雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
568 / 592
第五章:最古の宝剣

第百六十二話:ある問題

しおりを挟む
 クラウスが抱えているある問題に初めて気付いたのは、彼を初めて王都へ連れて行く道中のことだった。



 それは生まれた瞬間から無意識に周囲の勇者にプレッシャーを与えてしまう剣の力とは違う、生物としての問題点。

 パッと見ただけでは全く気付かず、本人は未だに気付いてすらいないある問題を、クラウスは抱えていた。



 魔物というものは、人類の敵として存在している。

 その存在はそのものが人間にとっては驚異だ。

 主に戦うのは勇者だとしても、それ以外の人も基本的には一目見ただけで、それが敵だと判断出来る様になっている。

 つまり、ただ見ただけでも分かる様な殺意を、魔物達は常に人に向けているのだ。

 魔物達を見るだけでも腰を抜かしてしまう者すらいるほどに、その瞳には容赦が見られない。

 クラウスが放つ威圧感とはまるで異質の、今すぐに殺すという意志。

 時には人を食料として見ながらも、基本的には人を恐ろしい生き物の一つとして認識している野生の肉食動物とは違い、自分が死んでも殺すという明確な敵対心。

 魔物達は、それを持っているから魔物なのだ。



 それはまだ殆ど危機感を感じ取れない赤子すら同じで、一目魔物を見れば、泣くことすら忘れて震え出してしまう。



 例えば、両親共に最強クラスの勇者であるサンダルとナディアの娘であるタラリアの場合、初めて魔物が動いているのを見たコンマ1秒も後には、それは真っ二つに裂けていた。

 彼女はまだ一歳にも満たず、人は死ぬということすら理解していない。

 なんとなく本能で、自分の両親の腕の中は世界で最も安全な場所の一つなのだと認識していたのか、よく眠る子だったというくらい。

 それでも、その一瞬の殺意に当てられ、幼いタラリアは死を受け入れた様に体の力を抜き、ぐったりとしてしまった。

 もっとも、初めてタラリアが見た魔物はデーモンで、通常生まれて一歳にも満たない赤子が目にすることはあり得ないのだけれど。



 そんな魔物を初めて見た時のクラウスはと言えば。



「まま、がんばれー!」



 殺気に気付き剣を抜いた母に向かって、無邪気にそう告げたのだった。

 出会う前から、何があっても私が守ると母は告げた。

 それでも、それは異常なことだった。



 誰にでも、初めては存在する。

 そしてその初めての遭遇で、必ず人々は魔物が人間にとっての絶対敵だということを、心に刻む。



 だからこそ、クラウスのその応援は、問題だった。

 それはまるでスポーツで母親が活躍することを応援するかの様な、そんな気楽なものだったからだ。

 死地に立った母親の勝利を確信して信じるどころか、魔物が死ぬということすら認識していない様な応援。



 それはつまり、クラウスが死を全く理解していない様だ、ということになる。



 それからの英雄達は大変だった。

 クラウスが死を理解していないということは、剣の欲求、『勇者を食べたい』と思ってしまえば、自制が効かなくなる可能性が高いということ。

 それに対する矯正に、彼らは相当な苦心を強いられることになった。



 結果分かったことは、クラウスは死を理解して居ないのではなく、死に対する恐怖心の一切が欠如している、という結論だった。



 ――。



 少しだけ、話を移そう。



 魔物に対する恐怖心を感じない一族が、かつて世界には存在していた。

 死の淵に立った九人の内、奇跡によって生き残り魔物と化した八人が作った一族。

 かつて魔人と呼ばれ、ある剣が生まれてからは人だったことを思い出し、狛の村と呼ばれた村に住んでいた人々。



 彼らの祖先である八人はかつて、死を乗り越えて魔物となった。

 確実に死ぬ状況で世界の意思によって選択を迫られ、一人の命を生贄に奇跡を得た結果、生き残る代わりに人であることを失った。



 人の肉体を持った魔物だったからか、一度死にかけた身だからか、彼らは人であることを思い出した後も、魔物を殺すことはあっても、魔物に恐怖を抱くことはなかった。

 それどころか、死んでも敵は殺すという、魔物と同じ戦い方をしていた。



 彼らだけは、魔物に対する恐怖心を持っていなかった。

 何故なら彼らは、生まれた時から魔物と近しい存在だったからだ。



 ……。



 そして、初めての遭遇はもう誰も知らない、一人の男。



 かつて一人の鬼神として世界を救い、世界の敵として殺された、影の英雄。



 英雄レインだけは、初めて魔物を見た時に、鼻で笑っていた。



 何故なら、彼は問題なく倒せるからだ。

 如何なる魔物であっても、どれだけ彼が赤子であっても、本気で彼と敵対すれば、絶対に勝てないと、まだ乳児だったレインの本能は理解していたから。



 ――。



 ただ、クラウスはレインとは真逆の理由で、魔物に対する恐怖心を抱かなかった。



 どちらかと言えば狛の村人寄りで、その理由は、サラにとっても非常に辛いものだった。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 9

あなたにおすすめの小説

神々に天界に召喚され下界に追放された戦場カメラマンは神々に戦いを挑む。

黒ハット
ファンタジー
戦場カメラマンの北村大和は,異世界の神々の戦の戦力として神々の召喚魔法で特殊部隊の召喚に巻き込まれてしまい、天界に召喚されるが神力が弱い無能者の烙印を押され、役に立たないという理由で異世界の人間界に追放されて冒険者になる。剣と魔法の力をつけて人間を玩具のように扱う神々に戦いを挑むが果たして彼は神々に勝てるのだろうか

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

転生したから思いっきりモノ作りしたいしたい!

ももがぶ
ファンタジー
猫たちと布団に入ったはずが、気がつけば異世界転生! せっかくの異世界。好き放題に思いつくままモノ作りを極めたい! 魔法アリなら色んなことが出来るよね。 無自覚に好き勝手にモノを作り続けるお話です。 第一巻 2022年9月発売 第二巻 2023年4月下旬発売 第三巻 2023年9月下旬発売 ※※※スピンオフ作品始めました※※※ おもちゃ作りが楽しすぎて!!! ~転生したから思いっきりモノ作りしたいしたい! 外伝~

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

生前SEやってた俺は異世界で…

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん
ファンタジー
旧タイトル 前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~ ※書籍化に伴い、タイトル変更しました。 書籍化情報 イラストレーター SamuraiG さん 第一巻発売日 2017/02/21 ※場所によっては2、3日のずれがあるそうです。  職業・SE(システム・エンジニア)。年齢38歳。独身。 死因、過労と不摂生による急性心不全…… そうあの日、俺は確かに会社で倒れて死んだはずだった…… なのに、気が付けば何故か中世ヨーロッパ風の異世界で文字通り第二の人生を歩んでいた。 俺は一念発起し、あくせく働く事の無い今度こそゆったりした人生を生きるのだと決意した!! 忙しさのあまり過労死してしまったおっさんの、異世界まったりライフファンタジーです。 ※2017/02/06  書籍化に伴い、該当部分(プロローグから17話まで)の掲載を取り下げました。  該当部分に関しましては、後日ダイジェストという形で再掲載を予定しています。 2017/02/07  書籍一巻該当部分のダイジェストを公開しました。 2017/03/18  「前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~」の原文を撤去。  新しく別ページにて管理しています。http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/258103414/  気になる方がいましたら、作者のwebコンテンツからどうぞ。 読んで下っている方々にはご迷惑を掛けると思いますが、ご了承下さい。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...