雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第五章:勇者弟子を取る

第三十六話:身を犠牲にして助けられるか

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 サニィのあらゆる魔法は日に日にその出力を伸ばしている。今はほぼ10kmの透視が出来る。レインの様に50kmも先の強敵を嗅ぎとる様な直感は持ち合わせていないが、レインの感じられない弱い魔物であっても確実に見ることが出来る。
 そして今、ちょうど彼女の瞳には魔物の群れに襲われる少女の姿が写っていた。少女を襲う魔物はゴブリン。身長1m。同等のサイズの人間の子どもよりも強い程度。最も弱い魔物の筆頭ではあるものの、数が多い。
 数でもって人間を蹂躙しようとするゴキブリの様な魔物だ。
 少女は必死に逃げているが、力の無さそうな少女に対してゴブリンはざっと50匹程もいる。いくら子どもより少し強い程度とは言え、少なくとも武器を持っている子ども50人と言う数の暴力に逆らえる圧倒的な個の力には成人男性でも叶わない。
 もちろん、その少女が持っているとは思えない。

 「レインさん、北西10km、ゴブリンに襲われている子が居ます」
 「行ってくる」

 サニィはそれを発見後即座にレインに伝えると、レインも二つ返事で了解して向かおうとする。
 しかし、それをサニィは呼び止めた。

 「私をおぶって連れて行って下さい。近くなったら投げてもらって構いませんから」

 思わず、そんなことを言ってしまう。
 それは完全に口から咄嗟に出てしまった言葉で、人を守りたい、自分の様な思いはさせたくない、常日頃そんなことを考えて居たが故の言葉だった。
 それを聞いたレインは真剣な顔で頷くと、瞬時にサニィの背後に回り込み、小脇に抱える。凄まじく嫌な予感がする。と、思うか思わないかの瞬間、レインは全力で走り出す。
 その速度に首が持っていかれそうになる。と言うか胴体すら千切れそうだ。
 「ふぐっ」などと先ほどまで話していた様な音の息を吐いてしまう。それをなんとか身体強化をイメージして耐えるが、レインの加速にかかるGは予想以上だった。

 結果的に、気絶しているままに彼女はレインに放り投げられた。
 レインはゴブリンの群れと少女をその視界に捉えると、そのダッシュの勢いのままにサニィを約束通り放り投げたのだ。
 その衝撃で、サニィは意識を取り戻す。
 「あ」そんな声が後方から聞こえるが、既にレインの手を離れたサニィは凄まじい勢いでゴブリンの群れに突っ込んで行った。

 「ひぎゃああああああ!!!」
 「いやあああああああ!!!」

 目の前から超高速で迫り来る泣きっ面は空気抵抗でぐにゃぐにゃになっている。叫び声を上げる口の中にも容赦なく空気の壁は襲い掛かり、その頰を歪に膨らませている。いくらサニィが美少女だとはいえ、流石にこれはブサイクだ。そんなサニィの顔面を見た少女は、迫り来るブサイクな高速顔面の恐怖とゴブリンから逃げ続けた疲労によって、そのまま気を失った。

 ――。

 「すまん。やけに静かだと思ったら気を失っていたとは……。投げた瞬間に気が付いてな……」
 「いや、私が言ったんですし、結果的に助けられたから良かったです。ええ、良かったです……」

 超高速で射出されたサニィは、泣き叫びながらも空気の層を何重にも圧縮し、その速度を落とすと、得意の蔦の魔法で柔軟なネットを作り出し自らの体を受け止めた。
 そのままがっくりと地面に膝をついて放心状態の所にゴブリンが襲いかかってくるが、しかし死ぬかと思った瞬間、突如目の前のゴブリンが細切れになったのだった。
 見ると、速度を落として着地するまでの間に追いついてきていたレインが瞬時にゴブリンを全滅させていた。

 「でも結局、私なんの役にも立たなかった様な……」
 「いや、お前を投げなければ間に合わなかったかもしれん。少女は気絶したが、ゴブリン達もそれで動きを止めたからな」

 恐らく私が居なければもっと簡単に倒して居ただろう。連れて行って欲しいという会話のロスの間にレインならゴブリンを仕留めていただろうし、以前ジャングルに道を作った時の様に一瞬で遠くからゴブリンを斬ることも出来たのかもしれない。
 サニィはそんなことを考えるが、自分の意志を汲んでくれたこと、そして気を使ってその様なことを言ってくれたことに感謝、しようとした所でやめた。
 今までのレインの行動上、本当は気絶していたことに気付いていて、楽しむために投げたのではないかと思ったからだ。

 「レインさん、本当に私が気絶してたことに気付いてなかったんですか?」

 サニィはジト目でレインに詰め寄る。
 「あ」と言う声は気になる所ではあったが、この男が気付いていない可能性の方が低いはずだ。あれは演技なのではないか、そう思った。

