雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第六章:魔物と勇者と、魔法使い

第百七十六話:最強じゃないと

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 ドッと短い音の後、腹部に風穴を開けてデーモンロードは崩れ落ちた。

 最高クラスの魔物、かつては単独で倒すことなど不可能と言われた化け物が、ある勇者の手によってたったの一撃で葬り去られたのだ。



「ふう、やっぱり私は強いな。ね、アリエルちゃん」



 身長約165cm、腰鎧に二本の剣を固定した仮面に、鎧の上からでも分かる鍛え抜かれた肉体。

 世界最強の女勇者エリザベート・ストームハートはいつも通りといった様子で魔物の死体を前に振り返る。

 しかし言葉とは裏腹に、その口調は傲慢と言うよりも、確認に近い様だった。

 話を振られたアリエルちゃん、最悪の女王アリエル・エリーゼは呆れた様に言った。



「確かにお前は強いが、それはライラの力だろう。本当のお前はもっと姑息だ」



 ストームハートが放った攻撃は素手による右ストレート。

 格闘術を極めた超硬度の肉体を誇るデーモンロードの初手を上回る速度で繰り出した右拳が、魔物腹を貫いたのだった。

 そんな真正面からのなんの小細工も無い一撃はストームハートの代名詞。

 それでも、エリーゼはそれを否定した。



 一方、否定されたストームハートは嬉しそうに笑う。



「あはは、姑息ってのは酷いな」



 そのまま腰の剣の一本の留め金を外すと、くるりと左に一回転して剣を引き抜いた。

 鞘から離れくるくると回転して宙を舞う剣を器用にキャッチする。

 青い剣身が特徴的なその剣を操る姿は、まるで曲芸師の様。

 誰から見ても、一見すれば無駄の多い剣。

 それでもその無駄を全て利用出来るほどに、勇者の力は洗練されていた。



「でも確かに、私の戦い方はこっち。アリエルちゃんはどっちが好き?」



 かつては凡ゆる武器を扱っていた勇者は悪戯っぽく尋ねた。

 途端、エリーゼは不機嫌な顔になる。



「その卑怯な質問はお前らしい」

「むー、答えてくれたって良いじゃん」



 膨れるストームハートに、エリーゼは再び呆れ顔を見せる。



「良い歳して可愛こぶるんじゃない。はぁ、お前のその楽観的というか、大物過ぎる性格は羨ましいよ」



 エリーゼは決して強い王ではなかった。

 母を殺して悩み、配下を殺して悩み、世界にとって最悪の発言をして、国民の多くを離反させた。

 もしもその時にこの親友が来なければ押し潰されていたかも知れない。

 そんなことをひしひしと実感しながらも、もっと大役をこなさなければならない癖にいつも笑顔でいられる親友にはやはり、呆れるしか無かった。



 そしてやはり、親友は繰り返す。



「実際に大物だからね。なんてったって鬼神レインの一番弟子なんだから」



 今となってはタブーとされる名前を平然と出しながら、籠手を着けた左手でどんと胸を叩いた。



「……まあ、そんなお前の正体を人々に隠せるのはライラ流の戦い方も理由だ。本当はライラが生きてた、なんて囁かれることもあるしな」



 ストームハートは常に竜の仮面を着けている。

 ある日突然アリエルの護衛として現れ、以来世界最強の勇者として世界に君臨し続けている正体不明の女勇者。

 誰が考えても当てはまる人物は一人しかいない中現れた仮面の女勇者。

 しかしその正体は、決してバレることが無かった。



 第一に、ストームハートの力。彼女の力が届く位置にいる者は、誰も彼女の本質を認識出来ない。

 第二に、二人の英雄の協力。精神魔法のエキスパートであるエレナと、マナに語りかけるイリスの力によって、半端な力では詮索することすら難しくなっている。

 そして第三に、その戦い方。



 左の腰鎧に二本の剣を剣を固定して、左手には籠手、右手は素手の格闘術。

 奇妙な出で立ちながら常に真正面から戦い敵を打ち砕くその戦い方は、先の魔王戦で戦死した英雄ライラとそっくりだった。



 ストームハートは、たまに見せる真剣な声音で言った。



「ライラさんは生きてるよ」

「ああ」



 ――。



「それで、何が言いたかったんだ?」



 気を取り直したエリーゼは改めて尋ねた。

 おどけながらも確認する様に言った、やっぱり私は強いという言葉の真意が気になったのだ。



「いやー、これだけ強い私でも、あのドラゴンを単独はちょっと無理だなーと思って」



 何を聞かれるのか分かっていた様にストームハートは答える。

 あのドラゴン、それはこの間クラウスが一人で挑むことになった、白い100mのドラゴンだった。

 世界の意思としての記憶を失っていたマナに、記憶を思い出させる為にその身を犠牲にした、稀有な魔物がその白竜。

 ほぼ全ての魔物がマナに食われることを恐れる中、知能の高いそのドラゴンだけはあえて食われるに生まれて来た事実に驚いたことは、二人の記憶にも新しい。



 ドラゴンの強さは大きさで決まる。

 巨大な程に質量と膂力が高いのは当然ながら、身に纏う鱗の強度、知能、蓄えられるマナの量、凡ゆる性能が大きさによって変化する。

 その中で、100mを超える様な個体はほぼ、災害と呼べるものだった。

 かつて英雄オリヴィアが魔王戦の前に単独で倒した個体が45m程度。サンダルが何度も敗北しながら倒した個体が40m程度。

 それでも、その二人は伝説の竜殺しとして知られている。魔王殺しの英雄にして単独竜殺しの英雄と言えば、未来永劫歴史に名を刻むであろう偉業だということは、世界中の人々が認識していた。



