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第十章:未来の為に
第百三十六話:英雄への一歩
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英雄達には影が、悲劇が付き物だ。
そんなことを言ったのは誰だっただろうか。
少なくとも、この場にいる七人の中には居ないだろう。少なくとも悲劇を知っている彼らは、悲劇など起こらない方が良いことを、誰よりも知っている連中だった。
それはきっと、自分の才能を諦めた者達の言葉だったのだろう。
自分に才能が無いのは幸せであることの裏返し。それならば、才能が無いことに感謝しなければ。
そんなことを言った人が、この世界には確かに存在した。
――。
「がふっ、かは、も、もう一本……」
がくりと膝をつき、口からは真っ赤な鮮血を垂らしながら、王女は言う。
既に焦点は定まらず、その美しいはずの茜色の髪の毛は泥に塗れ、パリパリと薄茶色に乾いている。誰から見ても満身創痍。
早く回復させなければいつ倒れてもおかしくはない。それどころか、これ以上の戦闘を続ければ命にすら関わる。
正しき道を示すアリエル・エリーゼから見ても、これ以上は止めるのが正しい。そう、示されていた。
しかし、彼女の無謀を止められる者は、一人も居なかった。
「ならば立て」
対戦相手のレインもそう答えるしかない程に、オリヴィアの気迫は、真に迫っていた。
彼女はまだ、片腕が取れてしまっただけだ。
幸いにも、利き腕は残っている。
内臓も既にぐちゃぐちゃで、痛みも減ってきている。
それでも、もう一本分ならば、戦える。
本気でやれば次の決着と同時に、確実に死ぬだろうけれど、まだ、戦える。
「いきます……」
キィンっと甲高い音の後に、どさり、と人の倒れる音が聞こえる。
しばらくして、ざくっと地面に刺さる音。
「見事だ」
そんな言葉は既に届いていない。しかし確かに、王女は一つの壁を超えた。
もちろん、彼女は死の直前だったとは言え、死んではいない。
聖女の再生の奇跡は、取れた左腕を瞬く間に完全に修復し、内臓も同時にしっかりと治していく。足りない血も事前に確認した血液型に合わせて戻していく。
もちろん、その戦闘のイメージを忘れさせることなどしてはいけないので、目は覚まさない様に気を付けつつ。
「それにしても、レインさんの武器を弾き落すなんて……」
今回、オリヴィアが出来たことはたったそれだけのことだった。
本気の戦闘を始めてから1週間、彼女は文字通りの死ぬ気でレインに挑んだ。
レインに武器を持たせるのに成功したのが2日目、その時には、両腕を骨折した。
次の日には邪魔だとその美しい髪の毛を切り、更に次の日には奥歯が3本と前歯の殆どを失った。5日目には四肢を全て折り、6日目にはあと30秒で死ぬと言うところまで。
そして最終日には、片腕を落とし、あとほんの5秒後には魂が離れてしまうところ。
サニィが魂の離れる瞬間を、エリーゼ26世で見ていたからこそ、なんとか間に合ったと言う状況だった。
文字通り死ぬ気の修行、それに応えた、殺す気の修行。
「僕には何が起きてるのかすら分からなかった……」
「わたしも……」
魔法使いの二人はその壮絶さに最初こそ絶句していたものの、日を追うごとに、それを見届けることが自分達の義務であると考える様になっていた。二人は本当の実践を知らない。無限のマナがある状況でのリッチやスケルタルメイジと戦うと言うある意味ぬるい戦闘は何度も経験しているものの、ルークが無茶な登山で一度死にかけたことを除けば、命のやり取りをしていない。
「でも、見られて良かった。勇者は魔法使いに優る。その理由を、しっかりとこの目に刻めた。先生、目標が出来ました」
「わたしもです。今は負けてることは認めますけど、それでも私はいつか勝ちます。それに、先生の治癒魔法……」
彼らを呼んだ元々の理由はそれでは無かったけれど、この間マナスルに行った時にはまともに教えられなかった。
たまたまではあるけれど、頂点の戦いも見られた。彼らにも明確に、魔王がイメージ出来た筈だ。
