51 / 592
第六章:青と橙の砂漠を旅する
第五十一話:聖女が舞い降りた日の
しおりを挟む
「レインさん、なんか複雑な気持ちです」
「それは仕方ない。ただ、お前のしてきたことに無駄などない。本は書き続けろ」
二人はその日、急遽催された祭りの主役だった。デザートオークを一人で倒した英雄であり、砂漠に希望をもたらした聖女とそのパートナーの勇者。
特に聖女サニィの奇跡を祝う祭りだ。
朝の騒動を目の当たりにしたオアシスの住人達は最初こそ、その魔法の規模に恐怖したものの、よくよく見てみればそれはただの希望の光でしかない。デザートオークと人間との一番の違いはその過酷な環境に対する適応力だ。それさえ打開出来れば互角以上に戦うことも可能となる。
今回サニィが創り出した植物は、その欠点を打開する為の策となるだろう。
その繁殖力がどの程度なのかは分からないが、その木そのものが小型のオアシスだ。
ここからどの様な発展を見せるかは砂漠の住人次第。
彼らは過酷な環境に耐えてこれまで生活をしてきた。何から何までサニィに頼る気など全く無く、その光明が見えたことそのものを奇跡としてサニィを崇めることに決めたのだった。
「聖女様、こちらが我が酒造最高の品となっております。お納め下さい」
「あ、ありがとうございます」
お酒を貰っても飲めないけれど……。
そんな風に思ってしまうものの、オアシスを救ったことをこれ程までに感謝されては断りきれない。
とは言え、感謝されるのは良いけれど崇めるのは恥ずかしいからやめて欲しい。
そして自分の魔法が本来の魔法からは逸脱しているかもしれないことへの恐怖と驚愕、信じられない気持ちもある。様々な感情が綯い交ぜになったサニィは本当に複雑な顔をしていた。
汗を垂らしながら瞳は笑っているものの口の端は震えていて、もしかしたら涙も出ているかもしれない。
しかしレインが言う通り、確かに魔法学校の学生達は飛躍的に能力を伸ばした。
尤も、自分自身は反則技を使っているかもしれない。それでも、隣にいる反則を考えれば、自分はまだましかもしれない。
でも、隣に居るのは本当に人間かすら疑わしい化け物だ。それと並びたいとは思っていたものの、それより上として崇められるのは……。
「やっぱり複雑です。レインさんのせいでもありますからね」
「何が俺のせいなのかは全く分からないが、すまんかったな」
「ただの八つ当たりみたいなものです!」
そんなこんなで、結局のところレインに当たってみることで平静さを取り戻そうとしてぷんすかと頰を膨らませる。
とは言え感謝はしているので、言ってみるだけだ。
「そうか。かかって来い聖女様」
とは思ったものの、そんな風におちょくってくるレインを見ると、やはり少しばかりイラッとする。
サニィはそんなレインに全力の蔦攻撃をしてみると、周囲からは「おおお」と歓声が上がり、恥ずかしさが戻ってくる。
レインはいつも通りその蔦を何もなかったかの様に躱わし、斬り、千切り、絡みつかれては平然とその拘束を解く。
それに対して周囲は「ひいいい」とまた良い反応だ。
正直何が良い反応なのかは最早分からないが、そんな群衆を見て、サニィはもうしばらくそんな戯れを続けることにした。
レインならば全力でも全く通じない。自分はまだまだ未熟で化け物ではない。そんな安心感を感じる為でもあったが、複雑な心情は魔法を使っているうちに徐々にほぐれていった。
――。
「ちょっとやり過ぎましたね……」
1時間後、サニィとレインの戯れは徐々にエスカレートし、広場は緑に染まっていた。
祭りも終わり頃だ。
群衆はそんな広場を見て唖然としながらも期待に満ちた表情は崩さない。
彼らにとっては広場が一つ潰れた程度大したことではない。どうせオアシスを出ればいくらでも土地はあるのだ。
それよりも、目の前の新しい奇跡に夢中だった。
「いえいえとんでもない。こんな奇跡を目の当たりに出来るなんて、今日はこのオアシスの記念日です。
おいみんな! すぐに今日という奇跡の日の名前を考えるぞ!」
「おおおおお!」
住人達はそんなことを叫ぶと、二人を丁重に宿まで送り、勇み足で帰っていった。
「……。なんか、わけの分からないうちにわけの分からないことになりましたね」
「多分それは俺以外みんなそうだろう。ここの住人達もあれ、途中から殆ど何も分かってなかったぞ」
「……」
「……」
二人はしばし無言になった後、やがて一つの結論に辿り着く。
「ノリってやつですか……」
「ああ、このままあのノリが保たれていれば、……とんでもない名前の記念日が生まれるな」
「どうすれば止められますか?」
「お前が何かしたところで喜ぶだけだ。正気に戻るのを待つ他あるまい」
――。
次の日になっても、祭りの名前が決まることはなく、とは言え彼らは冷静さを取り戻す様子もなかった。
