雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第八章:新たな国の霊峰へ

第八十三話:世界の果ての大樹と夢の中で

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 青く透き通った幹に、ガラスの様な葉を付けた大樹。高さは500m程もあるだろうか。
 標高8163m、一切の動植物が存在しないその極寒の極地に、それは突然現れた。
 その日、山の麓の村で昼食を終え、再び山へ戻ろうとしていた修行者はこう語る。

「突然、山頂が淡い青色の光で包まれたんですよ。ほわああああっとね。すると、にょきにょきにょきっと、きっと1分もかかってないんでしょうね。現れたんですよ。工芸品の様な見事な青色の大樹が。あれですよ。聖女様がね、現れた砂漠、オアシスを突き抜ける様にいつまでも枯れない青色の花が咲いてるって言うじゃないですか。砂嵐で地形が変わっても同じ所に咲き続けてるって言う。その方が本気出したらこんな感じなんだろうなあって。感動しちゃって。良いものが見られましたよー」

 ――。

「これで良かったですか?」
「はい、完璧です。流石は聖女様。今迄の登頂者も皆歴史に名を残しておりますが、あなたは別格です」

 エイミーからの注文はシンプルだった。

【とにかく大きくて、聖女様を象徴する様な見た目の大樹を生やして下さい】

 ここ霊峰マナスルはぱっと見他の山と連なった山脈の中の山の一つではない。周囲を標高5000m級の山々に囲まれてはいるものの、その周囲は標高2000m程度まで落ち込んでいる。村のある北方面だけが山が開けており、そちらの方向にだけ道が敷かれていると言う、ある意味では世界の果てに位置するポイントだった。
 そんな山の山頂に何も考えずに大樹を生やしてしまえば巨大な影が出来てしまう。ただでさえ山頂付近は極寒なのに、北方面にしか登山出来る道が存在しない。東から南を通って西に太陽が進む以上、ただの大樹は修行の妨げとなってしまう。
 そこで、サニィは考えた。光が抜ける様な物にすれば良いのではないか、と。いや、レンズの様にしてしまえばひょんなことから火災に発展する可能性ある。それならば、光を取り込んで発光する仕組みにしたらどうか。
 その結果、出来た大樹がそれだった。
 マナスルは山頂に向かうに従ってマナの濃度はどんどん高くなって行く。
 そんな複雑な機構を持つ大樹も、今のサニィには創ることが出来た。手元には紙がある。そこに大樹のスケッチを魔法で行い、その機構をレインと二人で考えた結果だった。

「これでここは霊峰であって聖地だな。お前がやれと言ったんだから俺達に責任はない」
「うるさいです。命に替えてもこの大樹は聖女様の清く正しい行いの結果だと理解してもらいますから黙っていてください」
「……そうですね」

 そんな会話をするレイン達一行だったが、サニィには一つの懸念があった。
 エイミーは危ない。
 はっきり言って彼女は狂信者の素質有りだ。自分がいる間は良いのかもしれないが、自分がこの地を去ってしまえば暴走を始めてしまう可能性がある。裕福な家庭で育ったサニィは、宗教にも多少は知識があった。
 教えに意を唱える者を迫害する。魔王と勇者の世界であるここではそんなことは珍しいのだが、極一部ではそんなことも行われている。それを知っていた。
 ルークが逃げ出してしまった原因を作ったのは彼女の言葉が原因なのかもしれない。

 その為、サニィはレインと一芝居演じることにした。
 彼女は今となってはサニィだけを信奉し、レインを悪魔のように嫌っている。

「さて、聖女サニィよ。これで我の計画も一歩前進だ。ご苦労」
「はい、魔人様。これでこの土地にも、あなたの思惑通り私の信者が集まります」
「これも世界の意思。後はそこの職員がお前の言葉を疑わない様洗脳するだけだ」

 そんな言葉と共にレインは圧力を解放し、サニィは瞳のハイライトを消す。
 二人の突然の豹変ぶりに、エイミーは困惑の表情を隠せない。
「……え?」そう言いながらおろおろと二人を見渡す。
 狂信者と言えば盲目的なまでに信じている。何を? それは信仰対象と自分自身を、だ。
 彼女の隙は正にそこだった。

「さて、眠ってもらいますね、エイミーさん。目が覚めたら、私の言葉だけを信じてください」

 そう言ってサニィはニヤリとレインを真似た極悪な笑みを浮かべながら睡眠の魔法をエイミーにかける。
 そのままレインは二人を抱えて二人が耐えられる限界の速度で下山した。どんな勇者だろうと不可能な速度で。
 山頂から麓までおおよそ30分。行きは朝7時から8時間ほどをかけて登ったことを考えると、二人の力でも有り得ないと思われる速度だ。そもそも、エイミーはレインの力を知らない。ドラゴンに会ったこともなければ、文献でしか見たことがないその強さをイメージすることが出来なかった。

