雨の世界の終わりまで

七つ目の子

文字の大きさ
上 下
520 / 592
第四章:三人の旅

第百二十話:家族の力

しおりを挟む
「では改めて、私は先の魔王戦で殿の役目を果たした英雄、【魔女ナディア】です」



 広いリビングに通され、これまた巨大なソファへと案内されると、エプロンを脱ぎながらその対面に車椅子で移動したナディアは姿勢を正し、そう挨拶した。

 その様子は何処か気品に溢れていて、この豪邸に住むのに相応しい淑女に見える。

 しかしそれも、一瞬のことだった。



「というのが一応外用の挨拶でして。でもあなた達は身内も同然。堅苦しいのは抜きにしましょう」



 脱いだエプロンを再び着けながら、ナディアの雰囲気は途端に柔らかくなる。

 それもまた聞いていた【魔女】のイメージとは随分と違っている気もするけれど、何処か心地良い態度にクラウスも緊張がほぐれていくのを感じる。



「僕は英雄オリヴィアの息子クラウスです。隣の子がマナ。ほら、挨拶は?」



 クラウスとサラの間に座ったマナは逆に少し緊張している様で、諭されてクラウスを凝視した後、恐る恐るナディアを見ると言う。



「まな。さらのこ」



 その言葉に、サラはぶっと吹き出した。



「あっはっは。ナディアさん。この子が私の娘のマナなんですよ。もうパパは嫌いって年になっちゃったみたいで」



 自分の膝をべしべしと叩きながらサラは興奮気味に言うと、マナは「くらうすはくらうすだから」とサラの袖を引っ張り始める。

 そのやり取りを見てか、ナディアもまたくすりと笑う。



「ふふ、良い関係みたいですねサラ。さて、今日はまだしばらくサンダルは帰って来ないと思うんですが、うちにももう一人いるので紹介しましょう」



 クラウスがマナにパパと呼ばれなかったことにショックを受けていることなど気にも留めず、ナディアは広い廊下に向かって「タラリア」と短く呼んだ。

 最初から気付いてはいたものの、こそこそと隠れている様子と、ナディアがそれを気にしていない様子からそうだとは思っていたものの聞かなかった人影が、ひょっこりと顔を出す。

 その人影は、黒髪色白の美少女だった。



「……あ、あの、サンダルと、ナディアの娘の、タラ……リアです」



 未だに壁から顔半分だけを覗かせたままの状態で、少女はそう名乗る。

 それは世界一の美少女、と言われてイメージしていた様子とは随分と違う様子だ。

 美しい女性は基本的に自信を持っている。

 それがクラウスの持論だった。

 それは母を見ても明らかだったし、少なくともウアカリのクーリア、イリス姉妹は二人とも英雄らしく振舞っている。

 それは平均を考えれば上の方にいるエレナとサラ親子もそう。

 エリー叔母さんだけは今一思い出せないが、アリエルちゃんも自信有り気に胸を張っているのが印象的。



 そんな中で、顔半分しか見えないにも関わらず母オリーブに並ぶレベルの造形に見える少女は、自信なさげに隠れてしまっていた。

 その視線は曖昧にクラウスに向いていて、どうやら男に抵抗があるのか、もしくは人見知りなのか。

 どちらにせよ、隠れてしまっているのがもったいなく感じる様な美少女だった。



 ナディアは微笑みながら娘を見守ることに決めた様で、名前を呼んで以降は何も言わない。

 クラウスもまた、引いた場所から見ている美少女に声をかける術など、当然の様に持ってはいなかった。

 そんな時に活躍するのが、最も図太い英雄の娘だ。



「リアちゃん、クラウスは見た目こんなだけどそんなに怖くないからおいでー」



 タラリアとサラは何度か会っていて、声をかけるのもお手のもの。

 そんな風に気軽に手招きをすれば、顔を半分しか出していなかったタラリアは一瞬考える様にした後、とととっと小走りに母ナディアの後ろへと回った。



「ほらクラウス、タラリアちゃんは照れ屋さんだから、怖がらせちゃだめだよ」



 途端にそうお姉さんぶるサラに、「いや……僕もちょうど困ってたんだ……」と返せば流石にサラも苦笑いを隠せない。



「うちのマナも人見知りだから、リアちゃんとは仲良くなれるかもね」



 タラリアに注目が行ってからはずっと黙っていたマナを抱えながらサラが言うと、タラリアの視線はゆっくりとマナの方へと動いていく。

 その表情がクラウスを見ていた時の固まった表情から柔らかく崩れるまで、それほど時間はかからなかった。

 マナも同様に、表情を崩しながらも母の背後から動かないタラリアを見て、ゆっくりと警戒を解いていっている様子。



 世界一の美少女と言われるタラリアと、人形の様な愛らしさのマナの出会いはそんな風に、とにかく無言のまま終わりを告げた。

 ただ、その無言は互いにそれほど悪い心地では無かったらしく、距離感さえ掴めばすぐに仲良くなれそうな、そんな予感を感じさせるものだった。



 その後少しの会話を挟んだ後、クラウス達は部屋へと案内された。

 もうカップルなんだから一部屋で良いだろうと言われ緊張しながら部屋に入ると、そこは30畳程の大部屋で、ある意味良かったと思ったり、マナがいるにも関わらず残念な感じがしたのはここでは置いておくとしよう。



 ……。



「ねえお母さん、悪鬼クラウスって、お母さん達が言ってた感じと全然違うね」

「ああ、惚れましたか」

「ちょっ、ちがうもん! 確かになんか顔は好みだったけど、ちがうもん!」

「ふふ、別に良いじゃないですか。私はあの子の父が好きで、サンダルはあの子の母が好きだったんだから、子どものあなたがあの子を好きになるのだって全然おかしくないですよ」

「だからちがうって!」



 三人が部屋に行った後、母娘はこんな会話をしていたのも、また置いておくとして。



「あの人がほんとに世界を滅ぼす可能性があるの?」

「ええ、あの子は正真正銘、始まりの剣。私の力で見たところ、今の強さは既に90mのドラゴンに匹敵します。私やサンダルよりも、大分上ですよ」

「……大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。今ならまだ私だけでも一週間程度なら足止めは出来ますし、もっと後になったとしても、きっと……」



 ナディアは確信を持っていた。

 この世界で誰よりもそれに気付くのが早かった人物だから。

 かつてナディアが抱いた感覚を元に考えられたルールは、きっといつか来るその時の為のもの。

 ナディアは誰よりも、そう確信している。



「家族の力って、凄く強いんですよ。タラリア」



 そんな母の言葉は、一般人として生まれたタラリアに、深く染み渡っていた。

 他人に陰口を言われた過去があったとしても、母がウアカリを出たのは自分の為だと、今でもしっかりと分かっているから。

 それはウアカリの呪いだけが理由では無いと、今なら分かるのだから。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 9

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

処理中です...