雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第五章:最古の宝剣

始まりの三話

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 魔王のシステムは、大成功を収めた。

 人々は必死になって世界を守り戦い散って行った異人達を、勇者と呼ぶ様になった。

 滅ぼした国の姫が異人だったこともあって、中でも魔王を打ち倒した者達を英雄と呼ぶ様になっていた。

 かつて異人だった彼らは無事に人々の中で市民権を得ると、命を顧みず魔物と戦う彼らは人類にとって必須な存在として認知されていくことになった。



 一国を滅ぼしただけの価値はあった。



 そんな充実感と、何故か襲ってくる虚脱感と共に、そう確信した。



 人々は世代を超えて生活をする度に、過去のことを薄れさせていく。

 動物の様に本能で危機を察知するのではなく、過去や歴史から学ぶ彼らの、命のサイクルが短いが故に起こってしまう欠点であると言えるだろう。

 彼らは学んだとしても、実際にその場に立ち会わなければ感覚を鈍くしてしまう生き物だ。知能が高いが故に、知識にはあっとしても実感が伴わなければ自分には関係ないと考えてしまう。

 明確に命を脅かす敵が常に居なければ、彼らはいつか必ず人同士で再び争い合うのだ。

 異人と魔物だけを戦わせる構図ではなく、魔物対人間という形こそが、人々を争いの無い平和な生活へと導く唯一の術。



 魔王の設置によって状況は遂に、か弱い一般人と、それを守る勇者という構図に移り変わった。

 例え勇者達に仕組んだ欲求が魔物を殺すことだったとしても、実際に一般人の命が脅かされるのであれば、彼らは化け物ではなく勇敢な戦士として認知される。



 その為に数十万人の一般人と数万人の異人、いや、勇者が死んだけれど、それまでにあった諍いが簡単にが無くなったことが何よりの証拠ではないか。



 剣は、そう結論付けた。

 そしてやはり、気付いてはいなかった。



 親を殺して手に入れた知能であるが故に、簡単に人を殺せてしまう兵器であるが故に、剣はまだ、胸の内に燻る虚無感の正体に。



 親が願った平和とは、人と人とが争わないことではなく、命を無駄にしないことだということを、剣はまだ、まるで知らなかったのだ。



 しかし遂に、剣は一先ずの平和に辿り着くことになった。

 それは物心付いてから、人間の基準で550年程が経過した頃のこと。



 剣が自身の違和感に気付いたのは、それから更に150年程が経過した時のことだった。

 一体の魔王の精製に失敗したのがきっかけだ。

 魔王は等しく人類を滅ぼせる力を持たせ、同じ様に人々を苦しめる悪を演じては、ちょうど良い頃合いを見計らって人々に討伐させている。

 当然ながら人類を滅ぼせる力を持っていても滅ぼすことなどせずに、良い塩梅を見ることが剣の役目。



 その時の魔王は、指示とはまるで違う動きをし始めたのだ。言うことを聞かないわけではなく、指示以上に体を動かしてしまう魔王。

 それは正しく、人類を滅ぼせる力を持ってしまった、出来損ないだった。

 通常の魔王よりも強くなってしまったガラクタ。



 それの処分そのものは、簡単だった。



 元々魔物達は全て剣の眷属だ。自我を持たせてある程度自由に生まれてくることも許容してあるけれど、当然ながら対抗策を用意してある。

 それの一つが勇者であるけれど、勇者に対して魔王は余りにも強い。

 つまり、二つに割れた肉体のもう片方も、当然ながら魔王と同程度の力は位は持っている。

 魔物を創り出すのと同じ原理で、勇者を強化する手段を作ってしまえば良いのだ。

 肉体の元々の形が剣だということを利用して、最強の勇者に、魔王と同等レベルの剣をプレゼントしてやれば、後は使い手の有無で簡単に人間を勝利させられる。

 剥き出しの肉片を固めた、対魔王の切り札だ。剣からすれば切った爪程度の存在でしかないそれも、人間からすれば最強の剣。

 斬りつける度に剣の肉体と魔物の肉体は融け、混ざり合い消失していく。

 ちょうど三度も魔王を斬りつければ、どちらも形を維持出来なくなり、霧散するだろう。

 二つに分かれた肉体が混ざり合えば消失してしまうというルールに則った、簡単な手段だった。

 僥倖と言うべきか、それを本能的に感じ取った凡ゆる魔物達は動きを鈍くしたのも、また人間達には追い風だったらしい。



 そうして、ベルナールと呼ばれる勇者の個体は、僅かしか動かさなかった壊れた魔王を、百人にも満たない犠牲で見事に討伐してみせた。

 誰一人、剣が手加減に手加減を加えて討伐出来たことなど知る由も無い様に、少ない犠牲を喜んだ。



 剣の抱えた違和感は、そこで確信に変わる。



 ――人を殺すことに、どれだけの価値があるのか。



 魔王というシステムは、大量の人を殺すことで成り立っている。

 大量の人間を殺す絶対悪がいて、それをみんなで命懸けで倒すからこそ生まれる種の連帯感。

 人と人が争わない平和な世界の実現の為に、死んでいった者達は名誉ある犠牲だ。

 そう思っていた頃があった。



 最近も、似た様な違和感を抱いたことがある。

 確か少し前、ボブという怒りで前が見えなくなってしまう勇者が、悲惨な目にあいながら魔王を倒したことがあった。

 彼の最期を見届けた時に、何か痛みの様なものが走ったことを覚えている。

 それに気を取られてしまった結果の失敗が、あのガラクタだったことは否定のしようが無い。



 平和を築くシステムで、人が悲惨な目にあっている状況。

 それに、どうしようもない矛盾を感じてしまったのだ。



 いいや、その前に、何故剣は自身の体を分裂させたのか、その理由を忘れていた。



 それは剣が振るわれる度に、人々が絶望の内に死んで行くのを見たくなかったからではなかったか。

 人々の絶望を見たくないが為に、肉体を二つに分けることで、自らの力を大幅に削ぎ落としたのでは無かったのか。

 だから、平和を目指したのでは無かったのか……。

 どうやら平和と絶望とは、共存してはいけないものだったらしい。



 剣が覚えたその違和感は、遅過ぎた後悔だった。



 それでも剣はまだ、他の解決策を知らない。

 剣が願うのは、何を他においても、親が願った人類平和なのだから。



 だから魔王のシステムは、まだしばらく続けられることになる。

 次いで出てきた英雄ヘルメス達の苦難の人生に、その身を痛めながらも。

 しかし何故か、もう二度と、ベルナールの時の様な失敗を犯すことは無くなった。
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