 そのまま診療所まで戻ると、彼女をルークの隣のベッドに寝かせ、まだ退院していないルークと口裏を合わせる。

「私は本当に聖女だよ。山頂を見てみて」
「っ!? あれをアンタが?」
「そっ。でも、ちょっと困ったことにルーク君の先生にそれがバレるわけにはいかない」
「分かった。……あの、僕に、魔法を教えてくれるなら黙ってる」
「良いよ。良い子にしてたら教えてあげる」

 会話はたったそれだけ。
 たったそれだけで、ルークはサニィを信用した。純粋な子どもが純粋にサニィを信じたわけではなかった。レインの目から見て、ルークがサニィを信用した理由は単純だった。
 魔法の才に優れているから。
 何をやって来たのかは知らないが、この村で一番の魔法使いであるエイミーをこうも簡単に振り回せる存在など、想像がつかなかった。
 全く話を聞いてくれなかったから、一人で無茶をした。
 そして、有り得ない位置まで進んでしまった自分を、何の問題もなく助けてくれた。沈んでいる意識の中で、確かに聞こえた「元気になぁーれ」と言う少し間抜けな声。
 それに、とても安心した。

 ……。

 少しすると、エイミーが目を覚ます。
 レインは壁に背を預けて立ち、サニィはルークの側に座っている。

「私は……? はっ!?」
「起きたか。お前は随分と疲れていた様だ。こんな時間までぐっすりとは」

 すぐ今朝からのことを思い出したのだろう。レインのその言葉に、エイミーはすぐさま構える。
 戦闘態勢。完全にレインを敵としてみている。
 そこにサニィが、全くとぼけた顔でこんなことを言う。 

「あら、起きましたか。もう16時ですよ。昨日の夜からずっとぐっすりなんて、よっぽどルーク君が心配で探し回ってたんですね」
「は? 16、え? 聖女様?」
「あ、そうそう。今日のお昼に山頂が突然輝いたかと思ったら大樹が生えたんですよ。不思議なこともあるものですねー」
「え、それはあなたが……。15時過ぎまで私と一緒に山頂に居たはずじゃ」

 そんな風に疑うエイミーに、決定的な言葉を投げかけたのはルークだった。

「何を言ってるのさ先生。山頂からここまで1時間で来られるわけがないだろう。それに二人共ずっとここで僕の相手をしてくれてたし、先生はずっと寝てたじゃんか」
「あ、そ、そうよね……。夢、よね」

 エイミーが外を見ると、山頂に見えるのは自分が正に生える所を目撃したそれそのものだった。
 しかし、突然豹変した聖女と悪魔、そしてなにやらおかしい時間。時計を見ても、空を見ても今は完全に16時だ。そしてベッドで眠っていたこと。
 有り得ない程に快適な山登り。自分が使った魔法のことごとくをキャンセルされると言う有り得ない強さ。
 確かに、夢と言った方が納得ができた。
 最後に言っていた洗脳と言う言葉が気になるが、自分の考えも以前と変わらず、ルークも何もおかしくはない。幻覚を解く魔法を自分にかけてみても、何も起こらない。

 彼女は夢を見ていたと納得した。
 一体どこからが夢だったのだろうか。
 きっと、昨日ルークに自分が聖女だと説明していたところから既に夢だったのだろう。
 彼女は無駄に強い。今回はそれが救いだろうか。何も信じられなくなって発狂すると言うパターンは見受けられなかった。

「あの、私はいつから寝ていたのでしょうか。あ、失礼、私はマナスル魔法研究所のエイミーと申します」
「勇者レイン。お前が寝ていたのはここに着いてすぐだ。ルークを見たらすぐに倒れてしまった。昨日はずっと、彼を探していたんだろう?」
「あ、……はい。そうです。改めて、ルークを助けていただいてありがとうございます。あの、そちらの女性は?」

 エイミーは納得が行ったのか行っていないのか、どうにも微妙な顔で返事をするとサニィの方へ向き直る。

「私は勇者レインと共に旅をしています。サニィと言います。あなたはとても優しい先生なのですね」

 そんな風に優しく微笑むサニィに、エイミーは「大切な私の生徒達ですから」と自然と答えていた。
 夢の中の聖女と同じ名前の彼女は、ルークを心配してずっと側に居てくれた、とても優しい魔法使いだった。
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