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第九章:英雄たち
第百十七話:鬼神と魔女、宰相と女王
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「い、いやはやすみませんでしたな。まさかこんなことになるとは……」
ようやく気を取り直した宰相が、まだサニィを抱きしめているレインの背に向かってそう告げる。
サニィは少し位置を変えてレインの胸元で嗚咽を漏らしていたものの、それも少し落ち着いてきたところ。
「こ、こちらこそすみませんでした。わたし、どうしたら――」
「いや、構わないさ。何か考えがあってのことなんだろう?」
顔を埋めたままに謝るサニィに対して、それを遮って相変わらずのペースのレイン。
宰相と女王には思惑があったことを、男は分かっていた。その内容は分からないものの、一先ず任せることにしてみた結果がこれだった。
「そうです。私の力は問題点を見抜くこと、でしてな。サニィ様の抱える問題点を女王様にお話したところこのようなことになったわけで、私共の不手際はありましてもサニィ様がお気になさる必要はございませんので」
「すごい力だな……、あんたは宰相になる為に生まれてきたのか」
蓄えられた白髭を撫でながら何故あの様なことが起こったのかを説明し始める宰相。
結局のところ、女王も怒りや悪意であのようなことをしたわけではなく、善意からのものだった。
宰相曰く、女王の能力は正しき方向を示すこと。それこそが彼女が僅か10歳にも満たずに女王になった理由であり、サニィに兵士をけしかけた理由でもあった。
「少し手荒になってしまいましたが、サニィ様の良心がしっかりと残っていることを、サニィ様自身に強く自覚してもらう、それが第一歩だったわけです。続きは私には分かりかねますので女王様待ちになってしまいます。なので、少々お待ちいただいても宜しいでしょうか」
「もちろん構わない。な、サニィ、こういうことだ」
「は、はい。これが治せるなら、すみませんでした」
――。
「ま、待たせたな、鬼神に魔女よ! 妾がお主らに道を示してやろう! 感謝するが良い!」
しばらく待っていると、再び小さい女王が威厳もない胸を反らせながらやってくる。玉座の横に立ち、両手を腰に当てながら二人を見下ろす。
どうやら彼女は少しばかり見栄をはる癖がある様だ。それはともかく、魔女という言葉にサニィはピクリとしたものの、自分の中の衝動は抑えられたらしい。相変わらずレインを掴んではいるものの、女王に敵意の視線を向けることはなく、赤い目でそちらの方を見つめる。
「あ、ありがとう、ございます」
答えるサニィに女王は、とても簡単なことを告げる。
魔王戦を終えてから、サニィは楽だからという理由だけでずっとそれをしていた。
普通の魔法とは違って、何もイメージする必要がないからだ。
「さて、お主の感情が爆発してるやつなのだがな、それ、体に纏わせてる悪い気? なんか、そんなのを纏うのを止めれば治るぞ」
サニィは魔王戦以来、ずっと陰のマナを体に纏わせていた。
身体強化の代用、肉体の頑強さを上げるには、身体強化よりも遥かに効率が良い、そして身体向上をイメージする必要もないからだ。
レインの身体に練り込まれた陰のマナの量を考えれば、自分が纏っているマナは大した事はない。
そもそも、これが人体に影響を及ぼしている、という状況を今まで体験していなかった。
魔王化も、体の中に魔物の核の様な結晶が出来ていたし、死の山に踏み入ったところで特に体に異変は出なかった。
「へ?」
思わずそう漏らす。
思わずそう漏らし、陰のマナを纏うことを止めてみる。
「ああ、確かに、これで問題はありませんな」
「へ?」
止めてみたところで心に変化はない。体はもちろん重くなるけれど、何が解決したのかは分からない。
いや、すぐに分かるようなものなら最初からこんなに悩む必要すらなかった。
分からないからこそ、おかしくなってしまったのかと不安になってレインに言えなかったのだ。
分からないからこそ、レインが守れなかったと責任を感じさせたくなかったのだ。
「確かに、お前の精神の隙の形は少し変わったな。いや、戻ったな。元の間抜けな感じだ」
「間抜けって、だって、だってぇ……」
「まあ、その方が俺も落ち着く。守りがいもあるってもんだ」
「んもう……」
なんだかよく分からないレインのフォローに少しだけ落ち着きを取り戻すサニィ。
「陰のマナを纏うのは最終手段だ。ギリギリの戦闘が予想される時以外は使うなよ?」
「そうですね……。了解です」
「しかし、俺の母親がそれを毒だと認識した理由がよく分かったな」
「……ですね」
見つめ合う二人のやりとりを見て宰相はにやにやとしているが、女王は逆にむっとした顔を見せる。
「お、お主ら妾を差し置いてあんまり話ししないで!」
寂しがり屋だった。
「ああ、すまないエリーゼ27世。寂しかったみたいだな。ほらサニィ、お前も立て」
「寂しくないもん!」
「ご、ごめんなさい。せっかく助けて頂いたのに寂しい思いを――」
「寂しくないもん!」
サニィの精神は、一先ず無事元の状態へと戻った。
再び他の人に極度に嫉妬したり、凶暴になることもなくなった。
とは言え、大きくレインに近づいたせいだろう。独占欲も少しは出てしまった様で、多少の嫉妬は見せるようになった。
