雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第四章:三人の旅

第百十九話:車椅子の魔女

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 ナディアという英雄は、どこかとても懐かしい雰囲気のする女性だった。



 夕方時、事前に連絡はしたと言うサラに従ってサンダル邸に辿り着くと、出てきたのは車椅子に乗っている褐色の女性。

 一般的に聞いているウアカリの中では小柄な方で、座っている為に正確には分からないものの身長は170cm程だろうか。

 ウアカリらしく褐色の肌と黒い髪、そして長年脚を動かせていないにも関わらずスタイルの良いその肉体は、正に女戦士の国の英雄といった風貌だ。

 ウアカリの肉体は、その力によって基本的に男に好かれる為に最適化されている。動かないにも関わらず筋肉の落ちないその脚に違和感はあれど、その力にはなるほどと納得せざるを得ない程、ナディアの容貌は研ぎ澄まされていた。



 この人が聖女サニィに瓜二つの英雄か、とクラウスは思う。

 その素行の奇妙さと容赦の無い性格、更には色白金髪碧眼の聖女に対して褐色黒髪の容姿から、【魔女】の二つ名を持っている英雄。

 英雄達曰く、結果的にディエゴとたった二人で一ヶ月以上の期間、魔王の足止めをしていた英雄。

 曰く、影の功労者と呼ばれているその英雄は、魔王戦以降噂は大いに聞くものの、自ら表舞台に立ったことは一度も無い。



 そんなナディアは、クラウスにとってどうしても会ってみたい英雄の一人だった。



 クラウスが一番好きな英雄の物語は母が語るレインの物語で、そのヒロインは聖女。

 そして聖女のライバルには、更に三人の女性が居たと聞いている。

 一人は母オリヴィアで、一人は魔王戦で反撃の一手となり命を落としたライラ、そしてもう一人が、長期に渡って魔王の足止めをしたナディアだった。

「聖女にはどうしても勝てないことが分かっていたけれど、一歩引いて見れば、ライラとナディアはオリヴィアの良きライバルだった」

 かつて母は、そう語っていた。

 表面上火花を散らしていたのはライラとナディアの二人だったけれど、それはオリヴィアが正式にレインの弟子だったからに過ぎない。

 オリヴィアから見てもライラもナディアも魅力的な女性で、内心はハラハラしていたのだと、そう語っていたことを覚えている。



 母のライバルと呼べる者は、意外にも多い。

 同じレインの弟子であるエリーは当然として、初めて聖女に出会った時には終生のライバルになるのかと思っていたと語っていた。

 それにライラとナディアの好意が真剣にレインに向いていると知ってからは、そのライバル心が自分にも向くのではと内心はらはらしていたらしいのだから、レイン達の死後も努力を欠かさずずっと一位を保ってきたその心労は、驚く程重いものだっただろう。



 そんな中でも、ナディアが自分の分までレインを想いいつも暴れてくれていたから、自分は魔王戦ギリギリまで頑張れた。

 だからナディアが今幸せな様で、自分は嬉しい。



 母がオリヴィアだとクラウスが知ってから、母は当時の心情をそう語った。

 世間のイメージで言えば黒い英雄というイメージが強いナディアも、どうしようもなくお人好しな母の前ではそうなってしまう。

 そんな、好き勝手暴れている様に見えて母に感謝されている英雄というものがどういう人物なのか、クラウスは気になっていた。

 そこには聖女に瓜二つだという理由も混ざってはいたけれど、ともかく。



 そんな英雄に初めて出会えば、一体どんな感覚になるのだろうとクラウスは思っていた。



 母に感謝される様な英雄なのだから感動を覚えるのだろうか。

 聖女に似ているのだから美しいのだろうか。

 それとも世間で恐れられている様な、恐ろしい人なのだろうか。



 しかしクラウスが覚えた感覚は、そのどれとも全く異なっていた。

 最初に感じたのは、なんとも言えない懐かしさ。

 それはまるで長年帰っていなかった田舎に里帰りしたかの様な、そんな懐かしい感覚。

 そして次に覚えたのは、安心感。

 世間で言われている黒いイメージとは全く異なる包み込む様な穏やかな微笑みに、実家でもある漣に帰った時に母に出迎えられている様な、そんな安心感を抱いてしまう。



「どうしました? どうぞ」



 そんな風に声をかけられてはっと我に帰るまで、クラウスはナディアをまじまじと見つめてしまった。

 美人ではあるけれど、見蕩れてしまったのではなくただ気になって見てしまったという感覚。

 それに対して幼馴染が妬くことは無いようで安心しながら、三人は案内されるままにサンダル家へと足を踏み入れた。



 流石は英雄の家というだけあって、その家はとても広い。

 スーサリア自体が比較的豊かな国の様で、皆それなりに大きい土地を持っている様だったけれど、その中でもサンダルの家は一際目立っていた。

 たった三人が住むには余りにも広いその豪邸はクラウスの生家でもある宿屋漣と変わらない大きさで、調度品は漣を遥かに上回る豪華なものが使われている。

 窓が多く明るい日差しが差し込む室内は白を基調としていて、天井も4mを超えている様に見える。

 それはまるで小さな城を思わせる様で、流石は英雄の住処だと感心する。

 尤も、それに感動しているのはクラウスとマナ位のもので、サラは「やっぱうちより大きいなー」と慣れた様子でナディアの後ろを歩いていた。



「そう言えば、サラも英雄の娘だったね」

「ああー、クラウスってうち来たこと無いもんね。うちは綺麗なここと違ってお屋敷っていう感じなんだよ。使用人も多くて、木造だしこんな明るくなくて室内はちょっと暗めだけどね」

「それはそれで気になるな」

「まなもみてみたい!」



 素直な感想を漏らせば、サラはそのうち来るじゃんとはにかみながら返してくる。

 ナディアはそんな一行の言葉を最後まで聞いてから、呟く様に言う。



「私はもっとこじんまりした家の方が良いんですけどね。どこかの英雄が英雄らしく振舞わねばと息を巻いていなければ、こんな家に住むのは大変ですよ。まあ、条件として邪魔な使用人は雇わないこと、家の管理は全てあの人がやることを徹底してるので、快適といえば快適ですが。最近は娘も手伝ってますしね」



 きゅるきゅると木製の車軸が回る音と共に、ナディアは呆れの混じった声を漏らす。

 片や最も英雄らしい英雄と、片や魔女。

 その趣味趣向が異なっているのは当然なのだろう。

 ただ、なんだかんだでその分の負担を互いが分け合っている様で、クラウスはナディアの言葉は自然と嫌味に感じなかった。

 何故なら、ナディアは今髪を結い、可愛らしいデザインのエプロンをしていたからだ。

 そのままの姿で客を迎えに出てくるのがそれらしい、と何故か納得を覚えながら、リビングまでの長い距離をナディアの後ろに付いてゆっくりと歩いて行く。



 その速度は、ちょうどマナが歩く速度と同じだった。
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