 そんな中現れた100mのドラゴンだ。

 予知に従ってクラウスに討伐依頼を出したは良いものの、当然ながらクラウスが負けそうになれば英雄達総出で討伐をするつもりだったことは言うまでもない。



「アレはお前の師匠と聖女様しか無理だよ。本来なら国軍でも、甚大な被害を出して追い払うのがやっとのはずなんだから。一人じゃなけりゃ倒せるって言えるのがおかしいんだ」



 そもそも一人で戦う相手ではない。

 世界が恐れる一人と、世界が敬う一人だけが、その大きさのドラゴンと一人で相対する資格を持っていたのだ、とエリーゼは含める様に言った。



 ストームハートが気になっていたのは、確かにそこだった。

 結果だけを見れば、クラウスは敗北した。

 敗北こそしたものの、その戦いの激しさを思い出せば、かつての師を思い出さないわけにはいかなかった。

 尤も、師とは違って泥臭い戦いではあったけれど。



「そうだよね。それなのに、クラウスは殆ど互角に戦ってた。もしあれが通る剣だったら? 勝てたかもしれないよね。

 ……あれだけ強くなっちゃったら、そろそろ危ないんじゃない?」



 旅に出た時点のクラウスは弱かった。

 英雄なら、誰だろうと簡単に勝てる程度に地力の差があった。

 しかし旅を続けさせる内に付けた力は予想を遥かに上回っていた。

 それはそれ以前の18年の比ではなく、倍々といった様に。



 全く、世界の意思の思い通りで嫌になるんだけど。



 そんな風にストームハートが呟くのが、エリーゼの耳にも届いた様だった。



「何もない土地にいる内は大丈夫だ、……らしい」



 言い切ってから自信なさげに言うエリーゼに、ストームハートはふっと口元を崩して微笑んだ。



「そっか。アリエルちゃんを信じるよ」

「あれだけの人を殺した妾を信じると?」



 正しき道を示す力。かつてそう呼ばれたエリーゼの予知能力は、人の感情を考慮しない。

 それは直接的に世界の意思と繋がるが故の予知で、人の感情に疎い世界の意思がそれを考慮出来ないからだった。

 その力によって、アリエルは母を失い、最も信頼していた姉代わりの侍女を、そして多くの魔王討伐軍の仲間を失った。

 故に一度はその力の使用を止めていた。

 その結果が、己が国の孤立だった。

 世界と力の真実を知ってからは自らの判断と併せて再び使うようにしているものの、未だにかつてのトラウマを払拭出来てはいない。



 そんなエリーゼに、ストームハートはいつも笑顔で答えるのだった。



「うん。なんて言ったって、私は・・アリエルちゃんに殺されたなんて思ってないから」



 きっと世界で誰よりも世界の意思を憎んでいながら、天真爛漫に。

 そして今日の言葉は、特にエリーゼには刺さる言葉だった。



「…………お前のそういうところが昔から嫌いなんだ」



 エリーゼは誤魔化す様に、ぷいと顔を逸らした。



「あははごめん。でも、嘘は言ってないよ」

「ああ、ありがとう」



 ――。



 そこからは、ただの親友同士のやりとりだった。



「さて、次の強敵はどこかな?」



 ストームハートは脅威となる魔物が現れると、エリーゼを伴ってその排除に向かうのが日課だった。

 密かに世界を救う救世主みたいで格好良いとストームハートは笑いながら、見事に主君には傷一つ負わせず守りきる様は、何も知らない人から見れば立派な騎士だっただろう。



「今のがひとまずは最後だ。しばらく間が空く」



 世界中の人からは疎まれていながらも、それはストームハートにとって、姉には殆ど出来なくなってしまった幼い頃からの大切な使命。

 そしてそれを理解してくれる人々は、僅かながら存在していた。



「なら、帰って鍛錬しよっか。アリエルちゃん」

「付き合うよ、エリー」



 この日もアルカナウィンドの王城の周りを走る二人を、この小さくなってしまった都市国家の人々は、微笑ましく応援するのだった。



 ――。



 オリ姉は母の役割を完璧にこなして見せた。

 私は本当の父を知らないけど、お父さんみたいな人なら知ってる。だから、私はまだまだ最強じゃないといけない。

 あの子の父親をする為に。
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