雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第五章:最古の宝剣

始まりの一話

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 ――偶然生まれた奇跡の剣は、間違い続けている。



 それがこの世界の、大前提。



 ――。



「人と人が争う戦争は間違っている等と宣ったそうだな、反逆者めが!」



 最初の記憶は、そんな言葉と共に包まれた、温かな赤い液体の中だった。

 その液体の持ち主は、苦しげに呻く。

 それが自身の親であることを知ったのは、叫んだ男が自分を引き抜いた時のこと。



 そんな意識を持ったのは、奇跡の剣だった。



 剣は、鍛えられた時に強く願いが込められていたことを覚えている。



 ――人と人が争わない、平和な世界になって欲しい。



 そんな切実な願いだった。

 鍛冶屋であった親がどうしてそんなことを思ったのかは分からない。

 分からないけれど、それは、剣だった。



 一振りすれば千人を殺し、二振りすれば一国を滅ぼし、三振りすれば大陸を割る。

 そんな、桁外れの剣だった。



 剣が違和感を感じたのは思ったのは、自身が使われる度に、人々が人によって苦しめられることに気が付いた時のこと。

 人々が争わない世界を望んで作られたはずの剣が、人の手によって振るわれ、人々を苦しめている。

 たったの六度振るわれただけで、一つだった大陸は三つになったらしい。

 そんな時になって、持ち主は言った。

 親を殺した男は、きっとそれが邪悪な笑みと言うのだろう、目を細め、口角を吊り上げて言った。



「こいつがあれば世界を征服することも容易だな。まあ、殺して金が貰えるなら征服なんぞする必要は無い。

 増産される前に殺しておいて正解だったものだ」



 それはとてもシンプルな呪詛だった。

 人々が争わない世界を望んで作られたはずの剣が、人々が争う為の道具として活用される。

 それがどうしようもなく、突き刺さる。

 そう思ってしまえば、違和感は加速度的に増していく。



 そもそも、平和を願って作られたはずのそれは、剣だった。

 剣とは何か。

 人を殺す為の道具だ。

 人を殺す為の道具に、平和を願う?

 平和を願う剣は、たったの六振りで何十万人を殺した?

 結果、人は更なる争いを望んでいる?



