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第七章:グレーズ王国の魔物事情と
第七十一話:何が為に強敵と戦うか
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青年は、全てを見ていた。
サニィやオリヴィア、騎士団の訓練を通して強くなったのは何も彼らだけではない。
それは魔王殺しの勇者であっても同様だった。通常のデーモンロードと同等以上の強さを手に入れた者が三人生まれたのだ。その全てを相手して、停滞していた強さは再び明確に動き出した。魔王戦で積んだのは経験。自分よりも強い者に対する対処の仕方だった。
それに対して今回の修行で積んだものは地力。いざという時に最も頼れるのはそれだ。
青年はサニィが戦いを覗くのを止めてすぐに勝利していた。わずか1分程度の戦い。
随分と簡単に終わったものだと上がった地力を確認しながら、青年は即座に西に向かっていた。
到着した時、その時が正にサニィの戦いの始まりだった。
いざとなれば助けに入る。その、つもりだったのだが。
――。
ドラゴンはサニィを見ても何も反応しなかった。そのまま上空を飛び越え王都を襲撃しようとする。
サニィの戦闘能力は全てが大気に溢れるマナを頼りにしたもの。相手の強さを直感的に感じ取る野生の勘も、戦士相手と違って働きにくいものだった。
それは、好都合だった。
「なるほど、蔦。翼を絡めて、ウォーターカッター」
不意打ち出来るからだ。
気にもしていない相手から不意を付いた強靭な蔦攻撃により、その巨大な翼は雁字搦めにされる。その高速のままドラゴンは墜落する。
その場に向かって真横からのウォーターカッター。上手く決まればの一撃で真っ二つ。
もちろん、そんな上手くいくとは微塵も思ってはいない。
その読み通り、ドラゴンはウォーターカッターをブレスで防ぐと、意趣返しとばかりに蔦でサニィを絡み取ろうとする。
「うっ、つよ……。でもっ」
その強靭な蔦の威力はサニィと同程度。改めて実感した、自分の力の大きさ。
しかし、その対処方法は自分が一番分かっていた。
ウォーターカッターよりも更に練度の高い魔法、レインに最初に直接教わった、薙刀を使えば抜け出せる。その動きはレインをコピーすれば良い。何度でも見てきた。死の山に入ったあとは、そのレインの体のマナ動きすら感じながら、見てきた動き。得物の長さは違うものの、レインはきっとそれすら考慮していたのだろう。十分な余裕を持ってそれの対処ができる。マナの消費も最小限。
いくら無限にマナが使えるといっても、マナを多く使う魔法を連発すればそれだけ精神力を使うことになる。疲れることになる。
敵は蔦ではない。ドラゴンだ。それを忘れてなどいない。
ドラゴンは蔦を展開しながらも、既に顔をこちらに向けていた。
来るのは分かっている。
灼熱のブレスだ。
「アースシールド、ウォーターアーマー、今のうちに」
サニィはイメージを言葉に乗せて魔法を展開することにしている。
咄嗟にイメージする場合、言葉と現象をあらかじめすり合わせておけばその行使が簡単だからだ。
これは特別な技術ではなく、多くの魔法使いが実戦している。呪文のように詳細まで唱える者もいれば、サニィの様に現象だけを簡潔に発する者もいる。
サニィの場合は一人でも戦える魔法使いを目指す為、殆どブツブツと独り言の領域だ。
しかし、高速戦闘で余分な言葉を発している時間はない。言葉に意識を割く間にやられてしまう。
でも、それで十分だった。
戦いに華麗さなど要らない。どれだけ泥臭くても、勝てばいい。負ければ全て終わりだ。
油断など、全く無いつもりだった。
壁を回り込んで側面から突く。身体強化もしている。土壁でブレスを防いでいる。余熱も水鎧で防いでいる。これだけの業火を吐いていれば、側面にはほんの僅か、隙が出来るはず。
