雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第六章:青と橙の砂漠を旅する

第五十一話:聖女が舞い降りた日の

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 「レインさん、なんか複雑な気持ちです」
 「それは仕方ない。ただ、お前のしてきたことに無駄などない。本は書き続けろ」

 二人はその日、急遽催された祭りの主役だった。デザートオークを一人で倒した英雄であり、砂漠に希望をもたらした聖女とそのパートナーの勇者。
 特に聖女サニィの奇跡を祝う祭りだ。

 朝の騒動を目の当たりにしたオアシスの住人達は最初こそ、その魔法の規模に恐怖したものの、よくよく見てみればそれはただの希望の光でしかない。デザートオークと人間との一番の違いはその過酷な環境に対する適応力だ。それさえ打開出来れば互角以上に戦うことも可能となる。
 今回サニィが創り出した植物は、その欠点を打開する為の策となるだろう。
 その繁殖力がどの程度なのかは分からないが、その木そのものが小型のオアシスだ。
 ここからどの様な発展を見せるかは砂漠の住人次第。

 彼らは過酷な環境に耐えてこれまで生活をしてきた。何から何までサニィに頼る気など全く無く、その光明が見えたことそのものを奇跡としてサニィを崇めることに決めたのだった。

 「聖女様、こちらが我が酒造最高の品となっております。お納め下さい」
 「あ、ありがとうございます」

 お酒を貰っても飲めないけれど……。
 そんな風に思ってしまうものの、オアシスを救ったことをこれ程までに感謝されては断りきれない。
 とは言え、感謝されるのは良いけれど崇めるのは恥ずかしいからやめて欲しい。
 そして自分の魔法が本来の魔法からは逸脱しているかもしれないことへの恐怖と驚愕、信じられない気持ちもある。様々な感情が綯い交ぜになったサニィは本当に複雑な顔をしていた。
 汗を垂らしながら瞳は笑っているものの口の端は震えていて、もしかしたら涙も出ているかもしれない。

 しかしレインが言う通り、確かに魔法学校の学生達は飛躍的に能力を伸ばした。
 尤も、自分自身は反則技を使っているかもしれない。それでも、隣にいる反則を考えれば、自分はまだましかもしれない。
 でも、隣に居るのは本当に人間かすら疑わしい化け物だ。それと並びたいとは思っていたものの、それより上として崇められるのは……。

 「やっぱり複雑です。レインさんのせいでもありますからね」
 「何が俺のせいなのかは全く分からないが、すまんかったな」
 「ただの八つ当たりみたいなものです!」

 そんなこんなで、結局のところレインに当たってみることで平静さを取り戻そうとしてぷんすかと頰を膨らませる。
 とは言え感謝はしているので、言ってみるだけだ。

 「そうか。かかって来い聖女様」

 とは思ったものの、そんな風におちょくってくるレインを見ると、やはり少しばかりイラッとする。
サニィはそんなレインに全力の蔦攻撃をしてみると、周囲からは「おおお」と歓声が上がり、恥ずかしさが戻ってくる。
 レインはいつも通りその蔦を何もなかったかの様に躱わし、斬り、千切り、絡みつかれては平然とその拘束を解く。
 それに対して周囲は「ひいいい」とまた良い反応だ。
 正直何が良い反応なのかは最早分からないが、そんな群衆を見て、サニィはもうしばらくそんな戯れを続けることにした。
 レインならば全力でも全く通じない。自分はまだまだ未熟で化け物ではない。そんな安心感を感じる為でもあったが、複雑な心情は魔法を使っているうちに徐々にほぐれていった。

 ――。

 「ちょっとやり過ぎましたね……」

 1時間後、サニィとレインの戯れは徐々にエスカレートし、広場は緑に染まっていた。
 祭りも終わり頃だ。
 群衆はそんな広場を見て唖然としながらも期待に満ちた表情は崩さない。
 彼らにとっては広場が一つ潰れた程度大したことではない。どうせオアシスを出ればいくらでも土地はあるのだ。
 それよりも、目の前の新しい奇跡に夢中だった。

 「いえいえとんでもない。こんな奇跡を目の当たりに出来るなんて、今日はこのオアシスの記念日です。
おいみんな! すぐに今日という奇跡の日の名前を考えるぞ!」
 「おおおおお!」

 住人達はそんなことを叫ぶと、二人を丁重に宿まで送り、勇み足で帰っていった。

 「……。なんか、わけの分からないうちにわけの分からないことになりましたね」
 「多分それは俺以外みんなそうだろう。ここの住人達もあれ、途中から殆ど何も分かってなかったぞ」
 「……」
 「……」

 二人はしばし無言になった後、やがて一つの結論に辿り着く。

 「ノリってやつですか……」
 「ああ、このままあのノリが保たれていれば、……とんでもない名前の記念日が生まれるな」
 「どうすれば止められますか?」
 「お前が何かしたところで喜ぶだけだ。正気に戻るのを待つ他あるまい」

 ――。

 次の日になっても、祭りの名前が決まることはなく、とは言え彼らは冷静さを取り戻す様子もなかった。
 彼らは二人がオアシスで生活する全ての料金を税金から出すからと譲らず、相変わらず聖女様呼びも治らず、見かける度に握手を求めてくる者までいた。

 流石に居づらくなった二人は、予定を前倒し、その日の夜にこっそりとオアシスを出ることにした。
 サニィの魔法で音を消し、誰も居ないルートを通り、誰にも気付かれることなく夜中のうちにオアシスを後にした。

 次の日、唐突に消えた聖女様と勇者は更に様々な憶測を呼び、彼らの興奮は増すばかり。一時的な集団心理、興奮状態に陥った彼らは、聖女が奇跡を起こした日を『聖☆サニィデイ』と名付けた。
 その名前が異常だと彼らが気付くのは、10年以上も後の話。

 残り【1765→1758日】
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