雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第九章:英雄たち

第百十五話:問題点と最大の都

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「レインさん、このドラゴンを倒したら、少しのんびりしません?」

 巨大な二頭のドラゴンを目の前にして、サニィはそう呟く。
 夫婦か親子か、そもそも魔物に生殖機能があるのかどうかはともかくとして、片方は100m、もう片方は75m程の個体。かつてのサニィであればどちらも勝てないだろう程の相手。
 この大陸最大の都市アストラルヴェインから西に200km程の位置にある火山に二人は来ていた。
 昔から火竜の住まう山として一切の立ち入りが禁止されていた土地。50年に一度程の周期でアストラルヴェインの近くに現れては、都市に多大な被害を及ぼすドラゴンの住まう土地。
 そんな土地に二人は踏み込み、普通に考えれば無謀もいい所、ドラゴンの前へと自ら歩みだしていた。

「ああ、そういえばお前は魔王のせいで疲れてたな。終わったら都市に戻って少し観光するか」
「はいっ」

 ドラゴンを前にしてこの余裕。魔王殺しと、魔王の力の一部を吸収した者の前に、ドラゴンはその戦力を理解したのだろう。100m級のドラゴン、灰色のドラゴンは二人に向かってブレスを吐くと、小さい方、白いドラゴンを伴ってそのまま飛び去ろうと翼を羽ばたかせる。

「あら、逃がさないよ?」

 聖女はニヤリと嗤う。
 100m級のドラゴンのブレスを手のひと振りで払いのけると、地面から巨大な蔦を伸ばしドラゴンを二頭共羽交い絞めにする。もちろん、その巨大な顎までも縛り付けてしまう。
 そのまま地面に縫い付けるとレインに目配せ。いくら強くなったと言っても、油断をすることはない。容赦もない。これも、サニィの変化の一つだった。
 圧倒的な暴力の前には全てが無意味。ドラゴンは何かを呟こうとしたものの、レインによってその首を一刀の下に切り離され、その何かを伝えることは叶わなかった。

「あ、相変わらずレインさんは容赦ないですね。今、命乞いしようとしてましたよ」
「まあ、相手は魔物だからな」

 レインは、少なからずサニィの変化に気づいていた。
 その理由が分からなかった為に、魔王化が解けて時間経過で改善するかと推測してみたが、そういうわけではないらしい。とは言え、ずっとそのままではなく、今まで通りのサニィを見せることもある。
 今回はその実験の一つでもあった。
 サニィが元に戻るタイミングは、主にレインに引いた時だ。無意識に戦闘態勢を解除した時。
 逆に、戦闘を意識した時には魔王化の影響を引きずるように見える。
 そしてそんな魔王化の影響を受けた思考を、サニィ自身は後悔している。
 それが分かっていた。

 精神的にダメージを受けている状態のサニィを、無理に追い詰めるのは悪手。
 正しさは時に凶器となって人を傷つける。レインには、それが分かっていた。
 現状でサニィに対しあれこれと注文を付けることで、サニィが本当にその思考に飲まれる可能性は、治る可能性よりも遥かに高い。
 ならば、少しサニィのしたいことには付き合ってやろう。
 そうするしか、無かった。

「さて、ドラゴンの素材を持ち帰るか」
「そうですね。私が解体します?」

 かつてのサニィには、そんなことは出来なかった。その身をオーガ達に解体されていた彼女にとって、素材を取るとはいえ魔物であっても解体することは苦手なことだった。
 それまでの強大な魔物達も、全てレインや騎士団が解体、サニィはそれを見ないようにしていた。
 生きている魔物を倒す時にだけは、頭を爆発させたりもしたのだが、それは自衛の為と思えばまた別だ。
 彼女はそう言う意味では、元々の割り切りが良い人間だった。

「いや、俺がやろう。のんびりとしていてくれ」
「はーい。寂しいから、なるべく早くして下さいね」

 ――。

 牙や鱗、爪を剥いでロープでまとめると二人は帰路につく。
 ドラゴンの素材は武器や防具としても非常に高価なものとして重宝される他、粉々に砕けば薬としても役に立つ。およそ人に持てる量を超えたそれらの素材は、サニィの重力魔法によって軽くされたまま、アストラルヴェインへと持ち帰られた。

「な、ななな、なんだそれは!?」

 アストラルヴェインの西門に着くと、門番は驚愕に目を見開く。
 輝く灰色と白の鱗に、巨大な鉤爪、そして真っ白な牙。そんなものを持っている魔物を、門番は見たことが無かった。牙の大きさは巨大なグランドドラゴンと同等程度だろう。しかし、その鉤爪はそれを優に超えている。一本当たり3m近い大きさがある。物によっては、それすら超えているだろうか。
 それが偽物でなければ、思い当たる魔物など一種類だけ。

「ああ、これか。昨日西の火山でドラゴンを倒してな。それの素材だ。道中の安全はひとまず確保してあるから、素材が必要なら取りに行くと良い。俺達はこれだけで良い」
「はい。あそこのドラゴンは二匹とも倒しましたから、腐る前に向かったほうが良いですよ。一応冷凍しときましたんで、1ヶ月くらいは大丈夫だと思いますけど」

 二人の冒険者は、何事もなかったようにそんなことを言う。
 ブルーグレーの髪の、黒い剣を持った青年と、金髪碧眼の180cm程もある白木にルビーの杖を持った女性。
 その見た目と、背後に背負っている素材を見てしまえば、門番に思い当たる節は一つだけだった。
 その素材がただのハリボテでないのなら、そんなことを出来る生き物も、既に伝説とかしている二人だけだ。

「ま、まさか竜殺しの鬼神と聖女様……?」
「私は確かに聖女って呼ばれてますけど、レインさんは遂に神になっちゃいましたか。あはは」
「俺も一応人なんだがな……」
「い、いえ、申し訳ありません。すぐに女王と騎士団に連絡をしますので、少々お待ちいただいても宜しいですか?」
「少しばかりのんびりしたい。女王への謁見がもしあるのなら明後日以降にしてもらっても良いか?」
「なるべくその通りにしますので、少しこちらの方でお待ちください……」

 先日は何事もなく通過した門だったが、ドラゴンの素材を持ち帰ったことで大事になってしまう。
 予測していなかったわけではなかったが、女王に会えるのであれば有難い。
 ここ、王都アストラルヴェインは人類の歴史が始まった街。
 始まりの魔王、緑の魔王を討伐した英雄エリーゼが作ったとされる国アルカナウィンドの首都。
 その女王は、代々エリーゼの名を冠していると言う。

 サニィの様子を見ることに集中していたため、エリーゼのことに関しては諦めようとしていた。
 渡りに船ではないものの、ちょうど良い。
 ひとつ問題があるとすれば、サニィが現エリーゼ女王に妬かないか、と言うことだろうか。
 少しばかりの不安を感じるものの、サニィもエリーゼには興味があるらしい。

「女王様と連絡が付きました。ご希望通り、女王さまとの面会は明後日に設定致しましたので、当日は朝9時に王城の南門の所でこれをお見せ下さい」

 そうして手形を貰い受け、二人は街の方へと向か、えなかった。

「あ、あの、すみません。観光区画に国運営のホテルがございますので、そちらまでご案内致します……。一応お二人は冒険者ということでしたので、そちらの方という女王様の配慮なのですが……」

 そんな有難い門番の申し出に、二人は素直に従うことにした。
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