「これじゃ、無理しないでね、なんて、言えないね」
そんなサニィの言葉に、二人の生徒はあえて作ったと「見てて下さい」と答える。王女の気迫に感化されたのだろう。
「死なないことだけは約束ね」
それだけを言って、サニィは早速修行したいと言う二人を霊峰へと送った。
「レイン君、これでオリヴィア君も、こう言っちゃなんだけど【英雄の資格】を得たのかもしれないね」
「いや、こいつはもう【英雄】だろう」
「ははは、間違いない」
レインから武器を落とさせるなど、魔王クラスにしか出来ない。サニィにすら不可能なことだ。
きっとそれは、何千何万かに一度運が良かったのだろう。きっとそれは、たまたまレインの気が逸れたのだろう。きっとそれは、レインの同情だったのだろう。
いずれの理由にせよ、鬼神レインは本気だった。少なくとも、自身はそのつもりだった。
しかしそんな本気の化け物から、例えどんな理由があろうとも、出来ないことをオリヴィアはやってのけた。
少なくともそれをただの偶然や、レインの手加減等と言える人間は、この場には居なかった。
――。
「……お師匠様、最後の一回は、どういう判定になりますか?」
「あれはお前の勝ちでいいだろう」
「……でも、わたくしよりも剣の方が後じゃ、ありませんでした?」
「……なるほど。惜しかったな」
「じゃあ、わたくしの負け、です」
「まあしかし、師としてはお前を一人前と認めざるを得ない。俺は魔王にすら剣を落とされたことなどないからな」
「ふふ、レイン様の初めて、奪ってしまいましたわ」
その言い方はなんとなく気に入らないものはあるが、まあ、今回くらいは良いだろう。
少なくとも今日は、新しい英雄の誕生を祝うべきだ。
今はまだ、表舞台には立てない英雄であれど、彼女は確実に魔王殺しの英雄としての一歩を踏み出した。
その日は修行をしないといけないと聞かなかったルークとエレナを除いた5人、アルカナウィンド王宮内で、英雄誕生のパーティが密かに、しかし彼らにとっては盛大に執り行われた。
わたくしの体をめちゃくちゃにした責任、とってくださいね。そんな風に英雄に詰め寄る王女は、聖女によって縛り上げられていたようだったけれど。
残り[1075日→1066日]
そんなことを言ったのは誰だっただろうか。
少なくとも、この場にいる七人の中には居ないだろう。少なくとも悲劇を知っている彼らは、悲劇など起こらない方が良いことを、誰よりも知っている連中だった。
それはきっと、自分の才能を諦めた者達の言葉だったのだろう。
自分に才能が無いのは幸せであることの裏返し。それならば、才能が無いことに感謝しなければ。
そんなことを言った人が、この世界には確かに存在した。
――。
「がふっ、かは、も、もう一本……」
がくりと膝をつき、口からは真っ赤な鮮血を垂らしながら、王女は言う。
既に焦点は定まらず、その美しいはずの茜色の髪の毛は泥に塗れ、パリパリと薄茶色に乾いている。誰から見ても満身創痍。
早く回復させなければいつ倒れてもおかしくはない。それどころか、これ以上の戦闘を続ければ命にすら関わる。
正しき道を示すアリエル・エリーゼから見ても、これ以上は止めるのが正しい。そう、示されていた。
しかし、彼女の無謀を止められる者は、一人も居なかった。
「ならば立て」
対戦相手のレインもそう答えるしかない程に、オリヴィアの気迫は、真に迫っていた。
彼女はまだ、片腕が取れてしまっただけだ。
幸いにも、利き腕は残っている。
内臓も既にぐちゃぐちゃで、痛みも減ってきている。
それでも、もう一本分ならば、戦える。
本気でやれば次の決着と同時に、確実に死ぬだろうけれど、まだ、戦える。
「いきます……」
キィンっと甲高い音の後に、どさり、と人の倒れる音が聞こえる。
しばらくして、ざくっと地面に刺さる音。
「見事だ」
そんな言葉は既に届いていない。しかし確かに、王女は一つの壁を超えた。
もちろん、彼女は死の直前だったとは言え、死んではいない。
聖女の再生の奇跡は、取れた左腕を瞬く間に完全に修復し、内臓も同時にしっかりと治していく。足りない血も事前に確認した血液型に合わせて戻していく。
