ヒト

宇野片み緒

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イルカ

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きっと本音が届かないせいだ。どんな思考の持ち主か知らないせいだ。それでふと思い出した。「ねえ、つの。あなたは何回目の生まれ変わり? 私は三回目なの。今回はまるっきしだめだけれど、一回目と二回目は心を聞くのが得意だったわ。その頃、あなたは居た? 私、つのの本心を聞いたことがある?」



同じ容姿の生き物─しかし角がある─は目を丸くして顔をあげた。一つめは投げやりに呟く。「数えていないわよね」「三回目だよ」意外にも即答だった。つのは続けた。「一つめと同じ日だった。覚えてないでしょ。でもつのは覚えてる。周りの声で化けれること知った。でもヒトはだめって、君を見て知った」



一つめは少し寒気を感じた。記憶の中の声が悪夢のように甦った。あの時、ヒトにだけは化けるものかと思った者が大勢いた。ばかだとか考えなしだとか、かわいそうだの、一回目のくせにだの、勇気があるだの、先に失敗してくれてありがとうだの、嫌になるほどの声の嵐。あとは、頭痛がするほどのノイズ。



「居た、のね」気分が悪くなってきた。つののせいじゃない、記憶のせい。目の前の同じ顔が、謝るように言葉を紡ぐ。声は同じじゃない。中性的で抑揚がない音だ。「そうだよ。居たよ。生まれて初めて見たのが、戻れなくなった君だよ。化けるのが怖くなった。だから一回目は水まんじゅうのまま過ごした」



だから頭わるいままでしょ、と最後に言い押し黙った。「二回目もずっと水まんじゅう?」一つめが問う。だとしたら計算が合わないのだ。原始生物のままでいたなら、七十年を二回。ヒトモドキに化けて寿命を縮めた一つめは、四十年を二回。互いに三回目のはずがない。つのは首を横に振った。「二回目は」



途端に震えて自分の肩を抱いた。「二回目は、ヒトモドキ。今みたいに君と同じ姿」一つめは眉をひそめた。「どうゆうこと。私と長生き以外に、その頃ヒトモドキはいなかったわ」「だって、一瞬で消えたの。長生きは、ヒトに化けてから半年生きたでしょ。イルカは一ヶ月だったでしょ。つのは一秒だった」



「ヒトに化けたらだめって、思っていたのに化けたの」「途中から思ってなかったよ。長生きと一つめ、いつも楽しそうだったでしょ。よくわからないけれど、だめじゃない気がした」よくわからないけれど、二つが嬉しそうだから嬉しい。以前、原始生物たちがそう思ってくれたことを、娘は思い出していた。



ヒトモドキのつのは訥々と続ける。「化ける動物に、向き不向きがあるみたいだよ。一つめはヒトに向いてる。でもつのは向いてない。一瞬で消えちゃった。だけどね、生まれ変われたよ。それが三回目の今だよ。簡単にやり直せるって知ったよ。もう失敗が怖くないでしょ。だから化けるようになったでしょ」



そこまで言うと、指先が砂に化して崩れた。体が徐々に失われていく。つのは早口に告げた。「ほら一瞬でしょ、前より少し長いね。でもやっぱりつの、ヒトに向いてないでしょ。でも生まれ変われるよ。一瞬で消えてやり直せるよ。だからイルカも同じだと思い込んだよ、刺したら一瞬で生まれ変われるって」



一つめはその声を、まるでラジオを聞き流すように無感動にとらえていた。自分の姿を真似た生き物が、砂になって崩れていくのが奇妙だった。「あなたはイルカ以上に慎重じゃないのね。普通なら刺さない。万が一が怖いもの」そう空虚に呟いた。つのは崩れながら泣いた。「生まれ変われるって思うでしょ」



刺した理由として充当なような、的外れなような。つのは砂山になり透けた。一粒の雫がはじき出されて湖に落ちた。こんな消えかたもあるのだ。悪意がないことはわかったけれど、つのの本心について一つめは余計に混乱した。「ねえ、イルカ……」声に出してみたけれど、続きがあまりにも多層で言えない。
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