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第五章:最古の宝剣
第百五十五話:片割れ語り
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魔物というものは、ある程度自由にランダムに生まれて来る。
それは時に人を襲う野生動物を模倣してみたり、人の怨念に影響を受けてみたり、とりあえず人類の敵として配置されてみたり、そういうものであるらしい。
彼らの親玉である世界の意思も、流石に全てを管理することは難しい。
その為それぞれに知能を与え、それぞれの生活を送らせることにすれば、自然とコミュニティを形成する魔物も出現し始める。
それがオーガ等の群れを成す魔物達。
どれもこれもが基本的に勇者を仇敵と認識する様に設定はしてあれど、時に強く人類の影響を受けた個体は、それ相応の知識を有することもある。
そしてそれが、ドラゴンという種族だった。
世界で初めて生まれた魔物は人々の思いに強く影響を受けた、巨大なドラゴンだ。
全長150mにもなる、途轍もなく大きな緑色の竜。
翡翠竜と呼ばれたそれは、生まれた理由である願いと共に、人と触れ合っていた。
本能的には勇者達を敵と認識し、且つ軽く捻る様な力を持ちながら、人を無闇に襲うことなく、戦争があればその場に飛び立ち仲裁する。
そんな光景が、しばらくの間続いていた。
翡翠竜が世界の意思に支配され、魔王となるまでは……。
――。
超巨大なドラゴンが消失した場所、魔物を管理する世界の意思の片割れは、簡単にそう説明した。
「そう、今回のドラゴンは、貴方達が私の覚醒を望んだからこそ生まれてきた異端児。貴方達が強過ぎるせいで、予想外に強い個体になっちゃったみたいだけれど」
鈍く輝く角を持つ少女は、眠る片割れの隣で語る。
いつもの五歳児の様子とはまるで違う、かと言って、知っている世界の意思の様子とも違う、理知的な女神の様に。
「基本的に魔物達は、付近の勇者達の六割程の力になる様に生まれてくる様になってるの。ある程度自由に生まれる、なんて設定しちゃったせいで上手くいかないことも多いけれど。でも、絶対に倒せない魔物は存在しない。
今回もイレギュラーとは言え、貴方達が揃ってる以上、あの子はここで死んでた。
なんでか分かる?」
少女は問う。
本来ならば憎むべき魔物の親玉。
しかしその少女の表情は慈愛に満ちていた。
それが何者なのかを知らなければ、本当に女神なのかと勘違いしてしまうだろう程に。
これが魔王を操って大量の勇者を殺したなどと言われても、信じる者は殆どいないだろうと確信してしまう程に、英雄達に優しげな表情を向けている。
そんな始まりの片割れの質問に答えたのはエリーだった。
世界の意思の片割れの雰囲気に面食らう英雄達の中、彼女だけはむすっとつまらなそうな顔をしている。
「ええ。始まりの剣が作られた理由も、なんとかして調べたから」
「うん、上手く力を使ってくれてるみたいで安心。やはりあなた達の代に賭けて、正解だったようね」
腕を組み、如何にも不満気といった様子のエリーに、片割れは尚も微笑みで返す。
凡ゆる勇者達の力を借り、自らの力を使い、エリーを筆頭にした英雄達はこの20年間、世界の成り立ちについて調べて来た。
すると、まるで導かれる様に辿り着く、一つの結論があった。
片割れの言葉は、その結論が正解だったことを示している。
それを聞いて、エリーは益々むすっとした様子で片割れを見下ろした。
「一つだけ質問がある」
「なあに?」
エリーの様子にも、やはり片割れは動じる様子はない。
恐らくエリーの思考も分かっているのだろう。
今まで、未来を見通すにも近しい力を見せつけて来た世界の意思だ。
動じないのも想定内。
互いに心の中で勝負しているかの様に、その会話はゆっくりと進んで行く。
「何故、師匠じゃ駄目だったの?」
何故、師匠を殺したの?
何故、師匠を苦しめる呪いをかけたの?
何故、サニィまで巻き添えにしたの?
そんな全てを集約して、出て来た質問。
理由は大体分かっている。
しかし分かっているからと言って、納得出来るものではない。
その言い訳を、エリーは相手の口から聞きたいと思った。
それで何かが解決する訳ではないと知りながらも、聞かなければ済まなかった。
英雄レインは、エリーにとっては唯一の英雄だ。
全ての敵を打ち倒し、聖女サニィと共に人々を100年に渡って苦しめた呪いを解き、二度も単独で魔王を倒した英雄。
そして世界を裏切った魔王。
世界ではそんなことを言われているけれど、エリーにとってはまるで違う存在だった。
英雄レインは、自分と母を救ってくれた英雄だ。
エリー達の村を襲った盗賊達から二人を救い出し、世界を見せてくれた英雄。
戦い方を教わり、大切な母を守る術を教えてくれた英雄。
実の娘の様に、優しく接してくれた英雄。
ずっと知らなかった、母を苦しめていた呪いを、解いてくれた英雄だった。
エリーにとっては、そんな父にも等しい人物が、目の前の存在に殺されたのだから。
内に秘めるエリーの激しい激情に、片割れは静かに答えた。
「……そうね。あの剣は、私にとっても想定外。完全なる異物だった。本来は、あの剣さえ生まれなければ、彼が依代だったのだけれど」
聞きたい答えじゃない。
「それは方便だよね。本当は嫉妬」
片割れの答えが事実であることは分かっている。
それでも、エリーにとっては納得出来る答えではないことも、また確かだった。
片割れの思いが、エリーにもまた伝わっていたからだ。
「…………両方。両方ね」
そして片割れは、それを認める。
嫉妬を抱いた理由も、エリーは分かっていた。
陰陽のマナが一つの肉体と意思の中で仲良く共存する。
それは、一度分かれてしまった片割れには、決して不可能なことだったから。
二つのマナは混ざり合えば、消滅してしまう。
一度分かれてしまった以上、そのルールだけは、どうあっても変えられないものだった。
月光の力によってそれを成し得てしまったレインは正にイレギュラーで、嫉妬の対象だっただろう。
例え始まりの剣の目的が陰陽の共存では無いにしろ。自分の一部を使って、本来不可能なことを可能にしてしまった存在は、それだけで。
「確かに嫉妬で殺してしまったという面もあるわ。でも、彼が居ると、あれから数年で無条件で魔物の脅威は無くなってしまっていた。いや、彼女の存在が、そうさせてしまったのかしら」
レインが通った道に魔物は残らない。
サニィと出会って以来、レインはそれを徹底して来ていた。
オーガに町を滅ぼされ、自らもまた食べられ尽くしていた少女、サニィを安心させる為に。
「彼女みたいな力が生まれることは、月光が生まれる前から分かっていた。ほぼランダムとは言え、私達が設定したのだからね。
予想外なのは、月光が関わったことで起こってしまったことね。彼と彼女が出会うことは、予想外だった。彼女は本来なら自分の力には気付くこともなく、優秀な魔法使いとして一生を終えていたはずだったのに。
私達は魔王以外は動かせない。
魔王を出現させると、多くの魔物が活性化してしまう。
だから、下手に魔王を出すことも出来ない。
彼に大人しくして貰うには、殺すしか無かったのよ。
そして、彼が人間側にいた以上、魔物は存在の余地を無くしていた。
彼が魔物側だったのなら、人間は絶滅していた。
それは事実」
全能に思えても出来ることには限りがある。
いくらでも失敗して来ている。
下手に予測出来てしまうが故に、失敗した時の事故は大きなものになってしまう。
そもそも、世界の意思は世界の意思などではない。
それは歪な意志だった。
エリーを含めた英雄達は、それを知っている。
「……そっか。許さないことには変わらないけど。
そういう面でクラウスは、上手くいったんだ」
エリーはまだ不満気ながら、一応の納得を見せた。
心を読み取る力はこんな時には不便極まりない。
相手の苦しみが分かってしまうが故に、感情的に怒ることすらままならない。
そもそも相手に与えられた力でそれの心を読んだところで、それが本心かは分からない。
それでも、どうしてもエリーから見て片割れは、苦しまずにはいられないように見えてしまった。
あちらもそんなエリーの葛藤が分かったのだろう、少しおどけたように言い放つ。
「ええ。あなたの予想通り、月光はあくまで彼の為の剣だった。
そういう面では、クラウスが生き延びたのは私達の策略のおかげってことにもなるわ」
「相変わらず、性格は悪いんだね。自分でやった癖に」
女神の様に見えるのは雰囲気だけで、やはり心の中は腐っている。
どうしても、エリーはそう納得したがってしまう。
すると今度は苦笑いをしながら、片割れはおずおずと言った。
「……苦肉の策だったのよ。……人を殺すことを、使命にしてきたものだから」
「なるほどね。でも、同情はしない」
「それで良いわ。この体がマナなんて人格を手に入れた以上、私はもう用済みだもの。もう、魔王が生まれることも無いから安心して」
世界の意思が操っている以上、それが肉体に意識を移動させて現れれば魔王は存在し得ない。
実際にはきっと世界中に蔓延るマナにその意識は残っているのだろうけれど、消えると宣言した以上はこの鬱陶しい意思はもう絡んでくることは無いのだろう。
なんと言ってもこの、世界の意思とやらの今の目的は…………。
その前に、エリーはどうしても言っておきたいことがあった。
「私は、師匠を魔王にしたことも、許してないからね」
「でも、そのおかげで、出来ることがあるのでしょう?」
「……私はあんた嫌い」
「あら、私は人間が好きよ」
さっきも感情を読んでしまったせいで納得してしまった。結局口では勝てないのが、また嫌いだとエリーは思う。
「早く消えて。マナの方ならイライラしないから」
あの無垢な少女なら、なんだか孫を見ている様で悪くない。
造形からすればオリヴィア似なのが少しだけ気になっているけれど、それはきっとクラウスの趣味が反映された結果なのだと思えば、当然と思える。
何せ血の繋がらない親子だ。あのオリヴィアの美貌を見ていれば、そういうこともあるだろう。
何せ出会ったのは、サラとくっつく前の話だと言うのだから、マザコン絶世期の頃だ。
その、義姉と言っても良いオリヴィアの面影が多少ある少女が今はこんなに性格が悪いのが、またイライラするのだけれど。
隠すつもりも無いエリーの心が片割れに伝わったのか、呆れた様に「はいはい」と聞き流すと、真剣な顔をして言った。
「でも、一つだけ言っておくわ。クラウスと…………人間を、よろしくね」
それがどういう意味かは、分かっている。
「言われなくても分かってる」
「分かってないから言ってるの。放り投げる私が言うことでは無いのだろうけれど、本当に不可能なのよ?」
何故なら殆ど万能に近い自分が、出来なかったのだから。
そういう態度も、やはりエリーにとっては鬱陶しい。
「あ、質問」
「なあに?」
「あんたってオカマなの? 元は一つなんでしょ? 師匠の話だともっと仰々しい話し方だって聞いたし」
「……何を言うかと思えば…………。クラウスが男だったのだから私は女になる。逆なら男だった。役割の違いが生き物に置き換えた時に性別の違いになった。それだけのことでしょう?」
「ふーん。興味ないや」
「…………。それじゃあね。もう二度と会わないことを願ってるわ」
我ながら子どもの癇癪の様だ。
そんなことを思いながらも、片割れの言っている言葉の意味がちゃんと分かってしまう辺り、大人になったのかもしれない。
そんなことを考えながらエリーは、最後まで腕を組んだまま片割れを見下ろし続けた。
片割れはゆっくりとクラウスの胸へと頬を擦り付けると、そのまま寝息を立て始める。
エリーと片割れの会話に、英雄達は最初から最後まで、一言も口を挟まなかった。
それが、世界の行く末を決める一人の英雄と、これまで世界を動かしてきた世界の意思の、最初で最後の意思疎通。
――。
「え、と、殆ど分からなかったんですけど……」
静まり返った現場で、最初にそんな口を開いたのは、サラだった。
世界の事情を大抵把握しているサラでも、知らないことは多い。
クラウスが始まりの剣であること、勇者に対して食欲を持っていること、マナがその対の存在であること、この先に起こるだろうことは知っていても、過去のことについて知っていることは限られている。
周囲を見渡すと、同じ様にエリスとカーリーは先程のやり取りをよく分かっていない様子だった。
世界の意思と言えば、人類の大敵だ。
それがクラウスに宿っているのだから、クラウスは勇者を襲ってしまうのかもしれない。
単純に、そんなことを考えていた。
しかし先程の会話を聞くと、そう捉えるのはどう考えても無理がある様に思えてしまう。
なら、クラウスやサラが勇者や魔物に食欲を持つ理由はなんなのだろうか。
人間をよろしくとは、どういう意味なのだろうか。
そんな不安そうな表情に変わったサラを見て、英雄達は顔を見合わせて、頷き合った。
そしてゆっくりと、勇者と魔物の歴史は言葉として紡がれる。
「この世界にはね、奇跡が起こる余地があったんだよ」
それは時に人を襲う野生動物を模倣してみたり、人の怨念に影響を受けてみたり、とりあえず人類の敵として配置されてみたり、そういうものであるらしい。
彼らの親玉である世界の意思も、流石に全てを管理することは難しい。
その為それぞれに知能を与え、それぞれの生活を送らせることにすれば、自然とコミュニティを形成する魔物も出現し始める。
それがオーガ等の群れを成す魔物達。
どれもこれもが基本的に勇者を仇敵と認識する様に設定はしてあれど、時に強く人類の影響を受けた個体は、それ相応の知識を有することもある。
そしてそれが、ドラゴンという種族だった。
世界で初めて生まれた魔物は人々の思いに強く影響を受けた、巨大なドラゴンだ。
全長150mにもなる、途轍もなく大きな緑色の竜。
翡翠竜と呼ばれたそれは、生まれた理由である願いと共に、人と触れ合っていた。
本能的には勇者達を敵と認識し、且つ軽く捻る様な力を持ちながら、人を無闇に襲うことなく、戦争があればその場に飛び立ち仲裁する。
そんな光景が、しばらくの間続いていた。
翡翠竜が世界の意思に支配され、魔王となるまでは……。
――。
超巨大なドラゴンが消失した場所、魔物を管理する世界の意思の片割れは、簡単にそう説明した。
「そう、今回のドラゴンは、貴方達が私の覚醒を望んだからこそ生まれてきた異端児。貴方達が強過ぎるせいで、予想外に強い個体になっちゃったみたいだけれど」
鈍く輝く角を持つ少女は、眠る片割れの隣で語る。
いつもの五歳児の様子とはまるで違う、かと言って、知っている世界の意思の様子とも違う、理知的な女神の様に。
「基本的に魔物達は、付近の勇者達の六割程の力になる様に生まれてくる様になってるの。ある程度自由に生まれる、なんて設定しちゃったせいで上手くいかないことも多いけれど。でも、絶対に倒せない魔物は存在しない。
今回もイレギュラーとは言え、貴方達が揃ってる以上、あの子はここで死んでた。
なんでか分かる?」
少女は問う。
本来ならば憎むべき魔物の親玉。
しかしその少女の表情は慈愛に満ちていた。
それが何者なのかを知らなければ、本当に女神なのかと勘違いしてしまうだろう程に。
これが魔王を操って大量の勇者を殺したなどと言われても、信じる者は殆どいないだろうと確信してしまう程に、英雄達に優しげな表情を向けている。
そんな始まりの片割れの質問に答えたのはエリーだった。
世界の意思の片割れの雰囲気に面食らう英雄達の中、彼女だけはむすっとつまらなそうな顔をしている。
「ええ。始まりの剣が作られた理由も、なんとかして調べたから」
「うん、上手く力を使ってくれてるみたいで安心。やはりあなた達の代に賭けて、正解だったようね」
腕を組み、如何にも不満気といった様子のエリーに、片割れは尚も微笑みで返す。
凡ゆる勇者達の力を借り、自らの力を使い、エリーを筆頭にした英雄達はこの20年間、世界の成り立ちについて調べて来た。
すると、まるで導かれる様に辿り着く、一つの結論があった。
片割れの言葉は、その結論が正解だったことを示している。
それを聞いて、エリーは益々むすっとした様子で片割れを見下ろした。
「一つだけ質問がある」
「なあに?」
エリーの様子にも、やはり片割れは動じる様子はない。
恐らくエリーの思考も分かっているのだろう。
今まで、未来を見通すにも近しい力を見せつけて来た世界の意思だ。
動じないのも想定内。
互いに心の中で勝負しているかの様に、その会話はゆっくりと進んで行く。
「何故、師匠じゃ駄目だったの?」
何故、師匠を殺したの?
何故、師匠を苦しめる呪いをかけたの?
何故、サニィまで巻き添えにしたの?
そんな全てを集約して、出て来た質問。
理由は大体分かっている。
しかし分かっているからと言って、納得出来るものではない。
その言い訳を、エリーは相手の口から聞きたいと思った。
それで何かが解決する訳ではないと知りながらも、聞かなければ済まなかった。
英雄レインは、エリーにとっては唯一の英雄だ。
全ての敵を打ち倒し、聖女サニィと共に人々を100年に渡って苦しめた呪いを解き、二度も単独で魔王を倒した英雄。
そして世界を裏切った魔王。
世界ではそんなことを言われているけれど、エリーにとってはまるで違う存在だった。
英雄レインは、自分と母を救ってくれた英雄だ。
エリー達の村を襲った盗賊達から二人を救い出し、世界を見せてくれた英雄。
戦い方を教わり、大切な母を守る術を教えてくれた英雄。
実の娘の様に、優しく接してくれた英雄。
ずっと知らなかった、母を苦しめていた呪いを、解いてくれた英雄だった。
エリーにとっては、そんな父にも等しい人物が、目の前の存在に殺されたのだから。
内に秘めるエリーの激しい激情に、片割れは静かに答えた。
「……そうね。あの剣は、私にとっても想定外。完全なる異物だった。本来は、あの剣さえ生まれなければ、彼が依代だったのだけれど」
聞きたい答えじゃない。
「それは方便だよね。本当は嫉妬」
片割れの答えが事実であることは分かっている。
それでも、エリーにとっては納得出来る答えではないことも、また確かだった。
片割れの思いが、エリーにもまた伝わっていたからだ。
「…………両方。両方ね」
そして片割れは、それを認める。
嫉妬を抱いた理由も、エリーは分かっていた。
陰陽のマナが一つの肉体と意思の中で仲良く共存する。
それは、一度分かれてしまった片割れには、決して不可能なことだったから。
二つのマナは混ざり合えば、消滅してしまう。
一度分かれてしまった以上、そのルールだけは、どうあっても変えられないものだった。
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例え始まりの剣の目的が陰陽の共存では無いにしろ。自分の一部を使って、本来不可能なことを可能にしてしまった存在は、それだけで。
「確かに嫉妬で殺してしまったという面もあるわ。でも、彼が居ると、あれから数年で無条件で魔物の脅威は無くなってしまっていた。いや、彼女の存在が、そうさせてしまったのかしら」
レインが通った道に魔物は残らない。
サニィと出会って以来、レインはそれを徹底して来ていた。
オーガに町を滅ぼされ、自らもまた食べられ尽くしていた少女、サニィを安心させる為に。
「彼女みたいな力が生まれることは、月光が生まれる前から分かっていた。ほぼランダムとは言え、私達が設定したのだからね。
予想外なのは、月光が関わったことで起こってしまったことね。彼と彼女が出会うことは、予想外だった。彼女は本来なら自分の力には気付くこともなく、優秀な魔法使いとして一生を終えていたはずだったのに。
私達は魔王以外は動かせない。
魔王を出現させると、多くの魔物が活性化してしまう。
だから、下手に魔王を出すことも出来ない。
彼に大人しくして貰うには、殺すしか無かったのよ。
そして、彼が人間側にいた以上、魔物は存在の余地を無くしていた。
彼が魔物側だったのなら、人間は絶滅していた。
それは事実」
全能に思えても出来ることには限りがある。
いくらでも失敗して来ている。
下手に予測出来てしまうが故に、失敗した時の事故は大きなものになってしまう。
そもそも、世界の意思は世界の意思などではない。
それは歪な意志だった。
エリーを含めた英雄達は、それを知っている。
「……そっか。許さないことには変わらないけど。
そういう面でクラウスは、上手くいったんだ」
エリーはまだ不満気ながら、一応の納得を見せた。
心を読み取る力はこんな時には不便極まりない。
相手の苦しみが分かってしまうが故に、感情的に怒ることすらままならない。
そもそも相手に与えられた力でそれの心を読んだところで、それが本心かは分からない。
それでも、どうしてもエリーから見て片割れは、苦しまずにはいられないように見えてしまった。
あちらもそんなエリーの葛藤が分かったのだろう、少しおどけたように言い放つ。
「ええ。あなたの予想通り、月光はあくまで彼の為の剣だった。
そういう面では、クラウスが生き延びたのは私達の策略のおかげってことにもなるわ」
「相変わらず、性格は悪いんだね。自分でやった癖に」
女神の様に見えるのは雰囲気だけで、やはり心の中は腐っている。
どうしても、エリーはそう納得したがってしまう。
すると今度は苦笑いをしながら、片割れはおずおずと言った。
「……苦肉の策だったのよ。……人を殺すことを、使命にしてきたものだから」
「なるほどね。でも、同情はしない」
「それで良いわ。この体がマナなんて人格を手に入れた以上、私はもう用済みだもの。もう、魔王が生まれることも無いから安心して」
世界の意思が操っている以上、それが肉体に意識を移動させて現れれば魔王は存在し得ない。
実際にはきっと世界中に蔓延るマナにその意識は残っているのだろうけれど、消えると宣言した以上はこの鬱陶しい意思はもう絡んでくることは無いのだろう。
なんと言ってもこの、世界の意思とやらの今の目的は…………。
その前に、エリーはどうしても言っておきたいことがあった。
「私は、師匠を魔王にしたことも、許してないからね」
「でも、そのおかげで、出来ることがあるのでしょう?」
「……私はあんた嫌い」
「あら、私は人間が好きよ」
さっきも感情を読んでしまったせいで納得してしまった。結局口では勝てないのが、また嫌いだとエリーは思う。
「早く消えて。マナの方ならイライラしないから」
あの無垢な少女なら、なんだか孫を見ている様で悪くない。
造形からすればオリヴィア似なのが少しだけ気になっているけれど、それはきっとクラウスの趣味が反映された結果なのだと思えば、当然と思える。
何せ血の繋がらない親子だ。あのオリヴィアの美貌を見ていれば、そういうこともあるだろう。
何せ出会ったのは、サラとくっつく前の話だと言うのだから、マザコン絶世期の頃だ。
その、義姉と言っても良いオリヴィアの面影が多少ある少女が今はこんなに性格が悪いのが、またイライラするのだけれど。
隠すつもりも無いエリーの心が片割れに伝わったのか、呆れた様に「はいはい」と聞き流すと、真剣な顔をして言った。
「でも、一つだけ言っておくわ。クラウスと…………人間を、よろしくね」
それがどういう意味かは、分かっている。
「言われなくても分かってる」
「分かってないから言ってるの。放り投げる私が言うことでは無いのだろうけれど、本当に不可能なのよ?」
何故なら殆ど万能に近い自分が、出来なかったのだから。
そういう態度も、やはりエリーにとっては鬱陶しい。
「あ、質問」
「なあに?」
「あんたってオカマなの? 元は一つなんでしょ? 師匠の話だともっと仰々しい話し方だって聞いたし」
「……何を言うかと思えば…………。クラウスが男だったのだから私は女になる。逆なら男だった。役割の違いが生き物に置き換えた時に性別の違いになった。それだけのことでしょう?」
「ふーん。興味ないや」
「…………。それじゃあね。もう二度と会わないことを願ってるわ」
我ながら子どもの癇癪の様だ。
そんなことを思いながらも、片割れの言っている言葉の意味がちゃんと分かってしまう辺り、大人になったのかもしれない。
そんなことを考えながらエリーは、最後まで腕を組んだまま片割れを見下ろし続けた。
片割れはゆっくりとクラウスの胸へと頬を擦り付けると、そのまま寝息を立て始める。
エリーと片割れの会話に、英雄達は最初から最後まで、一言も口を挟まなかった。
それが、世界の行く末を決める一人の英雄と、これまで世界を動かしてきた世界の意思の、最初で最後の意思疎通。
――。
「え、と、殆ど分からなかったんですけど……」
静まり返った現場で、最初にそんな口を開いたのは、サラだった。
世界の事情を大抵把握しているサラでも、知らないことは多い。
クラウスが始まりの剣であること、勇者に対して食欲を持っていること、マナがその対の存在であること、この先に起こるだろうことは知っていても、過去のことについて知っていることは限られている。
周囲を見渡すと、同じ様にエリスとカーリーは先程のやり取りをよく分かっていない様子だった。
世界の意思と言えば、人類の大敵だ。
それがクラウスに宿っているのだから、クラウスは勇者を襲ってしまうのかもしれない。
単純に、そんなことを考えていた。
しかし先程の会話を聞くと、そう捉えるのはどう考えても無理がある様に思えてしまう。
なら、クラウスやサラが勇者や魔物に食欲を持つ理由はなんなのだろうか。
人間をよろしくとは、どういう意味なのだろうか。
そんな不安そうな表情に変わったサラを見て、英雄達は顔を見合わせて、頷き合った。
そしてゆっくりと、勇者と魔物の歴史は言葉として紡がれる。
「この世界にはね、奇跡が起こる余地があったんだよ」
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