ヒト

宇野片み緒

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一つめ

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─いつもこうだ。一匹のイルカが寄ってきて、まるで報告みたいに口を動かして見せる。何も聞こえないけれど僕は、大事なことを告げられている気がして立ち止まる。聞く義務をなぜか感じて、向き合う。しかしイルカは五分程度ぱくぱくしたら、満足そうにも残念そうにも見える感じで身を翻してしまうのだ─



生まれたばかりなのに指が透けた。いよいよ向いていないらしい。「私が、ヒトモドキに向いているだなんて、つのはどうして」─違うよ─不意に水中の原始生物たちが声を挟んだ。─ヒトモドキとは思ってなかった──ヒト、と─消えながらヒトモドキの娘は、呆れたように微笑した。「そうゆう、こと、ね」



─私、ヒトになりたかったんだわ。本当の人間に、ずっとなりたかった─群青の空に星が瞬いて、湖面に映っていた。─ねえ。長生きのところへ連れていって─娘は水に右腕を浸した。体が透けていく。偶然かその位置に、映像が浮かんだ。あの水槽ではなかった。大きな観覧車と観光船。実在感に目をみはる。



「いつも、そこに立っていますね」飼育員の若者がニット帽の老紳士に話しかけた。カマイルカの水槽の前。中性的な容姿の若者が続けて問う。「何か思い出が?」「どうだろう。前世で会ったのかな。三匹のうちの一匹が、話しかけてくるんだ。もう四十九年も」老人の目も声色も呆けてはいなさそうだった。



若者は身を乗りだし、水槽を見てから、老紳士をまじまじと見た。「三匹のうちですか」「全部で二匹なんだってね。でも僕にはなぜか、三匹に見えるときがしょっちゅうで」老人の答え方に若者は、妙な懐かしさを感じた。「三匹に……?」男の言葉を繰り返してカマイルカの水槽を見る。三匹、泳いでいた。



─くそ。縮むタイミングをまた逃した─イルカは思った。─しかも今回は、よりによって飼育員に見られた。三匹いるって都市伝説がいよいよ信憑性を帯びてくる。もうじきテレビ局でも来てしまうんじゃあないか。捕まったら大事だ。地球の連中はろくでもない。もう一度、故郷星に繋がれば帰ってやるんだ─



「ほら、三匹」老人が嬉しげに言い若者は息を飲んだ。「イルカ」呼ぶと、あまりにも確実な罪悪感が胸に込み上げた。─まさかとは思うけど、お前、つのかい─いやに明瞭な返答が、若者の脳裏をよぎった。よく夢を見る。イルカを殺す夢。─償わなければならない─現実味のない使命感から、ここに勤めた。



─なるほど、消えたやつはどうも地球に来るらしい。お前が本当につのの生まれ変わりで、僕の姿を見るのが思い出す引き金だったなら─「いいえ、カマイルカは二匹です」若者の声は震えていた。老人が残念そうに、水面を見上げる。抑揚の弱い中性的な声が補足した。「カマイルカが二匹と、イルカが一個」



その時、イルカが水中から見上げた位置に懐かしい景色が映った。─やっとだ。たぶん、帰る時がきたってことだ─ジャンプの要領で、カマイルカモドキの生物は映像に飛び込んだ。もう来ないつもりだ。次は、五十一回目にヒトの姿で。二人ぶんの驚く声。跳ねた個体が宙に吸われ消えた。そして、水しぶき。
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