雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第九章:英雄たち

第百二話:最弱の英雄と最強の英雄

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「それじゃあ先ずは赤の魔王に関して頼む」
「赤の魔王と言うのはね、イフ――」
「え? え? ま、まるす様? だって、え?」

 目の前の好青年が150年前の英雄マルスだと言うことに関して、全く驚きもせずに話を続けるレインに、やはり動じないマルス。それに対してサニィは大いに驚いていた。目の前の勇者がかなりの使い手だとは思っていたものの、流石に子孫だと思っていたところでこれだ。

「薄々感づいてはいた。何せこの男は隙しかない。どこから打っても殺せる。そんな勇者は初めて見たからな。ある意味で只者ではないことは分かっていた」
「ちょっと! この人がほんとにマルス様ならこの男って言い方は」
「ははは、良いさ。誰に対しても対等が狛の村の流儀だろう? でも、僕は本当にマルスさ。僕の能力は不老不死だからね。肉体は全盛期で固定されて、ずっとそのままなのさ。その代わり、大して強くはなれなかったけどね」

 最も勇敢な英雄、最弱で不敗の理由がいとも簡単に明かされる。
 彼は魔王の呪いなど関係なく、勇者として死ぬことがないのだ。
 言ってみればディエゴの上位互換の様な能力なのだろうか。ほぼダメージを受けることがないディエゴとは少々違うかもしれないが、不死身ならばいくらでも立ち向かえる。魔王の呪いと違って死に対する恐怖が増すわけでもない。

「ちなみに、結構痛いには痛いんだけど、死なないって分かってるから危機感もないんだよ」
「なるほど。ところで、黒の魔王討伐には出向いてないのか?」
「ああ、行こうかと思ったんだけどね、ヴィクトリア君にジジイは引っ込んでろって言われちゃってさ」

 マルスは好青年らしくはははと笑いながら、そんなことを言う。
 二人はここで、ヴィクトリアとの関係性が聞けたのも意外だったので、もう少し踏み込んでみることに決める。こちらはどちらかと言えばサニィが気になっている点。女性の英雄二人組の話が聞けたら嬉しい。そう思ってのことだった。

「あの、実は私達北極点でヴィクトリア様とフィリオナ様の遺した物を見まして、それで英雄達に興味を持ったんです。もう少しお二人に関してのお話を伺ってもよろしいですか?」
「ああ、構わないよ。ヴィクトリア君は武器の通りに豪快な女性でね、身長も185cm位あって長身、美しい筋肉を持った女性だったよ。僕も魔王殺しとして彼女の訓練に付き合ったことがあるんだけれど、やっぱり勝てる気がしなかったね」

 英雄ヴィクトリアは【巨人の右腕】の異名を持つ女性。背丈よりも大きい2m30cm程もある大剣が北極点に刺さっていたことから大柄なことは分かっていたが、性格もそのイメージにぴったりの様だ。
 タイタンソードと言う名も、この異名から付けられた字名だと言う。

「フィリオナ君は真面目な人でね、身長は175cm位。武器は持たず巨大な盾一つで多くの人を守った。何故武器を持たないかを聞いたら、拳で殴るから必要無いってさ。その性格と戦い方の微妙なミスマッチに多くのファンを作っていたよ。まあ、ヴィクトリア君と二人で居るのが常だったから、必要無かったんだろうね」

 英雄フィリオナは【巨人の左腕】の異名を持っている。1m50cm程もある盾を持ち、あらゆる攻撃を受け止めヴィクトリアを守ったと伝えられている。ミスリルガードと言う字名はその美しい銀髪から付けられたと言われている。

「彼女達の最期は悲惨だったと聞く。呪いを振りまく魔王の一番近くに居た訳だからね。その呪いによってこれから起こる事も、呪いにかかった瞬間に全てを理解してしまったと聞いている」
「……ありがとうございました」