彼らは二人がオアシスで生活する全ての料金を税金から出すからと譲らず、相変わらず聖女様呼びも治らず、見かける度に握手を求めてくる者までいた。
流石に居づらくなった二人は、予定を前倒し、その日の夜にこっそりとオアシスを出ることにした。
サニィの魔法で音を消し、誰も居ないルートを通り、誰にも気付かれることなく夜中のうちにオアシスを後にした。
次の日、唐突に消えた聖女様と勇者は更に様々な憶測を呼び、彼らの興奮は増すばかり。一時的な集団心理、興奮状態に陥った彼らは、聖女が奇跡を起こした日を『聖☆サニィデイ』と名付けた。
その名前が異常だと彼らが気付くのは、10年以上も後の話。
残り【1765→1758日】
「それは仕方ない。ただ、お前のしてきたことに無駄などない。本は書き続けろ」
二人はその日、急遽催された祭りの主役だった。デザートオークを一人で倒した英雄であり、砂漠に希望をもたらした聖女とそのパートナーの勇者。
特に聖女サニィの奇跡を祝う祭りだ。
朝の騒動を目の当たりにしたオアシスの住人達は最初こそ、その魔法の規模に恐怖したものの、よくよく見てみればそれはただの希望の光でしかない。デザートオークと人間との一番の違いはその過酷な環境に対する適応力だ。それさえ打開出来れば互角以上に戦うことも可能となる。
今回サニィが創り出した植物は、その欠点を打開する為の策となるだろう。
その繁殖力がどの程度なのかは分からないが、その木そのものが小型のオアシスだ。
ここからどの様な発展を見せるかは砂漠の住人次第。
彼らは過酷な環境に耐えてこれまで生活をしてきた。何から何までサニィに頼る気など全く無く、その光明が見えたことそのものを奇跡としてサニィを崇めることに決めたのだった。
「聖女様、こちらが我が酒造最高の品となっております。お納め下さい」
「あ、ありがとうございます」
お酒を貰っても飲めないけれど……。
そんな風に思ってしまうものの、オアシスを救ったことをこれ程までに感謝されては断りきれない。
とは言え、感謝されるのは良いけれど崇めるのは恥ずかしいからやめて欲しい。
そして自分の魔法が本来の魔法からは逸脱しているかもしれないことへの恐怖と驚愕、信じられない気持ちもある。様々な感情が綯い交ぜになったサニィは本当に複雑な顔をしていた。
汗を垂らしながら瞳は笑っているものの口の端は震えていて、もしかしたら涙も出ているかもしれない。
しかしレインが言う通り、確かに魔法学校の学生達は飛躍的に能力を伸ばした。
尤も、自分自身は反則技を使っているかもしれない。それでも、隣にいる反則を考えれば、自分はまだましかもしれない。
でも、隣に居るのは本当に人間かすら疑わしい化け物だ。それと並びたいとは思っていたものの、それより上として崇められるのは……。
「やっぱり複雑です。レインさんのせいでもありますからね」
「何が俺のせいなのかは全く分からないが、すまんかったな」
「ただの八つ当たりみたいなものです!」
そんなこんなで、結局のところレインに当たってみることで平静さを取り戻そうとしてぷんすかと頰を膨らませる。
とは言え感謝はしているので、言ってみるだけだ。
「そうか。かかって来い聖女様」
とは思ったものの、そんな風におちょくってくるレインを見ると、やはり少しばかりイラッとする。
サニィはそんなレインに全力の蔦攻撃をしてみると、周囲からは「おおお」と歓声が上がり、恥ずかしさが戻ってくる。
レインはいつも通りその蔦を何もなかったかの様に躱わし、斬り、千切り、絡みつかれては平然とその拘束を解く。
それに対して周囲は「ひいいい」とまた良い反応だ。
正直何が良い反応なのかは最早分からないが、そんな群衆を見て、サニィはもうしばらくそんな戯れを続けることにした。
レインならば全力でも全く通じない。自分はまだまだ未熟で化け物ではない。そんな安心感を感じる為でもあったが、複雑な心情は魔法を使っているうちに徐々にほぐれていった。
――。
「ちょっとやり過ぎましたね……」
1時間後、サニィとレインの戯れは徐々にエスカレートし、広場は緑に染まっていた。
祭りも終わり頃だ。
群衆はそんな広場を見て唖然としながらも期待に満ちた表情は崩さない。
彼らにとっては広場が一つ潰れた程度大したことではない。どうせオアシスを出ればいくらでも土地はあるのだ。
それよりも、目の前の新しい奇跡に夢中だった。
「いえいえとんでもない。こんな奇跡を目の当たりに出来るなんて、今日はこのオアシスの記念日です。
おいみんな! すぐに今日という奇跡の日の名前を考えるぞ!」
「おおおおお!」
住人達はそんなことを叫ぶと、二人を丁重に宿まで送り、勇み足で帰っていった。