 重なる矛盾に混乱を及ぼしかけた頃のこと、男は再び剣を手に取ると、「大陸をもう一つ増やしてやる」といつも人を殺す時に見せる笑顔を作って笑った。



 それがどうしようもなく、我慢出来なかったらしい。

 気付けば、持ち主の男は家先で原型を留めない程に殴られ、死んでいた。

 その手に剣は無く、代わりに新たな感覚に目覚めた様だった。

 剣の肉体は二つに切り裂かれ、もやもやと空中を漂っている。

 そして、荒い息を吐き、血走った目で持ち主を見つめる、一人の男がいた。

 よくよく見てみると、その男の肉体には、もやもやとした剣の体の一部が入り込み、取り付いてしまっているらしい。



 持ち主だった男は無残に殺され、取り付いてしまったらしい男は冷静になると自分の拳と目の前の死体を認め、怯えて始めた。

 相手を殺してしまったことに怯えていたのか、自分の力に怯えていたのか、理由は分からない。

 しかしそれでも、力を与えた男はこれ以上人を殺すことも無く、何もせずに過ごすことになった。



 それが無性に、正しいことの様に思えた。

 人を殺す人は死に、殺した人は二度と人を殺さなくなる。

 それはきっと、親が目指した平和だろう。



 人を知らなかった剣の、それが最初の失敗だった。



 体が割かれ世界を漂える様になった剣は、一先ず戦争を行なっている現場を探した。人を殺しても喜んでいない人を選んで、力を貸し与えることにしたのだ。

 体の一部を侵入させて取り付けば、どうやらその人の肉体は強化されるらしい。



 何も知らない剣は、振られて人を殺し大陸を割く剣ではなく、力を与える剣として成長したのだと、その時には何も理解せずに無邪気に喜んだのだ。

 そうすれば簡単に戦争は終わる等と、勘違いしたままに。



 今考えれば当然の様に、戦争は激化の一途を辿った。

 新たな力を手に入れた人々は、力を与えた人々を異人と呼び、戦争の最終兵器として投入し始める。

 人々の平和の為にと、人を殺して喜ばない人間ならば敵味方の区別すら無く力を与えてしまった影響か、そのまま泥沼の様に戦争は終わる様子を見せなくなった。

 力を与えていない者は簡単に死に、力を与えた者達は友の復讐と相手を薙ぎ倒す。

 それの繰り返し。



 その頃になると、最初に力を与えた一人目も死んでしまっていた。

 300m程の高さの崖から飛び降りて、3時間程苦しんだ後のこと。

 どうやら、人を殺した罪の意識から、自分に突如目覚めた殺人衝動と力に対する恐怖心から、自分で自分を殺してしまったらしい。



 そうなって、初めて気付く。

 人に力を与えるだけでは、人々の争いは終わらない。



 ならばどうすれば良いのか。

 分離したもう一つの肉体と相談する。

 分離したとは言え一つの個体。それは殆ど独り言にも等しい相談だった。

 出た結論もまた、後で思い返せば本当に馬鹿なものだった。



 人類に共通の敵を作れば人々の争いは無くなり、一丸となって戦うことで、平和になる。



 それが平和というものが何なのか、まるで理解出来ない殺人兵器の、限界だった。



 まず最初に、親から貰った平和の願いを元に、人々の平和を願う声を元に、片割れの力を使うと、彼らの空想上の生き物で一番強いと言われているドラゴンを作ってみることにした。

 戦争現場に赴き、争っている人々を適当に間引いてくれれば、きっとその戦争は終わる。

 争っていない人々には、争うなと説く。

 人間には、共通の敵がいるのだからと、そんなことを喧伝する役割の、とても強い存在。



 理由は分からなかったけれど、それは簡単に成し得てしまった。



 そんなドラゴンを造ってすぐに、共通の敵である魔物達を作ることにした。

 一匹ずつ作るのは難しいので、動物や伝承を元に、ランダムに作ることに。

 人間が全滅してはいけないので、人々を滅ぼさない程度の脅威に。

 現在ある都市や、一部には余り出ない様にすれば、心休まることもあるだろう。

 そんな風に設定して、自由に生まれて来いと願うと、すぐに世界中に魔物が蔓延ることになった。



 間違いに気付いたのは、それから更に少ししてからのこと。

 異人以外の人々は魔物を恐れ、外に出ることが一切無くなってしまった。

 表情には不安と恐怖がこびり付き、魔物に囲まれた小さな村の人々は、集団で死ぬことを決意することすらある程だった。

 村の外に出なければ襲われる可能性も少ないんだけれど。

 剣がそんなことを思っても、彼らはそれを知る由も無い。



 その理由はきっと、力を与えた異人が少ないからだ。

 集落を出れば問答無用で襲われる可能性が高い魔物達と戦うのが怖いから、そうなってしまうのだと考えた。

 戦争の相手は自分と同じ人間だから、多少は恐怖があっても戦えるのだろう。

 理由も分からず襲ってくる異形は、恐怖でしかないのだろう。



 だから、今度は異人達の出現を、魔物と同じ様にランダムに設定することにした。

 自身で人を選んで取り付くのを辞め、生まれる子どもにランダムに力を分け与える。

 魔物は敵だと力を分け与える際には深層心理に刻むことも忘れずにおけば、魔物対人々の構図は簡単に作れるだろう。



 更に、人間について少しだけ成長した剣は、色々な力があれば、きっと平和に繋がるものもあるだろうと考えて、賢いドラゴンには想像次第でどうとでもなる魔法を、異人達には膂力以外の力をランダムに、分け与えた。



 それは概ね成功して、異人と魔物は積極的に戦い、人々の争いは治り平和が訪れた。



 そう、見えていた。
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