ヒト

宇野片み緒

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イルカ

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イルカは慌てた。何事だ。まさか、ヒトモドキにはなりたくない、でも話したいという願望が反映されたのか。「私たちきっと、そうゆう仕組みなんだわ。この星の原始生物たちは、生まれ変わりで進化していく」彼の心を聞いた一つめが言う。そして嬉しげに付け足した。「話したいと思ってくれていたのね」



「違うね。お前が話したそうだったから、仕方なく声をかけてやったんだ」イルカは前世と同じ調子で、意地悪く心の声を返した。だけど今となっては、多層な感情の全てが届いてしまうのだ。─ああ、よかった。話せる。こんなに嬉しいことがあるか─「どっち?」一つめが肩をすくめて、くすくすと笑いだす。



その声が、急に不透明なものに感じられた。一つめにはイルカの心だけが聞こえる。しかしイルカには、一つめの心だけが聞こえないのだ。動物に化けていた連中が、空気を読み違えたように次々と湖に飛び込んでいく。最後につのが、間の抜けたジャンプで水面に落ちた。そして全部、水まんじゅうに戻った。



─笑わすなよ。タイミング悪いな─湖の連中に向かい思う。─でも逆の立場なら君だって同じことしたでしょ─不意に返された心の声が、つのだと気づくのに少しかかった。イルカは心の見極めは得意じゃない。特に自分宛じゃない音は不明瞭になる。一瞬聞こえただけで、あとはノイズに紛れて消えてしまった。



その瞬間にイルカは、長生きの葛藤や独白が全て聞きとれていた奇妙さに気づいた。見極めが上手いなら聞こえても不思議ではないけれど、違うのだ。─ああ、そうか。きっとあいつは、ひとつぽっちで悩むのが嫌だったんだ。独白に見せかけて、僕に向けて言っていた。だから聞こえた─水の泡が視界を揺れる。



生まれ変われたので、水まんじゅうのイルカはとても久しぶりに動物のイルカに化けた。湖の生ぬるいような冷たいような、粘度の低い水が全身を這う。やはり、この姿がいいと彼は思った。一つめが湖畔に立って見下ろす。そうね、と言い微笑んだ。─その、そうねっての調子狂うな─「聞こえているのだもの」



不公平だとイルカの思いが言う。彼女は困ったような笑みを浮かべて首をかしげた。「私、前と同じよ。聞こえないし届かないの。生まれ変わって記憶をなくした?」その声に直接、心が返る。「覚えてるよ。状況が違うって話だ。今回のお前は僕の心だけが聞こえるときた。そっちのは相変わらず隠すくせに」



粘着質な本音が、修正されないままで飛び出していく。軽口のふりをして述べていた思いの深さがばれる。願いと違う。あの距離感で、また話したかっただけなのに。イルカは大慌てで下を目指した。遠ざかる岸に安堵する。泡と、水まんじゅうと、好んでテトラに化けている数体が蹴散らされるように退いた。



ここは水深二百メートルくらいで湖底が見える。存在するいきものは全て水まんじゅうが化けた偽者なので、生態系の決まりなどない。イルカより二回りも大きなイッカクが泳いでいた。つのだ。そいつは含み笑いで思った。─逃げてきた─心の声の感じは男とも女ともとれる。ノイズが強い。ほぼ一人言なのだ。



うるさいと思うと、勝手に聞いてるのはそっち、と返った。確かにそうだ。怒ってはいけない。逃げという指摘もその通りだ。原始生物たちがクラゲのように群がっている。無数のノイズが響く。昔の一つめならば、聞き分けられたのだろうか。あるいは長生き。どこかで五十一回目を生きているかもしれない。
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