雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第五章:最古の宝剣

第百五十一話:最後に見るのは

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 手にしていた剣が真っ二つに割れ、地面に叩きつけられたクラウスを見ていた英雄達の心境は複雑だった。

 120mのドラゴンともなれば、その大きさだけで圧倒的な強さを誇ることは分かっていた。

 大きくなる程に分厚くなる鱗、圧倒的な質量に、それに比例した膂力。

 レインの加護を受けた英雄達であっても、安全に倒すには全員が集まる必要があると考えられるその巨竜に、たった一人で挑まされたクラウスに、同情もあった。

 それと同時に、軽い失望も。

 あのレインの、サニィの遺伝子を継ぐ子どもが、まるで手も足も出ないという現状。無理もないと分かりながらも、加護一つでここまでの差が出てしまうのかと、溜息を吐きたくなる。

 クラウスの強さは現状90mのドラゴンを超える程度。レインの加護が無い彼の強さは、魔物を相手にする場合、それ以上でも以下でもなかった。



 だから負けるのは当然だ。



 それを理解してはいても、やはり親の力を思い出してしまう。

 相手が例えどんな存在であっても、決して負けることが無いのが父レインだった。120mのドラゴンに何もさせず、消し去ってしまうのが母サニィだった。

 そして勝てるわけもないデーモン2体に、ただの人の身体能力で勝ってしまったのが、産みの親オリヴィアだった。



 そんな奇跡は息子のクラウスには、遂に起こらなかった。



 ただただ順当に振り回され、叩きつけられ、武器を破壊され、踏み付けられる。

 肉体的にはその程度では死なないだろうけれど、完全なる敗北が、史上最強の英雄の息子には、訪れようとしていた。

 それは、クラウスにはレインの加護がかかってはいないことを、明確に示していた。



「待って、出ないで」



 クラウスの負けを確認して、動こうとした全ての英雄達を止めたのは、エリーの一言だった。

 予想していなかった言葉に、イリスの力を通じて指示を聞いていたサラまでもが一様にエリーの方を向く。



 事前の作戦では、クラウスだけで勝てるならそれで良し、負けた場合は全員で速やかな討伐とされていた。



 全員が動こうとした時に停止がかかったのだから、意図を予測するのに一瞬の間が出来る。

 大丈夫、ドラゴンの意識はまだ、クラウスに向いたままだと思いながらも。



 マナはその一瞬の隙に、サラの腕をすり抜け、クラウスの方へと走り始めていた。



「皆動かないで!」



 再度、そんな声が聞こえてくる。

 その声で止まることを、既にマナの異変に気付いて追いかけ始めてしまっていた、サラだけができなかった。



「マナ、サラ、来るな!!」



 一瞬持ち上がったドラゴンの腕の下から、そんな声が聞こえた。



 ――。



 ほっとしていた。



 剣を折られ脚の下敷きになってしまったクラウスは、叫ぶほどの元気があった。

 目の前のマナには何とか追いついたし、後ろには英雄達が待機している。

 後はぱっと聖女の森を出して、イリスさんのところまで短距離転移で戻るだけ。

 エリーさんが待てという指示を出したことからもクラウスは無事だということが分かるし、英雄達が勢揃いしている今、ドラゴンは確実に倒せるんだ。



 そんな風に、楽観的にも、ほっとしていた。



 追いかけて捕まえた小さなからだと背後の安心感、少し先の地面にいるクラウスのことばかりを考えて、とても肝心なことを忘れていた。

 ドラゴンがいる、なんてことは分かっていたはずなのに、何故かそれが全然、視界に入ってこなかった。



 無敵の英雄達を信用しすぎて怠惰になっていたから?

 クラウスが負ける所を見て動揺していたから?

 突然走り出したマナを追いかけないといけないっていう使命感に我を忘れていたから?



 理由はなんであれ、私はその時、全く気付いていなかった。



 ドラゴンの標的が、既に広場に飛び出してしまった、私達になっていることに。

 いつのまにか目の前に、壁の様な真っ白の手が、すごい速さで迫っていることに。

 それに対処する術など、今の自分には存在しないことに。

 自分の死が、確実に迫っていることに。



 死の間際、世界がスローに見える、なんてことをたまに聞く。

 脳が生き残る為の方法を、全力で考えようとした結果だそう。

 それは実際に私の時にもやってきて、目の前の手は高速だと分かりながらも、とてもゆっくり近付いて来ている様に見えた。



 私は何を思ったか、遠視の魔法で少し離れた森の中にいる、英雄達のことを見ていた。

 急いで逃げれば良いのに、そんなこともせずに、大切な家族の顔を、見ようとしていた。



 オリヴィアさんがアリエルさんに押さえられながら、握りしめた手と唇から血を流してもがいている。

 ああ、死ぬのはクラウスじゃなくて私なのに、本当に優しい人だ、お義母さん。なんて思ってしまう。



 逆にエリーさんは心配そうな顔をしながらも、一切動かずに佇んでいた。何かの確信があるのか、歯を食いしばりながら耐えている様にも見える。



 意外だったのは、両親だった。

 今にも泣きそうな顔をしながら飛び出す寸前だったママを、冷静な顔のパパが抑えて飛び出そうとしていた。

 いつもなら積極的にパパが飛び出そうとしてママが抑える役割をしてたと思うんだけど、極限状態では別らしい。



 そう言えば、昔盗賊団に誘拐された時も、一番怒ってたのはママだったから、パパは冷静になれたと聞いたことがある気がする。



 ああ、やっぱり皆良い人だな。



 そんなことをしみじみと思った時には、もうドラゴンの手は2m程にまで近付いていた。

 そこまで来て、不意に恐怖が湧き上がる。

 目の前の白色は、瞬きする間もなく私達に到達して、アリでも潰すかの様にぺちゃんこにしてしまう。



 ほんの、一瞬先には、私は死ぬ。



 それでも極限の中にいるからだろうか。

 ふと、腕の中に柔らかくて暖かいものがあることに気付く。

 私はそれを、震える腕で強く、抱きしめた。



 その柔らかなものがクラウスの半身であることを、深く感じながら。



 ――。



 ――魔王出現の報告を受けた翌日、目が覚めて枕元を見ると、見慣れぬ剣が置かれていた。

 輝く剣身はとても美しく、手に待てばどんな魔物でも一太刀で斬りふせることも容易に思えた。

 これがあれば、魔王を倒せる。

 そう確信するのに、それほど長い時間はかからなかった。



 一体これは、何処からやってきた剣なのだろうか。



             『英雄ベルナールの日誌』より



 ――。



 ばくんっ。



 瞳を閉じた私の体を襲ったのは、そんな間抜けな音と、立っていられない程の強風だった。
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