レインもそう言っていた。ドラゴンやドレイクがブレスを吐く一瞬は、意識が完全に前に向くと。
それが、罠だった。
ドラゴンは知性が高い。
アースシールドを抜けて回り込むと、そこにはドラゴンの顔があった。大きな口を広げて。
たった一つだけ、いつもやっていたことを忘れていた。たった一つだけ。
多くの魔法を同時併用していたせいだろうか。いや、ここに来て、命をかけたやりとりが不足していたからだ。
サニィは、アースシールドの奥、ドラゴンの様子を見ることを忘れていた。
ドラゴンはブレス等吐いておらず、ただの魔法で火球を作り出していたに過ぎなかった。
必死に振り返った。一旦逃げなければ。完全な想定外。
相手が自分より強いことは分かっていた。その上で、作戦も練ってきた。
透視も訓練中にはやっていたはずだ。今まで一度たりとも忘れたことなどなかった、はずだ。
完全なパニック状態。
目の前に見えるのは完全な死のみ。
杖さえも取り落として逃げる。ただ、この巨大な顎から遠い所へ。
呪いのおかげで生き返る? いや、呪いのおかげで死ぬのがより怖いのだ。
死ぬ。あと1秒、いや、0.5秒? 分からない。でも、確実に死ぬ。
思い出す。あの時、オーガに殺されたあの時、家族を失ったあの時、何度も何度も喰らわれた、あの時を。
「い、いやあああああああ!!!」
必死に王都の方向に逃げるも、遂に噛み付かれるかという瞬間、レインが踏み出した瞬間、二人の瞳が交差した。
――。
(あ、ダメだ……。ここで頼ったら、一生頼り切ることになる。何の為に今回の戦闘に志願したのか、何の為にレインさんの隣に居るのか、分からなくなる)
流れゆく走馬灯の中で、そう思った。
そのまま、必死に首を振る。
最後の最後まで、見えなくなるまで、レインを見つめたまま。
自分の体が真っ二つに噛み裂かれるのも構わずに。
(最期の一撃。エクスプロージョン)
自分の上半身、急激に低下する血圧で薄れゆく意識の中、正に、死ぬほどの恐怖の中、サニィはそれを口内で爆発させた。
サニィやオリヴィア、騎士団の訓練を通して強くなったのは何も彼らだけではない。
それは魔王殺しの勇者であっても同様だった。通常のデーモンロードと同等以上の強さを手に入れた者が三人生まれたのだ。その全てを相手して、停滞していた強さは再び明確に動き出した。魔王戦で積んだのは経験。自分よりも強い者に対する対処の仕方だった。
それに対して今回の修行で積んだものは地力。いざという時に最も頼れるのはそれだ。
青年はサニィが戦いを覗くのを止めてすぐに勝利していた。わずか1分程度の戦い。
随分と簡単に終わったものだと上がった地力を確認しながら、青年は即座に西に向かっていた。
到着した時、その時が正にサニィの戦いの始まりだった。
いざとなれば助けに入る。その、つもりだったのだが。
――。
ドラゴンはサニィを見ても何も反応しなかった。そのまま上空を飛び越え王都を襲撃しようとする。
サニィの戦闘能力は全てが大気に溢れるマナを頼りにしたもの。相手の強さを直感的に感じ取る野生の勘も、戦士相手と違って働きにくいものだった。
それは、好都合だった。
「なるほど、蔦。翼を絡めて、ウォーターカッター」
不意打ち出来るからだ。
気にもしていない相手から不意を付いた強靭な蔦攻撃により、その巨大な翼は雁字搦めにされる。その高速のままドラゴンは墜落する。
その場に向かって真横からのウォーターカッター。上手く決まればの一撃で真っ二つ。
もちろん、そんな上手くいくとは微塵も思ってはいない。
その読み通り、ドラゴンはウォーターカッターをブレスで防ぐと、意趣返しとばかりに蔦でサニィを絡み取ろうとする。
「うっ、つよ……。でもっ」
その強靭な蔦の威力はサニィと同程度。改めて実感した、自分の力の大きさ。
しかし、その対処方法は自分が一番分かっていた。