それらはめでたしなのだが、その日はいじけた女王に付き合い、真夜中までトランプをしたり冒険の話をしたり、思ったよりも大変な礼と詫びをすることになったということは、言うまでもない。
残り[1206日→1199日]
ようやく気を取り直した宰相が、まだサニィを抱きしめているレインの背に向かってそう告げる。
サニィは少し位置を変えてレインの胸元で嗚咽を漏らしていたものの、それも少し落ち着いてきたところ。
「こ、こちらこそすみませんでした。わたし、どうしたら――」
「いや、構わないさ。何か考えがあってのことなんだろう?」
顔を埋めたままに謝るサニィに対して、それを遮って相変わらずのペースのレイン。
宰相と女王には思惑があったことを、男は分かっていた。その内容は分からないものの、一先ず任せることにしてみた結果がこれだった。
「そうです。私の力は問題点を見抜くこと、でしてな。サニィ様の抱える問題点を女王様にお話したところこのようなことになったわけで、私共の不手際はありましてもサニィ様がお気になさる必要はございませんので」
「すごい力だな……、あんたは宰相になる為に生まれてきたのか」
蓄えられた白髭を撫でながら何故あの様なことが起こったのかを説明し始める宰相。
結局のところ、女王も怒りや悪意であのようなことをしたわけではなく、善意からのものだった。
宰相曰く、女王の能力は正しき方向を示すこと。それこそが彼女が僅か10歳にも満たずに女王になった理由であり、サニィに兵士をけしかけた理由でもあった。
「少し手荒になってしまいましたが、サニィ様の良心がしっかりと残っていることを、サニィ様自身に強く自覚してもらう、それが第一歩だったわけです。続きは私には分かりかねますので女王様待ちになってしまいます。なので、少々お待ちいただいても宜しいでしょうか」
「もちろん構わない。な、サニィ、こういうことだ」
「は、はい。これが治せるなら、すみませんでした」
――。
「ま、待たせたな、鬼神に魔女よ! 妾がお主らに道を示してやろう! 感謝するが良い!」
しばらく待っていると、再び小さい女王が威厳もない胸を反らせながらやってくる。玉座の横に立ち、両手を腰に当てながら二人を見下ろす。
どうやら彼女は少しばかり見栄をはる癖がある様だ。それはともかく、魔女という言葉にサニィはピクリとしたものの、自分の中の衝動は抑えられたらしい。相変わらずレインを掴んではいるものの、女王に敵意の視線を向けることはなく、赤い目でそちらの方を見つめる。
「あ、ありがとう、ございます」
答えるサニィに女王は、とても簡単なことを告げる。
魔王戦を終えてから、サニィは楽だからという理由だけでずっとそれをしていた。
普通の魔法とは違って、何もイメージする必要がないからだ。
「さて、お主の感情が爆発してるやつなのだがな、それ、体に纏わせてる悪い気? なんか、そんなのを纏うのを止めれば治るぞ」
サニィは魔王戦以来、ずっと陰のマナを体に纏わせていた。
身体強化の代用、肉体の頑強さを上げるには、身体強化よりも遥かに効率が良い、そして身体向上をイメージする必要もないからだ。
レインの身体に練り込まれた陰のマナの量を考えれば、自分が纏っているマナは大した事はない。
そもそも、これが人体に影響を及ぼしている、という状況を今まで体験していなかった。
魔王化も、体の中に魔物の核の様な結晶が出来ていたし、死の山に踏み入ったところで特に体に異変は出なかった。
「へ?」
思わずそう漏らす。
思わずそう漏らし、陰のマナを纏うことを止めてみる。
「ああ、確かに、これで問題はありませんな」
「へ?」
止めてみたところで心に変化はない。体はもちろん重くなるけれど、何が解決したのかは分からない。
いや、すぐに分かるようなものなら最初からこんなに悩む必要すらなかった。
分からないからこそ、おかしくなってしまったのかと不安になってレインに言えなかったのだ。
分からないからこそ、レインが守れなかったと責任を感じさせたくなかったのだ。
「確かに、お前の精神の隙の形は少し変わったな。いや、戻ったな。元の間抜けな感じだ」
「間抜けって、だって、だってぇ……」
「まあ、その方が俺も落ち着く。守りがいもあるってもんだ」
「んもう……」
なんだかよく分からないレインのフォローに少しだけ落ち着きを取り戻すサニィ。
「陰のマナを纏うのは最終手段だ。ギリギリの戦闘が予想される時以外は使うなよ?」
「そうですね……。了解です」
「しかし、俺の母親がそれを毒だと認識した理由がよく分かったな」
「……ですね」
見つめ合う二人のやりとりを見て宰相はにやにやとしているが、女王は逆にむっとした顔を見せる。
「お、お主ら妾を差し置いてあんまり話ししないで!」
寂しがり屋だった。
「ああ、すまないエリーゼ27世。寂しかったみたいだな。ほらサニィ、お前も立て」
「寂しくないもん!」
「ご、ごめんなさい。せっかく助けて頂いたのに寂しい思いを――」
「寂しくないもん!」
サニィの精神は、一先ず無事元の状態へと戻った。
再び他の人に極度に嫉妬したり、凶暴になることもなくなった。
とは言え、大きくレインに近づいたせいだろう。独占欲も少しは出てしまった様で、多少の嫉妬は見せるようになった。
それらはめでたしなのだが、その日はいじけた女王に付き合い、真夜中までトランプをしたり冒険の話をしたり、思ったよりも大変な礼と詫びをすることになったということは、言うまでもない。
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