備な状態で幻術にそこまで翻弄されなどしない。探知の魔法程度は使える。拳には油断してしまったが、次いで来る斬撃は分かっていた。
 そうしたなら次は、こいつだろう。
 向かってきた男に向けて、ドラゴンはブレスを吐く。左右に別れた女は、現在も重力魔法で動きを抑えてある。自分も重力の影響で手を上げられないのが不満ではあるが、問題はない。

「ぐぅっ」「きゃっ」

 ブレスの直撃を受ける騎士団長と、翼に弾かれるオリヴィア。
 ブレス中は意識が正面だけに向くのがドラゴンだ。こいつはそれを知っていた。だからこそ、翼を動かしてからブレスを吐く。
 ブレスは、能力で防げるものの、オリヴィアは翼の直撃を受ける。完全な防御をするものの、でかいと言うのはそれだけで、強い。
 レインやサニィの攻撃をいつも受けているとはいえ、その衝撃は予想外だ。
 しかし、ただやられるだけでこの連中のトップは名乗れない。

『くっ、右だったか』

 オリヴィアは、切り裂いていた。
 右の翼を7m程。光速の剣技がオリヴィアのスタイル。速度を抑えられたところで、羽の様に軽い剣を振り回すにはそれほどの支障がない。
 その為の、この剣だ。その為に、デメリットも計り知れないこの軽すぎる剣を、敢えて使っているのだ。

「本格的な傷一号、貰い受けましたわ」

 体勢を整えながら、再び構えを取るオリヴィアに、少し頭に血を登らせるドラゴン。その隙を突いて、イリスとナディアが視界の外、ドラゴンの左側から頭上に飛び掛った。
 元々奇襲の得意なナディアは言うに及ばす、イリスもエレナの魔法であらかじめ姿を消していた。

「しかし、まだ甘い。やはり……」

 先日イリスの弱点を見抜いたレインがそう呟いた通り、それは成功しなかった。
 傷ついた翼をも使って瞬時に風を起こすと、二人はそれに吹き飛ばされる。
 イリスの魔法は、呪文を唱える必要がある。不意の攻撃には、即座に対応出来ない。

 ライラとナディアも、オリヴィアを弾き飛ばした瞬間に解除した重力魔法に代わって打ち出される地面からの土槍を避けるのに必死だ。

 ドラゴンは、知性が高い。巨大で、一国の軍でも追い返すのがやっと。
 複数人で挑んだところで、そう簡単には隙を晒さない。
 同時に幻術を使うエレナにも牽制を行っている。エレナは今、全力の威圧を込めた念話でそのイメージを崩されている。
 サキュバスを上回るエレナの幻術。
 しかし、ドラゴンにとっては、たかがサキュバス。魔法だけで圧倒する術等、とっくに持ち合わせている。

 ドラゴンはオリヴィアが踏み込む直前、オリヴィアの足元を泥沼化し、その機動力を一瞬奪った。
 そして、作戦の中心となっているアリエル。常にルークの念話回線によって指示を出しているアリエルを向き直った。
 口を開く。魔法で完全に制御圧縮されたブレスで一撃。この重力魔法とやらは使える。アリエルまでの距離は400m。簡単な一撃だ。
 これで、こいつらの連携は崩れ、その隙を突いてこの地からはおさらば。今回はそれで良い。
 幸いにも、イレギュラーは腕を組んで見ているだけ。これだけの距離があれば、流石に逃げられるだろう。

 そう、面倒臭い蟻どもを相手にしたと思えば戦いを放棄することが多いのも、またドラゴンだ。
 だからこそ、軍はドラゴンを追い返すことができる。
 レインにボロボロにされて再び舞い戻った緑の竜は、変わり者だった。もちろんレインがその王者のプライドをズタズタに切り刻むような残虐な戦いをしたのもあったのだが。

「うーん、やっぱり思ったよりも凄くないかも」

 一本の槍が飛ぶ。
 一筋の光を放って、それは口を開いた瞬間のドラゴンの口の中へと侵入していき、頭蓋を貫いて反対側へと突き抜ける。

「もちろん、オリ姉達が頑張ったおかげなんだけど、意外と考えてることはしょぼいっていうか」

 目を見開いたまま一瞬ビクッと体を震わせると、その巨体はゆっくりと崩れ落ちる。

「まあともかく、アリエルちゃんを守るのが私の仕事だから」

 驚愕したのは、既に事切れたドラゴンだけではない。
 彼女よりも強い者達全員が全力で挑んで傷二つ、鱗一枚の破壊及び打撲と、翼一枚の断裂。
 それを、完全な不意打ちとは言え一撃で仕留めてみせたことに、レインすらも驚いている。
 確かに、あの瞬間は隙だらけだった。レインには、確実に仕留められる隙として見えていた。
 しかし、その隙を突ける者は居なかった。確かに、ここにいるエリーを除いては。

「『戦槍マルス』の力は、後ろに守る人が居ると威力が増す。それが、大切な人ほど」

 どうやって認識しているのかは分からないけれど、なんとなくそれが分かって、なんとなく今なら倒せると分かったから、なんとなく放り投げてみた。失敗したら、アリエルちゃんを抱えて逃げ回るつもりだった。
 エリーはそう続ける。
 このまま続けていれば、開幕から大量のマナを最初から消費していたドラゴンがいずれマナ切れを起こしなんとか仕留めることは出来ただろう。
 それまでに、大分こちら側の傷は増えていただろうし、リタイアする者は出てきただろうが。

 どこか釈然としない気持ちもあることながら、これで誰一人として、エリーのドラゴン戦参加を否定することは出来なくなってしまったのだった。
 結局誰一人負傷らしい負傷をせず、エリーの力によって70mのドラゴンはあっさりと討伐されてしまったのだ。

「あ、あの、お師匠様、残り三頭もわたくし達にやらせてはいただけませんでしょうか」

 オリヴィアが全員を代表してそんなことを提案してきたのも、また当然のことだった。
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