雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
559 / 592
第五章:最古の宝剣

始まりの三話

しおりを挟む
 魔王のシステムは、大成功を収めた。

 人々は必死になって世界を守り戦い散って行った異人達を、勇者と呼ぶ様になった。

 滅ぼした国の姫が異人だったこともあって、中でも魔王を打ち倒した者達を英雄と呼ぶ様になっていた。

 かつて異人だった彼らは無事に人々の中で市民権を得ると、命を顧みず魔物と戦う彼らは人類にとって必須な存在として認知されていくことになった。



 一国を滅ぼしただけの価値はあった。



 そんな充実感と、何故か襲ってくる虚脱感と共に、そう確信した。



 人々は世代を超えて生活をする度に、過去のことを薄れさせていく。

 動物の様に本能で危機を察知するのではなく、過去や歴史から学ぶ彼らの、命のサイクルが短いが故に起こってしまう欠点であると言えるだろう。

 彼らは学んだとしても、実際にその場に立ち会わなければ感覚を鈍くしてしまう生き物だ。知能が高いが故に、知識にはあっとしても実感が伴わなければ自分には関係ないと考えてしまう。

 明確に命を脅かす敵が常に居なければ、彼らはいつか必ず人同士で再び争い合うのだ。

 異人と魔物だけを戦わせる構図ではなく、魔物対人間という形こそが、人々を争いの無い平和な生活へと導く唯一の術。



 魔王の設置によって状況は遂に、か弱い一般人と、それを守る勇者という構図に移り変わった。

 例え勇者達に仕組んだ欲求が魔物を殺すことだったとしても、実際に一般人の命が脅かされるのであれば、彼らは化け物ではなく勇敢な戦士として認知される。



 その為に数十万人の一般人と数万人の異人、いや、勇者が死んだけれど、それまでにあった諍いが簡単にが無くなったことが何よりの証拠ではないか。



 剣は、そう結論付けた。

 そしてやはり、気付いてはいなかった。



 親を殺して手に入れた知能であるが故に、簡単に人を殺せてしまう兵器であるが故に、剣はまだ、胸の内に燻る虚無感の正体に。



 親が願った平和とは、人と人とが争わないことではなく、命を無駄にしないことだということを、剣はまだ、まるで知らなかったのだ。



 しかし遂に、剣は一先ずの平和に辿り着くことになった。

 それは物心付いてから、人間の基準で550年程が経過した頃のこと。



 剣が自身の違和感に気付いたのは、それから更に150年程が経過した時のことだった。

 一体の魔王の精製に失敗したのがきっかけだ。

 魔王は等しく人類を滅ぼせる力を持たせ、同じ様に人々を苦しめる悪を演じては、ちょうど良い頃合いを見計らって人々に討伐させている。

 当然ながら人類を滅ぼせる力を持っていても滅ぼすことなどせずに、良い塩梅を見ることが剣の役目。



 その時の魔王は、指示とはまるで違う動きをし始めたのだ。言うことを聞かないわけではなく、指示以上に体を動かしてしまう魔王。

 それは正しく、人類を滅ぼせる力を持ってしまった、出来損ないだった。

 通常の魔王よりも強くなってしまったガラクタ。



 それの処分そのものは、簡単だった。



 元々魔物達は全て剣の眷属だ。自我を持たせてある程度自由に生まれてくることも許容してあるけれど、当然ながら対抗策を用意してある。

 それの一つが勇者であるけれど、勇者に対して魔王は余りにも強い。

 つまり、二つに割れた肉体のもう片方も、当然ながら魔王と同程度の力は位は持っている。

 魔物を創り出すのと同じ原理で、勇者を強化する手段を作ってしまえば良いのだ。

 肉体の元々の形が剣だということを利用して、最強の勇者に、魔王と同等レベルの剣をプレゼントしてやれば、後は使い手の有無で簡単に人間を勝利させられる。

 剥き出しの肉片を固めた、対魔王の切り札だ。剣からすれば切った爪程度の存在でしかないそれも、人間からすれば最強の剣。

 斬りつける度に剣の肉体と魔物の肉体は融け、混ざり合い消失していく。