「……。なんか、わけの分からないうちにわけの分からないことになりましたね」
「多分それは俺以外みんなそうだろう。ここの住人達もあれ、途中から殆ど何も分かってなかったぞ」
「……」
「……」
二人はしばし無言になった後、やがて一つの結論に辿り着く。
「ノリってやつですか……」
「ああ、このままあのノリが保たれていれば、……とんでもない名前の記念日が生まれるな」
「どうすれば止められますか?」
「お前が何かしたところで喜ぶだけだ。正気に戻るのを待つ他あるまい」
――。
次の日になっても、祭りの名前が決まることはなく、とは言え彼らは冷静さを取り戻す様子もなかった。
彼らは二人がオアシスで生活する全ての料金を税金から出すからと譲らず、相変わらず聖女様呼びも治らず、見かける度に握手を求めてくる者までいた。
流石に居づらくなった二人は、予定を前倒し、その日の夜にこっそりとオアシスを出ることにした。
サニィの魔法で音を消し、誰も居ないルートを通り、誰にも気付かれることなく夜中のうちにオアシスを後にした。
次の日、唐突に消えた聖女様と勇者は更に様々な憶測を呼び、彼らの興奮は増すばかり。一時的な集団心理、興奮状態に陥った彼らは、聖女が奇跡を起こした日を『聖☆サニィデイ』と名付けた。
その名前が異常だと彼らが気付くのは、10年以上も後の話。
残り【1765→1758日】
0
お気に入りに追加
402
あなたにおすすめの小説
神々に天界に召喚され下界に追放された戦場カメラマンは神々に戦いを挑む。
黒ハット
ファンタジー
戦場カメラマンの北村大和は,異世界の神々の戦の戦力として神々の召喚魔法で特殊部隊の召喚に巻き込まれてしまい、天界に召喚されるが神力が弱い無能者の烙印を押され、役に立たないという理由で異世界の人間界に追放されて冒険者になる。剣と魔法の力をつけて人間を玩具のように扱う神々に戦いを挑むが果たして彼は神々に勝てるのだろうか
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
転生したから思いっきりモノ作りしたいしたい!
ももがぶ
ファンタジー
猫たちと布団に入ったはずが、気がつけば異世界転生!
せっかくの異世界。好き放題に思いつくままモノ作りを極めたい!
魔法アリなら色んなことが出来るよね。
無自覚に好き勝手にモノを作り続けるお話です。
第一巻 2022年9月発売
第二巻 2023年4月下旬発売
第三巻 2023年9月下旬発売
※※※スピンオフ作品始めました※※※
おもちゃ作りが楽しすぎて!!! ~転生したから思いっきりモノ作りしたいしたい! 外伝~
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
生前SEやってた俺は異世界で…
大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん
ファンタジー
旧タイトル 前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~
※書籍化に伴い、タイトル変更しました。
書籍化情報 イラストレーター SamuraiG さん
第一巻発売日 2017/02/21 ※場所によっては2、3日のずれがあるそうです。
職業・SE(システム・エンジニア)。年齢38歳。独身。
死因、過労と不摂生による急性心不全……
そうあの日、俺は確かに会社で倒れて死んだはずだった……
なのに、気が付けば何故か中世ヨーロッパ風の異世界で文字通り第二の人生を歩んでいた。
俺は一念発起し、あくせく働く事の無い今度こそゆったりした人生を生きるのだと決意した!!
忙しさのあまり過労死してしまったおっさんの、異世界まったりライフファンタジーです。
※2017/02/06
書籍化に伴い、該当部分(プロローグから17話まで)の掲載を取り下げました。
該当部分に関しましては、後日ダイジェストという形で再掲載を予定しています。
2017/02/07
書籍一巻該当部分のダイジェストを公開しました。
2017/03/18
「前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~」の原文を撤去。
新しく別ページにて管理しています。http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/258103414/
気になる方がいましたら、作者のwebコンテンツからどうぞ。
読んで下っている方々にはご迷惑を掛けると思いますが、ご了承下さい。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる