雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第九章:英雄たち

第百十六話:初代英雄の王城にて

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 【狛の村】
 人外の戦士と呼ばれ、古くから死の山に住まう狛の村の人々は、皆一様に強大な力を持っている。
 勇者や魔法使いと違い、魔物を形成する陰のマナというものを体内に取り入れているため、魔物の様な身体能力と、人外と呼ぶに相応しい戦闘能力を有するに至る。その戦闘能力の高さからかつては拒魔こま、魔物が拒む者達と呼ばれ、幾度かの魔王討伐でも多くの活躍を残している。
 彼らは皆陽気で寛大であるものの、死に対して動じることが少ない。どんな状況でも焦ることは少なく、それ故に5年に一回のデーモンロードの出現で、死者が出るものの祭りとして楽しむことができるのだ。
 その理由は陰のマナの影響によって、一部の感情が希薄になっている為とされている。

 聖女サニィによって、彼らの村で妊娠出産を経た者は必ず陰のマナを体内に取り込むと解明されて以来、幾人もの人々が命懸けで彼らの村を目指し、子を産んだ。
 しかし、その流行はすぐさま禁止行為と国から指定されることになる。
 狛の村を目指す道中で命を落とす者は多いのはもちろんのこと、生まれた子どもに必ず異常行動や凶暴性が見られたからだ。
 それは狛の村の、彼らのみが少々魔物化していても耐えられる体だったからである。

               アレス著『世界の英雄達』より抜粋

 ――。

 アストラルヴェインに再び到着してから二日後、二人は王城に招待されていた。
 世界最大の大都市にある王城、450年の歴史を持つその国の王城は、グレーズ王国の城よりも更に巨大で荘厳。至る所が弓を持った女性の大理石の彫刻で飾られており、初代英雄の影響力を色濃く残している。
 巨大なホールに案内されると、そこには白髪の美しい女性が、巨大なドラゴンに弓で対峙している場面の天井画が出迎えてくれる。

「これが、初代エリーゼ女王と緑の魔王の伝説を描いたものとなります。竜の形をした魔王を初代女王が撃ち落としたと言う話しはご存知かと思われますが、彼女は150mにもなるその魔王を、たった一人、弓の一つで撃ち落とした、と言われておりますな」

 門で手形を見せると城の中から現れた宰相を名乗る老人がその様に説明する。

「それは知っていた。しかし見事なものだな。これは当時のままなのか?」
「ほおー大きいー。150mかー。結構大変だなぁ」

 相変わらずマイペースなレインと、既にドラゴンを落とすことを考えているサニィに、宰相は少しの苦笑いをすると、立派に蓄えた白髭を撫でながら答える。

「壁画に関しては過去1度修復を行ったと言う記述がございますが、それでも180年程前となっております。なので、現在は8割程が180年前のものとなっていますな。して、聖女サニィ様、あなたもそんなドラゴンを落とせると?」
「出来ると思います。とは言え私じゃ一人で魔王には勝てませんので、そこまでですけど」

 サニィが初代の伝説以上のことを出来ると正面から言い放っても、宰相はほっほと笑うだけ。
 信じていないのか年の功なのか、ともかくただの老人ではあるまい。

「では、時間もいい頃ですので女王陛下の所までご案内します。見学は謁見のあとにでもご自由に」

 相変わらず白髭を撫でながら、二人を案内した。

 ――。

「お主らが鬼神レインと聖女サニィか。よく参ったな。妾がアルカナウィンド女王、エリーゼ27世である!!」

 謁見の間、大理石で造られた20m四方程もある巨大な謁見の間には、入口に4人槍を持ったの兵士、巨大な玉座の隣には6人の兵士が立ち、彼女を守護していた。
 その一人一人の力はディエゴには及ばないものの、グレーズ王よりは強いだろう。
 それほどに腕の立つ者達が、たった一人の女王を守るように立っていた。
 10歳程の、白髪の少女を。

「ああ、俺は勇者レイン。狛の村の流儀に則らせてもらう。会えて良かった」
「私はサニィです。えーと、聖女なんて言われてますが、ちょっと腕の立つ魔法使いだと思ってもらえれば……あ、か、可愛いですね!」

 レインはいつも通りだったが、サニィは王女を見てその若さに驚いたのだろう。妙なことを言い始める。
 宰相は相変わらずほっほっほと笑っているが、エリーゼはそうはいかなかったようだ。

「か、可愛いとはなんだ!? 妾は女王なのだぞ!? 非礼を詫びよ!!」
「あ、ご、ごめんなさい。つい」
「ついだと!? ええい者共!! 捉えい!!」

 サニィは一刻の女王が少女だったことに油断していたのだろう。逆鱗に触れ、さらにそれを撫で回してしまう。
 王女は怒り狂い、周囲の兵士達に指示を出す。
 それを見ても、宰相とレインはへらへらとしていたが……。

「御免! 少々の怪我は容赦せよ!」

 兵士達は口々にそんなことを言いながらサニィに襲いかかる。
 10人で一斉に、完璧な連携を用いて、聖女を捉えようと槍を突き出した。
 10人でかかればディエゴでも適わないだろう。オリヴィアでも、グレーズ王国を出た時点では歯が立たないだろう。それ程に完璧な連携で。

「レインさん、帰りましょうか」

 一瞬にして床から蔦を生やし、女王も含め全ての「敵」を捉えると、サニィはそう言い放った。
 その目に最早それまでのおどおどとした雰囲気は微塵もなく、ただいつでも殺せる。その様に見ている。

「まあ落ち着けサニィ」
「私やレインさん相手に数って無意味なんですよ。例え国だろうと、沈めること出来るんですよ」

 レインのかけた言葉にもサニィは耳を貸さず、突き出ている槍を手にとってはそれをへし折って見せる。
「ひぃっ」そんな女王や兵士の声が、蔦で響かない謁見の間に、虚しく鳴った。

「サニィ、今回のこれは、王女が怒ったわけでも、お前を怒らせるためでもない」

 流石にまずいと思ったレインが、正面からサニィを抱きしめそう言うと、サニィはようやく自体を飲み込んだのか、はっとした顔をして膝を折った。

「あ、ご、ご……ごめんなさい、わ、私……」

 そのまましゅるしゅると戻っていく蔦。
 流石の宰相も腰を抜かし、女王に至っては玉座を濡らしていた。
 兵士達も、一人も立てない。それもそのはず。完全に、彼らは死を目の前にしていた。

「うちの聖女がすまなかったな。何か依頼があればなんでも受けよう。取り敢えず、ここからは俺が完全に制御するから、着替えてきてくれ」
「……はい」

 今にも消えりそうな声で、王女はそう力なく答えた。瞳を濡らしながら、侍女達が入ってきて、彼女を支えて部屋を出ては、その片付けを行っていた。

「止めなくてすまなかったなサニィ。ただ、戻って良かった」
「レ、レインさん。わた、わ、わたし、おかしいんです……どうしたら良いんでしょうか……、なんか、な、ふ、あぁぁ……」

 王女とは別に、サニィも瞳を濡らす。絶望に満ちた瞳からは大粒の涙がこぼれ落ち、抱きしめているレインの背中を濡らし始める。
 しかし、これそのものがレインの目的だった。少し、手荒だったが、少し、場所も悪かったが、このタイミングしかないと思い、これを放置したのだ。

「大丈夫だ。お前は俺を頼ってくれた。だから、必ず治してやる」

 それを王城でやるなよ。そう思っていたのは、その場で動けなくなった兵士達だけだった。
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