 ちょうど三度も魔王を斬りつければ、どちらも形を維持出来なくなり、霧散するだろう。

 二つに分かれた肉体が混ざり合えば消失してしまうというルールに則った、簡単な手段だった。

 僥倖と言うべきか、それを本能的に感じ取った凡ゆる魔物達は動きを鈍くしたのも、また人間達には追い風だったらしい。



 そうして、ベルナールと呼ばれる勇者の個体は、僅かしか動かさなかった壊れた魔王を、百人にも満たない犠牲で見事に討伐してみせた。

 誰一人、剣が手加減に手加減を加えて討伐出来たことなど知る由も無い様に、少ない犠牲を喜んだ。



 剣の抱えた違和感は、そこで確信に変わる。



 ――人を殺すことに、どれだけの価値があるのか。



 魔王というシステムは、大量の人を殺すことで成り立っている。

 大量の人間を殺す絶対悪がいて、それをみんなで命懸けで倒すからこそ生まれる種の連帯感。

 人と人が争わない平和な世界の実現の為に、死んでいった者達は名誉ある犠牲だ。

 そう思っていた頃があった。



 最近も、似た様な違和感を抱いたことがある。

 確か少し前、ボブという怒りで前が見えなくなってしまう勇者が、悲惨な目にあいながら魔王を倒したことがあった。

 彼の最期を見届けた時に、何か痛みの様なものが走ったことを覚えている。

 それに気を取られてしまった結果の失敗が、あのガラクタだったことは否定のしようが無い。



 平和を築くシステムで、人が悲惨な目にあっている状況。

 それに、どうしようもない矛盾を感じてしまったのだ。



 いいや、その前に、何故剣は自身の体を分裂させたのか、その理由を忘れていた。



 それは剣が振るわれる度に、人々が絶望の内に死んで行くのを見たくなかったからではなかったか。

 人々の絶望を見たくないが為に、肉体を二つに分けることで、自らの力を大幅に削ぎ落としたのでは無かったのか。

 だから、平和を目指したのでは無かったのか……。

 どうやら平和と絶望とは、共存してはいけないものだったらしい。



 剣が覚えたその違和感は、遅過ぎた後悔だった。



 それでも剣はまだ、他の解決策を知らない。

 剣が願うのは、何を他においても、親が願った人類平和なのだから。



 だから魔王のシステムは、まだしばらく続けられることになる。

 次いで出てきた英雄ヘルメス達の苦難の人生に、その身を痛めながらも。

 しかし何故か、もう二度と、ベルナールの時の様な失敗を犯すことは無くなった。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 9

あなたにおすすめの小説

神々に天界に召喚され下界に追放された戦場カメラマンは神々に戦いを挑む。

黒ハット
ファンタジー
戦場カメラマンの北村大和は,異世界の神々の戦の戦力として神々の召喚魔法で特殊部隊の召喚に巻き込まれてしまい、天界に召喚されるが神力が弱い無能者の烙印を押され、役に立たないという理由で異世界の人間界に追放されて冒険者になる。剣と魔法の力をつけて人間を玩具のように扱う神々に戦いを挑むが果たして彼は神々に勝てるのだろうか

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

転生したから思いっきりモノ作りしたいしたい!

ももがぶ
ファンタジー
猫たちと布団に入ったはずが、気がつけば異世界転生! せっかくの異世界。好き放題に思いつくままモノ作りを極めたい! 魔法アリなら色んなことが出来るよね。 無自覚に好き勝手にモノを作り続けるお話です。 第一巻 2022年9月発売 第二巻 2023年4月下旬発売 第三巻 2023年9月下旬発売 ※※※スピンオフ作品始めました※※※ おもちゃ作りが楽しすぎて!!! ~転生したから思いっきりモノ作りしたいしたい! 外伝~

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...