雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第十二章:仲間を探して

第百五十五話:それは人にとって、

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 世界は悪意に満ちている。
 それは常に、人間側からの意見だ。
 では魔物側からの意見はどうだろうか。

 魔物達は人間を襲う。しかし、それは無差別ではない。
 手近にいる者には必ず襲いかかるものの、優先順位というものがある。
 近くに勇者が居ればそれらから、次いで魔法使い、そして一般人といった順だ。
 あくまで、近くに居ればという条件ではあるが、その様になっている。

 その理由は、簡単だ。
 陰陽のマナが混ざりあえば消滅する。魔物は”世界の意思”というものに従って、消滅を求めている。
 勇者も魔物も死ねば、その体から長時間をかけて分解されるマナが大気中に流れていき、徐々に混ざり合っては消滅していく。
 そのついでに、自らの殺人衝動に身を任せて人間を殺す。そう、死地を求めて。
 それが、魔物の本質だ。

 だから、勇者は積極的に魔物を殺す。その体に練り込まれた本能に身を任せて。
 魔物が本当にただの敵でしかないと、その刻み込まれた本能に逆らえずに。

 もちろん、そんなことを知っている者は存在しない。
 サニィでさえ、魔王化して得た情報は多くあるものの、その本質の根本深くまでは気づいていない。

 では、魔王が死なないレインを殺そうとする理由は、なんだろうか。
 九尾がレインを求めた理由は、なんだろうか。

 世界は悪意に満ちている。
 それはあくまで、常に人間側からの意見だ。

 ――。

「どうにも、私達は二人とも中立に近い立場に居るんですかね」

 九尾を見逃してから、サニィはその異変を気にかけていた。
 今まで魔物を殺してきた時には特に何も思わなかったものの、必死にレインに助けを求め命乞いするたまきの姿を見て、思うことがあった。
 いつもならば、必ず首を飛ばして止めを刺すはず。それを、レインが魅了されていたとはいえ、胸を一突きしただけで死亡を確認せずに放置してしまった。
 次の日、確認しに戻ると、そこに女狐は居なかった。
 尾が三本になったことでマナが弱まり、その存在をサニィが感知できなくなってしまっていたせいか、もしくはマナを抑える術があったのか、ともかく、サニィの感知から逃れてその狐は何処かへ消え去った。

 レインの肉体構造、サニィの凶暴化も合わせて考えると、その考えに少しだけ説明が付くような気がしてしまう。

「俺は魔物の勇者、お前は元魔王の聖女、か」
「複雑な状況ですね。最強の英雄と聖女、聞こえは良いですが……」

 レインは殆ど魔物に近い肉体を持っている。その精神構造は人間だと断言したいものの、以前盗賊を殺した時といい、エリーゼ前女王を殺した時といい、人を殺すことに一切の躊躇がない。もちろんそれは魔物が相手でも同じだが、きっとこの男は大切な人間であっても、そんな時があれば躊躇なく殺せるのだろう。サニィにも、その点だけはレインが完全な人間だと断言し辛い要素となっている。
 そしてサニィはマナを感じて語りかける能力を持っている。それ故に、魔王化してしまった経験がある。本能でマナの、世界の意思を感じ取ってその通りに行動してしまう魔物とは違い、それを一意見として受け取ることが出来るのがサニィの力の一端。その体にはいつでも魔物の本能である陰のマナを纏って肉体強化が出来るし、感情が高ぶればそれを無自覚に纏ってしまい凶暴化してしまう。
 二人はどちらも、魔物が絶対悪だと言える条件を、既になくしてしまっていた。

「どちらにせよ、この島にアンテナは張っておいてくれ。たまきがもし暴れ始めれれば、今度は俺が止めを刺そう」
「はい。あのマナの質は覚えましたし、忘れても尻尾がありますから、強い力を発揮すれば世界のどこでも対応できるかと。まあ、残り時間の間だけ、ですが」
「次代の英雄は女性中心だ。あの魅了も効きづらいだろう」
「あはは。そうですね。しかし妙です。あのたまきって女狐は、レインさんのことを本気で慕っている様に見えました」

 それこそが、恐らく今回逃してしまった原因だ。
 魔物とは言え、そこに微かな、本当に少しだけの同情をしてしまった部分が、止めを刺さなかった理由。

「それが俺も油断した原因の一つ、な、気がする」
「なんですかその曖昧な反応は……」

 最初から、おかしいと思っていた。思ってはいたが、いつの間にか敵意と好意の入り混じった視線が心地良くなっていたのは途中からだった。

「知性のある魔物ってめちゃくちゃ少ないですけど、あんな好意を示す魔物が居るなんて思いもしませんでした」
「俺を操って人間を滅ぼすとか、そんな感じも受けなかった。俺の話は当てにならないだろうが、どうだ?」
「はい。本気でレインさんを頼っている様に感じがました。デーモンロードクラスの魔物なのに。本気を出せば、きっと私達が居なければこの街くらい簡単に滅ぼせただろうに」

 その理由は、世界で最も魔物に近い二人でも分からない。
 しかしそれでも、あの狐は瀕死の重傷を負っても尚、サニィを恨むでも、レインを使ってサニィを殺そうとするでもなく、自分自身を守ってほしいとだけ言っていた。
 そして、倒れる最後まで、自分の仲間だったはずの鬼達を皆殺しにしたレインの名前を、呼んでいた。

「世界は悪意に満ちている、か。それはどこまでそうなんでしょうね」
「少なくとも俺達には分からないな。俺達は知りすぎた」

 世界の裏側、人間にとって憎むべき絶対悪。
 二人は、それに歩み寄ってしまった。
 それがわざとではなく、求めてもいなかった結果だとしても。
 だからこそ、人間でありたいのならば分かってはいけないものがある。

 まあ、結論として、たまきがレインを愛おしく呼ぶ理由は簡単だ。

 【世界は悪意に満ちている】

 たったそれだけが、たまきの行動の理由だった。

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