 それを聞いて、サニィは落ち込んでしまう。最初の犠牲者という事なら、何も知らないまま死んでしまった可能性もあると思っていた。発狂したという話は、後から呪いだと理解され、付け加えられた話なのではないかと。マルスが生きていることが基本的には秘密である以上、歴史の文書は作り替えられている可能性も十分にあると、淡い期待を抱いていた。

「不死の僕が言っても何も価値はないのかもしれないけれど、二人はとても美しかった。少なくとも、魔王を倒して3年ほどで会った彼女達はまだ美しかった。立派な英雄だったよ」
「英雄に関する話はどれも美談では終わらないのかもしれないな……。あんたのことに関しても教えて欲しい」

 答えられないサニィに代わって、レインはそんな風に質問を続ける。
 ボブに関してもそうだった。彼はある能力に呪われ、肌の色で迫害され……。
 マルスも何か、美談では終わらない秘密があるのかもしれない。
 自分達も魔王に関わる以上、それを知らなければならない。そんな風に考えていたのは、二人共が共通だった。

「僕はね、簡単に言えば魔王の体力を削る役割だったのさ。決して死なない、何度傷ついても直ぐに再生する。疲れることもなく無限に戦える。だからね、一人で戦った。赤の魔王、あ、先ほどは途中だったね。奴はイフリートの魔王だった。炎獄の精霊王。そいつのマナを削り切るまでひたすら死に続けるのが僕の役目。幸いにも仲間達は優秀でね。3ヶ月ほど戦い続けたら一瞬マナが切れて、その隙に仲間達が仕留めてくれたのさ。おかげで、死者は今までの魔王討伐で最小だったと言われている。70人位かな?」

 なんと言う悲惨な戦いなのだろうか。やはり、魔王戦は尋常ではない。
 そうまでしないと倒せない相手だということか、そうすれば被害が少なく済むと考えられてなのか、もしくは、死なないならば死んでも良いと考えられているのか。それを聞くことは流石に憚られたが、やはり、英雄は凄いの一言で終わる話ではなかった。

「さて、ここまで話したし、僕はレイン君のことを知りたい。君はきっと、僕が出会ってきた人間で一番強いんじゃないかな?」

 少しばかり沈み込む二人に対して、逆に目を輝かせるマルス。170歳を超えているだろう好青年は、無邪気にそんなことを尋ねる。

「ああ、貴重な話の礼と言ってはなんだが……、俺は既に魔王を一人倒している。デーモンロードの魔王だ」
「やっぱりか。魔王が再び生まれたということは恐るべきことだが、君ならばそれもおかしくはない。そんな気がしている。ドラゴンを一人で軽くあしらうなんて、ヴィクトリア君でも不可能だからね」
「まあ、簡単に勝ったわけではない。呪いで死なないから勝てた。それだけだ」
「なるほど……」

 レインの答えに対して、しばし考え込むマルス。
 それが何を考えてのことなのかは分からないが、明るいことではないだろう。

「さて、君の魔王討伐は記録には残らないかもしれない。でも、僕が語り継ごう。デーモンロードの魔王ってことは……、紫の魔王ってことでどうかな?」
「ああ、構わない。そのあたりの判断は任せよう。もう一匹、4ヶ月ほど後に再び魔王が生まれるらしい。倒したら手紙でも出そうか?」
「ああ、頼む。最後にもう一つだけ聞いて欲しい頼みがある」
「なんでも言ってくれ、不屈の英雄よ」

 それは、レインなりに尊敬の意を示したのだろう。
 次に放たれたマルスの言葉に、レインは全力をもって応えた。
 それは、かつて見たどんなレインとも違ったように思えた。
 剣を突きつけて、終わりでも良かったのかもしれない。しかし、レインはそれを止めることはなかった。

「いやー、やっぱり君は魔王を超える強さを持ってるかもしれないね。ありがとう。とても強かった」
「ああ、こちらこそ色々とありがとう。では、また手紙を書こう」

 マルスの願いは、「5分間全力で戦って欲しい」たったそれだけのことだった。

 残り【1386日→1346日】 次の魔王出現まで【137日】
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