 「いや、すまんが直前までお前を抱えていたこと自体忘れていてな。あ、投げたのサニィだった、と思って……」

 演技以前の問題だった。
 この男は時々天然を発揮する。それを忘れていた。
 サニィはそんなレインにがっくりと項垂れると、同時に少女は目を覚ました。
 少女は身長140cm程度。年齢は14歳程に見える。極淡い金髪で、ツリ目がちな瞳の色はワインレッド。
 きめ細やかな肌瑞々しい白磁の肌で、正に美少女と言う言葉が相応しいだろう。
 彼女は恐らく気絶の直前に見たサニィの顔がショックだったのだろう、「ひっ!」と声を上げながらがばっと飛び起きると周囲をきょろきょろと見渡す。
そしてしばらくの後、ようやく周りにいるのが少女よりも少し年上に見える男女二人組だけだと気づくと、ほっと胸を撫で下ろした。

 「起きたか。ゴブリンは倒した。町まで送ろう」
 「驚かせちゃってごめんね。緊急だったから」
 「い、いえ、ありがとうございます」

 サニィも流石に明らかに年下な相手には敬語は使わないらしい。
 先ほどの無様な姿など無かったかの様にお姉ちゃんと言った顔を覗かせている。
 それを微笑ましいとレインが眺めていると、少女ははっとした顔をして口を開く。

 「私はアリスと言います。お願いします! どうか私の子どもを助けて下さい!」

 どうやら少女は少女ではないらしい。
 そんなことを告げられたサニィは少しばかり驚いた顔をするとレインの方を見つめ、許可を求める。レインは嘘をついていないとそれに頷くと、「詳しく聞かせて下さい」と敬語で返した。

 「私はこの北にあるミラの村の者なんですが、村が盗賊団に襲われまして……」

 話を聞くに、ミラの村は小さな農村だった。
 食料は豊富で酪農も盛んな田舎町。モンスターも出てもゴブリン程度。村の自警団や牧羊犬がいれば十二分に平和な暮らしが出来ていた。
 しかし、そんな村を巨大な盗賊団が襲い、男は皆殺され女子供は皆連れ去られた。
 アリスは必死に逃げたが、その道中で運悪くゴブリンのテリトリーに入ってしまっため襲われ、必死に逃げていた、ということだった。

 この世界には戦争はない。戦争はないが、盗賊はいる。様々な事情で村や町を追い出された者、人に絶望して歪んでしまった者などは盗賊になることも多い。全てが綺麗事では成り立たないのが人間の世界だ。
 今回村を襲った目的に直接的な恨みなどの心あたりは無いが、一部の者は女子供を非合法に高額で買い取ることもあるらしい。
 金さえあればなんとでもなる。人を信じられずに金のみを信じる盗賊はその様な考えに至り、徒党を組んでは侵略し、金の問題で自壊する。そんなことも多い。
 極々一部の異常者を除けば100%の悪は魔物のみと言っても良い。しかし、だからと言って人間同士で100%上手く行くことはあり得ない。人間が人間である以上、これは避けられない問題だった。

 だが、悪は悪。人を殺した以上はそれ以上の被害を抑える為にも殺さなければならないと言うのが、魔物が存在し、死の遠くないこの世界では常識だった。
 盗賊団を壊滅させれば行政から報酬が出る。世知辛いものではあるが、それを生業としている勇者崩れも居ると聞く。

 ――。

 「サニィ、行けるか?」
 「分かりませんけど、やってみます」

 三人は壊滅した村に辿り着いた。
 そしてサニィはジャングルで鍛えたその魔法で、レインはその目と直感でもって足取りを掴もうと試みる。
 その様子を、アリスは不安げに見守っていた。彼女は丸二日、盗賊からゴブリンから逃げ回っていたのでかなり衰弱していた。ここまではレインがおぶってきていたが、疲労は不安を煽る。更にレインやサニィの能力を彼女は知らない。不安になるのも仕方がない。

 「アリス、俺達に会えたのは運が良かった。お前の子どもや村の人は100%救い出す」

 二人の罹っている呪いは幸せになってしまう病。これに関わってしまった以上、その時点で救い出せないと言うことはあり得ないのだが、余計な心配を避ける為にもそれは流石に言わなかった。

 「見つけました。痕跡」
 「俺もだ。西だな」

 三人はその痕跡を元に、盗賊の進む方向へと向かい始めた。
 村が襲われてから二日。時間的にそこまで余裕があるわけではないので、レインは再びアリスをおぶると、「ゆっくり休んでいろ」と告げ、衝撃を与えない最高速度で盗賊団の元へと向かった。
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