雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第九章:英雄たち

第九十一話:世界に蔓延る悪意

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 世界は悪意に満ちている。

 そんなことを、言う人がいた。
 魔物は無意味に人を襲い、人は結託して戦うものの、総力戦になれば勝ち目はない。
 魔王がいた頃は勇者や魔法使いが強く、彼らに対抗できたものの、人間の数は少なかった。
 魔王が全て滅ぶと同時、最後の魔王は世界に呪いを振りまき、運悪くかかった者は必ず死んでしまう。
 魔王が死んでから世界の人口は増えたものの、勇者や魔法使いは弱くなっている。

 そして今再び、世界の人口は減りつつある。
 世界各地で活発化した魔物たちによって、魔王の呪いによって。

 弱体化した勇者達では、かつては少ない人数でも討伐できる可能性があったドラゴンを倒せない。
 かつての勇者達であれば雑魚だったオークですら、驚異となっている。
 そして、若くして魔王の呪いに罹った者の殆どは、子孫を残さない。
 死を恐れるが故、自分の子どもを、必ず残して死んでしまうが故に。

 世界は未だ、魔王に管理されている。

 今回はそんな中の一つ、悪意ある魔物達の話。

 ――。

「あの男の位置は分かるか?」
「はい。一応マーキングしときましたから。こちらに向かって走っています。50km」
「それなら良かった。道中に村は無かったから被害も出ないだろう。乗れ」

 全ての死体は、悪意を持っていた。
 つい先刻までは確実に人間だったものの、その善意は人間ではない悪意によって滅ぼされていた。
 その村は、恐らくただの農村だったのだろう。
 彼らはきっと、必死に抗ったのだろう。
 しかし相手を殺すには、魔法使いか、レインの様な特殊な力を持っていなければならなかった。
 幸いなことに、いや、間に合わなかったのだから不幸なのだろう。 
 それは、この村に呪いに罹った者がいないことを示していた。
 もちろん。レインとサニィはその悪意に気づいていた。
 隙を伺って一斉に襲いかかろうとしている、そんな隠された悪意に気づいていた。

 村の死体を家ごと全て焼き尽くすと、二人は再び全速力でその男の所へと走った。
 30分程走った所、その男は再び別の5人組の冒険者パーティに声をかけていた。
 見たところ、今はまだ被害は無い。
 それまでの道中も、特に怪しい動きは見られなかったが、遂にターゲットを見つけたらしい。

「なあ、ちょっと聞いてくれよ。少しでいいからさ」
「え? 何? キモイんだけどぉ」
「イイじゃないか、ちょっとだけ、先っぽだけでイイからさぁ」
「てめぇ触んじゃねえ!」

 そんなやりとりをしている。

「おいお前達、逃げろ。そいつは魔物だ」
「はあ? てめえ何言ってるんだ!? このクソを庇おうってんじゃないだろうな?」

 レインが声をかけるものの、冒険者の男は頭に血が上っている。
 パーティの女に触れた男を突き飛ばすと、剣を抜き放ち斬り伏せようとした。

「おい待て」
「うるせぇ! 問答無用!」
「蔦」

 レインの制止を聞かない冒険者の剣を、サニィが間一髪で止める。
 腕は中々、オーガ基準で言えば120匹程度、といった所だろうか。
 しかし、今のサニィはその程度を止めることなど朝飯前。
 止まった隙をついて、レインが【先っぽ男】を斬り伏せた。

「て、てめぇ、結局殺すならなんで俺を止めたんだ?」
「そうしなければお前は死んでいたからだ」
「はぁ? 何を言ってるんだてめぇは。こんな雑魚に俺が負けるわけないだろうが!」

 相も変わらずレインは最初の一言では分かりづらいことを言う。
 まあ、どちらにせよ無事ならば良いだろう。

「あの、この男はブラッドスライムです」
「はぁ? なんでそれをコイツは平気で斬ってんだよ」

 ブラッドスライム、それは人間の血液と同化するスライム。
 通常のスライムは家や人を腐食させながら閉所に潜り込む。本能だけの液体生物。
 液体であるが故に斬るだけでは死なず、下手に物理攻撃を加えれば反撃される上にその武器をも腐食させてしまう。普段は狭いところに隠れているものの、油断を見せると襲いかかる習性がある。
 それに対してブラッドスライムは人間に潜むことに特化したスライム。血液と同化して脳の情報を読み取り、それを操ることによって多少の知性を得る。言ってみれば、言葉を喋る綺麗なゾンビと化すようなものだ。
 問題なのは潜り込んだ肉体を出血させた場合、通常のスライムとは比べ物にならない速度で相手に飛びつき、そのまま体を乗り換える。ブラッドスライムはスライムのボスの様なもの。
 餌場の付近を通った冒険者を餌場まで誘導し、餌場の村に潜んだ仲間に喰らわせる。
 斬ったつもりで油断などしようものなら、例えデーモンを殺せる勇者であっても簡単に乗っ取られてしまう。ある意味ではデーモンよりも遥かに危険な魔物だった。

「この人はドラゴンも平気で倒せますから、実態があろうがなかろうが、その倒せる部分を斬れるって言う化け物なんです」
「はぁ? ドラゴンだと?」

 この男、はぁ? が口癖なのだろうか。いや、単純にレインとサニィが荒唐無稽なことを言っていると思われているだけだろう。
 しかし、仲間の反応は少し違った。

「あ、もしかしてぇ、南のグレーズ王国でドラゴン2匹を倒したって言うアレぇ?」
「あ、意味不明なほど強い勇者と命を賭して戦った聖女様?」
「マジならちょーカッコイイよねー」

 口々に会話する女冒険者達。
 それを聞いて、サニィは急激に『聖女様を讃える会』のことを思い出す。
 もしもそんな話を出されたら恥ずかしい。
 それと同時に、3人の女達がいやらしい目でレインを見ているのに気づく。
 しかも、この女の人達はやけに露出が多く、男を誘惑することなど朝飯前と言った様子だ。

「れ、レインさん、行きましょう」

 サニィはすぐさまレインの背に飛び乗ると、蔦で自分達を掴んでしならせると風を巻き起こし、レインごと吹っ飛んだ。
 パニックしながらも魔法が使える様に努力してきたとは言え、二人はそのまま南へ見えなくなるまで吹き飛んでいった。

「……、勇者、レインって名前だったよね?」
「ウン、聖女様も、金髪碧眼で白い木とルビーの杖だったよね」
「めっちゃ飛んでったね。何あのまほぉ……ちょーカッコイインデスケド」

 残された5人の冒険者達は、ブラッドスライムに殺された男の埋葬をしながら、目撃してしまった伝説に興奮していた。
 確かに、男から流れている血の色が普通よりも濃い黒に近いほどの赤。そしてどろっとしている。よくよく見てみれば、確かにブラッドスライムだ。それを一太刀で簡単に殺してしまう。そんなものを見てしまえば、信じないわけにはいかなかった。

「はあ、はあ、さて、私達は村の葬儀をしましょうか」
「……まあ、良いだろう」

 マーキングしてあった男の遺体が埋葬されていくのを確認すると、二人は遺体を焼くだけで終わらせてしまった村へと戻り、葬儀を行った。
 100人程の名前も知らない人達が、乗っ取られてしまった男が、安らかに天国に行けますように、そう願いながら。

 残り【1509日→1487日】 次の魔王出現まで【268日】
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