ウォーターカッターよりも更に練度の高い魔法、レインに最初に直接教わった、薙刀を使えば抜け出せる。その動きはレインをコピーすれば良い。何度でも見てきた。死の山に入ったあとは、そのレインの体のマナ動きすら感じながら、見てきた動き。得物の長さは違うものの、レインはきっとそれすら考慮していたのだろう。十分な余裕を持ってそれの対処ができる。マナの消費も最小限。
いくら無限にマナが使えるといっても、マナを多く使う魔法を連発すればそれだけ精神力を使うことになる。疲れることになる。
敵は蔦ではない。ドラゴンだ。それを忘れてなどいない。
ドラゴンは蔦を展開しながらも、既に顔をこちらに向けていた。
来るのは分かっている。
灼熱のブレスだ。
「アースシールド、ウォーターアーマー、今のうちに」
サニィはイメージを言葉に乗せて魔法を展開することにしている。
咄嗟にイメージする場合、言葉と現象をあらかじめすり合わせておけばその行使が簡単だからだ。
これは特別な技術ではなく、多くの魔法使いが実戦している。呪文のように詳細まで唱える者もいれば、サニィの様に現象だけを簡潔に発する者もいる。
サニィの場合は一人でも戦える魔法使いを目指す為、殆どブツブツと独り言の領域だ。
しかし、高速戦闘で余分な言葉を発している時間はない。言葉に意識を割く間にやられてしまう。
でも、それで十分だった。
戦いに華麗さなど要らない。どれだけ泥臭くても、勝てばいい。負ければ全て終わりだ。
油断など、全く無いつもりだった。
壁を回り込んで側面から突く。身体強化もしている。土壁でブレスを防いでいる。余熱も水鎧で防いでいる。これだけの業火を吐いていれば、側面にはほんの僅か、隙が出来るはず。
レインもそう言っていた。ドラゴンやドレイクがブレスを吐く一瞬は、意識が完全に前に向くと。
それが、罠だった。
ドラゴンは知性が高い。
アースシールドを抜けて回り込むと、そこにはドラゴンの顔があった。大きな口を広げて。
たった一つだけ、いつもやっていたことを忘れていた。たった一つだけ。
多くの魔法を同時併用していたせいだろうか。いや、ここに来て、命をかけたやりとりが不足していたからだ。
サニィは、アースシールドの奥、ドラゴンの様子を見ることを忘れていた。
ドラゴンはブレス等吐いておらず、ただの魔法で火球を作り出していたに過ぎなかった。
必死に振り返った。一旦逃げなければ。完全な想定外。
相手が自分より強いことは分かっていた。その上で、作戦も練ってきた。
透視も訓練中にはやっていたはずだ。今まで一度たりとも忘れたことなどなかった、はずだ。
完全なパニック状態。
目の前に見えるのは完全な死のみ。
杖さえも取り落として逃げる。ただ、この巨大な顎から遠い所へ。
呪いのおかげで生き返る? いや、呪いのおかげで死ぬのがより怖いのだ。
死ぬ。あと1秒、いや、0.5秒? 分からない。でも、確実に死ぬ。
思い出す。あの時、オーガに殺されたあの時、家族を失ったあの時、何度も何度も喰らわれた、あの時を。
「い、いやあああああああ!!!」
必死に王都の方向に逃げるも、遂に噛み付かれるかという瞬間、レインが踏み出した瞬間、二人の瞳が交差した。
――。
(あ、ダメだ……。ここで頼ったら、一生頼り切ることになる。何の為に今回の戦闘に志願したのか、何の為にレインさんの隣に居るのか、分からなくなる)
流れゆく走馬灯の中で、そう思った。
そのまま、必死に首を振る。
最後の最後まで、見えなくなるまで、レインを見つめたまま。
自分の体が真っ二つに噛み裂かれるのも構わずに。
(最期の一撃。エクスプロージョン)
自分の上半身、急激に低下する血圧で薄れゆく意識の中、正に、死ぬほどの恐怖の中、サニィはそれを口内で爆発させた。
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