もちろん、その戦闘のイメージを忘れさせることなどしてはいけないので、目は覚まさない様に気を付けつつ。
「それにしても、レインさんの武器を弾き落すなんて……」
今回、オリヴィアが出来たことはたったそれだけのことだった。
本気の戦闘を始めてから1週間、彼女は文字通りの死ぬ気でレインに挑んだ。
レインに武器を持たせるのに成功したのが2日目、その時には、両腕を骨折した。
次の日には邪魔だとその美しい髪の毛を切り、更に次の日には奥歯が3本と前歯の殆どを失った。5日目には四肢を全て折り、6日目にはあと30秒で死ぬと言うところまで。
そして最終日には、片腕を落とし、あとほんの5秒後には魂が離れてしまうところ。
サニィが魂の離れる瞬間を、エリーゼ26世で見ていたからこそ、なんとか間に合ったと言う状況だった。
文字通り死ぬ気の修行、それに応えた、殺す気の修行。
「僕には何が起きてるのかすら分からなかった……」
「わたしも……」
魔法使いの二人はその壮絶さに最初こそ絶句していたものの、日を追うごとに、それを見届けることが自分達の義務であると考える様になっていた。二人は本当の実践を知らない。無限のマナがある状況でのリッチやスケルタルメイジと戦うと言うある意味ぬるい戦闘は何度も経験しているものの、ルークが無茶な登山で一度死にかけたことを除けば、命のやり取りをしていない。
「でも、見られて良かった。勇者は魔法使いに優る。その理由を、しっかりとこの目に刻めた。先生、目標が出来ました」
「わたしもです。今は負けてることは認めますけど、それでも私はいつか勝ちます。それに、先生の治癒魔法……」
彼らを呼んだ元々の理由はそれでは無かったけれど、この間マナスルに行った時にはまともに教えられなかった。
たまたまではあるけれど、頂点の戦いも見られた。彼らにも明確に、魔王がイメージ出来た筈だ。
「これじゃ、無理しないでね、なんて、言えないね」
そんなサニィの言葉に、二人の生徒はあえて作ったと「見てて下さい」と答える。王女の気迫に感化されたのだろう。
「死なないことだけは約束ね」
それだけを言って、サニィは早速修行したいと言う二人を霊峰へと送った。
「レイン君、これでオリヴィア君も、こう言っちゃなんだけど【英雄の資格】を得たのかもしれないね」
「いや、こいつはもう【英雄】だろう」
「ははは、間違いない」
レインから武器を落とさせるなど、魔王クラスにしか出来ない。サニィにすら不可能なことだ。
きっとそれは、何千何万かに一度運が良かったのだろう。きっとそれは、たまたまレインの気が逸れたのだろう。きっとそれは、レインの同情だったのだろう。
いずれの理由にせよ、鬼神レインは本気だった。少なくとも、自身はそのつもりだった。
しかしそんな本気の化け物から、例えどんな理由があろうとも、出来ないことをオリヴィアはやってのけた。
少なくともそれをただの偶然や、レインの手加減等と言える人間は、この場には居なかった。
――。
「……お師匠様、最後の一回は、どういう判定になりますか?」
「あれはお前の勝ちでいいだろう」
「……でも、わたくしよりも剣の方が後じゃ、ありませんでした?」
「……なるほど。惜しかったな」
「じゃあ、わたくしの負け、です」
「まあしかし、師としてはお前を一人前と認めざるを得ない。俺は魔王にすら剣を落とされたことなどないからな」
「ふふ、レイン様の初めて、奪ってしまいましたわ」
その言い方はなんとなく気に入らないものはあるが、まあ、今回くらいは良いだろう。
少なくとも今日は、新しい英雄の誕生を祝うべきだ。
今はまだ、表舞台には立てない英雄であれど、彼女は確実に魔王殺しの英雄としての一歩を踏み出した。
その日は修行をしないといけないと聞かなかったルークとエレナを除いた5人、アルカナウィンド王宮内で、英雄誕生のパーティが密かに、しかし彼らにとっては盛大に執り行われた。
わたくしの体をめちゃくちゃにした責任、とってくださいね。そんな風に英雄に詰め寄る王女は、聖女によって縛り上げられていたようだったけれど。
残り[1075日→1066日]
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