雨の世界の終わりまで

七つ目の子

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第四章:三人の旅

第百十六話:選ばれた者

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 この世界では、人の才能は生まれつき決まっている。

 それは勇者ならば細胞内のマナ含有量で明確で、それを超えて強くなることは殆ど無い。
 つまり、魔法を使って超常現象を起こす魔法使いを除き、体細胞にマナを含まない一般人ではどれだけ頑張った所で能力の低い勇者にすら敵わない。
 マナが魔法という奇跡を起こすのなら、マナを体内に蓄えた勇者が人の理を超えた身体能力を持つのもまた当然というわけだ。
 つまり、人を大きく超える力を持った魔物と戦うのならばマナと接していなければならず、それが出来ない一般人はそもそも魔物と戦う資格すら持っていない、ということになる。
 魔物の中でそれ程上位にはいないオーガですらその体長3m、その膂力は同サイズの熊と同等とされており、それだけならまだしも、奴らは群れで行動する。
 そんなものは当然一般人では逃げ切ることすら出来ず、勇者や比較的魔法使いすら、そんなオーガの群れと戦うことは困難を極める。

 英雄と呼ばれる図抜けた勇者や聖女サニィの魔法書が歴史に登場してからは軽視されがちなオーガだが、奴らかつて宮廷魔術師を勤めたこともある魔法使いを含めても尚敗北してしまう程の強敵である。
 だから、今だにそれ程強い勇者や魔法使いの居ない町村では、奴らは恐怖の対象だ。

 一般人では決して魔物には勝てない。
 魔物と戦うのは元来勇者の役割であって、それに次いで魔法使いの役割だ。
 一般人は彼らに比べ、才能が無いただの被害者である。
 それが、この世界の理。

 そんな中、世界にはたった一人だけその理から外れた一般人が存在する。

 ――。

「ふう、今日のは少し骨が折れたわね」

 腰に愛剣である【ささみ3号】を納めながら、オリーブは200に届くかというオーガの死体の山の前で息を吐いた。
 愛息子が旅に出てから既に一年程、次第に減り始めると予測されていた魔物はその予測を外れ、まるで衰えを知らない様子で湧いて出て来る。
 相手が雑魚である内はどれだけ湧いて来ようが手間が増える程度の認識しかないけれど、そろそろクラウス無しでの連戦は寂しさも相まって辛さを感じる様になっていた。

 そんなオリーブの背後から聞こえた声は、去年ブロンセンの警備隊長に就任したばかりのアレックスの呆れ声。

「姐さん、そろそろ町の守りは俺達に任せて宿で大人しくしてて下さいよ」

 やることねえよ、と両手を広げて持ち上げながら、オリーブの単独行動に業を煮やす。
 立場的には国家の軍事特別顧問であるオリーブの方が遥かに上ではあるけれど、一度ブロンセンに帰ればオリーブはその立場を捨て、基本的には宿の漣の一従業員。
 町を守る為の戦闘に関してはアレックスが指示を出す立場で、オリーブはそんな彼らを応援する一般市民の役割、なはずだった。

 クラウスが町にいる間は基本的にずっとそうして来たし、時折兵の様子を見ては稽古を付ける優しく強いお姉さん、というのがブロンセンでのオリーブだった。
 この町の人々は皆オリーブの正体がオリヴィアだと知っているので、訓練に顔を出すオリーブは素直に喜ばれていた。
 絶世の美女である英雄から直接指南を受けるチャンスだと、若い男性勇者はいい歳の一児の母だということも忘れて張り切ってしまうのもまた当然のこと。

 しかし、クラウスが旅立ってからのオリーブは、少し違った。

「いや、まあ、クラウスが出てって寂しいのも、心配なのも分かりますけど。
 ……あなたは英雄で、元王女で、今でも軍の重役で、…………何より力を失った一般市民だ。
 あなたにもしものことがあったら、んー、……俺らがクラウスに殺されることになりますよ。あなたは自分の愛息子を殺人鬼にするつもりですか」

 皆が悲しむのは当然。
 守れなかった自分達が責任を取ることになるのも当然。
 そんな言葉も効果はあるだろう。
 しかしオリーブを説得するには、それにも増してクラウスのことを出すのが一番効果的だと思っての言葉。
 それは今までのオリーブになら致命的なダメージで、すぐにしゅんとなってしまう程の言葉だった、筈だった。

 しかし今回の返って来た言葉は、少し違う。

「ええ、分かってるわ。でももう少しだけ我慢して欲しいの。私は限界を知る必要があるから」

 その言葉に、アレックスは思わず首を傾げる。
 オリーブが何を言っているのか、今一意図が分からなかったからだ。
 しかし、そう聞いてふと思うことがある。
 今のオリヴィアは勇者ではなく一般人だ。
 今まで平然と狩り続けているので半分程忘れていたけれど、心配の理由は本来はそこにあった筈だった。

 一般人なのに魔物を狩り続けていることを心配することがそもそもおかしいことに、今更ながら気付く。

「限界ってのは、姐さんが倒せる限界ってことですか?」

 気付けば、そんな質問をしていた。
 今ですら掠りでもすれば即致命傷になるような相手との戦闘を繰り返しているのに、その更に上、デーモン討伐よりも更に上に踏み込むつもりなのか、と、そんな意図を込めて。
 ところが、オリーブは首を左右に振る。

「いいえ、私と言うよりは、、と言った方がよろしいと思いますわ」

 ますます意味が分からないとアレックスは一瞬訝しげな顔になるが、その言葉遣いの変化に気付く。
 それは、英雄オリヴィアの時の言葉遣い。
 優しく強いお姉さんのオリーブでは無く、かつて世界を救った戦姫の時のもの。

「ってことは、わたくし達のってのは……」
「ええ、エリーさんの限界を測れるのは、もう魔王くらいしかありませんもの」

 その言葉に、アレックスは心当たりがあった。
 ここ英雄の集まる町ならでは、外部の人間は決して知らない情報。
 英雄達は、戦えば実力に大きく差が無ければその勝敗は必ず同じ結果になる。
 そんなルールとも呼べるものがあるということを。

 よくよく考えてみればおかしい話だ。

 オリーブの戦いは、決して一般人のそれを逸脱などしていない。
 一端の勇者ならば普通に避けられる剣速に、一般人の中ではとても速い脚。
 握手に力を込めさせてみても、一般女性の強い方、まるで痛くなどない。
 総合的にはどう見ても、一般人の中で見れば突出した能力は誇っているものの、普通に考えて訓練を積んだ勇者が勝てないわけのないレベルのもの。

 それでも、デーモンに勝てる程度の勇者では、オリーブには模擬戦でたった一度、偶然の勝利も収めることが出来ない。
 速度でも、力でも、そして勇者の力でも勝っているはずなのに、技術だけで返されるそれ。

 よくよく考えてみれば、オリーブの戦いは異常も異常だった。
 それは言ってみれば、ただの赤子が象を軽々と投げ飛ばして歩いているようなものだったからだ。

 気にするべきは一般人ながら必死に魔物と戦っているオリーブでは無く、何故オリーブは既に一般人の肉体なのにも関わらず、たった今、200ものオーガの群れをたった一人で瞬殺出来てしまったのか、ということだということに、アレックスは今更ながら気が付いた。

「……はは、結局、は英雄だってことか」

 しばらくしてアレックスが呟いたその言葉は、既に更に奥に向かって突き進んで行ったオリーブには届くわけもなく、目の前で物言わぬオーガ達の亡骸の中へと吸い込まれて行った。
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