雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第六章:魔物と勇者と、魔法使い

第百七十九話:似ていた

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「クラウス、村の真横にデーモンが湧いた。行ってくるね、カウントはなしでいいから」

「待った、僕も行く」

「マナを見てて」

「ああ、気をつけて」



 二日目の朝は、そんな会話で始まった。

 起きてすぐに岩陰の向こうを探知したサラが、普段は現れない強力な魔物がいることを発見した為の会話だった。

 ここの人々はそれほど戦闘に慣れていない。

 そんなことを考えて。



 岩陰を飛び出るとほぼ同時、轟音と共に地面が揺れるのを村の人々やくらも含めた全員が感じ取った。

 それはデーモン程度ではとても出せない様な凄まじい衝撃。

 サラが目をやると、デーモンが出現したと思われる場所には直径20mほどもあるクレーターが出来ていた。

 その中心には既に何か分からなくなっている一つの魔物の死体と、一人の青年が立っていた。



「つ、強いんですね、ディエゴさん」

「ああ、サラさんか。俺は陰のマナが濃いらしくてな。身体能力だけなら自信がある」



 デーモンを一対一で倒せるなら一流の勇者で、一流の魔法使い。

 そんなことが言われているこの世界で、ディエゴの力は自信があるの一言では済まない程に常軌を逸している様に見える。

 それは魔物を脅威に感じているとはとても思えない程に圧倒的な力だった。

 まともに戦えば絶対に勝てない。

 少なくともサラはそう感じた。

 そう思った直後のこと。



 べちゃ。



 クレーターの中心から5m程逸れた位置に、そんな音を立てながら何かが落ちる音がした。

 サラが見てみると、それはデーモンの真っ赤に染まった下半身。



「おっとあぶない。千切れちまったらしい」



 そのほぼ真横にいたディエゴはまるで驚きもせずにそんなことを言った。

 曰く、腹から手を突き入れて背骨を掴んで、全力で地面に叩きつけたらしい。その結果上半身は粉々に、下半身は千切れたことにも気付かずに宙を舞っていたのだとか。



 めちゃくちゃだ。

 でも、それはクラウスの戦い方にとても良く似ていた。

 少なくともクラウスは引きちぎれる様な真似はせずに死体を見事に武器へと転用してみせるので、それに比べたら遥かに雑だけれど。



 なるほど、と思った。

 かつて一度だけ聞いたことがある、クラウスを育てる為のモデルケースが存在するという話。

 それがこの人なのだと。

 昨夜話した時に感じたこと。

 自分の命に対して頓着が無いような発言。

 自分も相手も省みない暴力的で破滅的な戦い方。

 それでいて、守れるものは守りたいという優しさ。



 本質的に持っている、勇者への殺意。



 とても良く似ている。



 一つ違うことと言えば、クラウスに比べてこの人は世界の全てに絶望している様な雰囲気だろう。



 つまりエイミーが救ったはずのこの人はまだ本当には救われていなくて、その知識が英雄達を通してクラウスに活かされている。そういうことなのだろう。



 救いたい。



 サラは素直にそう思った。

 言ってみれば、この人はクラウスが辿ったかもしれない一つの形だ。

 自分の命に価値を見出せず、それでも生きる許可を貰えて、たまたま自分と同じ仲間が居たから彼らを守る為に今も生きている。

 まだまだ誰も信用は出来ないけれど、それでも彼は誰かを守る為に、絶望しながらもまだ生きている。

 余りに乱暴な戦い方は、クラウスに比べて自分への興味が著しく薄い為だろう。見れば、デーモンの胴を突き抜けた指は皮がむけ、デーモンに混ざって本人の血も流れていた。

 クラウスならば、そんな怪我は絶対にしない。

 それが何より、目の前の青年が自分をいまだに罰しながら生きている証明の様に思えた。



「ディエゴさんも、勝負しますか? ここの一帯の魔物狩りの」



 思わず、そんな言葉が口から出ていた。

 特に考えて言ったわけじゃない。

 ただなんとなくだった。

 なんとなく、ここの魔物の殲滅を二人で全部やってしまうのではなくて、この救われていない青年も一緒にやって欲しいと思ったのだ。

 そうすればもしかして、明確に仲間を救ったという自負が、少しでも彼の支えになるのではと浅はかに。

 あれ、でもそれは。



 そんな質問に、ディエゴはふっと笑う。



「それはこいつも含めても良いのかな?」



 ただの肉塊と化したデーモンを指差すと、ディエゴはことのほか乗り気でそう答えるのだった。



 ――。



 カップルの勝負に自分でも思わず乗ってしまったディエゴは、近くの魔物の頭を潰しながら考える。



 エイミー曰く次代の聖女。

 確かに不思議な少女かもしれない。

 どう見てもただの魔法使いであるにも関わらず、始まりの剣の両方から信頼されていることがまず気になった。

 当然昨日見た時点では何も特別なことは感じなかったが、デーモンの殺し方を見てしばし驚いた様子を見せた後は、勝負に参加しないかという唐突な発言。

 それが何を思ってなのかその瞬間は分からなかったけれど、それを断るのは何かが違うと、自分の中の『人間』が囁いた気がした。



 彼女がそう言った理由は、その日の勝負が始まって15分程で分かることになった。



 クラウスの戦闘を見たのだ。

 彼の実力が、自分が束になっても手も足も出ないだろうことはすぐに分かった。

 しかしそれだけではなく、彼の戦い方が自分ととてもよく似ていることに気付いたのだ。

 ゴブリンの頭を鷲掴みにして振り回すと、その首が引きちぎれることを利用して近くのゴブリンへと首のなくなった胴を放り投げる残虐な戦闘スタイル。

 余りにも流麗な動きと余りにも残虐な光景に、一瞬呆然としてしまった。



 意識を戻すと同時に、気付いてしまった。

 ああ、彼もまた、命を大切に出来ない者なのかと。



 生まれる前の段階で一度死んでしまったらしいあの青年は、未だ命というものをちゃんと理解出来ていない。

 そこすら、自分に似ているのだと。



 きっとあの少女が勝負に参加しないかと言い出した直後に見せた不思議な表情は、矛盾に気付いたからなのだろう。

 魔物を殺すことで家族を守り、自分の命に価値を見出せと。

 自分の命に価値を見出すために殺す。

 明らかな矛盾。

 それに気付いた彼女には、しかしそれで正しいのだと言ってやりたいと思う。



 何故なら魔物は人を殺し人に殺される為に生み出された存在で、自分達魔人も元はと言えば、確実な戦闘兵器を生み出す手段としてつくられた訳なのだから。

 そんな自分達に少しでも平穏を齎そうとしているのが彼女なのだ。



 そう考えるとディエゴは少しだけ、救われた様に感じた。



 どういう理由があれ、魔物の脅威を完全に取り除く。その手伝いが出来ることは、行き場の無かった魔人にとって、喜ばしいことに間違いは無いのだ。



 ところで。

 クラウスは魔物の索敵が下手過ぎないだろうか。

 敵意を持たずに隠れている魔物達の殆どを見逃している。

 逆に目視した魔物とこちらに敵意を向けた魔物には悉く反応して瞬殺しているが、案外欠点は多いのかもしれない。



 絶大な力を持つ青年の取りこぼしに目をやりながら、ディエゴはそんなことを考えていた。
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